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Dialog Code

『「理不尽を超えられる自分でいたい」──判断を磨くための、観察と想像』 #川井麻衣 Dialog Code 

2026/9/16

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」

『Dialog Code』

強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。

今回登場するのは、

川井 麻衣(バスケットボール選手・デンソーアイリス所属)

【Before Dialog】
勝ちたいという思いは、川井麻衣のあらゆる判断の根底にある。ポイントガードというポジションは、自分が良いプレーをするだけでは完結しない。目の前で起きていることを捉え、その先を予測しながら味方を活かし、チームを動かしていく。その瞬間ごとに、いくつもの選択を重ねていく必要がある。だからこそ彼女は、考える。勝つために、今何をするべきなのか。自分はどんな状態なのか。チームには何が必要なのか。目の前の状況に対して、その時の自分にできる最善を探し続ける。バスケットボールを「人生」と表現するほど、一つの競技を見続けてきた。その時間の中で磨かれてきたのは、技術や経験だけではない。自分自身を理解し、状況を読み、必要なものを選び取るための思考でもある。コート上では、何が見えているのか。感情とどう向き合い、人とどう関わるのか。そして、なぜそこまで勝つことを求め続けられるのか。さあ、彼女の思考を紐解いていこう。

【Code.1 - STATE】視野を一つ奥へ───先読みを可能にする知識と反復

中山:
試合中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?

川井:
余裕がある時です。

中山:
具体的には、どのような状態なのでしょうか?

川井:
例えば、強いチームと比較的プレッシャーの少ない相手と対戦する時を比べるとわかりやすいと思います。強いチームと対戦する時は意気込んだり、少し硬くなったり、緊張したりすることがあります。一方で、カテゴリーが下のチームやそうではない相手と対戦する時は、練習してきたことを試してみようといった遊び心に近い感覚を持ちながら、余裕を持ってプレーすることができます。この二つを比べると、その違いがすごくわかりやすいと感じています。

でも今は、以前のようにそううまくはいかないと感じています。というのも、W リーグの構成が変わって、上位8チームによるプレミアになったことで、実力の近いチーム同士で戦う機会が増えました。一つひとつの試合の強度も高くなっていますし、どの試合も簡単にはいきません。ここ2シーズンほどは、以前のように余裕を持ってプレーできるゲームは減ってきたように感じています。だからこそ、どんな状況でも自分の中に余裕をつくることが、より大事になっていると感じています。

そこで昨シーズンから改めて取り組むようになったのが、「自分なりの戦術をつくる」ことです。チームとしての戦術とは別に、自分が思う勝ちパターンを描くようになりました。それが私にとっては準備につながっています。自分としても、チームとしてもやれることはやってきた。だから試合では考えずに行こうというマインドに持っていくことが、自分の中で余裕を生むことにつながっていると感じています。

中山:
その余裕は、実際にコートに立った時、どのような感覚として現れるのでしょうか?

川井:
まず、コート全体が見えています。それに、相手の動きもかなりスローに見えるんです。相手がここに来るから、その一つ奥へパスを出せるというように、もう一つ先まで見えている時はすごく余裕がありますね。

中山:
目の前の状況だけではなく、その先の展開まで見えているということですか?

川井:
そうですね。私の場合は、わかる、見えるという状態に近いです。私はチャンスをつくって、味方にシュートを打たせるようなパスを出すことが好きなんです。でもそれだけではなくて、自分がシュートに行く場面でもその先が見えていることがあります。余裕がある時は、一つひとつのプレーで次の展開が見えているような感覚になりますね。

中山:
そういう時は、頭の中で素早くいろいろなことを考えているのでしょうか?それとも、考えるよりも先に答えが見えている感覚に近いのでしょうか?

