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Dialog Code

『運動神経がない。だから、相手を動かす──運動能力を思考で補う、駆け引きの哲学』 #山田優 Dialog Code 

2026/8/5

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」

『Dialog Code』

強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。

今回登場するのは、

山田 優(フェンシング選手・TeamSSP所属)

【Before Dialog】
フェンシングは、剣先が触れた瞬間に勝敗が決まる競技だ。だが山田優が武器にしてきたのは、反射神経でも動体視力でもない。「頭で勝負するしかなかった」という、追い込まれた末に辿り着いた発想だった。小児喘息を理由に他の競技から断られ、唯一受け入れてくれたフェンシング。運動能力に恵まれていたわけではない自分を客観的に見つめ、「相手から自分がどう映っているか」を分析し尽くすことで道を切り拓いてきた。試合前に眠るという独自のルーティンも、緊張という「敵」を消し去るための、彼なりの合理的な選択だ。その一方で、自衛隊を辞め、フェンシング界の厳しい現実である、対価に見合わない待遇や競技を辞めていく後輩たちの姿と向き合いながら、山田はフェンシングと出会えてよかったと思える世界を作ろうとしている。完璧主義だった自分を手放し、ありのままの姿を見せることで人とつながり、支えられてきた一人のアスリートが、いかにして思考を巡らせて戦ってきたのか。さあ、彼の思考を紐解いていこう。

【Code.1 - STATE】「第三者」の視点───隙を見せ、相手の行動をも操る

中山:
試合中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?

山田:
「第三者」です。

中山:
なぜ、「第三者」という言葉を選んだのでしょうか?

山田:
アスリートであれば、ゾーンという言葉はよく使われると思います。でも僕は、そのゾーン状態というものは、結局は感覚で捉えられていることが多いと思っています。いかにその状態に入れているのかというところまで深く分析せず、自分自身の目線だけで捉えてしまうと、本質的には分析できていないのではないかと思っています。

フェンシングは対人競技です。相手がいて、自分がいて、その上で相手の感情や自分の感情、置かれている状況をすべて読み取ったうえで、正確な答えを導き出すことが一番重要だと考えています。そのすべてを俯瞰して見られている状態が、一番良い状態なのではないかと思ったので、第三者という言葉を選びました。

中山:
俯瞰して見えているというのは、どのような感覚なのでしょうか?

山田:
実際にプレーしているのは自分なので、物理的に見えているのは目の前の相手だけです。ただ、自分が今どういう状況にあるのか、そして相手から自分がどう映っているのかということは、頭の中でイメージすることができます。

上から立体的に状況を捉えている感覚に近いものを頭の中で作り出せていて、それが現実とぴったり一致している状態が、一番良い状態なのだと思います。なので、物理的に第三者の視点で見えているわけではありません。頭の中で落ち着いて状況を整理できていることが僕にとっての第三者という感覚ですね。

中山:
相手から見た時に自分がどう映っているかというのは、具体的にはどんなことを考えているのでしょうか?

山田:
例えば、相手を誘い込む時ですね。僕はそもそも運動能力がすごく低いんです。小さい頃に小児喘息を持っていて、野球などのいろいろなクラブチームに行っても、喘息があると面倒を見きれませんと断られていました。唯一、フェンシングだけが受け入れてくれたんです。

でも、それまでほとんど運動経験がなかったので、運動の仕方も分からなかったですし、運動神経も本当に悪かったんです。フェンシングをやっていると、反射神経や動体視力がいいのではないかとよく言われるのですが、オリンピック後のイベントで動体視力を測ったら、一般の方より低かったんです。それが、自分を一番表している何よりの証明だと思っています。前転もできないし、25メートルも泳げないし、走るのも得意ではない。自分の能力の低さは、自分自身が一番理解しています。そうなると、相手が動いてから反応していたら絶対に間に合わないんです。

中山:
その運動能力を補うために、相手を誘い込んでいるのでしょうか?

