Dialog Code
『できないことは、可能性の証──未完の自分に見出す成長の余地』 #木村昇吾 Dialog Code
2026/10/28

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」
『Dialog Code』
強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。
今回登場するのは、
木村 昇吾(クリケット選手・株式会社ライジング・ウィロー代表取締役)
【Before Dialog】
プロ野球選手としてのキャリアを終えた後、クリケットへ転向し、世界最高峰のインディアン・プレミアリーグ(IPL)への出場を目指す木村昇吾。競技は変わっても、アスリートとして高みを追い求める姿勢は変わらない。彼が試合中に理想とするのは、緊張の中でも頭の中が静まり、冷静に判断できる凪という状態だ。その感覚を支えるのは、日頃から考え抜き、積み重ねてきた準備にある。一方で、結果が伴わなかった時には強い悔しさを覚えながらもできなかった理由を考え、次の行動へとつなげていく。できないことを自分の限界と決めつけず、今はまだできないこととして捉える。その考え方は、野球からクリケットへの転向にも通じている。緊張や悔しさとどう向き合い、自分の可能性を広げていくのか。そして、生涯を懸けて追い続ける「なりたい自分」とは一体何なのだろうか。さあ、彼の思考を紐解いていこう。
【Code.1 - STATE】緊張の中に凪をつくる───自分を知り、準備を尽くす
中山:
試合中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?
木村:
「凪」です。
中山:
具体的には、どのような状態なのでしょうか?
木村:
静かな状態です。極端に言えば、無音に近い感覚ですね。そもそも僕は、緊張は絶対に必要なものだと思っています。緊張するなとよく言われますが、何万人もの観客がいる非日常的な環境で、緊張しないわけがありません。
むしろ、その緊張感の中で結果を出せるからこそプロとして対価をいただけますし、人に感動を与えられると思うんです。極限の状況でも力を発揮できることに価値があると思うので、僕にとって緊張は必要な存在です。緊張しない状況で結果を残しても仕方がないと思います。
中山:
緊張があることを前提に、その中で凪の状態をつくるということでしょうか?
木村:
そうですね。心拍数が上がったり、もっとこうしたいといろいろ考えたりする状況でも、頭の中はすごく冷静でいたいんです。いわゆるゾーンに近いのかもしれません。そんな状態になることは多くないですが、すべてが手に取るようにわかる感覚です。
かといって、努めてクールでいようともしません。自分が緊張しているなら、まずはそれを認めることが大事だと思っています。彼を知り、己を知れば百戦殆うからずという言葉がありますよね。まずは自分を知らないといけません。緊張していると感じてもいいんですよ。実際に緊張しているのに、感じていないふりをして蓋をすることの方がよくないと思います。
なので、緊張している自分を認めた上で、次にどうするかを自分自身に問いかけてみます。目の前のボウラーからどんなボールが来るのかを考えると、意識が自分の緊張から相手へと向いていきます。逆に、こうしなくてはいけないと自分を追い込むと、どんどん悪循環にはまってしまいます。時すでに遅しというように、その場でジタバタしても仕方がないですよね。
中山:
その場で無理に自分を落ち着かせるのではなく、今の状態を受け入れて、次のプレーに意識を向けていくのですね。実際に試合でそうした状態をつくるためには、何が大切なのでしょうか?
木村:
日頃からどれだけ考えて、練習やトレーニングに取り組んでいるのかが大事です。その場で急にやる気を出して、力を発揮しようとしても力むだけですよね。力めば、ボールを捉えるポイントや投げる時の動きなど、いろいろなものがブレてしまいます。
そうならないためにも、それらをコントロールしているようでしていないような、「できてしまった」という感覚に持っていきたいんです。自分が意識してやろうとしていたことを、試合では無意識にできる。そこまで準備できて、初めて勝負になると思っています。目の前の状況を踏まえて次にどうするかを自然に判断できる感覚ですね。いろいろなことが起きていても、自分の中は静かです。なので、凪という言葉を選びました。
中山:
準備してきたことが自然にできる状態が、木村さんにとっての凪なのですね。では、実際のプレー中は、どのようなことに意識を向けているのでしょうか?