川井:
私の場合は、どちらもあります。本当に考えなくても見えている時は、いわゆるゾーンに入っている状態に近いと思います。一方で、私はバスケットボールを細かく理解することが好きなので、普段からたくさん試合を見て、知識や知恵を自分の中に入れていく作業もしています。例えば、相手のディフェンスに対して、どこかチャンスになりそうなのかを知識を理解していると、試合中に見えるものが増えるんです。

ただ、それは一人でできることではありません。相手がこういうディフェンスをしているからここに入ってほしいということを、ワンプレー、ツープレーの中でコートにいる5人に伝えて、動いてもらいながらプレーを作っていくこともしていますね。

中山:
そうした判断の引き出しを増やすために、普段からどのようにバスケットを学んでいるのでしょうか?

川井:
本当にいろいろなものを見ていますし、気になったことがあればカテゴリーが違う選手にもどんどん聞いたりします。例えば、このプレーをどう見ていたのか、なぜその判断をしたのかなど、機会があれば他のチームの選手にも積極的に聞いていますね。

中山:
川井さん自身は、ポイントガードとして一つのプレーをどのような順番で見ているのでしょうか?

川井:
まず、目の前のディフェンスをずらさなければいけません。奥だけを見ていても目の前のディフェンスがずれていなければ、パスもできないですよね。そのディフェンスをずらす方法として、一対一で抜いていくのか、ピックアンドロールのように大きい選手に壁になってもらってズレをつくるのか。ズレのつくり方には種類があります。

例えば、一緒に絡んでいる選手や、スクリーンをかけてくれたビッグマンのディフェンスとの距離によっても、次に使うスキルは変わります。ただ、そこだけを見ているわけではありません。目の前の状況を視野に入れながら、さらにもう一つ奥まで見ておくことがすごく大事なんです。

やっぱりそういうプレーが上手な選手は他のチームにもいます。すごいパスを見て、なぜこのタイミングでパスを出せたのだろうと疑問に思ったら、代表活動中などに本人へ聞いて、一緒に練習してもらったこともあります。

中山:
パスそのものだけではなく、その判断に至るまでに何を見ていたのかまで知りにいくのですね。

川井:
そうですね。 そのパスを選択したのはなぜなのかを聞きたくなるんです。もちろんパスの出し方自体もすごいのですが、その前にどのように視野を持っていったのかも気になります。見る位置によってディフェンスが動くこともあるので、視野を外へ振ったことでスペースが空いたのか、それともディフェンスが寄ってこないことがわかっていたから、そのプレーを選択できたのか。その違いはかなり大きいんです。

私自身も目線を外へ送ったり、一度パスを出したいところから目線を外してからパスを出したりすることがあります。先にどこを見ていたことでスペースが生まれたのか、どのタイミングで見ていたのか。そういう細かいところを聞いたりしますね。

中山:
展開が速く自由度の高い競技では、頭で理解したことを瞬間的な判断の中で使えるようにする作業は簡単ではないと思います。そこで得た知識や新しい視点を、実際のプレーで使えるものにするためには、どのようなことをしているのでしょうか?

川井:
練習でやってみようと思うのですが、やっぱりなかなか出ないんですよね。どうしても、自分がやりやすいプレーや、今まで持っているもので勝負してしまうんです。その瞬間に判断しなければいけないので、結局自分にとってやりやすい方法が出てきてしまうんです。

なので私がやっているのは、シューティングそのものというより、そのシチュエーションを練習することです。コート上に5人いることを頭の中で仮想して、想像の中でディフェンスも配置します。その状況を一人で動きながら、ひたすら再現するんです。

例えば、ディフェンスがこちらから寄ってきそうだから、その一つ奥へパスを出せるかもしれない。あるいは、先に視点を送っておけば別の場所が空くかもしれない。そうやって頭の中で状況をつくり、それを実際に身体を動かしながら再現しています。

中山:
頭の中でイメージするだけではなく、実際に身体を動かすところまでがセットなのですね。

川井:
そうですね。自分でドリブルをしながら、そこにいるディフェンスをイメージします。さらに奥にもディフェンスとオフェンスを配置して、このローテーションになったら、このオフェンスにはここに入ってきてほしい、というところまで頭の中で描いています。

