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Dialog Code

『対話で開き、問いで変える──サッカーと社会を貫く思考力』 小川大貴 # Dialog Code

2025/08/03

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。自分自身と向き合い、考え、気づくこと——それが次のステージへ進む鍵になる。『Dialog Code』—— アスリートたちの言葉から、その可能性を探るシリーズ。

今回登場するのは、小川大貴(プロサッカー選手・松本山雅FC所属)。
さあ、彼の思考を紐解いていこう。



1. サッカー王国・静岡。環境が決めた僕の原点

中山(Dialog Partner):
サッカーを始めた時の最初の記憶は何ですか?

小川:
サッカーに出会った最初の記憶は、幼稚園の頃です。園のグラウンドでゴールを追いかけ始めたのが、僕にとっての第一歩でした。

中山:
その頃、幼稚園にはチームのようなものがあったのでしょうか?

小川:
幼稚園にはチームのようなものがあり、「チャイルドサッカー大会」といったイベントもありました。僕は静岡県富士市の出身ですが、やはり“サッカー王国・静岡”。幼稚園でも「男の子はサッカーをするのが当たり前」という雰囲気があって、空いた時間に自然とサッカーをする流れになっていました。放課後も希望者が集まり、先生がメガホンを持って「いけー!」と声をかけながら教えてくれる、そんな環境でした。とにかくボールを追いかけていたのが最初の記憶です。

中山:
まさに “サッカー王国・静岡” という環境そのものですね。

小川:
そうですね。そこに「なんでサッカーだけなのか」みたいな疑問をおそらく誰も持っていなくて、サッカーをやるのが当たり前という環境で始まりました。父は野球をやっていたので、できれば野球をやらせたかったようなんですけど、静岡という土地柄で自然とサッカーに触れることになりました。父も「全身運動になるし、野球のためにサッカーをやってこい」と背中を押してくれた感じでしたね。

中山:
なるほど。自然と環境に導かれるように、気づけばボールを蹴る生活が始まっていたのですね。

小川:
そうですね。

中山:
では、幼稚園の時にサッカーボールを蹴っていた際の感情的な記憶というと、どのようなものが残っていますか?

小川:
いやもう、ただただ喜びというか楽しいっていう記憶しかないですね。自分自身の感覚としてもそうでしたし、あとから聞いた話でも「ずば抜けていた」と言われました。沼津市の大会で一人で10点を決めたり、チームが市の大会で優勝したり。まさにチームの中心としてプレーしていた、そんな幼少期の記憶があります。

中山:
その頃から、他の子どもたちとは少し違う要素が芽生えていたのかもしれませんね。

小川:
その時だけかもしれないですけどね、僕の記憶だと。

2. 世界を知った原体験。今を支える“3つの原動力”

中山:
サッカーにおいて、一番若い時の嬉しかった体験を教えてください。

小川:
初めて大きな選抜に選ばれた時ですかね。

中山:
それはいつ頃、どんな状況でしたか?

小川:
小学校6年生の頃で、県選抜には全く入っていませんでした。僕が所属していた少年団は、市でも一番弱いんじゃないかというくらいのチームで、練習試合すらほとんどなくて。ただ、たまたま市の選抜に選ばれて、そこから静岡県の東部選抜に入ることができました。県代表までは届きませんでしたけど。

中山:
なるほど。

小川:
静岡県は東部・中部・西部に分かれていて、その中から県代表が決まり、世界大会に参加できる仕組みでした。僕は東部地区の代表として選ばれた。そのことが一番嬉しかった体験です。

中山:
幼少期からずば抜けていたと伺いましたが、そこから「市で一番弱いチームに所属していた」というのは、どういった背景があったのでしょうか?

小川:
そうですね。ただ単に学区で、家の近い幼稚園から家の近い小学校に進学した中で、たまたまその小学校はサッカーが盛んではなくて。人数も少なくて、全体でも20人いないくらい。2年生の頃から6年生の試合に出なきゃいけない状況で、4年生の時にはもう6年生チームで主力にならざるを得ませんでした。今ほどクラブチームの選択肢がなかったので、その環境でサッカーをするしかなかったんです。

中山:
そういうことだったんですね。そこから東部選抜に選ばれたのは、小川さんだけですか?

小川:
市からは僕以外にも4〜5人選ばれて東部に進んでいました。

中山:
なるほど。静岡県での世界大会に出場されたとのことですが、当時その経験の中で何が一番嬉しかったのでしょうか?どんな記憶が残っていますか?

