Dialog Code
『自分の意思で走ることが、誰かの道になる───宮崎から世界へ向かう100mハードラーの現在地』 #清山ちさと Dialog Code
2026/6/3

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」
『Dialog Code』
強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。
今回登場するのは、
清山ちさと(陸上選手・いちご株式会社所属)
【Before Dialog】
100mハードルは、一瞬で勝負が決まる競技だ。スタートラインに立ち、ピストルが鳴り、1台目のハードルへ向かう。そのわずかな時間の中で、身体の状態、技術の精度、感情の揺れがすべて走りに表れる。清山ちさとは、良い状態でレースに入れている時を「課題にしっかりフォーカスできていて、周りが気にならない状態」と語る。会場の静寂や観客の視線を恐怖ではなく高揚として受け止め、「早く走りたい」と思えること。その一方で、勝たなければいけない、期待に応えなければいけないという意識が強くなりすぎると、緊張は過度な力みに変わり、走りを乱してしまう。かつては、周囲が望む「清山ちさと」を演じようとしていた。「宮崎から世界へ」という言葉も、最初から自分のものだったわけではない。だが、競技を続ける中で、彼女は少しずつ目標の主語を取り戻していく。誰かに期待されるからではなく、自分が本当に日本代表になりたい。自分が宮崎から世界を目指したい。そう思えるようになった時、緊張の質も、競技との向き合い方も変わっていった。彼女は、どのようにして自分の走りを、自分だけのものではない未来へつなげていったのか。さあ、彼女の思考を紐解いていこう。
【Code.1 - STATE】一台目に集約する思考───成功と失敗をデータとして持ち帰る
中山:
試合中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?
清山:
自分の取り組んでいる課題にしっかりフォーカスできて、周りが気にならない状態です。また、スタートラインに立つ時に、「早く走りたい」とワクワクする高揚感を持っている時が多いです。
中山:
「早く走りたい」と感じる瞬間は、具体的にどんな感覚でしょうか?
清山:
会場がわーっと盛り上がっていても、陸上のスタート前は本当に音が鳴らないくらい、シーンと静まり返るじゃないですか。見てくださっているお客さんも含めて、会場全体がピストルが鳴るまでの一瞬で静かに黙り込む。それが私の中で、以前は「ちょっと怖いな、緊張するな」という嫌な感覚だったんです。
でも、ワクワク感を持てた時は結果の勝ち負けに関わらず、すごく楽しい印象として残るんですよね。日本選手権のような一番大きな大会はピリピリした雰囲気になりますが、ゴールデングランプリのような大会はお祭り感覚で挑める試合だと思っています。そういう会場の雰囲気もありますし、身体の状態というよりは「心の状態」が良い時ほど、ワクワクする気持ちが大きくなります。
「早く走りたい」というのも、勝ち負けや「良い走りをしなきゃいけない」という義務感にフォーカスしているのではなく、単純に「早く走りたい」「早くみんなと勝負したい」と思えている時の方が、結果も自然とついてくるパターンが多いです。
中山:
100mハードルという競技において、「課題にフォーカスする」とは具体的にどのようなことを意識されるのですか?
清山:
私はとにかく、スタートから1台目のハードルまでの練習に取り組んでいるので、そこへの意識ですね。緊張しすぎると頭が真っ白になって、走りがバラバラになりがちなんです。無意識でできるレベルまで技術が自動化されていればいいのですが、いつも意識している課題を頭で考えている時の方が、周りの選手がどうこうといった雑念に気が散らない気がします。
実は、過度な緊張でどうしようもない時期がずっと続いていたのですが、ある時「勝負よりも、まずはこのレースで何が良くて何が悪かったか、失敗と成功のデータを持ち帰ろう」と意識をシフトしたんです。その時に課題に集中してみたら、全然過度の緊張がなくなり意識的にやるようになりました。それでも、やっぱり緊張が大きすぎると意識しようと思っても気が散ってしまい、集中しきれない時もあります。
中山:
会場の盛り上がりやワクワク感が背中を押してくれる一方で、周りに意識がいきすぎることで緊張が高まり、頭が真っ白になってしまうこともある。強みである繊細な感覚が、良い方にも、良くない方にも働く両面があるのかなと感じました。
清山:
本当にその通りです。
中山:
そうすると、自然に課題にフォーカスできているというよりは、自分で意識的にコントロールされている感覚なのでしょうか?
