Dialog Code
『179対1の勝負で最善を選択し続ける──生活のすべてを勝利につなげるマネジメント』 #新城幸也 Dialog Code
2026/9/9

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」
『Dialog Code』
強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。
今回登場するのは、
新城幸也(サイクルロードレース選手・チームソリューションテック・NIPPO・ラーリ所属)
【Before Dialog】
180人が走り、勝者は一人。新城幸也は、ロードレースを「179対1」と表現する。どれだけ身体の調子が良くても、レース展開ひとつで勝利は遠ざかる。反対に、絶好調ではなくても、展開に恵まれればチャンスは生まれる。個の力だけでは完結しないからこそ、自分の状態、コース、他チームの動き、チーム内での役割、その先に起こる展開までを読みながら、その瞬間の最善を選び続けなければならない。さらに、その判断を支えているのはレース中の思考だけではない。勝負どころから逆算したトレーニング、コースの分析、食事や補給、睡眠、リカバリー。新城が「24時間営業」と表現するように、レースの外側にある時間もすべてが競技につながっている。18歳で自転車レースの経験もないままフランスへ渡り、世界最高峰の舞台を走り続けてきたことによる未知への緊張は、年間数十レースを重ねるなかでトレーニングの成果を確かめる答え合わせへと変わった。それでも、自転車にまたがればスイッチが入る。時速100キロ近くに達することもある世界で、身体を限界まで動かしながら、頭は冷静であり続ける。なぜ、極限の状態でその判断ができるのか。そこに至るまでの準備はいかにしてできるのか。さあ、彼の思考を紐解いていこう。
※写真は「TEAMユキヤ通信」より引用
【Code.1 - STATE】勝ちパターンをいくつ持てるか───体力と展開をマネジメントする
中山:
レース中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?
新城:
いろいろなことがツイている時です。自分自身の脚の調子もありますし、レース展開がうまい具合に進んでいることもあります。その両方が揃えば、自分の勝ちパターンになります。反対に、調子は良いけれど嫌なレース展開になることもあります。その時は、どこかで現状を変えなくてはいけないと考えますね。
中山:
自分自身の調子という要素と、レース展開という外的な要素の両方があるのですね。
新城:
そうですね。他のスポーツは基本的には1対1だったり、チーム同士で勝ち負けを争いますよね。一方でロードレースは、ツール・ド・フランスで言えば180人が出走して、勝つのは一人だけ。つまり、179対1なんです。他の競技と比べても、圧倒的に負ける回数の方が多い競技です。いくら自分が強くても戦術で負けてしまえばレースには勝てないですね。なので、自分の勝ちパターンというものをいくつか持っておかなくてはいけないですし、自分が勝つためにはどうしたらいいのかを考えながら走ることが大事です。逆に、調子がものすごくいいわけではなくても、展開に恵まれれば勝てることもあります。
中山:
自分の強さだけでは完結しない競技なのですね。ロードレースにおいて、自分の調子がいいと感じるのはどのような時なのでしょうか?
新城:
自転車のクランクにはパワーメーターがついています。それによって自分が今何ワットで走っているのかがわかるんです。電子レンジと一緒ですね(笑)。時間によって出せるワット数が表示されており、自分の能力がだいたい数字でわかります。その中で、「このワット数が出ているのに、今日はすごく楽に踏めているな」と感じる時は調子がいいんですよね。自分の状態を数字として見ることができます。あとは、僕は長く競技を続けているので、パワーメーターを見なくてもだいたいの感覚はわかるんです。
中山:
実際に数字として表れるものもあれば、積み重ねてきた経験によって感覚としてわかる部分もあるのですね。
新城:
そうですね。スピードが上がってくると重いギアを回すのですが、自転車は足だけで漕いでいるように見えて、実は上半身も使うんですよ。上半身と下半身がうまく連動して、体を100パーセント使えている時は楽に踏むことができます。なので、体のコンディションや調子の良さは、自転車にまたがって踏み始めた時にわかりますね。
中山:
先ほど、自分の調子は良くてもレース展開次第では勝てないという話がありました。そもそもロードレースでは、どのようにレースプランを組み立て、その展開をコントロールしているのでしょうか?