小川:
世界のチームと触れ合えたことですね。相手はその年代の国の代表で、もしかしたらすごい選手もいたかもしれないですけど、そんな選手たちと試合ができたのは大きな経験でした。当時はYouTubeやSNSで海外サッカーを見ることなんてできなかったので、憧れはあっても触れる機会はなかった。だから実際に世界のサッカーに触れられたのは本当に貴重でした。

中山:
確かに、当時は今のように簡単に海外サッカーを見られる時代ではなかったので、貴重な体験ですよね。

小川:
そうですね。海外サッカーを見れなかったので、世界のサッカーに触れる機会だったり、自分がやっと選抜に選ばれて、東部地区に選ばれて。ウキウキですよね。プロに近づいてるんじゃないかって勘違いするくらい嬉しくて。自分の能力を試せる場に行けたのはすごく嬉しかったです。

中山:
なるほど。小学生の段階で海外の選手たちと競技をする体験を持つことには、どのような意味があったと思いますか?

小川:
正直、そんなにレベルの差は感じなかったんです。ただ、サッカー的な要素というよりも、文化交流として「世界を感じた」ことの方が大きかったと思います。人としていろんな文化を知れたことが良かったですね。ホームステイの交流会もあって、他の国ではこういうのが当たり前なんだって知れたのも大きな経験でした。

中山:
純粋にサッカーの面だけでなく、文化に触れられたことが人間的な経験として大きかったんですね。

小川:
そうですね。

中山:
なるほど。では逆に、若い頃の体験で最も悔しかったことというと、どのような出来事でしょうか?

小川:
悔しかったのは、あんまりないんですよね。

中山:
そうなんですね。あまりないという部分についてもう少し具体的に教えてください。

小川:
そもそも記憶があまりないんです。過去に自分が出た試合とか、学生時代に経験した貴重な一戦とかもほとんど覚えてないんです。いい意味で切り替えるためにも、それが良かったのかなと思います。小さな「出れなくて悔しかったな」みたいなことはありましたけど、特に大きな悔しい経験はないですね。

ただ、あえて言えば、中学1年生の時ですね。部員が30〜40人いる中で、自分だけ練習試合に出られなかった日があって。その時が一番辛い記憶として残っています。

中山:
なるほど。悔しい体験があまりないというのは、小川さんらしさを感じました。「過去の悔しさをエネルギーに変える」というのも良くありますが、小川さんにとってエネルギーの源はどういったものなのでしょうか?

小川:
僕のモチベーションは過去や悔しさではなくて、3つだけなんです。サッカーを純粋に楽しみ、成長したいという気持ち。そして家族と、今所属している団体。この3つが原動力になっています。

中山:
サッカーを楽しみ成長する気持ちと、家族、そして団体への思い。この3つが現在のモチベーションの中心になっているのですね。

小川:
そうですね、まさしく。

3. なりたいから“なる”へ──アイデンティティの転換

中山:
今ではその3つがモチベーションになっていると思いますが、中学〜大学でプロを目指していた過程でも様々な壁があったかと思います。そのような時期の日々のエネルギーの源は何だったのでしょうか。

小川:
その当時は完全に「サッカー選手になりたい」という思いを一本持って、それをエネルギーにしていました。小さい頃から思っていたんですけど、小学校4年生くらいから「なりたい」じゃなくて「なる」と考えるようになりました。誰かに「なりたいじゃなくて、なるって考えなさい」と言われたのをきっかけに、僕はなるんだと自分に言い聞かせて。本当になる前提で話も進むし、行動も変わっていった感じですね。

よく話すんですけど、小4の頃には「サッカー選手になるためには自分で強くならなきゃいけない」と考えて、ロッキーの映画を見ながら腕立て伏せ1000回やったりしてました。当時はもう100%サッカーに捧げていました。

中山:
「なりたい」から「なる」に変わるというのは、心理学的には“アイデンティティの転換”とも言えます。自己イメージが変わることで、思考や行動も自然と変化していきますよね。小川さん自身が「なりたい」ではなく「なる」と言い聞かせた経験は、実際にはどのように作用したのでしょうか。