木村:
シンプルに考えています。難しく考えようと思えば、いくらでも難しく考えられるじゃないですか。でも、そうすると自分で自分を苦しくしてしまいます。経験を重ねる中で、できるだけシンプルに考えることが大事だと思うようになりました。
以前、大谷翔平選手の160キロのストレートをセンター前に打ったことがあるのですが、当時はストレート一本に絞り、タイミングを合わせることだけに集中していました。結果的に、初対戦の初球をセンター前に打つことができました。極端に言えば、打席では何も考えていないのですが、その前には映像を何度も見ていましたし、ネクストバッターズサークルでもタイミングを合わせていました。
僕の前に打席に立った秋山翔吾選手が3球三振していたので、その3球も見ながら準備していたんです。そうやって準備してきたことを、そのままやっただけなんですよね。
中山:
打席では一つのことに集中できるように、それまでに必要な情報を整理し、準備していたのですね。
木村:
そうですね。やってきたことをそのままやって結果が出れば、あれでよかったのだとわかるじゃないですか。逆に結果が出なければ、アプローチは少し違ったのかもしれませんし、次は変えてみようかと考えることができます。
大事なのは、できたかどうかではなく、できるようになるためにはどうしたらいいのかを考えることです。事前にどうしたいかを考え、準備してきたことをそのまま実行する。自分がプログラムされたマシンになったような感覚ですね。そうすると、余計なものに邪魔されずに済みます。
僕はもともとかなり熱くなるタイプですが、関西人らしい元気さや熱さは、自分にとって大きなパワーだと思っています。ただ、感情が先に出すぎると周りが見えなくなってしまうことがあります。それが嫌なんです。熱い部分は持っていたいけれど、それをきちんとコントロールしてパフォーマンスにつなげたい。そのために準備をしてきたという感覚ですね。

中山:
木村さんが持つ熱さを大切にしながらも、試合では冷静に力を発揮する。そのために、準備することを徹底されているのですね。お話を伺っていると、木村さんなりの哲学があるように感じます。
木村:
結局は準備ですかね。準備をしていなくても、たまたまできることはあると思います。ただ、それは偶然できただけなんですよね。同じことを求められた時にできなければ、意味がありません。でも、なぜできたのかが自分でわかっていれば、もう一度できる可能性は高くなります。スポーツでは再現性がすごく大事だと思っています。
例えば、目を瞑って本の特定のページを開こうと思ったら難しいですよね。でも、そこに付箋を貼っておけば、すぐに開けるはずです。僕にとって準備とは、そういう感覚です。なぜできたのか、なぜできなかったのか。その理由をできるだけ自分で理解しておきたいんです。考えてもわからないことはありますが、それでも自分を知ろうとすることが大事だと思っています。
ただ、自分の限界がどこにあるのかは、実際にはわからないじゃないですか。自分のことを知っているつもりでも、知りたくないと思う時もありますよね。だからこそ、まだできると思い続けたいんです。できないことがあっても、今はできなかったままでいいんですよ。そこで自分を責めるのではなく、まだできないと考えるんです。「まだ」という言葉をつけるだけで、この先できるようになりそうじゃないですか。逆に、もう自分はダメだと思ってしまうと、どんどんその方向に進んでしまう気がするんです。
中山:
できないことを、今の自分の限界と決めつけるのではなく、これからの可能性として捉えているのですね。
木村:
僕は言霊があると思っています。人間は言葉に支配されているじゃないですか。ネガティブな考えになることもありますが、そこから次はどうするかと考えられるかどうかが大事です。
だからこそ、僕にとってできないことは宝です。できないことがあるからこそ、自分を成長させられます。僕なんてできないことばかりなので、宝物だらけです。まだまだ成長できる余地があると思うと、とても楽しくないです。
中山:
結果を求められる環境で、できないことを前向きに捉えるのは簡単ではないですよね。
木村:
そうですね。でも、結局は楽しんだもん勝ちだと思います。まだこんなことができないのか、知らないことがあったのか。だったら、これから成長できるはずだと考えれば、ずっと楽しいですよね。もっと強い剣があるのか、まだ知らない呪文があるのかと思えるような、ロールプレイングゲームみたいな感覚です。自分の人生も、そうやって考えたら楽しいと思います。
ただ、人間には期限があります。僕は46歳なので、いつまでも同じようにできるわけではありません。でも長く現役を続けてこられた選手もいるので、そういう方々が先を走っていると自分もまだやっていけるのではないかと思えます。
【Code.2 - EMOTION】悔しさだけでは上手くならない───感情を行動に変えるための思考
中山:
冒頭で、緊張は「必要な存在」だとおっしゃっていました。木村さんは、これまでの経験を通じて、緊張に対する考え方がどのように変わってきたのでしょうか?
