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Dialog Code

『正解がないから、撞き続ける──世界を転戦する、終わりなき自問自答』 #大井直幸 Dialog Code 

2026/9/30

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」

『Dialog Code』

強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。

今回登場するのは、

大井 直幸(ビリヤード選手・日本プロポケットビリヤード連盟関東支部所属)

【Before Dialog】
一つのミスが、試合の終わりを意味することがある。ビリヤードは、自分の番が回ってきた時にはすでに勝負が決していることさえある競技だ。どれほど技術を磨いても、相手のプレーまではコントロールできない。自分が納得できるショットを打てるとも限らない。それでも、次の一球を選び、撞かなければならない。そんな勝負の世界を、大井直幸は長く歩んできた。幼い頃から父親の影響でビリヤードに親しみ、プロ転向後は日本で早くから結果を残した。その先に世界一への道が続いていると思っていた。しかし、世界に出て知ったのは、想像をはるかに超える強者たちの存在だった。「こんなはずじゃなかった」。勝負に対する恐怖は消えない。真面目に考えるほどプレーが崩れることもあれば、追い込まれた状況で放った一球が、すべてを変えることもある。理想のプレースタイルを見つけたとしても、それが次の試合で通用する保証はない。それでも、彼は世界を転戦し続けている。なぜ、これほど苦しい勝負から離れられないのか。恐怖と隣り合わせの局面で何を頼りに判断し、変わり続ける自分とどう向き合っているのか。そして、勝利の先に何を求めているのか。さあ、彼の思考を紐解いていこう。

【Code.1 - STATE】恐怖の先に勝負の匂いがある───直感が研ぎ澄まされる瞬間

中山:
ゲーム中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?

大井:
恐怖に打ち勝っている状態です。

中山:
具体的には、どのような状態なのでしょうか?

大井:
ビリヤードには、勝負を左右する難しい局面があります。ミスをしてはいけないゲームなので、通常であればこの形ならこうしなければいけないというセオリーがある程度決まっているんです。ただ、相手が強くなってくると、その確率を無視してでもやらなければいけない時がありますし、逆の場合もあります。その中で何をチョイスするかというところに恐怖があります。

もちろん、どちらがいい方向に転ぶかは運の部分もあります。ミスや成功を重ねてきた経験やフィーリングがある一方で、こうでなければならないという考えもあります。そこは精神的にも本当に難しいところです。

中山:
ここでいう恐怖とは、具体的に何に対するものなのでしょうか?

大井:
ミスですね。あとは、負けるということです。ビリヤードは、自分がミスをすれば相手の攻撃に変わります。僕らはナインボールで9ゲーム先取などをやるのですが、自分が一度ミスをした時に相手がすごく強ければ、次に自分の番が回ってきた時に負けることもあるんです。極端に言えば、その後は何も撞くことなく終わることもあります。なので、0-0で始まった瞬間から、いきなり勝負どころなんです。

ミスを怖がりすぎると、それによってまたミスが出ることもあります。トップ選手はほとんどゾーンに入っているような状態なので、ミスがほとんどありません。仮にミスをしても、それが大きなダメージにならないこともあります。ビリヤードでは、ミスをした結果セーフティーというディフェンスをしたような形になることがあるんです。そういうラッキーもあるので、一概にミスがすべて悪い結果につながるとも言えません。それも勝負のあやだと思います。

ただ、それでも負けることの方が怖いですね。負けたくないからこそ、どんどん恐怖が大きくなっていくんです。

中山:
ゲームの後半になるにつれて、その恐怖心も徐々に増していく感覚があるのでしょうか?

大井:
ありますね。もちろん調子がいい時もありますが、自分の状態だけが良くても仕方がないというか。トップレベルになると実力はほぼ同じです。

一度ミスしたらそのまま終わってしまう時もありますし、逆に相手が一度ミスをすれば自分にチャンスが来ることもあるので、仕方がないと思う時もあります。緊張して、怖くなってミスをする。そのミスによってまた怖くなって、チャンスが来ても今度はうまくいかないというゲームもあります。お互い人間ですからね。

逆に、恐怖からミスをしたとしても、相手も恐怖によってミスをすることがある。それによって、お互いにプレッシャーを掛け合い、ゲームの内容自体が悪くなることもあります。80%くらいの確率で勝っているような状況から、最後のミスで逆転されることがありますよね。そういうことが起こると、どんどん思考もおかしくなっていくんです。

中山:
ミスをしないための型のような考えがある一方で、状況を打破したり、勝つためにこうしたいという考えも出てくるのでしょうか?