その中で、自分に何ができるかを考えます。例えば、一つ手前の選手やビッグマン、センターにパスを落としたいのであれば、先に外を見ておく。ただ、ディフェンスのラインが上がってきている途中なら、こちらからパスを出した方がいいかもしれない。イメージトレーニングに近いのですが、ただ想像するだけではなく、イメージしながら実際に動くことをやっています。理解しているだけでは実際のプレーには出てこないので、イメージを膨らませながら、自分自身も動く練習をしています。

中山:
なるほど。そうやって一度身体を通すことで、試合やチーム練習の中でも使えるプレーになっていくのでしょうか?

川井:
チーム練習で出す前の段階というか、理解したことを自分の中でさらに深めるために、自分自身が動きながら周りの選手をイメージするんです。実際に人を使うのではなく、自分の中で状況をつくっておくような作業ですね。それをやっていくと、チーム練習の中で「あ、できた」という瞬間が意外とあるんです。それが自然と成功体験につながることは多いですね。

中山:
ここまで伺うと、瞬間的な判断の裏には、かなり細かな準備があることがわかります。一方で、ポイントガードは自分がいいプレーをするだけではなく、周囲の状態を見ながらチーム全体を動かす役割でもあると思います。川井さんは、コートにいる選手それぞれの状態をどのように見ながらゲームを組み立てているのでしょうか?

川井:
本当に難しいですね。ベースとして、全員が常に気持ちよくバスケットをできるわけではないとすごく思っています。我慢しなければいけない時もありますし、私がやりたいプレーと監督が指示することが違う場合もあります。

そういう時は、監督が言っていることを優先します。ただ、今このプレーが効いている、このプレーをやりたいというものがあれば、監督にも伝えます。何を優先するのかという判断は常に繰り返しています。

私はかなり自分の意思があるタイプなので、自分の考えはチームメイトにも監督にも伝えます。ただ、勢いに乗ってほしいエースが実際に乗っている時は、その選手にボールを集めます。その時は、これからボールを集めることを本人にもこっそり伝えに行きます。覚悟してもらうというわけではないですが、この時間帯はその選手に託したいという自分の気持ちを伝えることで、点を取りに行くモードに入ってもらうんです。そうすると相手も応じてくれて、自分がやるんだという気持ちになれると思うので、ポジティブな方向に向かえるような声かけは意識しています。

逆に、そうした選手が乗れていない時間帯もあります。例えば、ダブルチームで挟まれていたり、ディフェンスに苦しんでいたりする時には、なぜその状況が起きているのかを伝えます。今はここからヘルプが来ているから、反対側が空いている、といったことですね。その選手自身が少しでも余裕を持ってプレーできるような声かけをすることも意識しています。

中山:
そうした声かけを意識するようになったのはなぜでしょうか?

川井:
私自身も、若手だった三菱電機時代に同じような経験がありました。自分が特別乗っていたわけではなかったのですが、残り数秒のラストポゼッションで、普段であればエースの選手がプレーをするような場面があったんです。何のプレーをするのか聞きに行ったら、その選手は「あんたが一対一をしろ」と言われたんです。その時の私のマッチアップの相手は、昔からすごく憧れていた選手でした。私はまだ4年目の若手で、しかもファイナルのような大舞台です。そのラストポゼッションを自分に託せてくれた、あれだけの大エースが自分を信頼して任せてくれたと思ったら、ものすごくやる気になりましたし絶対に決めてやろうという気持ちになりました。

その経験から、一言で人の状態は大きく変わるのだと感じました。やる気を引き出してもらう経験をしたことで、自分にもそういう関わり方を取り入れられるのではないかと思ったことがきっかけになっています。

中山:
その中で、川井さん自身に明確な考えがあっても、監督とは意見が異なる場面もあると思います。そういう時は、どのように判断していますか?

川井:
一度、監督の話を聞きます。意見が二極端に分かれるのであれば、まずは監督が言っていることをやります。

中山:
自分の考えよりも、まず監督の意見を優先するのはなぜでしょうか?