木村:
子どもの頃からいろいろな経験をしてきたので、緊張との向き合い方も変わってきたと思います。今でも多かれ少なかれ緊張はしていますよ。緊張の度合いが違うだけです。
特に、やったことのないことに挑戦する時や、うまくやろうと思った時には緊張します。でも、それが嫌ではなく、むしろ「来たな」という感じですね。この緊張感の中でどうやって結果を出すのか、自分にはできるのかと問いかけるような感覚です。緊張の度合いが大きいということは、それだけ挑戦する価値も大きいと思います。結果に対する評価は周りがすることなので、自分としてはその場でベストを出せたかどうかにフォーカスするだけです。
結局、しっかり準備して、最後は腹をくくって挑めば必要以上に緊張することはないと思っています。もちろん、どれだけ準備しても焦ることはありますし、予想外のことも起きます。でも、そこで想定外のことが起きたのなら、それは自分の準備が足りなかったということです。次からは、その経験も踏まえて準備することの繰り返しだと思っています。
中山:
うまくいかなかった時も、自分はダメだと決めつけるのではなく、次に何ができるかを考えているのですね。以前から、そのように捉えられていたのでしょうか?
木村:
いえ、決めつけることはものすごくありました。むしろ、そういう経験があるからこそ、今のように考えるようになったのだと思います。自分を責め続けると、どんどん悪循環にはまっていきますから。
中山:
試合中には、どのような場面で自分への責めを感じるのでしょうか?
木村:
クリケットは野球のように二打席目、三打席目があるわけではないので、一度アウトになったらその試合でのバッティングは終わりです。逆に、アウトにならなければ長く打ち続けることができるので、一度のアウトがすごく大きいんです。
アウトになった時は、「何してんねん、お前」と自分に対してものすごく腹が立ちます。ベンチに戻って、暴れ回りたくなるくらい悔しい時もありますよ。でも、そこで切り替えて次のチームメイトを応援した方がいいと思います。自分の中でははらわたが煮えくり返るほどの悔しさがありますが、その感情とうまく付き合っていかなくてはいけません。今の自分にはそれだけの実力しかなかったのだと受け止めて、悔しがっている暇があるなら練習すればいいと、自分に言い聞かせるんです。
もちろん悔しい気持ちは大事ですが、悔しがっているだけではうまくなりませんよね。それなら、次に同じことを繰り返さないために何をするのかを考えた方がいいです。もし中山さんが同じような状況だったら、僕はきっとそう伝えると思います。だとしたら、自分にも同じことを言わないといけないですよね。
中山:
他人にかけるであろう言葉を、自分自身にも向けているのですね。
木村:
そうですね。年齢を重ねるほど、誰も何も言ってくれなくなるじゃないですか。子どもの頃は、周りの大人に叱ってもらいながら学んできました。でも、年齢が上がって経験も増えると、指摘してくれる人が少なくなっていきます。それが僕は怖いです。
自分で見えている範囲なんて限られていますから、今の自分を外から見たら何と言うだろうと考えます。そうやって、自分で自分の尻を叩いているんです。一人になって考えたい時は、車での移動中などに気持ちを整理することもありますね。

中山:
周囲から指摘される機会も少なくなる中で、自分自身を客観的に見つめ、対話することを大切にされているのですね。そうした積み重ねによって、感情との向き合い方にどのような変化があるのでしょうか?