大井:
そうですね。それが欲望だったり、実は成功率の低いショットだったりすることもあります。ただ、それを選ばなくてはいけない状況もあります。相手が強かったり、自分が置かれている状況によっては、何かを打破しないといけません。特に負けている時は、さらに攻めなければいけません。かといって、そのまま何もしなければ負けてしまう。そうなると、精神的にもどんどん追い込まれていきます。

中山:
こうでなければいけないという考えと、こうしたいという考えが頭の中でぶつかった時、大井さんは何を基準に選択するのでしょうか?

大井:
フィーリングですね。勝負の匂いというか、相手がミスしそうな時も分かったりするんですよね。

中山:
直感に近いような感覚でしょうか?

大井:
そうですね。ただ、それが見えてきたらやっぱり状態がいい時なんですよ。面白いのは、本当に諦めた時にチャンスが来ることもあるということです。一人でやっているわけではないからです。戦っているのは相手でもありますし、自分自身とも戦っています。例えば、自分が相手の立場だったら「もうこちらには回ってこないだろう」と思うこともあるじゃないですか。そういう勝負の匂いに近いのかなと思います。

中山:
球を撞くまでには、構えて、次の戦術を考えるわずかな時間がありますよね。フィーリングが研ぎ澄まされている時は、頭の中で具体的に何を考えているのでしょうか?

大井:
最初は少しマニュアル的に考えています。ただ、ゲームが始まってボールを触った瞬間からは何も考えていません。おそらく、みんなそうだと思います。

中山:
球を撞いて盤面を見て、次にどこを狙って、どのように撞くのかというところまで、ほとんど無意識に判断しているということでしょうか?

大井:
ほぼ局面が見えているというか、盤面全体が見えています。1番から9番までをつないで取り切っていくのですが、状態が良ければすべて取り切れると思っています。

中山:
将棋でいうと、最後の王手まで見えているような感覚なのですね。

大井:
そうですね。それが続く時もあれば、状態が悪い状態の時は続きません。ただ、トップ選手は状態が悪くて先まで見えていない時でも、そこから少しずつ手繰り寄せていきます。二手、三手先までしか見えていなくても、そこから頑張ってつないでいくんです。そうしているうちに、気づいたらいい状態に入っていることもあります。精神的には、かなり複雑になるゲームですね。

中山:
相手の状態を把握することでチャンスを見いだせる一方、影響を受けないように遮断する考え方もあると思います。大井さんは、相手の状態も積極的に読み取りながらプレーするタイプなのでしょうか?

大井:
キャッチした上で撞きたいですね。どうしても相手の情報が入ってきますから。他の選手も同じだと思いますが、自分より上の選手と戦う時はプレッシャーが高くなります。相手のことを無視しようとする選手もいますが、感覚的にはどうしても分かると思います。ランキングなどで数値化されていますし、自分より上にいるということは、ずっと球を入れられてミスをする可能性も低いです。

テニスなどと一緒で、相手によって攻めさせられる部分があると思います。普段より厳しいところに打たなければいけなくなるような感覚に近いですね。迷っていたら返されてしまうという恐怖があるからこそ、いかなければいけないとなる。そうすると、今度はミスすることが怖くなってくるんです。レベルが上がれば上がるほど、結局は自分との戦いですが、相手とも自分とも同時に戦わなければいけないような、変な精神状態だと思います。

中山:
理想としては練習でも本番と同じくらいのプレッシャーや恐怖心をつくった上で、本番に臨めるといいのかなと思います。ビリヤードでは、実際にそうした状況をつくることはできるのでしょうか?

大井:
全然できますね。実戦と同じようなプレッシャーをつくるという意味では、例えば中東や東南アジアの選手は、それをギャンブルでつくり出す選手も多いんです。

中山:
確かに、お金があれば何度でもできますよね。

大井:
そうなんですよ。でも、試合の場合はその場所に行って一回しかできません。例えばアメリカまで行って試合が始まれば、基本的には一発勝負でプレッシャーが高いです。

正直、場所にもよります。場所によってプレッシャーの大きさは違いますし、賞金が高くなればそれだけ取りたいという気持ちも強くなります。金額にもよりますが、そうすると、みんな負けたくなくなってきます。賞金が上がれば、それだけプレッシャーも大きくなりますね。

中山:
逆に、判断がうまくいっていない状態の時には、恐怖心が強くなる中で自分自身をコントロールしなければいけないと思います。そういう時、例えば身体にも何か反応が出るのでしょうか?