山田:
そうですね。誘い込むことは僕が一番大事にしている部分です。そのためには、自分だけが好き勝手に動いていてもダメで、相手から自分がどう見えているかを分析しなければいけないんです。実際に練習でも鏡の前に立って、「ここは狙えそうだな」「どういう動きをしたら相手はチャンスだと思うのか」といったことを確認しています。あえて隙を作ることもあります。

その状況をうまく作れるか作れないかで僕の成績はかなり左右されます。僕は剣を持った時に腕の下側を狙われやすい癖があるのですが、その癖を逆に利用して、わざとそこを見せるんです。そうすると相手はいつもの癖だと思って狙ってくるので、その瞬間を利用しています。なので、どのくらい開けたら自然な癖に見えるのかまで鏡の前で確認しています。そうやって相手から映る自分をイメージしているからこそ、相手のちょっとした感情の変化も見逃さないんです。相手がやばいと思った瞬間は勝負を仕掛けますし、相手の感情も含めて戦いを組み立てていくイメージですね。

中山:
運動能力という面でハンデがあることを客観的な事実として受け止めているからこそ、相手の動きを自分が作り出すという発想に辿り着いたのですね。この考え方に辿り着くまでには、どのような過程があったのでしょうか?

山田:
勝てなかったので、そうするしかなかったんですよ。追い込まれて、自分には何ができるんだろうと考えた時に、発想力や考えることは周りより少し長けている感覚があったんです。だとしたら、頭で勝負するしかないと思いました。そう考え始めたのは、高校を卒業して大学生くらいの頃ですね。フェンシングは8歳から始めているので、もう24年になります。でも、大学生になるまではここまで深く考えて競技をしていたわけではありませんでした。

中山:
ご自身でも運動能力や動体視力のような才能がないと認識している中で、ここまでフェンシングを続けてこられたのは、どうしてなのでしょうか?

山田:
好きだからじゃないですかね。本当にそれだけだと思います。もちろん最初は選択肢がなかったから始めた競技でした。でも、やればやるほど、考えれば考えるほど面白くなっていった。だから続けてきたんだと思います。

中山:
子どもの頃から、その面白さはどこに感じていたのでしょうか?

山田:
自分のイメージ通りに相手を誘い込んで動かせた時の快感ですね。あとは、フェンシングは剣を使って相手を突く競技です。そんなこと、人生でなかなかできないじゃないですか。剣の先端はスイッチになっていて、突いた瞬間にプチッと反応するのですが、あの感覚も結構好きなんです。

中山:
一方で、山田さんは相手の感情も読み取るとおっしゃっていましたよね。それには観察力や洞察力、想像力も求められると思います。相手の感情まで読み取る力は、どのように身につけてきたのでしょうか?

山田:
もともと心理学がすごく好きなんです。小学生の頃から図書室で心理学の本ばかり読んでいました。それから年齢を重ねる中で、例えば彼女ができた時には、男性脳と女性脳の違いを勉強したりもしましたし、人と話す時もどう話したら伝わるのか、この人は興味を持って聞いてくれているのかなど、そういうことを自然と考えるようになりました。いろいろなことを学んでいく中で、観察力はどんどん身についていったと思います。それがスタートですね。

あとは、感情は意外と動きに表れるんです。フェンシングを長く続けてきた中で、ほんのわずかな違いが分かるようになってきました。経験を積み重ねながら、相手の感情を読み取る力も身についていったのだと思います。

中山:
第三者として俯瞰できている状態が理想の状態だとすると、その状態に入るために意識していることや、準備段階で必ずやっていることはあるのでしょうか?

山田:
あえてやっているわけではないのですが、試合前は5分前くらいまで寝ていることが多いですね。フェンシングは試合前にコールと呼ばれる待機スペースで整列して待つのですが、みんな30分くらい前から集まって、ソワソワしながら飛び跳ねたり屈伸したりしながらアップしているんですよ。でも僕は椅子に座って、あと25分寝られるなと思ったら、本当に25分くらい寝ています。

中山:
寝ることは山田さんにとって、どんな意味があるのでしょうか?