木村:
年齢を重ねるにつれて、感情との付き合い方は少しずつうまくなってきたと思います。若い頃は感情に任せてしまうことも多くありました。でも、僕の中にある熱さ自体は、ずっと変わっていません。周りから丸くなったと言われることもありますが、熱さがなくなったわけではなくて、感情を押さえ込むのがうまくなっただけなんですよ。
やっぱり闘争心は大きなエネルギーじゃないですか。それがなくなったら終わりだと思っています。そのエネルギーをうまく力に変えて、パフォーマンスにつなげたいんです。アウトになったらめちゃくちゃ悔しいですが、次はそのボールを打ち返せるようになれば達成感が得られるはずです。そのためには何をするのか、一つずつ考えて、日々取り組んでいます。僕だって本当は寝ていたいし、お菓子を食べてコーラを飲みながらゲームをしていたいです。でも、それをやっていたら、なりたい自分にはなれないじゃないですか。
だからこそ、楽な方としんどい方があれば、できるだけしんどい方を選ぶようにしています。楽な方を選びたい自分がいることは、もうわかっています。その上で、自分自身で楽な方を選んだら、なりたい自分にはなれないと言い聞かせます。そうすると、自分でも納得してしんどい方を選べるんですよね。
【Code.3 - COGNITION】今はわからなくても、いつか力になる───自分の可能性を広げる引き出し
中山:
木村さんにとって、クリケットという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?
木村:
「なりたい自分になるためのゲーム」です。
中山:
なりたい自分とは、具体的にどのような自分なのでしょうか?
木村:
無敵です。野球をやっていた頃からなりたい自分がいたんです。4番でエースでキャプテン。投げれば三振を取れて、ホームランを打てる。わかりやすく言えば、大谷翔平選手のような存在ですね。子どもの頃は王貞治さんにも憧れていて、868本のホームラン記録を超えると本気で思っていました。少年時代は、それができることを疑っていませんでした。
でも、プロの世界に近づくにつれて、現実的には難しいことも分かってきました。それでも根拠のない自信はずっとあって、自分ならできると思いながら生きてきたからこそ、プロとして何とか頑張れたのだと思います。戦力外になった時も心と身体は元気だったので、まだアスリートとしてやれるし、やりたいという気持ちがあったんです。それでクリケットを始めました。
ただ、クリケットを始めてから一度、なりたい自分にはなれなかったのだと、ぽろっと心の声が漏れたことがあったんです。そうしたら嫁から、なりたい自分になるのは野球ではないとダメなのかと言われて、確かにそうだと思ったんですよ。
僕の人生はずっと続いているんですよね。感覚としては、野球という車に乗っていたところから、操縦方法がすごく似ているクリケットという車に乗り換えただけです。アスリートという道自体は変わっていません。なので僕にとってクリケットは、なりたい自分になるためのゲームです。
中山:
野球からクリケットへの競技は変わりましたが、なりたい自分を目指すという思いは変わっていないのですね。改めて、二つの競技との出会いをどのように捉えていますか?
木村:
なりたい自分を目指すという意味では、別に野球ではなく、クリケットでもよかったんですよ。でも、当時の僕にとっては野球じゃないとダメだったし、今はクリケットじゃないとダメなんです。それだけ熱意を向けられるものって、なかなかないじゃないですか。
なので、小さい頃に野球と出会えたことは、本当にラッキーだったと思います。戦力外になった後には、社会人野球などで兼任コーチのオファーをいただいたこともありました。でも、もう一度アスリートとして挑戦したかった時にクリケットに出会えたことも、すごくラッキーだったと思っています。
中山:
なりたい自分を目指していく過程では、さまざまな人の考え方やアドバイスに触れる機会もあると思います。そうしたものを、木村さんは何を基準に取捨選択をしてきたのでしょうか?