新城:
まずロードレースには、大きく分けて二つの形式があります。街から街へと移動するラインレースと、同じコースを何周もする周回コースです。アマチュア時代は基本的に自分が勝つために走りますが、プロになるとそうはいきません。チームの中には役割分担があります。例えばツール・ド・フランスでは1チーム8人で出走し、その中に総合成績を狙うエースがいて、それを支えるサブエースやサポート選手がいます。コースによっては、平坦ステージで勝負するスプリンターをエースに据えることもあります。
なのでその日のコースによって、今日は誰のために走るのか、どういう展開をつくるのかというチームのプランが監督によって決まっているんです。もし自分たちにとって不利な展開になれば、そこからもう一度、自分たちが望む展開に戻さなければいけません。
ツール・ド・フランスであれば20チームほどが走っているので、それぞれのチームの動きを見ながら、自分たちと同じような作戦を考えているチームはどこか、逆に自分たちとは違う展開を狙っているのはどこなのかを判断します。自分たちにとって不利になる相手の動きがあれば、そのチームが有利にならないように作戦を潰すような動きをしていきます。
中山:
大前提として、その日のコースに応じたチームのプランがあり、全員がそこに向かってレースを進めていくのですね。
新城:
そうですね、常に頭を使っています。車でいうと、ガソリンの量が決まっていますよね。自転車も同じで、自分が出せるパワーや体力には限りがあります。それらをいかに、レースの中でマネジメントしていくかが重要になります。
例えば、120キロ地点までは力を出してほしいという役割を与えられたら、そこまでは自分の仕事をやり切らなければいけないです。途中で力を使い切ってしまえば自分の仕事を完了できなかったことになるので、チームメイトにしわ寄せがいってしまいます。なので常に自分の体の状況やコースの状況、レース展開のすべてを考えなくてはいけません。
中山:
レース中に処理しなければいけない情報が、ものすごく多い競技なのですね。その場で適切な判断をするためにも事前の準備が重要になると思いますが、新城さんはレースに向けてどのような準備をされているのでしょうか?
新城:
まず一つはトレーニングですね。そのレースに向けて自分のピークをつくっていくことは、どのスポーツでも同じだと思います。例えば、10分間の登りが勝負になるレースであれば、トレーニングでも10分間の登坂を多めに取り入れます。逆に1〜2分の短い登りが続くようなコースであれば、その時間帯で高い強度を出すトレーニングをします。レースシミュレーションのように、実際のレースで自分が頑張らなければいけない時間や場面を想定してそこを強くしていきます。
もう一つは、コース状況の勉強です。今はGoogleのZERO VIEWARを使えば、GPXデータからコースを全部見れるんですよ。昔は現地に行かないとわかりませんでしたが、今はどこに登りがあって、何%の勾配がどれくらい続くのか、各コーナーやフィニッシュ地点まですべて正確に把握できます。さらにサブスクリプションの機能を使えば、登りや下り、平坦といった各区間にはセグメントがあって、世界中の人たちがタイムを競っています。その登りを最も速く走った人のタイムも事前にわかるんです。

中山:
そこまで細かくコースを把握したうえでレースに臨むのですね。他にも準備段階でしていることは何ですか?
新城:
あとは、エネルギー管理ですね。僕らは車と同じで、走るためにはガソリンが必要です。どれだけエネルギーを体に蓄えられるかも、レースに向けた重要な準備になります。前日の昼食や夕食から調整を始めて、当日の朝食、さらにはレース中の補給まで含めて、一日に摂取するカーボの量を管理します。
他の競技とは違い、ロードレースの特徴は競技中にエネルギー補給ができることです。レースは4時間ほど続くこともありますが、スタートしたらフィニッシュまで基本的には止まることができないので走りながら補給するしかありません。
中山:
レース中の補給量も、あらかじめ決めているのでしょうか?
新城:
昔は細かく考えていませんでしたが、今は1時間に90〜120グラムの炭水化物を摂るといった基準もあります。それを栄養士がすべて計算してくれます。レース中にどれだけ補給したかをアプリ上で報告すると、その日の消費量や疲労度からレース後にどれくらいの炭水化物を摂るべきかまで計算してくれるんです。翌日にもレースがあれば、その距離や強度を考慮して、夕食や翌朝の食事まで調整していきます。なので、朝起きた時とレース後には必ず体重を測りますね。
中山:
炭水化物を補給しながらレースをしていても、朝とレース後では体重や体の状態は変わるのでしょうか?私も自身のスポーツ経験において、真夏の試合後に体重が2~3kg近く減るということがありました。
新城:
変わりますね。レース中に水分を100%補給し続けることはできないので、どうしても汗などで体重が落ちることはあります。ただ、大事なのは一気に落とさないことですね。翌朝にどのくらい戻っているかも含めて見ていますし、どれだけ食べて、どれだけ補給できているかを確認する一つの目安として体重を使っています。
もちろんダイエットが目的なら体重を落とすこともありますが、シーズンに入る頃にはある程度体重は落としてきているので、シーズン中に必要以上に体重を落とさないためにも日々確認しています。
中山:
体重だけでなく、体の中に必要なエネルギーを残しておくことも重要なのでしょうか?