清山:
自分で意識的に「こっちだよ」と、内に意識を戻すようにしています。
中山:
100mハードルは他の競技に比べて、「一瞬で終わる競技」だと思います。そうなった時、何に一番意識的にフォーカスするものなのですか?例えばスタートから1台目さえうまく乗れれば、あとは自動的に調子が良くなるのでしょうか?
清山:
そうです。そこだけうまくハマってしまえば、それ以降の走りは自動化されている部分が大きいので、最初のハードダッシュさえ決まれば、あとは自然に乗っていけます。だからこそ、ここだけは失敗しないように強く意識しています。
それ以降で他の選手と競り合ってしまったら、もうそれどころではなく、一生懸命走るしかないです。もっと俯瞰して自分の走りが見られるところまでいけたら、より高いレベルにいけるのかもしれないですが、やっぱりレース中にそこまで意識する余裕はまだなくて、今は一生懸命走ることしか考えていないですね。
中山:
若い頃と現在を比べると、スタート前の感覚はどのように変化してきましたか?
清山:
社会人になりたての頃は、陸上が「お仕事」になったこともあって、「結果を出さなきゃいけない。私はプロなのだから」と、誰に言われたわけでもないのに無駄に自分を追い込んでいました。練習ではすごく調子がいいのに、試合になると全然ダメになるということがよくありました。その時は最初に言ったような「自分の課題」もすっ飛んで頭が真っ白になり、ピストルが鳴ったらただ走り出すだけ、という悪循環に陥っていました。
そこを今は、少しずつ自分でコントロールできるようになってきたので、精神的な成長がしっかりと結果を出せるようになってきた一つの大きな要因かなと思っています。

中山:
うまくいく時・いかない時の振り返りは、普段どのように行っているのですか?
清山:
基本的には、試合のデータを紐解いていくパターンが多いです。100mハードル全体の走りを見て「ここがどうだったか」という技術的な修正をするのと同時に、最近は感情の部分でも「あの時どういう感情だったかな」と考えるようになりました。あと、よくやるのは調子が良かった時の走りと比較して、技術がどう違っているかを見るアプローチです。良い時の感覚や技術をベースにして毎試合の結果を評価し、次に生かす計画を立てています。
中山:
具体的にはどのような方法をとっていますか?
清山:
まずはコーチと話します。それから、所属している陸上部の監督(石原実 いちご副社長兼COO)に向けて私たちは毎日「練習日報」を書いているので、試合の結果報告も送るんです。そこで自分と対話する時間がしっかりと作れています。
「予選の走りはどうだったか」「決勝はどうだったか」を文章にするのですが、監督とはもう10年目の付き合いになるので理解は深いものの、陸上競技の経験者ではないんです。だからこそ「未経験の人にどう伝えれば伝わるか」を考えて、本当に噛み砕いた言葉になるまで落とし込んで反省する。この時間があるからこそ、次に向けてどうすべきかが明確になります。
試合が終わったその日のうちにまず日報を作って報告し、次の練習までにコーチと「ここがこうだった」と話し合います。さらに足りない部分はトレーナーさんとも共有して、「こういう動きがしたいから、このためのトレーニングはありませんか?」と相談します。まずは自分で考えて、そこからコーチ、トレーナー、監督と共有し、全員の方向性が同じ方向を向いているかどうかを確認しています。
中山:
特に「未経験の監督に伝えるために言葉を噛み砕く」というプロセスは、自身の思考の抽象化や、表現の解像度を上げることにかなり繋がっていそうです。
清山:
去年のシーズンからは、さらにプラスして勤務している所属部署の部長にも送るようにしたんです。そうなると、より一層噛み砕かないと伝わらないので、自分の中で走りを言語化して考える時間はかなり増えました。
中山:
アスリートによってはこういった日報の提出を「面倒くさい」と感じたり、「専門外の人になんでここまで説明しなきゃいけないんだ」と嫌がったりする人もいると思います。清山さんはどういう気持ちで向き合って、10年も続けられているのですか?向き合うことや、そもそも書くこと自体が好きなのですか?