山田:
そもそも眠いから寝ているだけなんです。もちろん体は動かなくなるのですが、不思議と緊張もしないというか、落ち着けるというか。周りのみんながソワソワしているとそれに合わせてしまい、自分までソワソワしてしまうんです。でも寝ていると、そういう空気を遮断して自分の世界に入れる。感覚としては瞑想に近いのかもしれません。

フェンシングは三セット制なのですが、一セット目から仕掛けてくる選手はあまりいません。なので、最初のセットで相手をよく観察しながら体を動かして、二セット目、三セット目で勝負できればいいと考えています。冷静でいないと、全体の場を把握できません。そういう意味でも寝ていることが多いですね。落ち着いた状態が作れて、自分や相手のことをはっきり見れて作戦を立てることができます。

中山:
ちなみに寝るというのは、本当に眠っているのでしょうか?

山田:
本当に寝ています。いびきをかいている時もあるくらいです。

中山:
試合直前に、誰かに起こしてもらうのでしょうか?

山田:
体内時計がしっかりしているのか、アラームをかけなくても起きられるんですよね。その感覚が身についたのは、自衛隊にいた頃だと思います。よくラッパで起きるイメージがあると思いますが、実際はラッパが鳴る時点で整列が完了していないといけないんです。つまり、ラッパで起きたらもう遅刻なんですよ。

しかも先輩たちは5分前には降りていくので、自分たちはさらにその前の15分くらい前には動き始めないといけません。でも朝5時半頃は先輩たちもまだ寝ているので、アラームを鳴らすわけにもいきません。毎日この時間に必ず起きなければいけないというプレッシャーの中で生活していたので、いつの間にかアラームなしでも決めた時間に起きられるようになりました。

それが良かったのか悪かったのかは分かりませんが、今でも試合前に少し寝ていても、そろそろ始まるなという空気を感じると自然と目が覚めるんです。

【Code.2 - EMOTION】緊張という敵──眠りで消し、ありのままの自分を貫く覚悟

中山:
試合前や試合中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、山田さんにとってどのような存在ですか?

山田:
「敵」です。

中山:
敵と表現されたのは、どのような理由からでしょうか?

山田:
緊張とか不安があると、冷静に自分を見れなくなってしまうんです。その結果、パフォーマンスの低下につながることが多いと思っています。なので、本来の実力を発揮するには、試合でも普段の練習と同じような感覚で入ることが大事だと思っています。僕にとって、緊張や不安はないほうが合っているんです。緊張や不安を取り除くために、試合前に寝るということもしています。

もちろん、適度な緊張は必要だと言う人もいます。でも僕は、本当かなと思ってしまうんですよね。だって、緊張したら普通に嫌じゃないですか。もし本当に緊張が必要なら、練習から緊張してやればいいのにと思うんです。試合だけ緊張して「この緊張感がいいんです」と言うくらいなら、普段からその状態で練習すればいいだけだと思っています。僕は素のままでありたいですし、生の姿を見せたいなと思うんです。

僕は、自分にとって都合の良い部分だけを見せるのではなく、弱さや格好悪い部分も含めて、自分のことを正直に伝えたいと思っています。もちろん、ありのままでいることと、周囲への配慮をしないことは別です。ただ、作られた理想像だけを見せても、本当の意味で人とはつながれないと思っています。僕は緊張や不安はいらないものだし、敵であるとまで言い切ります。

中山:
その緊張や不安というのは、具体的にはどんな時に生まれるものなのでしょうか?

山田:
一番大きいのは、勝たなきゃいけないと思った時ですね。練習不足が原因で、期待を裏切ってしまうかもしれないという不安が出てきます。裏切ったあとの未来まで考え始めると、不安はどんどん大きくなりますし、そうなってしまうかもしれないという現実を想像すると緊張もしてきます。なので僕はその現実から逃げたいから、夢の世界に行くんです。

中山:
試合前にすっと眠ることは最初からできたのでしょうか?それとも、後から身につけてきたものなのでしょうか?