川井:
コート上では私が指揮を執る立場ですが、それでも監督のチームだからです。そこにはリスペクトを持っています。自分自身も、負けた時にはポイントガードとして責任があると考えていますが、それは監督も同じ気持ちだと思うんです。そこで自分の判断だけでプレーしてしまうのは違うと思っています。

まずは監督が求めていることを実行した上で、自分としては今ここを狙いたい、この場面がチャンスだと思っている、といったことを伝えます。お互いに納得した方がいいと思いますし、監督もこちらが考えていることや、フロアにいる選手たちの意見を聞き入れてくれます。だからこそ、まずは監督の意見を優先しますね。


【Code.2 - EMOTION】感情に埋まらない───自分を俯瞰し、他者の「やること」を明確にする

中山:
試合前や試合中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、川井さんにとってどのような存在ですか?

川井:
敵でもあり、自分自身を冷静にさせてくれる材料です。

中山:
まず、敵というのはどのような意味なのでしょうか?

川井:
できるなら緊張はしたくないんです。緊張すると体が固まってしまったり、判断がしづらくなったり、反応が一つ遅れたりします。なので、いつも通りリラックスした状態でプレーするのが一番いいと思っています。そういう意味では、緊張は自分にとって必要のないもの、できればしたくないものなので、敵という表現になるのかなと思います。

中山:
一方で、自分自身を冷静にさせてくれる材料でもあるのですね。具体的にどのような働きがあるのでしょうか?

川井:
緊張する場面はたくさんあります。そういう時は、ゆっくり息を吐いて落ち着かせるような呼吸法をしたり、自分自身を少し切り離して、もう一人の自分が遠くから見ているような感覚で俯瞰したりします。自分が今緊張している、ソワソワしているということを観察するんです。いつもより靴ひもを強く結んでいるな、今日は神経質になっているなとか。そうやって自分自身を観察していると、徐々に冷静になっていきます。

気づけば時間も経っていますし、アップの時間になれば身体も温まって、あとは集中するだけです。コートに入っても緊張が解けていないことはありますが、時間が解決してくれる部分もあります。自分が緊張して高ぶっていることを認識して、その状態をどう落ち着かせればいいのかもわかっているという意味で、緊張や不安は自分自身を冷静にさせてくれる材料でもあると思っています。

中山:
緊張をなくそうとするのではなく、まず自分が緊張していることに気づくのですね。そもそも川井さんの場合、緊張や不安はどのようなところから生まれるのでしょうか?

川井:
前提として、ミスをしたくないという気持ちはあります。一つのミスで試合の流れが大きく変わってしまうこともあるスポーツですし、ヘッドコーチからもミスをしないようにと言われるので、それをプレッシャーに感じる日もあります。

あとは、大舞台や一発勝負の時ですね。そういう時は、自分自身にプレッシャーをかけてしまうことがあります。一年間、このためにやってきたという思いもありますし、日常的にそれくらい競技に全振りして打ち込んでいる分、考えないようにしていても、今日は絶対に落とせないとか、ここを取ればチームも乗っていけるからしっかり勝ちたいなとか、どうしても考えてしまうんです。そういう日はソワソワしますし、自分自身でプレッシャーを大きくしてしまうことはあると思います。

中山:
自分自身が緊張している時でも、ポイントガードとして周囲を見る必要がありますよね。チームメイトにも緊張や硬さが見えた時には、どのように関わっていますか?

川井:
絶対に周りに声をかけます。試合中であれば、やることを明確に伝えます。今、チームとしてここができていないから一緒にここを引っ張っていこう、といったことですね。逆にゲーム前だったら、少し茶化します。緊張している選手に、あえて煽るようなこと言ったり(笑)。「何回ファイナル行ってるの?」と少しいじったりもします。毎回そうするわけではありませんが、少し笑える話をして、場を和ませるようにはしています。

緊張している状態に埋まってしまっている選手も、一度笑うことで少し状態が変わることがあると思うんです。だから私自身も、手が震えていることをわざと身振り手振りで自虐してみたりします。そうすると周りも笑ってくれて、少し空気が和むんです。ゲーム前には、そういったアプローチをすることがありますね。

中山:
ゲーム前には空気を和らげたり、試合中にはやるべきことを明確に伝えることは川井さんならではの関わり方のように感じるのですが、なぜこの方法を取っているのでしょうか?