大井:
そうですね。体が言うことを聞かなくなります。正直どうにもならないので、どうしていいか分からないまま進めることもあります。

中山:
そのような状態になった時は、どのように対処されているのでしょうか?

大井:
もちろん練習もしますし、過去の状態に戻ろうとすることもあります。もともとのフォームを探す選手もいれば、新しいことを取り入れる選手もいます。大きく分けると二択だと思いますが、調子が悪い時はこの二つの間でかなりせめぎ合いがあります。結局、勝てないから何かを変えるしかないとなってくるんです。でも、自信がある人なら変えずに続けることもあります。僕は変える方ですね。昔から良い方にも悪い方にも、その方法がハマる時はハマるからです。

中山:
ゲームに向けてどれだけ準備や練習を重ねても、本番になってみなければ、自分の状態も相手の状態もその場の状況も分からない。非常に頭を使うスポーツなのですね。

大井:
気持ちよくやらせてくれないですからね。世界選手権などの大会には練習用のテーブルがあるんです。そこで撞いている時は、みんな自分が神様だと思っているくらいうまいんですよ。でも、本番になると全然違います。

中山:
練習では自分は神様だと思えるくらいのプレーができていても、それだけ大きな落差が生まれるのですね。

大井:
みんな神レベルですから。結局、その中でも宇宙人みたいな選手が出てくるんですよ。何を考えているのかも、国や選手によってかなり違います。そもそもマインドが違うので、本当に何を考えているのか分かりません。自信があるのか、ないのか。自分が持っている自信が、他の選手と比べてどの程度なのか。その評価も分からないですね。


【Code.2 - EMOTION】最も嫌で、最もエキサイティング───地獄の中で出会う完璧な一球

中山:
ゲーム前やゲーム中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、大井さんにとってどのような存在ですか?

大井:
最も嫌で、最もエキサイティングな存在です。

中山:
そのような表現をされたのは、なぜでしょうか?

大井:
地獄だからです。ただ、それを打破できた時が、一番自信に変わる瞬間でもあります。諦めそうになることは何度も経験していますが、諦めきれないからこそゲームの中では立ち上がるしかありません。いつもそれが成功する鍵になります。

中山:
何か具体的なことをして調子を戻すというより、自分の状態が戻ってくるまで待つような側面もあるのでしょうか?

大井:
みんなそうだと思います。ビリヤードは、世界ランキング1位の選手が頻繁に入れ替わるんですよ。トップ選手として認められている人は一定数いますが、その選手たちもほとんどの大会で優勝できるわけではありません。そう考えると、僕より上にいる選手たちはもっと苦しいのだと思います。常に優勝を狙っていますから。

もちろん僕も1位を狙っていますが、今のランキングは9位あたりです。もっと上にいる選手、特に1位になったことがある選手は、1位でなければプレッシャーを感じると思うんですよ。みんなもがいていると思います。

中山:
その中で、緊張が何によって生まれるかは、人によって違うと思います。大井さんの場合、どのようなところから緊張が生まれるのでしょうか?

大井:
僕はゲームそのものに緊張するというより、ビリヤードそのものに緊張します。普段からできていることなら、ゲームでもできると自分では思っているからです。

中山:
ゲームの結果というよりも、プレーや技術の部分に対して緊張するということでしょうか?

大井:
そうですね。技術的な話になりますが、ビリヤードは一球一球の精度に、見ればすぐ分かるくらい差が出るんです。自分が納得できていない状態でプレーしていれば、当然それをずっと続けていくことはできないですよね。その状態が何によってもたらされているのか。感情なのか、その時の状況なのか。いろいろあると思いますが、正直自分でも分からないんです。そこに一番プレッシャーを感じます。

結局、そこからどんどん沼にはまっていきます。怒ったり、悲しくなったり、いろいろな感情がゲーム中に出てくるんですよ。ダメだと思ったとしても、なぜダメなのかが分からない。改善しなければいけないけれど、それを改善する間もなく次の番が回ってくるんです。チャンスが来たら、すぐに立ち上がらなければいけないので。

中山:
先ほど「地獄」とおっしゃっていましたが、抜け出そうとするほど沼にはまっていくような感覚なのですね。

大井:
そうですね。動かせば動かすほど、どんどん沼にはまっていきますから。

中山:
それだけ苦しく、先も見えない状況の中で、それでもエキサイティングだと感じられるのは、どのような瞬間なのでしょうか?