新城:
そうですね。炭水化物を摂ることはすごく重要です。いろいろな実験でも、例えばマラソンで炭水化物を摂らない人と、30グラム摂る人、90グラム摂る人ではパフォーマンスの落ち方が全然違うというデータがあります。
体の中に炭水化物が残っていることで、パフォーマンスを維持しやすくなりますし回復にもつながります。一日だけのレースならまだしも何日間もトレーニングやレースをするとなると、回復のためには毎日体の中に炭水化物を入れておかなければいけません。例えば、残り10キロ、残り20分だから「もうお腹も空いてないし、補給しなくてもいいか」と考えるのではなくて、次の日のレースまで考えて補給しています。
中山:
走るために必要なものをその場しのぎではなく、次の日まで見据えながら常に入れ続けているのですね。
新城:
毎日レースやトレーニングがあるので、次の日の疲労のことまで考えています。なので、24時間営業中ですね。ずっと仕事中です(笑)。
【Code.2 - EMOTION】レースは答え合わせ───未知の緊張を自分への期待に変える
中山:
ロードレースは勝者が一人しかいない競技ですが、レース中に「今日は勝つのが難しいかもしれない」と感じた時、不安やネガティブな感情が生まれることはあるのでしょうか?
新城:
チームで走っている時は、それぞれに仕事が決まっています。言い方は悪いですが、自分自身が勝ちを狙っているわけではないんですよ。チームの誰かが勝てばいいという状況なので、そこまでネガティブになることはないですね。
ロードレースは180人が走って勝つのは1人。負けることの方が圧倒的に多い競技なので負けることには慣れていますし、いかにして勝つかということしか考えていません。そのためにどんな選択をするのが最善なのかということに集中していますね。だからこそ、勝った時の喜びは大きいです。
中山:
勝てないかもしれないという感情にとらわれるのではなく、その状況から何を選ぶのが最善なのかに意識を向けているのですね。
新城:
そうですね。他のスポーツであれば、基本的には勝つか負けるかじゃないですか。確率で言えば50%です。でも僕らはそもそも50%なんてないですからね。
中山:
そもそも勝つこと自体が難しい競技だからこそ、結果への不安よりも、勝つ可能性を少しでも高めるために何をするかを考え続けることが重要になるのですね。
新城:
もし優勝が不可能だとしたら、そこで終わりではなく少しでも上の順位を狙うことが次の選択肢になります。
中山:
そう考えると、ロードレースでは勝てるか、勝てないかという結果そのものに感情を左右されるより、その時々で次の選択へ意識を切り替えていくことが求められるのですね。一方で、レース中の不安とは別に、スタート前の緊張はどうでしょうか?
新城:
もう、しなくなりましたね。アマチュアの最初の頃はすごく緊張していましたが、プロになってからはほとんどないです。むしろ、レースはトレーニングの答え合わせのようなものです。これまでやってきたトレーニングが的確だったのか、足りなかったのか、もしくはやりすぎたのか。それによって、今日のレースで自分がどれくらいのパフォーマンスを出せるのかという期待感があります。
中山:
プロになってから緊張しなくなったのは、どのような背景があるのでしょうか?
新城:
場数を踏んできたことが大きいですね。アマチュアの頃でも年間40レースほど走っていましたし、プロになると年間60〜80レース走ります。そうなると毎回緊張していられなくなるんですよ。
中山:
アマチュアの頃からそれだけ多くのレースを経験していて、プロになるとさらにその数が増えるのですね。
新城:
そうですね。なので毎回緊張していたら、気が持たないです。
中山:
では、アマチュアの頃は何に対して緊張していたのでしょうか?
新城:
そもそも僕は、日本では自転車レースをやっていなかったんですよ。中学、高校とハンドボールをやっていて、高校を卒業した18歳の時に、いきなりフランスへ自転車をやりに行きました。なので最初は、自転車レースがどういうものなのかもわからなかったんです。レースの中で何が起こるのか、自分の目の前でどんな展開になるのかも未知数でした。自分の実力がどのくらい通用するのかもわからないですし、しかもフランスで周りが何を話しているのかもほとんどわからない状況でした。そういう環境自体もストレスにつながっていたんです。
中山:
競技の実戦経験もない状態でフランスに飛び込んだのは、すごく度胸があるなと思いました。
新城:
そうですね。競技自体は父がやっていたのである程度知ってはいましたが、自分自身が実際にレースを走る側になるのは初めてでしたから。
中山:
なるほど。先ほど、レース前は緊張よりも自分がどれくらいのパフォーマンスを出せるのかという期待感があるとおっしゃっていました。その期待感は、具体的にどのようなところから生まれるのでしょうか?