小川:
「なるためにはどうすればいいか」を具体的に考えるようになりました。さっき話した腕立て1000回なんて、まさしくその一例です。小学生なりに「なるために」と考えて仮説を立てて、実際にトライしてみる。結果、3日くらい腕が上がらなくなって「これは違うな」と学ぶ。そこから「じゃあ次は重りとプロテインを買ってくれ」と母親に頼んで、足に重りを巻いて30分走って、まずいプロテインを無理して飲んでみる。「重りをつけて走るのはプラスだろう、じゃあ次はこれを応用してみよう」という感じで、常に考えて試していました。

今振り返ると、この「アイデンティティの変容」はすごくポジティブに働いたと思います。漠然と「なりたい」と思っていただけでは、具体的な行動までは移せなかったはずです。

中山:
なるほど。「なりたい」から「なる」に変わったことで、仮説やトライの量が増え、学びがより具体的でリアルになったのですね。

小川:
そうですね。

中山:
その「仮説してトライして学ぶ」というサイクルは、小学生の頃から始まっていましたか?

小川:
そうです、小学生ですね。小4、小5の頃です。

中山:
小学生の頃にそういう発想で動いていたというのは、スタートアップの起業家のようにも思えますね(笑)

小川:
そうですね(笑) 今思えば本当に「なんでそんなにモチベーションがあったんだろう」と思うくらい、数えきれないほどいろいろやっていました。

中山:
そうした情報や発想はどこから得ていましたか?誰かに聞いていたのでしょうか?

小川:
いや、もう完全に自分の想像力ですね。例えば速くなりたいと思ったら砂浜で走ればいいんじゃないかとか。ロッキーを見たから縄跳びやってみよう、生卵飲んでみようとか。ありとあらゆるトライを繰り返していました。

中山:
小学生の頃にそこまで試行錯誤していたというのは、本当に面白いですね。

小川:
ちょっと変わったやつですよね(笑)

中山:
では、当時の小川さんに今アドバイスできるとしたら、どんな言葉をかけますか?

小川:
「もっとやれ」って言いますかね。

中山:
「もっとやれ」ですか?それはなぜでしょう。

小川:
結局、今になって振り返ると、数を打つことで自分に合ったものを見つけてきたんです。無駄な努力もたくさんしましたけど、もっと多く試していれば、もっと早く自分に合うものにたどり着けたんじゃないかと。当時からもっとやっていれば、質のいい努力・トレーニングに辿り着けていたかもしれない。そうすればもっといいキャリアを歩めたかもしれない、とは思いますね。

中山:
客観的に伺うと、小学生の頃からすでに相当な努力をされていたように思えますが、それでも「もっとやれ」という言葉が出てくるのはとても興味深いです。

4. 対話が外した固定観念。自分を深める学びの連鎖

中山:
先ほど「なりたい」ではなく「なる」というお話もありましたが、学生時代に指導者や大人から掛けられた言葉の中で、いまも心に残っているものはありますか?

小川:
小学校の市の選抜を卒団するときに、当時の監督から一人ひとりに言葉をもらったんです。「卒業おめでとう、中学校でも頑張ってね」という感じで。その時に僕は「傑出」という言葉をもらいました。

「君はもっと自信を持って自分の人生を羽ばたいて行ってね」と言われて。当時は意味がわからなくて、家に帰って辞書で調べました。その経験がすごく記憶に残っています。その言葉自体というよりも、僕は昔から自分に自信がなくて、自己効力感が低かったんですけど、その言葉をもらったことで少し自信を持てた気がします。

中山:
とても素敵なエピソードですね。

小川:
ちょっと話がそれるんですけど、僕は小さい頃いじめられていて、自分から「俺が俺が」というタイプではなかったんです。黒子でいいし、目立たなくてもいい。ゴール前で横パスを出す役回りで全然OKというタイプでした。でもその監督の言葉をきっかけに「もっと主体的にやってもいいんだ」って思えるようになりました。

中山:
なるほど。自信のなさや自己肯定感の低さから一歩抜け出すきっかけになったのですね。いまはプロとして長くキャリアを積んでいらっしゃいますが、その中でプレッシャーや緊張、自信のなさとの向き合い方はどのように変化してきましたか?

小川:
正直、最近までずっと自信はなかったです。もちろん経験を積む中で自信もつきましたけど、「チームのために自分を犠牲にしてもいい」というマインドはずっと続いていたと思います。ただ、自分を押し殺してプレーしていることに気づいたのは3、4年前ですね。

専門家の方と深掘りしてもらった時に、自分のプレースタイルの根源がその体験にあることに気づきました。そこからはリハビリのように、あえて自分で仕掛ける選択をしてみるなど、少しずつ自信を持ってプレーできるようになりました。

中山:
外部との対話を通じて自分を掘り下げることで、理由や対応の仕方が見えてきたのですね。小川さんにとって、外部の方との対話にはどのような価値があると感じていますか?