清山:
結構好きですね。日記を書くような気持ちで、スマホで打ってメールで送っています。自分で文章として残しておくと、試合の時に「あの調子が良かった時、何を意識してたっけ?」とパッと振り返ることができますし、メールでのやり取りは記録に残るのですごくいいことだなと感じています。もう10年ほど取り組んでいますが、本当にプラスですね。
もちろん、調子が悪い時や練習がうまくいかなかった時は「めんどくさいな…」と思いながら書くこともあります(笑)。そういう時もデータとして残すのは大事だなと。時には「今日何書こう」と書くことに困る日もありますが、自分の走りの動画を見ながらやれば、「ここは良かった、ここは悪かった」というのは絶対にあります。嫌な現実からもちゃんと逃げずに、向き合わなきゃいけない。そうやって振り返る「仕組み」を作ってもらえているので、1日の終わりの5分、10分でも、寝る前に自分と向き合う時間が作れているのは、自分にとってすごく良いことなのだなと実感しました。
【Code.2 - EMOTION】期待から主体へ───望まれる自分を脱ぎ、自分のために走る
中山:
試合前や試合中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、清山さんにとってどのような存在ですか?
清山:
過度な緊張は身体に無駄な力が入ってしまい力みとなってしまいますが、ある程度の緊張は必要で、緊張感があった方が集中できるので、私にとってネガティブな要素もポジティブな要素も兼ね備えていると思います。ただ不安な気持ちは、ネガティブ要素に繋がりやすい経験がこれまで多かったので、できるだけ持たずに試合を迎えられるよう日々トレーニングで準備しています。
中山:
「緊張」と「不安」を明確に分けて考えている印象を受けたのですが、ご自身の中ではどう違いますか?
清山:
私は、自信がある時ほど「緊張」する気がしているんです。それは自分に期待してしまうからだと思います。逆に「結果は出ないだろうな」「勝てないだろうな」と思っている時は、「やばい、どうしよう」という緊張はあまりなくて、その時は「不安」の方が大きいんです。
なので、緊張は私の中で「いい捉え方」をしています。ただ、それがいき過ぎてしまうと頭が真っ白になってしまう。その度合いによってネガティブにもポジティブにもなりますが、基本的には緊張をポジティブに捉えているものだと思います。
中山:
清山さんにとって、過度な緊張を生む要因になっていたものは何ですか?
清山:
これまでは「日本代表がかかっている」「ここで結果を出さなきゃ選ばれない、勝たなきゃいけない」と思っている時はすごく緊張していましたね。特に社会人になりたての頃は、「周囲の期待に応えなきゃいけない」という思いで自分で自分の首を絞めて、過緊張になっていました。初期の頃は本当に、良くも悪くも「人のために走っていたな」と思います。「こう言った方がみんな嬉しいんだろうな」「こういう目標を立てた方がみんな喜ぶんだろうな」と考えすぎて、いい子になりすぎていたというか。
高校生の時からインターハイで優勝していたことなどもあって、悪い意味で取材慣れしていた部分もありました。メディアの方から「こういうワードが欲しいんだろうな」というのを察して、みんなが望む「清山ちさと」を勝手に自分で演じてしまっていて、それがすごく苦しかったんです。
でも、ここ4~5年くらいから「本当に自分が代表になりたい」という気持ちが少しずつ大きくなってきました。自分に自信が出てきて、「本当にこうなりたい」「自分がこうしたい」という自分主体の目標を持てるようになってからは、緊張の持ち方が変わって、苦しい緊張ではなくなってきたなと思います。

中山:
先ほど「不安は準備で減らす」という言葉もありました。競技において、何が不安になる要素として大きいのでしょうか?
清山:
100mハードルは障害物を超えていく種目なので、ハードル間の距離は決まっています。だからこそ、その日のコンディションによって感覚が全く違ってくるのが問題点なんです。大会に向けて調子のピークを合わせていく中で、すごく調子が良くても走りが噛み合わないことがあります。練習の時と感覚が違って、ハードルが自分に向かって迫ってくる速さが全然違う、というようなことがどうしても起こるんです。
ウォーミングアップ中に「なんかいつもと感覚が違うな」となると、一気に不安要素が出てきてしまって、スタートラインに立つ時に「大丈夫かな…」と思ってしまう。アップがうまくいかない時は、不安を抱えてしまいますね。逆に、アップですごく調子が良くて、自分の思う通りにコントロールして走れると、自信を持って不安なく臨めます。
中山:
ウォーミングアップで不安が生まれてしまった場合、スタートに立つまでにあまり時間はないですよね。その不安にはどう向き合うのでしょうか?