大井:
いいボールが出る時があるんですよ。それが一瞬で自信に変わるというか、ピタッとはまる瞬間があるんです。そういう時は嬉しいですね。

中山:
ビリヤードをやったことがない人にも分かるように説明すると、具体的にどのような感覚なのでしょうか?

大井:
ほぼパーフェクトなんですよね。体の動きから、ボールの動き、打感、思考まで、全部が一致する瞬間があるんです。ただ、そういう時のショットは大体難しいんですよ。

中山:
難しいショットだからこそ、そのような感覚が生まれることがあるのでしょうか?

大井:
そうですね。成功率はおそらく低いと思います。ただ、そういうボールが出る時がたまにあるんですよ。それこそ完璧なボールですよね。ただ、そういう時は結構追い込まれているんですよ。ミスする可能性があるからこそ、当然プレッシャーもかかっています。いけると思ってやっているわけではなくて、むしろ「やばい」という状態です。

中山:
常にミスと隣り合わせの競技だからこそ、ミスをどう解釈するかが重要になる競技なのですね。

大井:
そうですよね。生き延びなくてはいけないですから。

中山:
ミスとの向き合い方も、これまでのキャリアの中で変わってきたと思うのですが、大井さんはミスそのものをどのように捉えていますか?

大井:
ミスは起きるものですよね。そう思えている時が、一番いい状態だと思います。自分がどれくらいできる人間で、どれくらいミスをするのかを分かっている。その上で、ミスさえミスではないと思えるくらいの感覚ですね。人間なので絶対に起きるものなんですよ。結局は気にしないということだと思います。感情が前に向いていれば、ミスがミスではなくなる瞬間があるんですよね。不思議な感覚ですが、勝てる時にはそれがあります。

ただ、ミスしても立ち直れると思っているわけでもないし、忘れているわけでもない。むしろ、ミスを必要以上に引きずったり、痛いと感じすぎたりするとすぐ負けてしまいます。ただ、怖い中でもミスしてもしょうがない、相手だってミスするだろうと思っている時があるんです。

中山:
ミスを必要以上に恐れているのではなく、自分にも相手にも起こり得るものとして受け入れている感覚なのですね。

大井:
そうですね。変なゲームなんですよ。

中山:
とはいえ、もし緊張や不安がまったくなくなったとしたら、今と同じようにビリヤードを楽しめないと思ったのですが、いかがでしょうか?

大井:
まったく面白くないですね。例えば、お金持ちの方や、昔から勝負事としてビリヤードをやってきた方もいます。そういう人たちもかなりうまいのですが、それでもすごく緊張すると言っています。負けた時の痛みがあるからこそ、このゲームは面白いんです。勝てると思ったところでミスをして、負けてしまうこともあります。

中山:
勝てるかもしれないと期待するからこそ、緊張も生まれるのですね。

大井:
レベルが低くても、勝てる可能性は絶対にあります。ビリヤードは競技として本格的にやり始めると、もうやめられないんですよ。日本はあまり盛んではないですが、好きな国の人たちは本当に好きですから。だからこそ、エキサイティングなんですよね。

【Code.3 - COGNITION】ブレブレでいるくらいがいい───答えのない勝負を続ける理由

中山:
大井さんにとって、ビリヤードという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか? 比喩や感覚的な表現でも構いません。

大井:
人生そのものです。

中山:
なぜ、そのように表現されたのでしょうか?

大井:
僕のイメージで言うと、こんなはずじゃなかったという感じだからです。こんなに苦しいことをやるとは思っていなかったということですね。

中山:
当初思い描いていたものとは、どのような違いがあったのでしょうか?