小川:
自分では客観的に見ているつもりでも、実際には見えてない部分が多いと気づかされます。どうしても主観やバイアスが入ってしまうので。いろんな人と話すことで、固定概念や先入観が外れて「違う見方もあるんだ」と学べる。そこから自分のことも深まるし、監督やチームメイトのことも客観的に理解できるようになったと思います。

中山:
外部の方との対話を増やすようになったきっかけは何だったのでしょうか?

小川:
僕にはメンターのような存在がいて、大学時代の先輩・山田大記さんの影響が大きいです。サッカー界だけでなくいろんな場で活躍されていて、その方にせっかくならいろんな人と話してみるといいよと言われました。

最初は全然意味がわからなかったですし、正直「時間がもったいない。練習してた方がいいんじゃないか」と思っていたんですけど、話していくうちにいろんなヒントや考え方を得られて、少しずつ価値を理解できるようになりました。

中山:
なるほど。まずはやってみて、実際に体感しながら学んでいく。その姿勢は小学校時代の「仮説とトライ」と同じ流れにつながっていますね。

小川:
確かに、変わってないですね。

5. 悪い問いは不安を生み、良い問いは安定をつくる

中山:
最近のサッカーにおける思考の部分についても伺いたいと思います。小川さんは小学生の頃から「仮説とトライ」を繰り返されてきましたよね。今現在、例えば練習前に準備されていることや、意識的に考えていることはありますか?

小川:
そうですね。今はJ3に所属しているんですけど、昨年まではJ2の千葉にいて、その前はJ1のジュビロにいました。全カテゴリーを経験してきたので、クラブごとに環境や待遇、立ち位置、所得も違ってきます。当たり前ですけど選手一人ひとりの価値観が全然違うんですよね。練習のクオリティや戦術、組織マネジメント的にも、若い選手もいればベテランもいる、捨て身の選手もいる。だから練習前は、どうしたら雰囲気が良くなるか、チームとして良くなるかを考えることが多いです。

中山:
なるほど。ご自身のことというよりは、チーム全体の雰囲気や流れを意識されているのですね。

小川:
そうですね。自分のことは自分でどうにでもできるので。

中山:
せっかくですのでお伺いしたいのですが、これまで数多くの仮説を立てられた中で、最も効果を感じられたものはどのようなものでしょうか?

小川:
小6の時に立てた「両利きになればプロになれるんじゃないか」という仮説ですね。これが一番当たった仮説でした(笑)

中山:
興味深いですね。その発想の背景を聞かせてください。

小川:
そうですね。小6から中1に上がるタイミングで、自分は速くもないし、強くもないし、大きくもないし、うまくもない。じゃあ自分の武器を作らなきゃいけないと考えたんです。当時サイドバックをやっていたので、Jリーガーのサイドバックを調べたら、右サイドバックは多いけど左サイドバックは少ない。左利きの左サイドバックも少ない。だったら右利きだけど両足を使えるサイドバックになれば競争相手が減るんじゃないかって。浅はかな小学生の仮説でしたけど、そこから左足の練習を始めました。

中山:
お話を伺っていて思うのですが、小川さんは「自問自答」をとても大切にされている印象があります。常に問いを立て、探求を続けていらっしゃる。小川さんにとって、その「問いの力」とはどういうものだと思われますか?

小川:
ん〜...僕にとっては、「具体の追求」ですかね。夢や目標を考えると抽象的になりがちですけど、子どもの頃から違和感があって。だからこそ「なぜ?」が生まれて、具体的に深掘りできたんだと思います。

中山:
なるほど。抽象的な目標から具体に掘り下げていくためのツールとして「問い」があるのですね。では試合前夜にはどのような思考をされますか?「明日大丈夫だろうか」「失敗したらどうしよう」といった不安を抱える選手も多いと思いますが。

小川:
僕も若い頃はまさしくそうでした。「明日ミスしたらどうしよう」「走れなかったらどうしよう」「怒られる」みたいに自問自答を繰り返して、不安に駆られてパフォーマンスを落とすことが多かったです。

中山:
その時は、不安に対してどのように向き合っていましたか?