山田:
寝ること自体は昔から得意なんです。なので、寝ようと思えば全然寝られます。よく「山田さんは緊張しないのですね」と言われるのですが、そんなことはなくてめちゃくちゃ緊張しています。

ただ、試合前に寝るようになったのには、もう一つ理由があるんです。相手が緊張や不安でソワソワしている状態のほうが、戦う側からしたら絶対に楽じゃないですか。相手はその時点で少しパニックになっているようなものなので。

だからこそ、自分も同じように緊張している姿は見せたくないんです。その時点で心理戦に負けていると思うからです。だとすれば、リラックスしている姿を見せて「あいつ、余裕そうだな」と思わせるほうが、相手はやりにくいはずなんです。「あんなに落ち着いているなら、自分はもっとアップしなきゃ」「今のうちに体を動かさないと」というように、相手は勝手に焦り始めます。そういう姿を見ると、もっと緊張してくれ、もっとソワソワしてくれと思いますね(笑)。

中山:
試合が始まる前から、相手から自分がどう見えるのかまで含めて、すでに駆け引きが始まっているのですね。

一方で、先ほどは作られた姿ではなく、生の姿を見せたいというお話もありました。そこには山田さん自身の生き方や哲学のようなものを感じたのですが、この考え方はどこから来ているのでしょうか?

山田:
僕は頻繁に人の影響ばかり受けて、そのたびに軸がぶれていたら、絶対に強くならないと思っています。経営者でも、本当にうまくいっている人って、ちゃんと経営理念を持っていますよね。逆に、理念がぶれている会社はうまくいかないことと同じだと思っています。自分自身の軸がないのに、絶対にうまくいくはずがない。ただ、それだけだと思っています。

中山:
山田さん自身の軸を持つまでには、緊張や不安との向き合い方も変わってきたかと思います。学生時代から今まで、どのように変わってきたのでしょうか?

山田:
大学に入ってから、少し伸び悩んでいた時期がありました。僕は23歳で結婚したのですが、妻もフェンシング選手だったんです。妻はオリンピックの代表選考から外れてしまった時に、「頑張ってね。私は引退するから」と言われました。そこから、妻の分までという思いを背負いすぎてしまって、試合前日は緊張で眠れなくなったんです。

でも、その反動なのか、試合直前に少し眠ってしまったことがありました。すると、すごく冷静に試合の状況を見ることができたんです。そうしたら、それまで一度も獲れなかったメダルを獲って、いきなりアジアチャンピオンになったんです。そこから一気にレベルが上がって、勝てるようになっていきました。

最初は偶然だったのですが、なぜ寝たらうまくいったのだろうと自分なりに言語化して考えるようになりました。その結果、自分は寝ることで冷静さを取り戻せると分かったので、今では試合前に意図的に寝るようにしています。

中山:
結果が出るようになる一方で、レベルが上がるごとに周りからどう見られるかを意識する場面も増えたと思います。それでも、ありのままの自分でいることを選んだのは、どうしてなのでしょうか?

山田:
もともと、すごくプライドが高くて完璧主義だったんです。でも、その頃は全然成長できませんでした。自分で自分を作りすぎてしまって、人にお願いすることもできなくなり、逆に周りからしても、この人に自分は必要ないんだろうなと思われてしまうんです。

でも、分からないことは素直に分からないと言って教えてもらうことが一番の近道であり、その上で自分なりにアレンジしていけばいいと思うようになりました。変にプライドを守るより、ありのままの姿を見せようと思ったんです。そうしたら、本当にいろんな人がいろんなことを教えてくれるようになりました。フェンシングだけでなく、それ以外のことも含めて、自分の可能性がすごく広がったんです。

だからこそ今は、意識的にありのままの自分を見せるようにしています。自分自身、それで良かったと思っているので、子どもたちや後輩にも、ありのままの姿を見せてほしいと思っています。

【Code.3 - COGNITION】壁は何度でも来る──傷つくたびに、支えという“傷薬”で前に進む

中山:
山田さんにとって、フェンシングという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?