新城:
レースはトレーニングの成果を発揮する場所であり、これまでやってきたトレーニングが正解だったのかを確かめる機会でもあります。シーズンは大体10月で終わるのですが、11月、12月からトレーニングを始めて、翌年の2月や3月に初戦を迎えます。その3カ月間やってきたことが実際どうだったのか、これまで積み重ねてきた成果をレースで確認するわけです。その一年を占うレースに向けてずっとトレーニングしてきているので、その後も4月、5月とトレーニングは続いていきます。でも、自分がやってきたことが本当に良かったのかどうかは、結局レースでしか答えが出ないんですよね。
トレーニングでいいワットが出ていても、それだけでは評価にはつながらないですし、来年の年俸にも関係ないです。やっぱり一番大事なのはレースでしっかり走って、成績を出すことです。なので、「これだけやってきたんだから、できるでしょ」という、自分自身への期待に近いかもしれないですね。
中山:
レース前に期待を感じる時には、具体的にどのような根拠があるのでしょうか?
新城:
単純に、トレーニングでいいワットが出ている時ですね。そこは数字で見てわかります。自分の感覚だけだと迷うこともありますが、数字を見ると再確認できるのでそれが自信につながりますね。ただ、数字が良くても自分のフィジカルな感覚がついてこない時もあります。なので、自分の感覚と数字の両方がうまくシンクロした時に、「今回はいけるかもしれない」と思いますね。

中山:
逆に数字が思うように出ていない時には、不安になることはあるのでしょうか?
新城:
もちろんあります。ただ、ロードレースは競技時間が長いので、最初の1時間は苦しくて動かないと思っていても、最後には調子が上がってくることもあります。逆に、序盤は良くても後半に失速することもあります。ただ、長く競技を続けてきたことで場数を踏んでいるので、ある程度の取り返しはつきますね。年齢を重ねるにつれて、きつい時でも最低限の走りができるようになりました。
やっぱり若い頃は、良い時と悪い時の波が大きかったんです。でも経験を積むと、悪い日でもこれくらいはできるという自分のアベレージが見えてくるんです。なので、数字が少し悪いからといってそこまで不安になることはないですね。
中山:
アスリートの中には経験を重ねて逆に緊張しなくなることを課題に感じ、あえて自分を緊張感のある状態に持っていこうとする方もいます。新城さんはレース前に過度な緊張をすることはなくなったとのことですが、そのあたりはどのように捉えているのでしょうか?
新城:
まさにですが、ロードレースにおいて緊張感がないのはダメですね。下りでは時速100キロ近く出ますし、緊張感を持って走らないと転倒や事故につながります。最悪の場合、自転車に乗れなくなることだってあります。なので、胸がざわざわするような緊張ではなくて、注意力や集中力を保っていないといけません。
ただ、レース前はバスの中で音楽をかけてクラブみたいに踊ったりしていますよ(笑)。でも、いざレースが始まったらスイッチオンですね。そうでないと、死ぬ可能性だってある競技なので、本当に大変なことになります。
中山:
その緊張感というのは、長年経験を積んできたことで、自転車にまたがった瞬間に自然と集中モードへ入るようになったのでしょうか?
新城:
そうですね。僕らは普段から公道で練習するので、家を出て自転車にまたがり、道路に出た瞬間からスイッチが入ります。誰かが飛び出してくるかもしれないですし、動物が出てくることもあります。普段からある意味サバイバルなんですよね。一般道を走る以上何が起こるかわからないので、自転車にまたがったら自然と集中します。
もちろん、速く走るためには自分のペダリングにも意識を向けなければいけません。その一方で、道路状況にも目を配らなければいけないので、そうした複数のことを同時に処理するのは、この競技では当たり前のことです。競技を続けていると、自然と必要な情報が目に入るようになっていきます。
中山:
身体を動かし続けながら、周囲の状況を捉え、必要な情報を処理し続ける。その両方を同時に求められる競技なのですね。ロードレースに対する印象が変わりました。
【Code.3 - COGNITION】心拍数170でも頭は冷静に───「人生ゲーム」を走るマネジメント力
中山:
新城さんにとって、ロードレースという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?