小川:
ただただ悪い問いによって悪い意味で深掘りしてしまうので、どんどんネガティブに進んでいく。結果、パフォーマンスを落とすだけでした。改善できたのは、専門家との対話によってです。自問自答の「質」を少しずつ変えて、ポジティブな問いを繰り返すようにしました。

中山:
つまり、問いによって考えを具体的にしようとする際に、スタートがネガティブだと悪循環に陥ってしまっていたのですね。

小川:
そうですね。

中山:
今はどうでしょうか。試合前夜に考えることはありますか?

小川:
今はもう考えないですね。若い時は対戦相手を調べたり、イメージトレーニングしたりしていましたけど、今は試合を楽しみたいという思いで本番に臨んでいます。

中山:
外部の方との対話を通じて「自問自答の質」が変わったことで、パフォーマンス面にはどのような影響がありましたか?

小川:
メンタルに引きずられてパフォーマンスが大きく落ちることはなくなりました。「なんでできないんだろう」から「どうしたらできるだろう」に問いを変えることで、探究心やワクワクに持っていけるようになった。深堀りしすぎることがパフォーマンスを低下させていたことにも気づけたので、精神的にも健全になって、モチベーションをコントロールできるようになったと思います。

考えすぎなくなったというのは、ある種サッカーから一定の距離をおくという立ち位置を作ったことで、大きな凹みもなく安定したパフォーマンスに繋がったのかなと思っています。悪い言い方をすると「なんとかなる」になっちゃうんですけど、いいメンタル状況を作って臨めばいいパフォーマンスが出せるわけなので、パワーバランスを全部サッカーにベットするのではなく「明日は試合だけど、今は家族との時間を楽しみたい」と分けることで沈んでいく選択肢をなくしたというイメージですかね。

中山:
なるほど。「なんでできないんだろう」から「どうしたらできるだろう」に問いを変えたのは、原因論から目的論への転換ですね。これは一つの考え方のスキルだと思いますし、その引き出しを持てるかどうかで選手の在り方は大きく変わると感じます。すべての思考は問いから始まる。悪い問いを立てれば悪循環になりますが、良い問いに変えるだけでこれほど思考が変わるというのは、大きな意味を持ちますね。

小川:
そうですね。

中山:
そして同時に、サッカーから適度な距離を取るようになったということも、小川さんのスタイルに合っているのだろうと伺っていて思いました。良い意味で焦点を絞れるタイプだからこそ、あえて引くことでバランスが取れているように感じます。

小川:
そうですね。そこは自分でもよかったんだなと思いました。当初はサッカーに対する愛情が薄れてしまったのかなという恐怖心のようなものもあったんですけど、サッカーに全力で向き合いすぎず、家族の時間を楽しむなど距離を置くことで、深く落ち込むこともなくなりました。もちろん波の下も減るんですけど、上も上がりづらくはなって。ただ8〜9割の安定したパフォーマンスを出せるようになったと思います。

中山:
下がり幅が小さくなったのですね。では逆に、上も上がり辛くなって、という話に関してはどのようにされていますか?

小川:
意図的に気持ちを入れれば作れると思っています。自分だけではなくてチームやリーグにおける重要度であったり、そういうところで意図的に上げることはできる感じです。サポーターの熱量や負けられないなど、外部環境的に上がることって沢山あるんですよ。でもフラットな状況の時はそれすらも受け入れないんですけど、それを広げて受け入れることで自然に上がります。ただそれが年々上げにくくなっているのは感じますね。

中山:
なるほど。経験を積まれていくほどに、自然に上げていくことの難しさというリアルな部分も感じているのですね。

6. 仮説とトライの思考力。その延長にあるRe:Frameの未来

中山:
先ほど、モチベーションの源泉として「楽しんで成長したいという純粋な気持ち」「家族」「団体」という3つを挙げられました。そのうち、団体として活動されている Re:Frame に関連して伺いたいのですが、子どもたちと関わる中で、私たちにとっては日常の当たり前でも、関わっている子どもたちにとっては大きな非日常となる場面があるかと思います。そのギャップについては、どのように感じていらっしゃいますか?