川井:
明確に伝えるのは、混乱させないためです。みんなそれぞれ強みがありますが、試合中にはいろんなことが起きます。気持ちが上がっている時は冷静な判断ができず、自分のプレーにも入り込めていないことがあります。でも自分の役割が明確になれば、そこに集中できると思います。

オフェンスでもディフェンスでも、やることが明確になればそれをやろうと思ってくれます。逆に、やることがたくさんあるからこそ、何をすればいいのかわからなくなっている状況もあるのではないかと私は思っています。だからこそ、やることを明確にしてそこに集中してもらうことで、その選手が本来持っている良さが出てきたり、調子を取り戻したりすることにつながると思うので、私は明確に伝えるようにしています。

例えば、相手のディフェンスがこういうローテーションをしているから、次はここで待っていてほしい。このプレーをするからそこにパスを出すと伝えます。そうすると、その選手も準備ができますし、覚悟を決めてシュートを打てるようになります。それが入るか入らないかだけではなくて、チームとしてグッドプレーになれば、その選手がコートにいる意味も生まれると思っています。その選手の良さや個性、強みを生かすことで、チーム全体も乗ってくると思います。

中山:
そこまで周囲に働きかけるのは、ポイントガードとしての責任感が強いからなのでしょうか。それとも、川井さん自身にもともと人に関わっていく意識が強いのでしょうか?

川井:
自分が何とかしなくてはいけないというほど、ベースとして人に興味があるわけではないです。基本的には、人それぞれだと思っています。ただ、私は勝ちたいので、そのために自分がやれることはやるという感じですね。

中山:
すると、周囲への働きかけも「人を何とかしたい」というところから始まっているのではなく、勝つために必要なことの一つとして行っているのでしょうか?

川井:
まさにそうですね。自分の役割でもありますしチーム競技なので、結局自分のスコアが良くても勝てなかったら何の価値もないと思っています。だからこそ、みんなでやっていきたいです。

私は、自立した集団が強いと思っています。普段からたくさんのことを伝えたり聞いたりはしますが、練習中に一方的に、こうした方がいいと伝えることはあまりありません。ただ、自分の意図を理解してほしい時には、今こういう状況だったから私はここにパスしたいと思ったけれど、どう思う?というように、相手の考えも聞きながらコミュニケーションを取ります。基本的には、それぞれが自分で考えて、知識も入れていかないといけないと思っています。行き当たりばったりではプレーできないので、やっぱり自分で考えてほしいですね。

中山:
川井さんが考える自立した集団とは、単にそれぞれが自分で判断できるだけではなく、お互いに必要な時には働きかけ合える関係でもあるのでしょうか?

川井:
そうですね。それでも私自身、うまくできない日はあります。リーグ終盤のファイナルの舞台で、気持ちが上がりすぎてしまう試合がありました。その時に初めて、髙田真希選手に両手で背中を叩かれたんです。

髙田さんはたまに要求することはありますが、基本的には何かを言うタイプではありません。でも試合中に強く背中を叩かれた時に、しっかりしろということなのだと伝わってきました。普段から何かを言葉にしなくても伝わることって、やっぱりあるんですよね。

だから、日常的にすべての答えを伝えたり、自分が経験してきたことを全て話したりする必要はないと思っています。それぞれの形があるので、自分なりの正解を見つけるべきなのではないかと。ただ、それができていない時やチームとして必要な時には、経験のある選手が働きかけていく形がいいのではないかと思っています。


【Code.3 - COGNITION】すべてを勝利から逆算する───バスケットと生きるということ

中山:
川井さんにとって、バスケットボールという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?比喩や感覚的な表現でも構いません。

川井:
「人生」です。

中山:
なぜ、そのような表現になるのでしょうか?