清山:
いつまでも悪いイメージを考えすぎないように、いい時のイメージをすることと、「どうにかなる」と思うようにします。あとは、競技場の中に入った時に、公式練習として1回だけダッシュの練習ができるんです。そこで会場の雰囲気を感じながら、もう一度調整して不安をなくすことが多いですね。
アップで上手くいかなくても、本当にスタート直前の公式練習で集中してうまく合わせれば、ウォーミングアップとは全く違う動きができたりするので不安なくスタートできます。もしその直前練習でも上手くいかなかった時は、「どうにかなる」と思いながら自分の課題のことだけをとにかく考えて、スタートラインに立つようにしています。
中山:
この短時間での変化は何によって起きるのでしょうか?意識や集中力なのでしょうか?
清山:
それもあると思います。ウォーミングアップ中に悪い方に頭がぐるぐる回って「ダメだ」と変なスイッチが入ってしまい、動きが萎縮しちゃうことがあるんです。でも、そこで気持ちを切り替えて、深呼吸をしたり、「もう大丈夫」と自分に言い聞かせながらもう一回練習すると、上手くいくことが多いです。
身体の状態自体は、その短い時間で絶対に変わっていないはずなんです。だからこそ、気持ちのコントロールをして不安を取り除けるかどうかだと思いますね。ウォーミングアップ中と公式練習で何が違うかと言ったら、考え方の持ち方と組み立て方だけだと思います。
中山:
思考や感情の変化がパフォーマンスにかなり影響しているのですね。
清山:
本当にそう思いますね。
中山:
「代表になりたい」という自分主体の思いによって、緊張も自然と適切な位置にコントロールできているのでしょうか? それとも、最近の清山さんならではの緊張への向き合い方があるのでしょうか?
清山:
ある程度自分に自信がついてきたのもあって、最近は過緊張にならなくなってきました。ただ、去年の日本選手権だけは、どうしても順位を取らなきゃいけなかったので過緊張になってしまって。でもそれを除けば、去年のシーズンは比較的ずっとワクワクした気持ちで試合に臨むことができたので、去年くらいから大きく変わりましたね。
中山:
「結果を出さなきゃ、こうしなきゃ」という状態から、自分主体の目標へと自然に移行できたのは、なぜでしょうか?
清山:
東京オリンピックの時、私の所属会社にウエイトリフティング部の三宅宏実さんがいらっしゃって、34、35歳で日本代表としてオリンピックに出ていたんです。私も本当はあの舞台に出たかったけれど、全然ダメで。でも三宅さんの応援をしようと思ってリアルタイムで試合を見ていたら勝手に涙が出てきてしまって、「私もこうなりたいな」と自然と思えたんです。
当時、私も30歳になる年だったので、今後の競技生活をどうするか考える分岐点でもありました。「今後も陸上を続けるのなら、やっぱり私も日本代表になりたい」と、その姿を見て自然と思えるようになって。誰かのための目標ではなく、自分のための目標に変わったのは、間違いなくそこですね。そこから「やっぱり自分でやりたい」「日本代表になりたい」と強く思うようになってから結果もついてきたので、ターニングポイントはそこだと思います。
中山:
その気づきは、清山さんにとってとても大きかったのだろうと感じます。。
清山:
それまでは、変に利他主義が大きすぎたというか。もちろん、自分のためだけにやっていたら追い込みきれない、やりきれない部分というのはありますが、私の場合は「自分のための気持ち」がなさすぎました。人のためにやりすぎていたからこそ、どこかしら精神的にしんどくなった時に、乗り越えきれなかったのだと思います。
その当時もちゃんと一生懸命やっていたとは思うのですが、今と比べたら、やっぱり自分でちゃんと考えていなかったな、主体的じゃなかったなとすごく感じます。やっぱりアスリートは、良い意味でわがままというか、自分の気持ちをもっと押し出すことってすごく大事なのだなというのを、ここ数年で本当に強く感じていますね。今は、そういう気持ちも素直に言えるようになってきたなと思います。
【Code.3 - COGNITION】個人競技ではない100mハードル───主人公の人柄とチームの力で攻略する
中山:
清山さんにとって、陸上という競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?