大井:
小さい頃から親父の影響で始めて、家にもビリヤードができる環境がありました。「お前は才能がある」と言われながらやってきたんです。実際、日本でプロになってからもすぐに結果が出たので、そのままの感じで世界一になるのかなと思っていたんですよ。でも、世界に出てみたらこんなにすごいのだと実感しました。そういう意味では、面白いですよね。

中山:
最初は意外とすんなり上まで行けると思っていたけれど、世界に出てみたらこんなに厳しかったのだと気づいたのですね。そうした経験を重ねる中で、ビリヤードを通して自分自身について気づいたこともあるかと思います。大井さんは、どのような部分に自分らしさを感じますか?

大井:
僕は、ビリヤードに対してはすごく真面目なんですよ。それ以外は全然真面目ではないのですが。

中山:
そこには、どのような違いがあるのでしょうか?

大井:
ビリヤードに関しては、意識しようとするんです。でも、意識しようとすればするほどプレッシャーがかかって、逆にミスが起きることがよくあります。

もともと、そんなに真面目な人間ではないんです。ビリヤードに関しては自分自身に対しても真面目だし、考え方も真面目なんですよ。もっと真面目にやれば、もっと良くなるのではないかと思って、どんどんストイックになっていくんです。でも、逆に調子が上がらなかったり、自分の力を出せなくなったりする。それは今、すごく感じています。

だからこそ、ここからどうしていこうか考えているような状況ですね。もう少しこの状況を楽しんでみようと思っています。

中山:
ちゃんとやろうとすればするほど、逆にプレッシャーが大きくなっていくのですね。

大井:
そうですね。結局、考えたらダメなんですよね。サッカーもそうじゃないですか。考えている間に、もうボールを取られていますから。

中山:
考えすぎず、自分の感覚に身を任せる勇気も必要になるのでしょうね。

大井:
自分より化け物のように上手い選手がいるからこそ、最後は勇気だけが必要だと思います。もちろん、うまくなることも大事です。ただ、技術があるかどうかだけじゃなくて、勇気があるかどうかも相手には伝わると思うんですよ。勇気を持って向かってくる相手って、怖いじゃないですか。だからこそ最後は、それが一番の武器になるのかもしれないですね。

中山:
本来なら怯んでもおかしくないような状況で、それでも勇気を持って向かってこられたら、相手としては怖いですよね。

大井:
日本人は、そこが少し不得意なのかもしれないですね。技術的にはそこまでうまくない選手でも、アメリカの選手なんかは、勇気だけで思い切ってくることがありますから。

中山:
ビリヤードという競技では細かな技術が重要である一方で、いい意味での粗さも必要なのかもしれませんね。日本人らしい技術的な繊細さを持ちながら、大井さん自身の真面目になりすぎない部分や、抜け感が加われば一つの強みになりそうだと感じました。

大井:
僕もちょうどそれを感じているんです。でも、なかなかそこまで行けなかったんですよね。

中山:
ここまでのお話を聞いていると、技術と感情の間で試行錯誤を重ねているように感じます。大井さんは普段、そうした自分自身の状態をどのように整理しているのでしょうか? 

大井:
パートナーと話したり、今教えている子と話したりします。ただ、基本的にはブレブレですよ。技術のことを考えることもあれば、今度は感情について考えることもあります。一度何かにはまると、そこにはまりきってしまうので。海外にいることも多いですし、気持ちもなかなか安定しないんですよね。負けたら終わりじゃないですか。勝てればいいけれど、負ければ次がない状況がいつも続いています。

中山:
勝敗によって状況も気持ちも大きく変わる中で、一人で考え続けるのは難しそうですね。

大井:
なので、いろいろな人に相談をしています。自分の記憶を、いろいろなところに置いているような感覚があるんですよ。例えば、以前の自分がどういう状態だったのか、自分では覚えていないことがあります。そんな時に、友達から「あの時はこう言っていたよ」と教えてもらうことで助けられることがあります。ただ、ビリヤードはコーチがあまりいない競技なんですよ。日本ではそこまで競技人口も多くないですから。

中山:
例えばテニスや格闘技でいうコーチやセコンドのように、試合中にそばにいる人はいるのでしょうか?

大井:
いる選手もいますが、僕はいないです。つけること自体はできます。試合を見てもらったり、感情の状態を見てもらったりすることはありますね。

中山:
ここまでのお話を振り返ると、大井さんは幼少期からビリヤードを始め、日本でも早くから結果を残し、そのまま世界一まで行けると思っていた中で、世界に出てみると「こんなはずじゃなかった」と思うほど厳しい経験をしてきました。それでも、長い年月をビリヤードに費やし、今も世界で戦い続けています。大井さんがここまで競技を続けている、その根本は何でしょうか?