川井:
本当にそのままというか、気づいたらバスケットをしていました。バスケットを始めるまではいろいろなことをやっていたのですが、出会ってから本当に人生が変わりました。そこからは、バスケットだけに夢中になったんです。負けたくない、絶対に勝ちたいという闘争心のようなものが生まれたのも、バスケットがあったからだと思います。

小さい頃から、母親にはバスケットしか見えていないことを心配されていました。それくらい、他のことを考えずにずっとバスケットをしていたんです。でも私自身は、バスケットに捧げるつもりでやっていたので、それが普通だと思っていました。テレビを見るよりバスケットを見るというか、本当にそれしかしてこなかった人生なので、結局私の中では全てのことがバスケットにつながってしまうんです。

中山:
バスケットを続けてきたからこそ、自分自身について気づいたこともあると思います。川井さんが競技を通して知った、自分の性格や性質は何ですか?

川井:
この表現が答えになるのかわからないですが、私は器用にいろんなことができるタイプではないです。自分は一つのことしかできないのだと気づきました。

中山:
一つのことしかできないというのは、どのような意味なのでしょうか?

川井:
それこそ、ここ一年くらいで事務所に入ってバスケット以外のことをするようになりましたが、それまでは何に対しても興味が湧かないほどでした。例えば、学生時代のマラソン大会で負けたくなかった理由の一つが、日々頑張っているから単純に負けたくないという気持ちもありましたが、これをやり切ったらバスケットもうまくなるのではないかと考えてしまうんですよ。何でもバスケットにつなげて考えてしまうので、何をしていても結局はバスケットにつながっていました。

ここ一年くらいは、セカンドキャリアやこの先の人生について考えることも増えてきました。それは年齢とともに出てきたものだと思います。でも、ここまでの人生で言えば、本当にそれ以外のことができないというか、それしか見えなかったんです。そういう人生だったので、私の人生はバスケットだと言えます。

中山:
それだけバスケットが人生の中心にあるなかで、競技から離れる時間はどのように考えていますか?

川井:
ここ数年は、意識して分けるようにしています。オンのスイッチを強く入れるためには、オフが必要だということを、トヨタ自動車に移籍した頃に学びました。ただ、私の場合はオフの過ごし方も、どうしてもバスケットにはつながってしまうんですけどね。

私にとってのオフとは、その日に自分がやりたいことをやることです。休みの日に予定をたくさん詰め込む日もありますが、ゆとりを持ってその時にやりたいことをやる。それが自分にとってのオフになっています。

大抵はコーヒーを飲みながらバスケットを見てしまうのですが、その日に自分が見たいと思って見ているので、それは私にとってオフなんですよね。体育館で試合を見るのとは違いますし、競技者としてバスケットを見る時とも違います。なぜ今このプレーになったのかと戦術的に考えるというより、純粋に観客として楽しんでいます。どうしても気になったら少しメモを取ることもありますが、その程度です。

カフェに行ってバスケットを見たり、見る環境を変えながら気分転換することも、自分にとっては十分オフになっています。そういうやり方が今の自分には合っているので、オンとオフは意識的に分けるようにしています。あと、家にはバスケットに関するものを一つも置いていないですね。

中山:
ここまでお話を伺っていると、家にも戦術ボードの一つくらい置いてあるのかなと思っていました(笑)。

川井:
ないですね。家の中には練習着も一つも置いていません。昔はボールと一緒に寝ていましたけど(笑)。

中山:
オンのためにオフをつくるようになったのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

川井:
もともと三菱電機では寮生活だったので、隣にも先輩や後輩がいて、常に周りにバスケットをしている人たちがいました。一人の時間もあまりなくて、オフの日もなんとなく体育館に行った方がいいのかなと思って、半オフのような中途半端な過ごし方をしていたんです。