清山:
チームで課題を攻略しながら進んでいく、RPGみたいな感覚です。目標を立てて、計画と実行をして、試合結果からこれまでを反省して、またチームの方々にも協力してもらいながら解決してクリアして進んでいくのがRPGに似ているなと感じます。勝ち負けだけではなくて、一つの課題をクリアしたらまた次の課題が出てくるので、そこを攻略していくのがとても楽しく感じています。
中山:
どのあたりが一番RPGらしさを感じますか?
清山:
次から次へと課題が出てくるところですね。一面をクリアしたら二面、二面をクリアしたら三面へと進んでいく感覚です。私、もともとそういうゲームがすごく好きなんです。ゲームでも勝敗がつくのが悔しいので、個人個人でバトルするゲームはあまり得意ではなくて(笑)。負けず嫌いなのもあるのですが、みんなで協力してどう攻略していくか、というゲームの方が好きなんです。
陸上も本当にそれと同じだなと思っていて、私は課題を一つずつクリアしていくプロセス自体がすごく好きなんですよ。「できない」を「できる」に変えていくのが、ものすごく気持ちいい。もちろんタイムが速くなるのも楽しいのですが、年齢を重ねてからは、この「できないことができるようになる瞬間」が一番楽しいんです。一本一本のダッシュの中で、自分の身体をどう動かせばいいかを微調整して、「今こう動かしたからこういう走りになった。じゃあ次はこうしてみよう」と考える時間がすごく充実しています。
今は日本記録を目指しているのですが、以前の私はずっと13秒台で、12秒台というのは昔の自分からしたら本当にキラキラした憧れの世界だったんです。「12秒99」でも出したら、みんなが「うわーっ!」ってなるような世界で、私も「12秒台で走ってみたい」とずっと思っていました。でも、いざ自分が出してみたら、「あ、こんなもんか」って感じちゃったんですよね。やっぱりその世界に行くと、また次の目標も出てきますし、次の課題も出てくる。終わりがないこの感覚が、すごくRPGに似ているなと思います。RPGはボスを倒したら終わりですけど、陸上は永遠に続くところがすごく楽しいですね。
中山:
実際に自分が記録した結果というのは、あくまでただの結果でしかないという感覚なのでしょうか?
清山:
そうですね、やっている過程がとにかく好きなんです。もちろん、結果が出ない時は楽しくないですし「面白くないな」と思いますけど、その苦しい時期を経て、少しずつ前に進めているのが実感できます。そこがやっていて楽しいなと思います。
陸上は勝ち負けだけじゃないと思えるようになったのは、先ほど話したように「本当に自分でやりたい、自分がここを目指したい」と、主体的になってからですね。そのあたりから気持ちの変化がありました。
中山:
一般的なイメージでは、陸上選手は「一人で戦っている」という印象があると思います。清山さんはなぜ「チームでやっている」という感覚を強く持たれているのですか?
清山:
実は私も、学生の時は「陸上は個人競技でしょ、頑張るのは自分一人でしょ」と思っていたんです。でも社会人になって、本当にたくさんの人を巻き込んで、「チームいちご」として、あるいは「チーム清山」として、いろんな人が関わって動いてくれている。それを実感してから、陸上は個人競技じゃないんだなと強く感じるようになりました。
すごく失礼な言い方になってしまうのですが、学生の時は、指導してくれる先生がいて、一緒に走るチームメイトがいる環境が当たり前すぎて、そのありがたさに気づけていなかったんです。いるのが当たり前だから、「頑張るのは私」という思考になっていた。
でも大人になると、いつでもコーチが付きっきりで見てくれるわけではないですし、コーチ陣も他のお仕事を色々と抱えながら、私のために時間を割いてくれています。そういう周囲のサポートが「当たり前じゃなかったんだ」と気づいたところから、よりチームを意識するようになりました。「一人では絶対にできないんだな」というのは、社会に出てから本当に感じたことですね。
中山:
全員が違う役割を持っている中で、清山さんが大切にしていることは何ですか?