大井:
はっきり言ったら、なんでやっているのか分からないですよ(笑)。ビリヤードにやらされているという感じです。

日本人で、海外をずっと回っている選手はほとんどいないんです。もちろん海外で戦う選手はいますが、完全にツアーを回っているのは僕くらいです。そもそも5年ほど前までは、今のような世界ツアーもなかったんです。それがコロナの頃から始まって、僕もたまたま出ることができました。僕自身、最初はそこまで分かっていなかったのですが、出てみたら少し調子が良くて、結果も出たんです。そうしているうちに、もう引き返せなくなってしまったんです。

中山:
自分から強く選んだというより、少しずつ導かれていったような感覚があるのですね。

大井:
そうです。もう行くしかなかったので。

中山:
世界の舞台で戦う中で、自分自身に対する期待はどのくらいあるのでしょうか?

大井:
全く期待していないです。もちろん、期待している時もありますが、ずっと続けていると作業のようになる部分もありますし、あまり期待していない時もあります。試合が好きだから、そこに試合があるから行くという自分もいるんですよね。感情の振れ幅も結構激しいので、自分の中にもいろいろな自分がいるという感覚です。

中山:
その時の状況や感情によっても、自分への期待は変わってくるのですね。

大井:
そうですね。でも、自分の中だけで考えていると、一人で壊れてしまうんですよね。だから、ブレブレでいるくらいがいいのかもしれないです。それを自分でも理解したいですから。でも、やっぱり勝ちたいです。

中山:
勝ちたいという気持ちは、根本にあるのでしょうか?

大井:
ありますね。認められたいんですよね。

中山:
誰に認められたいのでしょうか?

大井:
一番強いやつらです。「お前、強くない?」って言われたいじゃないですか。

中山:
例えば、ファン投票で1位になるよりも、選手たちの投票で1位になりたいという感覚に近いのでしょうか?

大井:
そうですね。サッカーで例えると、僕はクリスティアーノ・ロナウドやリオネル・メッシのような存在にはなれないと思うんです。あの人たちは圧倒的な第一人者じゃないですか。僕はそうではないので、違うところから自分の強さを出していかなければいけません。

でも結局、一番強い選手たちから認められたいんです。たとえ簡単には叶わないとしても、やっぱりそこは持っていたいです。



【Code.4 - VISION】自分らしさは失ってもいい───壊して、つくり直す勝負の形

中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?

大井:
自分のビリヤードをして、勝利することです。

中山:
自分のビリヤードとは、具体的にどういうものなのでしょうか?

大井:
ずっと探していますよ。何なのかは分かっていないです。変化していきますし、進化と同時に退化もしていくからです。進化して、ものすごくいいものができたとしても、勝負の中ではそれをやめなければいけない時もあるんですよ。そうなると、何が正しいのかも分からなくなってきます。でも、苦しみながら探し続けるしかないのでしょうね。完成したと思ったら、おそらくそこで終わってしまうので。

中山:
完成させない方がいいのかもしれないですね。

大井:
そうですね。一番いいのは、一試合ごとに完成させられることだと思います。

中山:
その試合の状況において、必要なビリヤードを完成させるということでしょうか?

大井:
はい。そういうことができる状態になるのが、今の僕には求められていると思います。自分のやりたいことだけをやっていても相手には勝てない。自分の好きなことばかりをやって負けるのも怖いですから。でも、自分のやりたいビリヤードもやりたい。そこはすごく微妙なところなんですよね。

中山:
自分のやりたいビリヤードと、勝つために必要なビリヤードの間で試行錯誤する中で、大井さんのビリヤードのスタイルはどのように変化してきたのでしょうか?

大井:
僕の場合、プレースタイルがかなり変化するんですよね。ブレているから、いつも同じではないんです。相手から見ても、それが気持ち悪いんでしょうね。

中山:
カメレオンのように変わっていくのですね。

大井:
まさにそうですね。今日は全然ダメだなと思われるような時もあるんですよ。スイングが崩れている時もありますし、プレースタイルも速くなったり、遅くなったりするからです。

中山:
ビリヤードにおける速さというのは、具体的にどういうことでしょうか?