新城:
僕にとっては人生ゲームです。競技という面で答えると、難しいですね。答えは一つじゃないと思います。ロードレースには、本当にいろんな側面があるんですよ。将棋のような駆け引きもありますし、フィジカルの強さも必要です。選手同士の騙し合いのような部分もあります。例えば、実際にはきつくないのにきつそうなふりをしたり、逆に本当は苦しいのに余裕そうな顔をすることもあります。
中山:
ということは、レース中は相手の表情も見ているのですね。
新城:
そうですね。顔色や息遣いを見ています。
中山:
相手の状態を観察しながら駆け引きをするという意味では、他の対人競技にも通じる部分があるのですね。
新城:
そして、将棋のような戦略性もあります。ロードレースは集団で走る競技なので、例えば登りに入る瞬間でも、集団の前方にいる選手と後方にいる選手では登り始めの状況がまったく違います。一つのコーナーを曲がるだけでも、10秒後に先頭を走らなければいけないとなると、それまでに使う力は大きく変わってきます。だからこそ、自分はどの位置にいるべきかという組み立ても常に考えなければいけないですし、チームメイトを守らなくてはいけません。なので、自転車ロードレースは人生ゲームみたいなものですね。
中山:
一つの要素だけでは決まらず、戦略や駆け引き、チームとの関係まで、いろいろな要素が絡み合うからこその人生ゲームなのですね。
新城:
そうですね。どのスポーツにもあることだと思いますが、一つの出来事でレース展開が一気に変わることもありますし、それによって人生が変わることもある競技です。ちゃんと見れば、日本人が好きなタイプの競技だと思いますよ。仲間同士で助け合いもありますし、プロチームではリーダーのために働くので、自分の成績を度外視して「この選手のために、ここまで仕事をする」という役割があります。そういう意味では、駅伝にも近いかもしれません。「あとは任せた」というように、仲間へ託していく競技でもあるんです。
中山:
ロードレースにおける助け合いとは、具体的にはどのようなことをするのでしょうか?
新城:
まず一番大きいのは、風の抵抗ですね。自転車は先頭を走る選手の後ろにつくことで、平坦であれば必要な力を半分に抑えることができます。これをスリップストリームと言います。登りでも時速20キロ以上出れば風の抵抗はありますし、前に誰かがいるだけで消耗は全然違います。なので、リーダーのためにチームメイトが前を走って風を切ることは大きな役割の一つです。
それ以外にも、150人以上が集団で走るので、落車のトラブルも含めて位置取りが非常に重要になります。例えばヨーロッパにはラウンドアバウト(環状交差点)が多いのですが、そこで集団が縦に伸びてしまうと、後方の選手は前に追いつくために大きな力を使わなければいけません。なので、できるだけチームで固まりながら走るんです。周りをチームメイトで囲めば、他チームの選手も簡単には入ってこられないですし、道幅にも限りがありますからね。この先で道が細くなると分かっていれば、その前にリーダーをいい位置まで運んでリーダーを守っていきます。

中山:
状況に応じてチーム全体が形を変えながら、その時々で必要な位置関係をつくっていくのですね。頭も身体も、ものすごいエネルギーを消費する競技だと感じます。
新城:
なので、心拍数が170くらいまで上がっている中でも、ずっとまともなことを考えなければいけないんですよ。レース展開を読んだり、転ばないように周囲を確認したり。心臓はバクバクしていますが、頭の中はできるだけ冷静でいないといけません。そこはトレーニングで身につけていく部分でもありますね。
中山:
身体は極限に近い状態なのに、頭は冷静に判断し続けなければならないのですね。レースが終わった後は、身体だけではなく頭も疲れている感覚になるのでしょうか?他の競技でも、試合後には身体より頭の方が疲れると話してくれるアスリートもいます。
新城:
そうですね。両方とも疲れています。
中山:
では、ロードレースというゲームにおいて必要な能力やスキルを一つ挙げるとしたら、新城さんは何を選びますか?
新城:
マネジメント能力は絶対に必要ですね。これはスポーツに限らず、会社を経営されている方にも共通することかもしれませんが、僕らは24時間営業なんですよ。寝ることも仕事ですし、食べることも仕事。もちろんトレーニングも仕事です。すべてにおいて、これは何のためにやっているのかを理解して行動することが大事です。それを一日だけではなく、一年間続けなければいけません。ある意味、修行僧みたいなものですよね。
食事もコントロールします。炭水化物の量を調整して、油ものもできるだけ避ける。シーズン中は節制することが多いですね。ただ、これが食べたいのに食べられないと考えるより、必要なものを食べる生活が当たり前になっています。レース中も基本的には準備されたものを口にするので、イレギュラーなことはほとんどありません。決められたものだけをチョイスするんです。
ある程度のこだわりは必要ですが、変にこだわりすぎるのも良くないと思っています。「これじゃなきゃダメ」と決めてしまうと、それがない時に対応できなくなってしまいます。柔軟すぎてもダメですが、締めるべきところはしっかり締めなくてはいけません。
一方で、オフシーズンは好きなことをやっていいと思っています。普通に体重も7〜8キロ増えますよ(笑)。そこからまた3カ月かけて落としていきますが、それも含めて自分の生活をマネジメントしていくということですね。
中山:
そうした生活全体を自分でマネジメントし、それを継続できる感覚は、長年の競技生活の中で身についていったものなのでしょうか?