清山:
やっぱり「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」ですね。情報共有をしっかりしておかないと、全員の方向性がバラバラになってしまいますから。「私がやりたいことはこれです」と発信した時に、コーチ、トレーナー、会社のサポート体制が、それぞれの専門的な視点から、私の目標に付随して動いてくれるんです。だからこそ、日頃の情報共有や試合ごとの反省の共有はすごく大事だなと思います。
私たちは年に1回、シーズンが終わった後に「大反省会」をするんです。毎試合の振り返りだけでなく、1年間全体を通してどうだったかをみんなで振り返って、「じゃあ次のシーズンはどうしますか?」という流れを話し合います。そういう場を作らないと、やりたいことの足並みが揃わなくなってしまうからです。情報を共有して、全員で同じ目標を握り合うことはすごく大切にしています。
中山:
では、この「100mハードル」というRPGにおいて、どんな能力やスキルを備えている人が強いプレイヤーになれると思いますか?
清山:
以前、トレーナーさんに言われてハッとした言葉があるんです。私が「今は本当に一人ではやっていけないと痛感している」という話をした時に、「それを一緒にやってくれる周りの人たちは、主人公である清山さんの人柄があるから集まっているんだよ。その人徳がないと周りは賛同しないし、みんなが『清山さんのために何かしたい』と思ってついてきてくれるのは、清山さんの人柄だよ」と言ってもらえたことがあって、そういう主人公としての資質も必要なのかなと思いました。
私自身がこの年齢まで競技を続けてきて必要だと感じるのは、忍耐力というか、良い時も悪い時も、つらい時も楽しい時も乗り越える力ですね。あとはアイテム、つまり「引き出し」がいっぱいある人は強いんじゃないかなと思います。
中山:
ここでいう「引き出し」や「アイテム」とは、具体的にどういうものですか?
清山:
課題をクリアしたい時に、選択肢はたくさんあった方がいいですよね。私自身、自分一人の力だけではなく、いろんな人の引き出しからアイテム(アイディア)をいっぱいもらいながら、ここまで競技を続けてこられました。「アイテムを持っている仲間」がたくさん周囲にいてくれると、本当に強いなと感じます。それらのアイテムを自分で噛み砕いて落とし込んで、自分のものにしながら、今も進んでいます。
中山:
そう考えると、アスリートは経営者と似ているかもしれませんね。その人自身に魅力や人柄がないと、周りに人が乗っかってこない部分が共通していると思います。
清山:
上に立つ人や第一線で活躍している人は、「心」も備わっていなければいけないというのは最近すごく感じますね。トップアスリートの方たちを見渡しても、「人としてどうなんだろう?」という人はあまりいないというか、本当にちゃんとしている方ばかりです。競技力だけではなく、人柄もすごく大事なのだなと思いますね。

【Code.4 - VISION】地元の希望へ───日本一を目指す過程を、宮崎の次世代に還元する
中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?
清山:
まずは現役生活の中で、日本一や日本記録の更新を目指し、その景色を実際に見てみたいと思っています。また、ここ数年で競技を終えた後の未来について考える機会も増えました。アスリートとして結果を残すだけでなく、引退後に自分に何ができるのかを考えるようになっています。
そして、生まれ育った大好きな宮崎で、お世話になっているいちごを通して何か恩返しをしたいという気持ちが強くあります。世代を越えた各カテゴリーへの指導や、競技の枠を越えた指導、さらに陸上競技やハードル種目の普及活動にも携わっていきたいと考えています。私が学生時代には、シニアで活躍する女性選手の存在が身近に多くはありませんでした。だからこそ、今度は自分が後輩たちに背中で示せる存在になりたいと思っています。そのためにも、まずは自分自身が結果を残すことが使命だと感じています。
中山:
「宮崎から世界へ」という思いは、いつ頃から強くなってきたのでしょうか?
清山:
それも実は、最初は言わされてたところがあったんです。「宮崎から世界へ」というキャッチフレーズができてしまい、東京の選手たちと戦う地方の人間という意味でもメディアが言いやすかったのだと思います。最初は自信がなかったですし、「私は代表のレベルにはいない」と思っていたので、そう言わされるのがすごく嫌だったんです。
でも、東京オリンピックの時から本当に意識するようになって、そこから色々と考え始めました。「背中で見せたいな」という思いも、その頃からです。
最近、本当に少しずつですが、大学を卒業しても陸上を続けてくれる女の子たちが宮崎でも出てきたんです。それを見るたびに「やっててよかったな」と感じますね。自分がこうやって走り続けることで、女の子たちの選択肢を一つでも増やせているのだとしたら、ここまでやってきた意味はあったのかなと。たとえ自分が代表になれなかったとしても、私がそこを目指す途中で、陸上を続けてくれる子が周りに増えるだけでもすごく嬉しく思います。
中山:
「長く現役で活躍している女性アスリートが少ない」と感じてこられた中で、清山さん自身は彼女たちにとってどんな存在でいたいですか?