大井:
球を撞くまでが速いとか、判断が速いとかですね。僕は基本的には速い方です。ただ、その中でも微妙に変わっていきます。それが、自分のスタイルなのかもしれないですね。

中山:
球を撞くまでに時間をかける選手もいれば、テンポよく進める選手もいる中で、大井さんの場合はその時によって変わるということでしょうか?

大井:
そうですね。単純に調子が悪くて遅くなる時もありますし、調子が悪くてもそのまま速く行ってしまう時もある。何とかごまかしたくなる時もあります。でも、それが自分の良さなのではないかなとも思います。やっぱり競技生活も長いのでずっと同じスタイルではいられないですよね。

中山:
そうした変化を重ねながら世界のトップ選手たちと戦う中で、自分らしさを失わないために大切にしていることは何でしょうか?

大井:
難しいですね。ただ、自分らしさは失いますよね。むしろ、失わないとおかしいと思います。失って、構築して、そこでやっと「自分はこうだった」と分かるのだと思います。勝っても終われないですから。でも、そうやって自分が経験してきたことを、ビリヤードを通していつか人に伝えられるようになったらいいなと思います。

中山:
緊張や不安がなくなったらビリヤードは面白くないとおっしゃっていましたが、そのお話にも通じる気がします。たとえ納得のいくプレーができても、次の試合で同じようにできるとは限らないからこそ、探し続けることになるのですね。

いつか大井さんが世界一という結果を手にした時、何とコメントするのか気になります。「今日はついていました」と言いそうな気がします。

大井:
そうですよ。本当にたまたまですから(笑)。

中山:
勝ったとしても、次の試合で同じプレーができるとは限らないからこそ、自分のビリヤードを探し続けるのですね。この先、大井さんが何を失い、何を構築していくのか。そして、いつかご自身が納得できる形で、自分のビリヤードをして勝ったと言える瞬間を楽しみにしています。今日は貴重なお話をありがとうございました!

大井:
ありがとうございました!


【After Dialog】
「ビリヤードにやらされている」。競技を続ける理由を尋ねた時、大井直幸から返ってきたのは、意外な言葉だった。幼い頃から才能を認められ、日本でも早くから結果を残した。だが、世界に出れば、自分より強い選手がいる。勝つために技術を磨き、考え抜いてきたはずなのに、その真面目さが自らを追い込むこともある。何が正しいのか分からなくなりながらも、それでも次の試合へ向かう。対話の中で、彼は何度も自分の状態が変わることを口にした。恐怖に支配される時もあれば、一球をきっかけに自信を取り戻す時もある。昨日までのプレースタイルを失い、またつくり直すこともある。印象的だったのは、そうした変化を否定していなかったことだ。  自分のビリヤードとは何か。その問いに、今も明確な答えはない。たとえ一試合で納得のいくプレーができたとしても、翌日に同じものを再現できるとは限らない。完成を求めながら、完成したと思えば、そこで探求が終わってしまう。彼にとって勝負とは、その繰り返しなのだろう。競技を続ける理由は分からない。自分のビリヤードも、まだ見つかっていない。それでも、誰に認められたいのかという問いには、迷いのない答えがあった。次の試合でも、彼は恐怖を感じ、判断に迷い、時には自分のスタイルを失うのかもしれない。そのたびに何を選び、どんな一球を撞くのか。世界の強者たちが、彼のビリヤードをどう受け止めるのか。その答えが示されるのは、これからの勝負の中だ。

『Dialog Code』

答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
大井 直幸(おおい・なおゆき)
1983年1月10日生まれ、東京都出身。
ビリヤード選手。日本プロポケットビリヤード連盟関東支部所属。

幼少期に父親の影響でビリヤードを始め、2006年にプロ入り。同年にJPBA年間ランキング1位を獲得すると、その後も国内の主要大会で実績を重ね、通算6度の年間ランキング1位に輝く。2017年にはワールドゲームズで銅メダルを獲得し、2019年にはジャパンオープンで初優勝。世界の舞台でも、2021年と2024年のテンボール世界選手権で準優勝を果たした。2025年にはヨーロピアンオープンで準優勝、翌年にはインドネシアで開催されたカラバオインターナショナルオープンを制覇。長年にわたり国内外で結果を残しながら、現在も世界各地の大会を転戦し、世界のトッププレーヤーたちと競い続けている。
【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。

JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。

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