新城:
そうですね。僕の場合、一番良かったのは、最初にフランスへ行った時の環境だったと思います。当時、プロチームに所属していた方の家に住まわせてもらっていたんです。福島晋一さんという僕を自転車の世界に誘ってくれた方で、高校を卒業した時に「フランスに来なよ」と言って、飛行機のチケットまで用意してくれました。
彼はレースで家を空けることも多かったですが、その生活を通してプロの自転車選手とはどういう生活をするのかを間近で見ることができました。なので、この世界に入った時からそういう生活が当たり前だったんです。逆にそれ以外の生活をあまり知らないので、僕にとっては苦ではないんですよね。
やっぱり普通の生活と、プロの自転車選手としての生活は違います。毎日トレーニングをしなければいけないですし、フランスにいた頃はチームメイトとのコミュニケーションも必要でした。チームとの関係性、自分自身の生活、トレーニングのすべてをプログラミングするように管理してきました。生まれた時からではないですが、僕にとってはそれが普通の生活になっているんです。他の生活を知らないというのもあるかもしれませんね。
【Code.4 - VISION】今の自分を超えてほしい───次の世代へつなぐヨーロッパへの道
中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?
新城:
今はたくさんのアイディアがありますが、それは僕ひとりで実現するには不可能です。1つ言うのであれば、多くの日本人ライダーがヨーロッパのレースで活躍してくれることが願いです。今の僕の成績を越えていく日本人ライダーを待っています。
中山:
自分の成績を超える日本人ライダーに出てきてほしいと思うようになったのは、どのような経験や思いが背景にあるのでしょうか?
新城:
そう思うようになったのは、去年くらいからですね。僕も41歳になって、選手としてのキャリアも終盤に差しかかっています。それでも今、ヨーロッパのプロロードレースの世界で戦っている日本人ライダーは、まだ僕しかいないんですよ。
僕が最後にツール・ド・フランスに出場したのは2016年です。もう10年近く、日本人選手が出場できていないことになります。僕自身、2009年に初めてツール・ド・フランスに出場しました。その前に日本人として戦後初めて出場したのが今中大介さんで、フィニッシュできなかったんです。それが、僕が出場する13年前のことです。今中さんの挑戦があって、その後、2009年に僕と別府史之さんが出場し、日本人として初めて完走することができました。
そこから17年が経ちました。僕自身は2016年が最後のツール・ド・フランス出場ですが、今中さんが出場してから僕が出るまでには13年のブランクがあったんです。そして今、また同じようなことが起きようとしています。時代はこれだけ変わっているのに、という思いがあります。
中山:
それだけ長く日本人選手が出場できていない現状について、率直にどのように感じていますか?
新城:
やはり寂しいですね。そもそもロードレースは、日本ではまだ大会も少なく、馴染みのあるスポーツとは言えません。でもヨーロッパでは本当にポピュラーで、文化として生活の中に根付いています。例えば、ヨーロッパの人に野球を見せると、「なぜ一塁に向かって走るんだ?」となるくらい野球は彼らにとって馴染みのないスポーツです。でもツール・ド・フランスは、それだけヨーロッパにとって身近な存在なんです。それなのに時代が変わってきていても、日本人選手が増えていないのは寂しいというか、自分自身がずっとやってきた競技だからこそもっと増えてほしいと思います。実際、コロンビアや、最近ではメキシコなど、さまざまな国から活躍する選手が出てきているので、日本人選手にももっと挑戦してほしいですね。
中山:
これから日本人選手が増えていくことで、どのような景色を見てみたいですか?
新城:
僕が2009年にツール・ド・フランスに出た時は、10年後には集団の中に5、6人の日本人がいて、みんな日本語で話しながら走っているのではないかと思っていました。でも、まだそうはなっていないですよね。僕自身、ヨーロッパで長く、ずっとアウェイの中を走ってきました。180人ほどいる集団の中で、日本人は自分だけという環境です。その中で、自分と同じ母国語を話せる選手がいるというのは特別な思いがあるんです。その景色を早く見てみたいですね。
中山:
そうした環境面とは別に、競技者としてヨーロッパで戦うために絶対に必要だと思うものは何ですか?