清山:
清山さんみたいに活躍したいと言ってもらえるのはすごく嬉しいです。最近は小学生の女の子たちからも「清山さんみたいに陸上選手になりたいです」と言ってもらえるようになって。私が小さかった頃は、そんな風に陸上選手になる夢なんて持っていなかったので、子どもたちの夢や目標、理想像になれているのだとしたらすごく嬉しいですし、宮崎で陸上をやり続けている価値はあるのかなと強く感じます。
中山:
彼女たちのロールモデルになっていくような存在ですね。
清山:
はい。私が学生の時は、身近にそういう人が全くいなくて。ただ、国スポは世代を超えて一つのチームになるので、その時に違う年代の選手たちと深く触れ合えるんです。その時に、自分たちの身近に目標となる先輩がいるのはすごく心強いはずなんですよね。「こうなりたいな」と思えるキラキラした世界がすぐ近くにあるだけで、子どもたちの選択肢はきっと色々広がるはず。だからこそ、私が学生の時になかった世界を、今度は私が近くで見せてあげたいなと感じています。
中山:
競技を終えた後の未来や、ご自身のキャリアを考えるようになったことで、競技や人生に対する価値観の変化はありましたか?
清山:
これまでは正直、自分の持っている技術や感覚のノウハウを教えたくないというか、現役でやっているうちは全てをひけらかすのは違うかなって思っていたんです。でも今は、「現役で身体が動かせる今だからこそ見せたい。次の世代のために私が何ができるのだろう」と、すごく考えるようになりました。
積極的に陸上教室もやりたいですし、シーズン中はスケジュール的に厳しいですが、シーズンオフは子どもたちや陸上をやっている中高生と積極的に関わりたいです。去年は小学校を回らせてもらって、陸上をやっていない子たちに走る楽しさやハードルを教える機会をいただいたのですが、それがすごく楽しくて。まるで原石を見つけ出すような感覚でした。「次の宮崎から、また全国や世界に飛び立ってくれる子たちを育ててみたい」という気持ちが生まれてきたので、引退後の未来を見据える中で、指導者としての気持ちが少しずつ芽生えてきているのは確かですね。
中山:
元々は「自分の技術を外に出したくない」と思われていたのが面白いですね。個人競技の選手からは「ライバルが強くなるから」「弱みを知られたくないから」という理由でそういった声をよく耳にしますが、清山さんの場合はどのような背景があったのですか?
清山:
子どもたちに対しては昔から抵抗はなかったのですが、宮崎に限らず、全国各地の現役のライバルたちから「どういう意識で走ってますか?」と聞かれることがあるんです。最初は「どこまで全部言おうかな…」という気持ちもありました。
でも、今はもう何も隠さず、「こう意識したよ」と全て言えるようになりました。それは私だけではなく、今のハードル界全体が「みんなで情報を共有し合って高め合おう」という風潮になりつつあるんです。だからこそ、ここ最近で日本のハードル界のレベルが一気に上がってきたのだなと、身をもって実感しています。
自分が今持っているものを後輩や周りに共有することは、決して損ではなく、巡り巡って自分にもプラスになって返ってくるんだなと気づけました。言葉にすることで自分自身への落とし込みにもなりますし、最近は一緒にやっている練習パートナーの子にも積極的に教えたりし始めています。そのあたりは、昔と比べてかなり変わってきた部分ですね。
中山:
最後に、この競技人生を振り返って「本当にやって良かったな」と思えるのは、どんな景色が見えた時だと思いますか?