山田:
「RPG」です。

中山:
フェンシングという競技をRPGと表現したのは、なぜでしょうか?

山田:
子どもたちにもよく話すことなのですが、RPGだというのはフェンシングに限った話ではないと思うんです。スポーツ全般がそうだと感じています。

例えばポケモンで考えると、最初はジムリーダーを倒すためにいろいろな場所を回って仲間を増やしてチャレンジする。でも勝てなかったら、一度草むらに戻ってレベルを上げたり、傷薬や必要なアイテムを集めたりして、もう一度挑戦する。そうしてようやく壁を越えたと思ったら、また次の壁が現れることの繰り返しですよね。それって、人生ともスポーツともまったく同じだと思うんです。

次の壁を越えるために何が必要なのかをしっかり理解して、挑戦して、うまくいかなければ振り返って、また準備をして挑戦する。その繰り返しがスポーツなんです。だからこそ、フェンシングという競技だけではなく、スポーツそのものがRPGのようなものだと捉えています。

中山:
その考え方は、山田さんご自身の子育てや、子どもたちへの関わり方にも活きているのでしょうか?

山田:
僕はよく小学校で講演やフェンシング体験をする機会が多いのですが、その時によく保護者の方へ「ゲームをやらせてあげてください」とお話しするんです。僕自身、ゲームから学んだことがたくさんあるのですが、その中でもRPGの良さをお伝えしています。考える能力を養うと考えたら、ゲームも悪くないのではないかという話をします。

それで思い浮かぶのが、「うんこドリル」です。僕はあれをすごく良い教材だと思っています。学ぶ上では、子どもが自主的にやりたくなる、楽しいと思える仕掛けが絶対に必要だと思っています。その楽しさを引き出すためにうんこを使ったわけですよね。ただの漢字ドリルがうんこドリルになることによって進んで勉強する。これってすごくいいことじゃないですか。

ゲームも同じで、子どもはゲームが好きだから誰かに言われなくても、自分で考えながらどんどん進めていきます。でも、それが勉強のように苦手意識のあるものになると、なかなか同じようには取り組めません。だからこそ、「うんこドリル」のような仕掛けが生まれ、あんなに売れたのも理解できます。

競技も同じだと僕は考えています。競技を競技として捉えるのではなく、ゲームとして捉える。ゲームの中で何度も草むらに戻ってレベルを上げ、傷薬を集め、必要なアイテムをそろえてから再びジムリーダーに挑戦する。その積み重ねの先に少しずつ先へ進めるようになるのではないかと思っています。なので僕にとってフェンシングは、ゲームに例えるのならRPGなんです。

中山:
山田さんがこれまで歩んできたRPGの中で、これだけは絶対に欠かせないというアイテムやスキルを一つ挙げるとしたら、何になりますか?

山田:
なんですかね...傷薬ですね。今は競技も含めていろいろなことにチャレンジしているんです。競技は24年間やってきているので、ある程度うまくいくんですよ。でも、新しいことを始めると未知のことばかりなので、何度も壁にぶつかって、傷ついて帰ってくるんです。なので、その時に傷薬を持っていないと前に進めないんです。僕にとっては、傷薬は絶対に必要なアイテムですね。今の僕にとって、その傷薬は家族だと思っています。

中山:
完璧主義だった頃から、ありのままの自分を見せられるようになったからこそ、周囲の人が支えてくれたのですね。

山田:
本当にそう思います。一人で急いで登ろうとするよりも、何人かが下で支えてくれた方が確実に登れるじゃないですか。高い壁ほど、その方がいいと思います。

【Code.4 - VISION】フェンシングは、マイナー競技だからいい——不利な現実を新しい価値に変える発想

中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?

山田:
自分を含めた誰かが「フェンシングと出会えてよかった」と思う世界を目指しています。そのために、アスリートとしての在り方以外の部分を伸ばしていこうと思います。

中山:
フェンシングと出会えて良かったと思える世界とは、山田さんの中ではどのような景色なのでしょうか?