それがトヨタ自動車に移籍してから、周りの選手が食事も含めて、生活の中でしっかりとオフをつくっている姿を見るようになりました。心技体という言葉がありますが、本当にすべてにおいて逆算しているチームだったんです。そこで、自分なりのオフについても考えなければいけないと思うようになりました。

しかも、そのチームが実際に優勝するチームだったんです。そこまでやらないと優勝するチームにはなれない。ここまでやって初めて優勝できるということが分かったので、一人のプロフェッショナル選手としてどうあるべきかを学べた経験だったと思います。



【Code.4 - VISION】理不尽を超えるたび、基準は上がる───「負けたくない」が更新するスタンダード

中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?

川井:
3つあります。まずは、怪我なく思い切りプレーしていたいです。そして三冠を達成して、最後にプレーオフで優勝して、チームメイトや家族、ファンの皆さんが喜んでいる姿を見たいです。その中で、自分自身もチームの中心として引っ張る選手でありたいと思っています。

中山:
まず川井さんが考える、チームの中心として引っ張る選手とは、どのような選手なのでしょうか?

川井:
もちろん、プレーで引っ張ることは大前提です。その上で、周りが勝手に引っ張られるような存在になれたらいいなと思っています。言葉で伝えることは簡単だと思っているというか、それだけでは面白くないと思っているんです。小学生の頃にいたチームの監督が、答えを教えてくれない監督でした。ヒントはくれましたが、そこからどうするのかは自分で考えるという経験が原点にあるので、答えを与えることが正解だとは思っていません。だからこそ、自分の姿から何かを感じさせられる存在でありたいんです。

例えば、普段から食事に気をつけている姿を見て何かを感じてもらえたらいいですし、それを自分から言うことはしないです。どんなことをしているのかと聞かれたら答えます。人の姿を見ることの大切さはプロになってから教わりましたし、本当に大切なことだと思います。

感情で引っ張る場面もありますし、感情的に伝えることが必要な時もあります。ただ、今この選手に必要なのは何か、今のチームに必要なのは何かを冷静に判断して、その時に必要なものを選択できる選手でありたいと思っています。その中で、誰かの成長につながるヒントを与えられる存在になりたいです。それ以外の部分でも普段からこれだけやっているからコートでもあれだけのプレーができるのだと思ってもらえるような選手でありたいです。そういう姿を通して、チームに良い影響を与えられたらいいなと思っています。

中山:
では、川井さん自身のプレイヤーとしての理想についてはいかがでしょうか?三冠を達成する頃、自分自身はどのような選手になっていたいですか?

川井:
ずっとトライし続けていたいですね。苦手なことにも踏み込んで、どんどん成長し続ける選手でありたいです。この間、初めてベストファイブという個人賞をいただいたのですが、これまでそういう評価はあまり気にしてこなかったんです。個人的な賞はそこまで重要ではないと思っていましたし、自分がチームにどう影響を与えられているか、チームにとってどういう存在であるかの方が大切だと思っていました。ただ、実際に賞をいただくと、周りの人たちがすごく喜んでくれるんですよね。そういう分かりやすい形で評価されること自体は、私自身もすごく嬉しかったです。

だからといって、賞を狙いにいくわけではなくて、自然とそういう賞を取っているような選手にはなりたいです。むしろ選ばれていないことが不思議に思われるくらい、スタンダードを上げ続けられる選手になりたいという思いがあります。何ができるようになりたいかと言われると、本当に無限にあります。できるようになりたいことはたくさんあって、全部を表現しきれませんが、すべてにおいて自分自身のスタンダードをどんどん上げていきたいです。

中山:
すでに長いキャリアを重ねてきた中でも、まだ自分のスタンダードを上げ続けたいと思える原動力は、どこにあるのでしょうか?