木村:
何でしょうね......例えばコーチからこういうことをやってみようと言われて、自分には合わないと感じることがありますよね。でも、合わないからといって、僕はすぐには手放しません。とりあえず持っておきます。
というのも、それが本当に自分に合わないのではなくて、コーチの方が高いレベルの話をしていて、その時の自分には理解できていないだけかもしれないからです。プロ野球選手の時にも、そういう経験がたくさんありました。後になって、あの時、あの人が言っていたのはこういうことだったのかと気づくんです。後で気づいたということは、自分のレベルが上がったということでもありますよね。もし当時の僕が、この人の言うことは合わないと判断して捨てていたら、自分より高いレベルの話を手放していたことになります。
今は合わなくても、5年後、10年後には自分を助けてくれるものになるかもしれません。自分には使う機会がなくても、困っている選手や悩んでいる選手がいた時に生かせるかもしれないじゃないですか。だからこそ、引き出しは多いに越したことはないと思っています。
そのためにも、まずは人の話を聞きます。自分の軸がある上で、今の自分に必要なのか、どう生かせるのかを考えます。今はまだ分からないのであれば、いつか使える時が来るかもしれないので、そっと引き出しに置いておけばいいんです。

中山:
今の自分には理解できないことでも、必要がないと判断するのではなく、将来の可能性として残しておくのですね。
木村:
そうですね。以前、他の選手が「あの人は自分に合わない」と言っているのを聞いて、プロで活躍した人のことを、よくそんな簡単に否定できるなと思ったことがありました。せっかく聞ける話を、自分から捨ててしまうのはもったいないですよね。トレーニングコーチから言われたことも後になって、あの時言ってくれていたのはこういうことだったのかと分かることがあります。
物事には必ず理由があります。もちろん、指摘されたり批判されたりしたら、僕だって少し嫌ですよ。「何言うてんねん、お前」と思うこともあります(笑)。でも、その感情だけで終わらせずに、なぜこの人はあんなことを言ったのだろうと考えるようにしています。
【Code.4 - VISION】やるか、めっちゃやるか、死ぬほどやるか───後悔を残さない人生の選択
中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?
木村:
世界最高峰のIPLにプレーヤーとして出場することです。また、志半ばで野球を辞めた選手に、もう一つの道としてクリケットを選んで活躍できるくらい、日本で普及させたいです。それが、僕にしかできない野球への恩返しになると思っています。
中山:
まず、IPLにプレーヤーとして出場することは、木村さんにとってどのような意味があるのでしょうか?
木村:
僕はすごく負けず嫌いで、おそらく自分のことが大好きなんですよ。やっぱり、自分に負けたくないですし、格好つけたいんですよね。「よくやったな、すごいな」と自分で自分に言いたいし、周りからもそう思われたいんです。
でも、周りからいくらすごいと言われても、自分では別にすごくないと思うこともありますよね。逆に、自分ではすごいと思っても周りからはまったく評価されないこともあります。自分自身が納得できて、周りからも評価される。その両方が一番わかりやすく合致する形が、今の僕にとってはIPLなのだと思います。
中山:
では、IPLにたどり着けば、木村さんが思い描くなりたい自分になれたと言えるのでしょうか?
木村:
いえ、IPLのプレーヤーになったとしても、僕は絶対に満足しないと思います。実際に試合に出れば、また次の目標が生まれると思うからです。それでも、絶対に到達したい場所がIPLだということは変わりません。進めば進むほど難しさは痛感しますが、それは当然です。簡単なことを目指しているつもりはないからです。
僕の感覚では、日本のプロ野球とインドのIPLは同じような位置付けです。プロ野球の世界を経験しているからこそ、感覚的にそう捉えています。ただ、日本のクリケット界では、プロ野球とIPLの両方を経験した人はいないので、この感覚を共有するのは難しいと思います。
できるわけがないと思う人もいるでしょうし、頭がおかしいと思われているかもしれません。でも、それが僕です。実現させて、自分が言った通りだと言いたい。結果で黙らせたいと思っています。
中山:
周囲に対して証明したい気持ちがある一方で、根底には自分に負けたくないという思いがあるように感じます。IPLを目指すこと自体が、自分を動かし続ける原動力にもなっているのですね。
木村:
そうでなければ、おそらくクリケットをやっていません。こうやって自分の目標を言葉にすることも、自分にプレッシャーをかけるためです。これだけ大きなことを言っているのだからちゃんとやれよと、自分で自分に言い聞かせています。今はコーチもいないですし、誰かがやれと言ってくれるわけでもありません。結局、自分がやるかどうかです。
だからこそ、僕の中にはやらないという選択肢はないんです。やるか、めっちゃやるか、死ぬほどやるか。その選択によって未来が変わるだけだと思っています。どこまでやるかによって、得られる結果が変わってくる。だったら、死ぬほどやるしかないという感覚ですね。
中山:
そこまでやろうと思えるのは、なぜなのでしょうか?