山田:
フェンシングはマイナー競技なんです。大学生くらいになると就職して競技を辞めていく選手が多いですし、現状では競技を続けた先の生活やキャリアを描きにくい競技だと感じています。実際、オリンピックで結果を残していても、競技収入だけでは十分な生活基盤を築けない選手がいます。20年近く競技を続けて、オリンピックで結果を残しているのにも関わらず数十万円しかもらえないのは、悲しいじゃないですか。

しかも、海外遠征費や用具費など、オリンピックを目指して競技を続けるには、長期間にわたって大きな費用がかかります。企業に支えてもらっている選手もいますが、多くは自分で負担しています。そういう現実を考えると、対価と全然見合っていない、フェンシングをやるより働いていた方がよかった、フェンシングに費やした時間を別のことに使えばよかった、と思ってしまう人が多いのではないかと思います。それって、すごく寂しいことですよね。

僕自身はフェンシングが大好きですし、この競技のおかげで出会えた人がたくさんいます。だからこそ、この状況を変えたいという思いが自衛隊を辞めた時の一番最初の思いでした。自衛隊は環境としては本当に恵まれていましたが、契約や活動面での制約も多く、自分自身で活動するには難しい環境でした。だからこそ外に出て、もっと多くの人と出会い、学び、まずは自分の周りだけでも「フェンシングと出会えて良かった」と思える人を増やしたいと思ったんです。

中山:
その思いを、具体的にはどのような活動につなげているのでしょうか?

山田:
今は後輩のスポンサー営業を手伝ったり、就職活動を支援したり、自分でイベントを企画・運営したりしています。その場には必ず後輩も連れていきます。アスリートは、練習場と家を往復する生活になりがちで、社会と接する機会が本当に少ないんです。だからこそ、そういう機会を増やして、競技で培ったものをどう社会で生かせるのか考えられる環境をつくっていきたいと思っています。

競技を通して培った考え方や経験、人との縁は、引退後にも必ず活きるものだと思っています。アスリートだからこそ出会えた人もたくさんいますし、そういう財産をもっと増やしていきたいですね。だから僕は、フェンシングと出会えて良かったというより、「僕と出会えて良かった」と思ってくれる後輩を作るところからだと思っています。その子たちが後に「山田さんと出会えたのはフェンシングをやっていたからだった」「だからフェンシングと出会えて良かった」と思ってくれる。さらに、引退後もそれぞれの人生で活躍することが僕の一番の夢です。

フェンシングは競技以外の面でも、たくさんの学びやきっかけがある競技だと伝われば、子どもにフェンシングをやらせてみようと思う保護者も増えてくれるかもしれません。そんな世界をつくることが、今の僕の一番の理想です。

中山:
その考え方に至った山田さんだからこそ伝えられる、フェンシングならではの魅力もあると感じています。運動能力や動体視力が特別高かったわけではないと話されながらも、世界のトップまで辿り着いた歩みも含めて、山田さんが思うフェンシングならではの面白さとは何でしょうか?まだフェンシングを知らない人に伝えるとしたら、どんな魅力を伝えますか?

山田:
フェンシングの面白さは、相手を突いた時の感覚ですね。それは実際に体験してもらうのが一番早いと思います。

ただ、僕自身も子どもが三人いるので、保護者が競技を選ぶ時に何を考えるのかはよく分かるんです。フェンシングは日常からかけ離れた競技ですし、どんなスポーツなのかもイメージしづらいです。それに、お金もかかりそうだという印象もあるので、自分が親だったら絶対にやらせたくないですよ。

なので僕が保護者の方に言う決まり文句があるのですが、それは「フェンシングはマイナー競技だからいいんです」ということです。最初はえ?という反応をされるんですけど、実はそこが一番の強みなんです。

なぜかというと、日本のフェンシング人口は全年齢を合わせても約6,000人しかいません。競争率が低い分、大学推薦のチャンスは非常に大きいんです。

中山:
それは、保護者の方にとって盲点かもしれません。

山田:

競技人口が少ないからこそ、努力を積み重ねることで、全国大会への出場やスポーツ推薦など、将来の選択肢につながる可能性があります。みんなと同じ場所で競争するだけではなく、自分の強みを生かせる場所を選ぶことも、一つの考え方だとお伝えしています。

もちろん、勉強を通して身につく力はたくさんあります。ただ、全員が同じ方法、同じ競争の中で進路を目指す必要はありません。勉強に加えて、自分が夢中になれる競技や活動を持ち、それを将来の選択肢につなげる道もあると思っています。

さらに、フェンシングの費用を具体的にお見せすると、「思っていたより負担は大きくないですね」「どこでできるんですか」と興味を持ってくださる方が多いんです。その上で、フェンシングを通して競技力だけでなく、人間性まで鍛えることができるのであれば、保護者にとっても大きな価値があります。競技で学んだことをしっかりと言語化できれば、その経験は就職でも、起業でも、社会に出た後に必ず生きていきます。そう考えると、あえて競争率の高い場所だけで勝負する必要はないのではないかという話をしています。

中山:
ゲームも使い方次第では学びになるという視点や、みんなが同じ場所で競争する必要はないという発想など、山田さんは物事を柔軟に捉えられている印象を受けました。

山田:
ビジネスも同じですが、競合が少ないほうが戦いやすいじゃないですか。競合が多いところに飛び込んでも仕方ないですし。あえて競合が多い市場で勝負した方がいい戦略もありますが、何も考えずに選ぶくらいなら、競合が少ない今のうちにフェンシングをやっておいた方がいいと思いますね。

中山:
せっかくなので聞いてみたいのですが、もし山田さんがフェンシングではなく別の競技に挑戦するとしたら、何をやってみたいですか?

山田:
将棋ですね。野球みたいな体を動かす競技も好きですが、やっぱり自分は得意なところで勝負したいんです。相手が次に何を考えて、どんな一手を打ってくるのかを読み続ける。そういう駆け引きが一番表れるのが、将棋やチェスだと思います。なので、競技として考えるなら将棋をやってみたいですね。

中山:
余談ですが、山田さんと人狼をやってみたいなと思いました(笑)。

山田:
僕はめちゃくちゃ弱いですよ、ありのままを見せる癖がついちゃっているので(笑)。人狼は弱いですが、ワードウルフは強いですね。「この人はこう考えているんだろうな」と相手の思考を探りながら言葉を選べるので。

中山:
最後に、競技人生を終えた時に、世界一や金メダルのような分かりやすい結果以上に、「これを残せたら、この競技人生は良かった」と思えるものは何ですか?

山田:
僕は反省ノートを書くことがあまり好きではありません。話を十分に理解する前に、ただ書き写すことが目的になってしまうのはもったいないと思っています。まずは相手の話を聞き、分からないことを質問し、自分の言葉で話してみる。そのうえでノートに整理する方が、理解が深まると感じています。

なので僕は、今やっているフェンシングのオンラインレッスンでも、ノートを取るのを禁止にしています。ノートを取っている間もこちらは話し続けているので、その時間の話を全部聞き逃してしまうのは意味がないじゃないですか。

ノートを取りたいなら、まずは話を聞いて理解すること。分からなかったらその場ですぐ質問する。ちゃんとキャッチボールをして、インプットしたものをアウトプットすることで初めて記憶として残るんです。そのあと、理解を深めるためにアーカイブを見返してノートを取るのなら全然いいと思っています。

中山:
その考え方は、どこから生まれたのでしょうか?