川井:
本当に、負けたくないんですよね。これまで理不尽なことも多かったんです。自分にとって大事な勝負だと思っている時に、理不尽なことによって負けた経験もあります。だからこそ、その理不尽を超えられるぐらい強くなりたいと思うようになりました。それは自分の中で一つの転機というか、考え方がより強くなったきっかけでもあります。

理不尽なことって、おそらくどんな世界でもあると思うんです。でも、それに負けないくらい自分が強くなれば、理不尽なんてないという感覚があります。もちろん、それでも理不尽なことは起こると思います。ただ、自分ができることをやった上で、それ以上の理不尽が来るのであれば私も納得できると思うんですよ。

でも、どこかにまだ自分にできたことがあったのではないかと思ってしまうんです。その時の100%は毎回出してきたつもりです。それでも足りなかったから、その理不尽に負けたのではないかと考えると、また自分のスタンダードが上がるんですよね。100%やっても、また違う理不尽が来る。じゃあ、それを超えるためには何が必要なのかを考えると、また自分の基準が上がります。

次はその理不尽に負けない。また新しいものが来たら、それにも負けない。そうやって繰り返しているうちに、どんどんスタンダードが上がっていくんです。だから、やっぱり負けたくないですし、そう言うことに振り回されている時間を極力減らしていきたいですね。

中山:
むしろ、倒すべきものがまた現れてくれたぐらいの感覚にも聞こえますね。

川井:
そうですね。本当にそんな感じです。またこういうことがあるんだ、と思います。もちろん、実力的に自分より優れている選手はたくさんいます。でも、そういう選手にただ勝ちたいとか、その人が持っているものを羨ましいと思うことはあまりないです。自分自身に降りかかる災難のようなものに負けたくないんです。そういうものが現れるたびに、自分をもっと強くしてくれるし、スタンダードをどんどん上げていきたくなる要因にもなっています。

中山:
理不尽は乗り越えられないものではなく、むしろ超えるべき壁になるのですね。これから先、違う壁が待っていたとしても、それを乗り越えるたびにまた一つ強くなっていく川井さんを、これからも見ていたいなと思いました。今日は貴重なお話をありがとうございました!

川井:
ありがとうございました!



【After Dialog】
「本当に、負けたくないんですよね」対話を終えて振り返ると、川井麻衣という選手を動かしているものは、最後にはこのシンプルな言葉に行き着くように思う。ただ、その「負けたくない」は、誰かより上にいたいという感情だけではない。自分にできることがあるのなら、そこまでやり切りたい。思い通りにならないことが起きたとしても、それを仕方のないものとして受け入れるのではなく、次は乗り越えられる自分になりたい。だから、考えることをやめない。目の前の状況から必要なものを見つけ、自分にできることを選ぶ。それでも届かなければ、また自分自身に矢印を向ける。そうやって自分に求める基準を少しずつ引き上げながら、彼女はここまで歩んできた。

「バスケットボールは人生」。その言葉は、単に競技に長い時間を費やしてきたという意味ではないのだろう。起きた出来事も、出会った人も、うまくいかなかった経験も、彼女はあらゆるものを自分のバスケットボールにつなげてきた。そして今も、完成した自分を思い描いているわけではない。三冠という景色を見据えながらも、その過程でさらに自分のスタンダードを上げていく。新しい壁が現れれば、それを超えられるところまで、また自分を強くする。勝つために、自分はどこまで強くなれるのか。その答えを更新し続けることが、彼女の歩んできた「人生」なのかもしれない。

『Dialog Code』

答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
川井 麻衣(かわい・まい)
1996年4月11日生まれ、茨城県出身。
バスケットボール選手。デンソーアイリス所属。

東京成徳大学高等学校を卒業後、2015年に三菱電機コアラーズへ加入し、Wリーグでのキャリアをスタート。2021年にトヨタ自動車アンテロープスへ移籍すると、2022-23シーズンにはベストディフェンダー賞を初受賞し、スティール部門でも自身2度目となるリーグトップに輝いた。2024年にデンソーアイリスへ移籍。ポイントガードとしてチームを牽引し、2025-26シーズンにはプレーオフベスト5に初選出された。日本代表としても国際大会を経験するなど、国内外の舞台でキャリアを重ねている。
【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。

JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。

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