清山:
それこそ来年、地元である宮崎で国スポが開催されるんです。地元で全国大会があるというのは、やっぱり一つ大きな魅力です。私自身、ここから先それほど長く現役を続けることは考えていないので、来年そこまで走れるかどうかは今の段階ではまだ判断できません。とりあえず「この1年を全力でやってみてから」というところなので、まだ出場が確定しているわけではないのですが、でもその会場のイメージは頭の中で鮮明にできています。
「清山さん、本当にお疲れ様でした!」と、たくさん応援してくれる地元の人たちが会場に集まってくれて、競技場全体が盛り上がっている景色を見ることができたら、「ここまで陸上をやっていて本当によかったな」と心の底から感じられそうだなと思っています。地元で走るというのは、私にとってそれくらい大きな意味を持っています。
もちろん、日本代表になった時の景色や、日本記録を出した時の景色も思い浮かべるのですが、それ以上に地元で盛り上がる全国大会のあの温かい雰囲気を想像すると、一番胸が熱くなりますね。
中山:
その地元の皆さんのエネルギーが、今の清山さんにとって一番のガソリンになっているのですね。
清山:
社会人になってから、応援の力をより肌で感じるようになりました。学生の時は筑波大学にいたので、宮崎ではないし地元でもない。部員もたくさんいたので、自分個人への応援というのはそこまで強く感じられていなかったんです。
でも宮崎に帰ってきてからは、街で全く知らないおじいちゃんやおばあちゃんからも「清山さんでしょ? 頑張ってね!」と声をかけてもらえるようになって。地方の方が地元愛がすごく強いじゃないですか。「私はこんなにも応援されているんだ」と強く実感できるようになったので、地元への特別な思いというのは、自分の中にずっと大きな原動力としてありますね。
中山:
誰かの期待に応えるための苦しい走りを経て、自分のために矢印を向け、そしてその走りが今、宮崎の次の世代や応援してくれる人たちの希望という「アイテム」になって循環しているのですね。来年の国スポ、そしてこれからの挑戦で、思い描く最高の景色に出会えることを心から応援しています。今日は貴重なお話をありがとうございました!
清山:
ありがとうございました!

【After Dialog】
清山ちさとの言葉を追っていくと、競技人生の主語が少しずつ変化してきたことが見えてくる。かつては、期待に応えるために走っていた。メディアや周囲が望む言葉を察し、良い目標を掲げ、望まれる自分であろうとしていた。その姿勢は真面目さでもあるが、同時に彼女自身を苦しめるものでもあった。しかし今の彼女は、自分の意思でスタートラインに立っている。「代表になりたい」「日本記録を出したい」「宮崎から世界へ行きたい」。そうした目標を、自分の言葉として引き受け直したことで、緊張はただの重圧ではなく、自分への期待として扱えるものになった。不安が生まれた時は、課題へ意識を戻し、準備と確認で整える。走りを日報に残し、コーチやトレーナー、会社の部長と共有することで、感覚を言葉に変え、次のレースへつなげていく。印象的なのは、彼女が陸上を「個人競技」として閉じていないことだ。100mハードルを、チームで課題を攻略していくRPGのように捉え、周囲の知識や支えを自分の引き出しに変えている。そして、その先にあるのは、自分だけの記録ではない。宮崎の子どもたち、競技を続ける後輩たち、地元で応援してくれる人たちへ、自分の走りを還元していく未来だ。誰かの期待に応えるために走るのではなく、自分の意思で走る。そして、その姿がまた誰かの選択肢になる。その競技人生は、見る者へ希望を与えていくだろう。『Dialog Code』
答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
清山 ちさと(きよやま・ちさと)
1991年7月24日生まれ、宮崎県出身。
陸上選手。いちご株式会社所属。
宮崎商業高校時代から全国トップレベルで活躍し、3年時には100mハードルでインターハイなど3大会を制覇。筑波大学、同大学院を経て、2016年から宮交シティ・いちご陸上部で競技を継続してきた。2023年に100mハードルで12秒台に到達し、近年レベルが急速に上がる日本女子ハードル界の一角を担う存在となった。2025年には自己記録を4度更新し、8月のトワイライト・ゲームスで12秒77をマーク。これは日本歴代3位の記録であり、東京2025世界陸上の参加標準記録12秒73にもあと0秒04まで迫った。 34歳を迎えた2025年も進化を止めず、左手を骨折しながらも世界陸上標準突破へ挑戦。さらに2026年には60mハードルでも自己記録を更新し、世界室内陸上競技選手権大会の日本代表に選出された。自身初の世界大会代表として、長く競技を続けてきたキャリアの先に新たな一歩を刻んでいる。【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。