新城:
もう、たくさんあります。人によって持っているものも違いますから。ロードレースはチーム競技なので、どれだけ力があってもチームに馴染めなければ難しいですし、競技力があってもヨーロッパで生活を続けていく力がなければ、長く戦うことはできません。逆に、コミュニケーション能力がどれだけ高くても、プロの世界なので実力がなければ契約してもらえないので、いろいろな要素が必要なんです。
僕が2003年にヨーロッパへ来た頃は、今のようにインターネットが当たり前に使える時代ではありませんでした。それでも僕はここまでやってこられたわけです。今はインターネットもありますし、すぐに電話で連絡を取ることもできます。僕の場合、両親には日本を出る時に行ってくるねと伝えて、次に連絡したのは日本へ帰って成田空港に着いた時くらいでした(笑)。そう考えると、今は本当にいい時代になったと思います。
中山:
今のように、リアルタイムで情報を共有したり、すぐに日本と連絡を取ったりできる環境はありませんでしたよね。その中で、例えば日本のサッカー界では、世界で戦うためには個の強化が必要だとよく言われます。新城さんから見て、日本人選手がヨーロッパのロードレース界で戦っていくために、競技者として絶対に必要だと思うものは何ですか?
新城:
やっぱり、絶対的な実力が必要です。それがなければ、どうしようもないです。いくらコミュニケーションが取れて、いい代理人がついて、チームに入ることができたとしても、実力がなければチームは使ってくれません。それは大前提ですね。
ヨーロッパにいれば、現地のスカウトが選手を見ていますから、能力があればすぐに声がかかることもあります。その判断材料になるのが、トレーニングデータです。例えばVO2maxや自分の限界値は、データを見ればトレーナーにもわかります。選手の能力や、これからどれだけ伸びる可能性があるのかも、データを見れば一目瞭然です。
最近では、ジュニアの段階からプロチームのサテライトチームやデベロップメントチームに入る選手も増えています。実際にスカウトがレースを見に行き、成績を確認した上で、パワーメーターのデータを提出してほしいと求められることもあります。そのデータをもとに評価されるんです。なので、パワーメーターのデータは、自分の履歴書みたいなものですね。
中山:
数字が、選手としての能力を測る非常にわかりやすい指標になっているのですね。
新城:
それさえあれば、チームと話をするための一つの材料になります。

中山:
すごく面白いですね。先ほど「たくさんのアイデアがある」とおっしゃっていましたが、これから先、新城さん自身が挑戦したいことや、中でも特に実現したいと考えていることは何でしょうか?
新城:
これまで、本当にたくさんの方にお世話になってきました。最初に僕をフランスへ連れて行ってくれた福島晋一さんや、ヨーロッパでレースをしていた頃の浅田監督などです。ただ、今の自分がその方々に直接恩返しすることはできないんですよ。だからこそ、自分がこれからやるべきことは、次の世代につないでいくことなのかなと思っています。日本のサイクリング、ロードレースに何らかの形で貢献していきたいという思いはありますね。
中山:
その思いを具体的にどのような形にしていくかは、まだこれからという段階なのでしょうか?
新城:
そうですね。自分に何ができるのかを考えていきたいです。やっぱりロードレースは一人ではできません。僕自身、たくさんの人に助けてもらったからこそ、今もヨーロッパで走り続けることができています。だからこそ、そうした人と人とのつながりを、次の世代にもつないでいきたいんです。
もし僕が断ち切ってしまうと、これまで築いてきたヨーロッパとのコネクションも切れてしまうかもしれません。長年ヨーロッパでプロ生活を続けてきたことで、昔のチームメイトやスタッフが今ではさまざまなチームにいます。レース会場に行けば同窓会みたいになることもありますし、何かあればどこかのチームの誰かにつながれるような関係性ができています。
中山:
長いキャリアの中で築いてきたつながりを、次の世代が挑戦するために活かしていきたいということですね。
新城:
そうですね。もちろん、そうした環境を築いてきたのは僕一人ではありません。長年ヨーロッパに関わってきた監督やスタッフもいます。ただ、どれだけ環境やつながりがあっても、そこに挑戦する選手がいなければ始まりません。
僕がツール・ド・フランスを走っていた頃は、多くの日本のメディアの方が取材に来てくれていました。でも今、日本人選手が出場していない状況では、数人しか来られていません。やっぱり、中心に選手がいないと何も始まらないんです。ただ、環境自体は整っているので、良い選手さえ出てきてくれればいいなと思っています。
中山:
ここまでお話を伺うと、新城さんが長いキャリアの中で築いてきた経験や人とのつながりそのものが、次の世代にとって大きな財産になっているのだと感じます。これから選手としてどんな道を歩むのかはもちろん、その先でロードレース界にどう関わっていくのかも気になります。