木村:
死ぬ間際に、「俺の人生、やり切ったな」と思いたいんです。もっとこうしておけばよかったと思うことは絶対にあると思いますが、それをなるべくなくしたいんですよ。
後悔って、後になって悔しがると書きますよね。物事を始める前から悔しがることはありません。悔しがるのは絶対に後からなんです。なので、その度合いはなるべく小さくして、最後に自分の人生をやり切ったと思えるようにしたいです。

中山:
ここまでお話を伺うと、IPLへの挑戦は木村さん自身が人生をやり切るための目標である一方、その挑戦を次の世代につなげたいという思いもあると感じました。もう一つの目標として、「クリケットを選んで活躍できるくらい日本で普及させたい」とおっしゃっていましたが、その背景にはどのような思いがあるのでしょうか?
木村:
僕自身、野球で培ってきたものをクリケットに生かせているからこそ、プロ野球選手のセカンドキャリアにはまだ課題があるとも感じています。少し語弊があるかもしれませんが、野球一筋で取り組んできた選手は、社会のことや一般常識を知らないままプロの世界を離れることもあります。でも、それだけ一つの物事に懸けてきたという事実はありますよね。結果だけではなく、そこまでやってきたこと自体がもっと評価されるべきだと思っています。それだけ積み上げてきたものを、競技をやめた瞬間に全部捨ててしまうのはもったいないです。クリケットなら、野球で培ってきたものを捨てなくてもいいと言えます。
中山:
そうした課題を感じるようになったのは、どのような経験からなのでしょうか?
木村:
以前、ある大学で講演をさせていただいたことがあるのですが、その大学の野球部には150人ほどの選手が所属していました。ただ、その中でベンチ入りできるのは30人弱です。そう考えると、残りの120人はどうなるのか、という話になるわけです。
1、2年生なら、まだベンチ入りするチャンスはあるかもしれません。でも、3、4年生になれば、野球を続けられる時間も限られてきます。その選手たちは、小さい頃からお金も時間も労力もかけて、人生の多くを野球に懸けてきたわけです。それでもプロになれなかった時に、一番好きで、一番得意なものに懸けてきたからこそ、自分は通用しなかったと感じてしまう選手もいると思います。
もちろん、トレーナーのような裏方の仕事に就く人もいますし、それを悪いとは思いません。ただ、野球という競技が本当にその人に100%合っているのかなんて、わからないじゃないですか。好きであることはすごく大事ですが、もしかしたら野球以上に自分に合っているスポーツがあるかもしれない。クリケットの方が向いている可能性だってありますよね。
中山:
野球で培ったものを、クリケットでは具体的にどのように生かせるのでしょうか?