山田:
高校時代の社会の先生から教わりました。その先生は歴史の授業で、とにかく変な話をする人だったんです。ノートを書かせず、面白おかしく歴史を語って記憶に残していました。変な話として頭に残っていたので、その先生の授業はみんな点数が良かったんです。「織田信長はいちごパンツを履いていたんだよ」と教わったので年号を覚えましたし、「そのいちごパンツを取るために明智光秀が本能寺を燃やしたんだ」なんて話をされたら、もう本能寺の変なんて忘れないじゃないですか。そうやって「え?」と思わせて、話を聞いてもらう。その状況をつくるのが本当に上手な先生だったんです。

なので僕も、机に向かって書き続けるより、まずは話を聞いてから行動に移すことの方が大事だと思っています。もっと言えば、その日あったことを家で親と話しなさいと伝えます。それが一番記憶に残るし、理解も深まる。話している途中で「ちょっと違うな」と思えば、その場で修正もできます。ノートを書いて終わりだと、それで満足してしまって間違いにも気づけないことがあります。

だからこそ僕がフェンシング界に残したいのは、「ノートを取ること」ではなくて、「話すこと」です。とりあえずたくさん話して、意見交換して、どんどん修正を加えて、すぐに行動へ移す。それだけです。そうしたら、フェンシング界はもっと良くなると思っています。競技としても伸びますし、競技以外の人とのつながりも広がっていくはずです。

もちろん、ノートを書くこと自体が悪いとは思いません。でも、インプットだけで終わるのではなく、それをアウトプットにつなげる行動をしてほしいという考え方を、僕はフェンシング界に残したいと思っています。

中山:
僕たちも、スポーツ界に対話の文化を根付かせたいと思って活動しているので、今のお話に共感する部分がありました。今日お話を伺っていて感じたのは、山田さんは競技だけではなく、その先の人の成長や競技界全体まで見据えて活動されているということです。現役のトップアスリートでありながら、広い視点を持っている方にお話が聞けて刺激をいただきましたし、これからの活動も応援したくなりました。今日は貴重なお話をありがとうございました!

山田:
ありがとうございました!


【After Dialog】
運動神経ではなく、思考で勝負する。緊張を「敵」と言い切り、眠りでそれを退ける。山田優という選手のあり方は、一見すると異端に映るかもしれない。しかし対話を通して見えてきたのは、その一つひとつが、勝てなかった過去と真摯に向き合った末に辿り着いた、極めて論理的な選択だったということだ。完璧主義だった自分を手放し、「分からない」と言えるようになったことで、彼は多くの人に支えられるようになった。ありのままの自分を見せることは、弱さではなく、人とつながるための入り口だったのだ。マイナー競技という現実を嘆くだけでなく、その競争率の低さを「推薦のチャンス」という強みへと語り直す発想。そして、フェンシング界に残したいのは「ノートを取ること」ではなく「話すこと」だという結論。彼にとって競技は、自分一人の勝敗を超えて、次の世代へと渡していく対話のバトンなのかもしれない。第三者として俯瞰し、頭で戦い、それでも最後にはありのままの自分をさらけ出す。その矛盾するようでいて一貫した姿勢こそが、山田優という選手を形づくっている。

『Dialog Code』

答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
山田 優(やまだ・まさる)
1994年6月14日生まれ、三重県出身。
フェンシング選手。TeamSSP所属。

小学2年生で競技を始め、中学時代にフルーレからエペへ転向。日本大学在学中の2014年、世界ジュニア選手権で日本人として初めて優勝を果たす。2019年にはアジア選手権で優勝、2020年にはハンガリー・ブダペストで行われたグランプリ大会でシニアの国際大会初優勝を飾った。2021年開催の東京オリンピックでは男子エペ団体で金メダルを獲得(個人戦は6位入賞)。2024年のパリオリンピックでは男子エペ団体で銀メダルを獲得。翌年のフェンシング世界選手権では男子エペ団体で金メダル、個人戦で銅メダルを獲得している。長身を活かして剣先をしならせる「振り込み」を得意とする。地元・三重県鳥羽で中高生の大会「山田優杯」を主催するなど、後進の育成や競技の普及活動にも積極的に取り組んでいる。

※フルーレとエペは、フェンシングの3種目(フルーレ・エペ・サーブル)のうちの2つ。フルーレは胴体のみが有効面で、突き技のみが有効。エペは全身が有効面で、こちらも突き技のみが有効だが、フルーレのような優先権のルールがなく、同時に突き合った場合は双方にポイントが入る点が異なる。
【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。

JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。

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