新城:
おそらくサッカーも一緒だと思いますが、やりたいことやアイデアは皆さんたくさんあると思うんですよ。それを一つに絞るのか、違う方向からアプローチするのかという判断はすごく大事だと思っています。これまでここに来るまでにも、いろんな選択をしてきました。その選択が結果的に合っていたからこそ今の自分があると思うので、次のステップでもちゃんとした選択をしたいですね。
スポーツをやっていると、いつも何かを選ぶじゃないですか。右か左かという単純な話ではないですけど、常に選択の連続です。だからこそ、そのチョイスを間違えないようにしていきたいですね。
中山:
今日お話を伺っていて、ロードレースという競技の奥深さはもちろんですが、新城さん自身がこれまで、数え切れないほどの選択を重ねながらここまで歩んでこられたんだなということも強く感じました。
また、自分のエネルギーをどう考えて、どう活用していくのか。あるいはリカバリーをどう捉えるのか。自分の体を最大限に使いながら戦うための考え方には、すごく専門性を感じましたし、他の競技のアスリートにとっても参考になる部分がたくさんあるのではないかと思いました。また機会があれば、ぜひそういう部分についてもお話を聞かせていただけたら嬉しいです。
新城:
ぜひぜひ。そういう部分に関しては、サイクリングは結構進んでいると思います。
中山:
18歳でフランスへ渡るという大きな選択をはじめ、レースの中でも、その後の人生においても、その時々で自分なりの答えを選び続けてきた。その積み重ねが、今につながっているのだと感じました。新城さんがこれからどんな選択をしてどんな道を進んでいくのか、その歩みをこれからも楽しみにしています。今日は貴重なお話をありがとうございました!
新城:
ありがとうございました!
【After Dialog】
「スポーツをやっていると、いつも何かを選ぶじゃないですか」。対話の終盤、新城幸也はそう語った。振り返れば、この対話で語られてきたことの多くが選択につながっていた。180人の集団の中で、どの位置を取るのか。限られた体力をどこで使うのか。自分たちに不利な展開になれば、どのように流れを変えるのか。勝利が難しくなれば、その次に何を狙うのか。レース中、彼は身体を動かしながら、絶えず次の選択を重ねている。そのための準備もまた、選択の積み重ねだ。何を食べ、どれだけ休み、どんなトレーニングをするのか。すべてを何のためにやるのかと考え、一年間にわたって自分自身をマネジメントする。数字だけに頼るのではなく、自分の感覚と照らし合わせ、経験によって判断の精度を高めてきた。その始まりにあったのも、一つの大きな選択だった。
18歳で日本を離れ、自転車レースの経験もないままフランスへ渡る。言葉も、レースで何が起こるのかも、自分がどこまで通用するのかもわからない。それでもその道を選び、ヨーロッパのプロロードレース界で長いキャリアを築いてきた。そして今、彼が考えている次の選択は、自分だけのためのものではない。かつて自分をヨーロッパへ導いてくれた人たちがいたように、今度は自分が長いキャリアの中で築いてきた人とのつながりを、次の世代へ残していく。いつかヨーロッパの集団の中に5人、6人と日本人が走り、日本語で言葉を交わす。その景色を、彼は待っている。ロードレースは、自分一人の力では勝てない。そして、彼自身のキャリアもまた、一人で築いたものではなかった。だからこそ、そのつながりを途切らせない。レースの中で最善の道を選び続けてきたように、これまで積み重ねてきた経験とつながりをどの道へ託すのか。彼は今、次の世代へと続く新たなチョイスをしようとしている。『Dialog Code』
答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。
【Athlete Profile】
新城 幸也(あらしろ・ゆきや)
1984年9月22日生まれ、沖縄県出身。
サイクルロードレース選手。チームソリューションテック・NIPPO・ラーリ所属。
高校卒業後に本格的に自転車競技を始め、18歳でフランスへ渡る。2009年にフランスのプロチームと契約し、同年、戦後日本人2人目としてツール・ド・フランスに初出場。第2ステージで5位に入り、その後も世界最高峰の舞台でキャリアを重ねてきた。ツール・ド・フランスには通算7度出場し、2012年と2016年には敢闘賞を獲得。2011年アジア選手権ロードレース優勝、2007年・2013年・2022年全日本選手権ロードレース優勝。オリンピックにはロンドン2012より4大会連続出場した。2026年はソリューションテック・NIPPO・ラーリに所属し、41歳となった現在も現役選手として走り続けている。【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。