木村:
野球はバットという道具を使って、速いボールを打ちます。棒の先まで神経を通わせるような感覚が必要です。ボールとの距離感など、他の競技と共通する部分はありますが、身体でボールを扱うのか道具を介して扱うのかでは、培ってきた感覚が違います。
野球からクリケットへの転向には、ハードルがほとんどありません。バットでボールを捉える当て感など、野球で長年磨いてきた感覚をそのまま生かせる部分があります。なので僕は、野球を辞める選手にも、まだ挑戦できる道はあると勧めています。今は選択肢としてクリケットを知らないだけかもしれないからです。
クリケットを始めて、海外へ行って、そこでプロになってお金を稼げたら、それでいいじゃないですか。野球でプロになれなかったとしても、長い間培ってきた身体能力や技術が、違う場所で花開くかもしれません。実際、一つの競技では結果が出なくても、別の競技へ移って活躍する選手もいますよね。その選択肢の一つに、クリケットがあってもいいと思うんです。
中山:
野球で積み重ねてきたものを、別の競技で生かす道がある。その可能性を、まず木村さん自身が示そうとしているのですね。
木村:
そうですね。それが、僕にしかできない野球への恩返しだと思っています。僕は野球に生かされてきましたから。野球があったからこそ、木村昇吾という人間がいると思っていますし、人生の大半を野球とともに生きてきました。だからこそ、何かしら野球には返していきたいです。
競技を普及させることも、子どもたちに野球を教えることも、野球を続けられなくなった選手に、こういう道もあると示すことも恩返しだと思っています。その道筋をつくることが、僕がやるべきことです。
ただ、そのためには、まず僕自身がある程度のところまで行かないと、誰も僕のあとについていこうとは思わないですよね。僕がやっていることが、後に続く選手たちのためになるというのは大それた話かもしれませんが、そういう思いも頭の片隅に置きながら、まずは一人のアスリートとして上を目指したいです。今は、その二つが両輪になって進んでいるような感覚ですね。
中山:
木村さん自身がIPLを目指して挑戦を続けることが、後に続く選手たちにとっても、新たな可能性を示すことにつながるのですね。お話の途中でおっしゃっていた「なりたい自分になるためのゲーム」という言葉が、改めて印象に残りました。今日は貴重なお話をありがとうございました!
木村:
ありがとうございました!
【After Dialog】
自分の可能性は、何をもって決まるのだろうか。これまでの実績なのか、今の実力なのか。それとも、自分自身がどこまでできると信じられるかによるのだろうか。木村昇吾の話を聞いていると、今の自分だけでその答えを出す必要はないのだと感じる。できなかったことは、まだできないこと。理解できなかった言葉は、今の自分には理解できないだけかもしれない。そこには、現在の結果や能力を否定するわけでも、過大評価するわけでもなく、一つの事実として受け止める姿勢がある。ただし、それは自分の可能性を信じていれば、いつか実現するという楽観的な考え方ではない。彼が繰り返し語ったのは、準備すること、考えること、そして行動すること。自分の現状を受け入れるからこそ、理想との距離が見え、その距離を埋めるために何をすべきかが明確になる。興味深いのは、彼にとってのなりたい自分が、決して到達して終わるものではないという点だ。IPLへの出場という明確な目標を掲げながらも、そこにたどり着けばまた次の目標が生まれると語る。理想の自分とは、完成された姿ではなく追い求め続ける存在なのかもしれない。そして、その挑戦は自分自身のためだけにとどまらない。野球で培ったものをクリケットで生かすという彼の選択は、競技を離れることがそれまで積み重ねてきたものの終わりを意味するわけではないと示している。今の自分にできることだけが、これからの自分にできることではない。彼が追い続ける「なりたい自分になる為のゲーム」は、自分の可能性を決めつけず、その先を確かめ続ける挑戦なのだ。『Dialog Code』
答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
木村 昇吾 (きむら・しょうご)
1980年4月16日生まれ、大阪府出身。
クリケット選手。株式会社ライジング・ウィロー代表取締役。
尽誠学園高校、愛知学院大学を経て、2002年のドラフト11巡目で横浜ベイスターズに入団。広島東洋カープ、埼玉西武ライオンズでもプレーし、内野の複数ポジションをこなすユーティリティープレーヤーとして活躍した。2017年にプロ野球を引退し、クリケットへ転向。2018年に男子日本代表強化選手団に選出され、オーストラリアやスリランカでも競技経験を積む。2023年には杭州アジア大会に日本代表として出場。世界最高峰のプロリーグであるインディアン・プレミアリーグ(IPL)への挑戦を続けながら、クリケットの普及や、野球経験者の新たなキャリアの可能性を広げる活動にも取り組んでいる。【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。