小川:
活動を始めた当初は、そのギャップを強く感じました。その違和感があったからこそ、団体を立ち上げようと思った部分もあります。ただ、考え方次第で、それを「ギャップ」と捉えるのか、その人にとっての「当たり前」として認知するのかが変わってくると思うんです。例えば、障害がある子にとってはそれが日常の当たり前。否定せずに「そうだよね」と認め、理解してあげることが大切だと考えています。

中山:
なるほど。自分たちの「当たり前」を基準に「ない」と判断してしまうのではなく、そもそもの出発点が異なるのだと捉えるのですね。

小川:
そうですね。団体名 Re:Frame には「構造を新しく作り直す」「見方を変える」という意味が込められています。眼鏡を掛け替えるように視点を変えれば、みんな一緒なんだ、という考えを広めていきたいと思っています。

中山:
プロ選手としてピッチで勝利を追求することと、社会活動を通じて子どもたちの可能性を引き出すこと。この2つの営みの中で、小川さんが共通して大切にされている視点は何でしょうか?

小川:
やっぱり「思考力」だと思います。サッカーで勝つために考えるのと同じで、子どもたちの可能性を引き出すためにも「まずやってみる」「トライ&エラー」が重要です。例えば施設に訪問して「笑顔になってもらいたい」と思って動くと、親の育児放棄や精神的問題、経済的問題など、子どもたちを取り巻く課題が見えてきます。そこでまた改善していく。その繰り返しですね。

中山:
まさに、小川さんがこれまでご自身に対して繰り返されてきた「仮説とトライ」の積み重ねを、社会活動においても実践されているのですね。

小川:
そうですね。全く同じです。

中山:
では、未来についても伺いたいと思います。子どもたちの未来に関わる活動を続けながら、ご自身の競技人生の終わりについてはどのように捉えていますか?

小川:
そこは本当に難しいです。フィジカル的にも衰えを感じ始めていて、近づいてきているのかなとは思います。ただ、だらだら続けたいとは思っていません。モチベーションのひとつである「楽しみたい、成長したい」という思いがなくなった時が最後だと思っています。成長するためにどうすべきかを考えなくなったら、そこで終わりですね。

中山:
あえて伺いますが、今「もっと欲しいスキル」「サッカー選手としてさらに伸ばしたい能力」を挙げるとすると何ですか?

小川:
体力です(笑)これは永遠の課題ですね。体力さえあればサッカーを競技する土台になる。技術や精神的なものを培っても、走れなければ始まらない。そこが一番足りない部分だと思います。

中山:
確かに、ビジネスの場面においても同様に感じることがあります。数を重ねるからこそ当たり外れが見えてきて、より速く目的地に辿り着けるという側面がありますよね。質か量かとよく議論されますが、量を支えるには膨大な体力が必要です。

小川:
そうなんです。体力をつけるか、考えなくなるかですね(笑)

中山:
まさに、思考を支える体力も、身体を動かす体力も、どちらも不可欠なのだと改めて感じます。

では最後に伺いたいのですが、サッカーという競技を超えて、小川さんがこれから目指していきたいものは何でしょうか?

小川:
まずは所属チームでキャリアを全うすること。そしてサッカー選手としての影響力を最大限発揮することです。プレーヤーとして100%取り組むのはもちろんですが、団体活動も現役だからこそ広められることがある。今は「Re:Frame Park」を作りたいと考えています。

子ども食堂を中心に活動してきましたが、食べ物だけでなく子育て支援、就労支援などにも広げてきました。それらを一箇所に集約した拠点を作りたい。横にはフットサルコートを併設して、困っている母親が相談できたり、住居や食事の問題を解決できたり、国籍や立場の違う子どもたちが一緒に遊べる環境を作りたいんです。

中山:
素晴らしい構想ですね。すでに具体的に場所を探しているのでしょうか?

小川:
はい。一度、隣にフットサルコートがあってアクセスも良く、建物も駐車場も整った場所を見つけて、買うところまで行ったんですが、出遅れて他に決まってしまいました。ただ、その時に「実現可能な規模感だ」と確認できました。今も土地や建物を常に探しています。

中山:
なるほど。実現のために具体的な行動まで進められているのですね。小川さんのお話を伺っていると、競技者としての姿勢と、社会活動での取り組みがまさに地続きでつながっていることを感じます。ご自身が培ってきた「考える力」を軸に、サッカーと社会の両方に新しい視点を提示し続けている。その歩み自体が、子どもたちや周囲にとって大きな希望になっているのだと思います。

弊社としても、小川さんが描く未来が必ず形になっていくことを信じていますし、その挑戦の先にある景色を、これからも一緒に見届けたいと願っています。本日はありがとうございました!


答えは、すぐには見つからないかもしれない。
それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。
思考を解き明かす対話は続く。
『Dialog Code』——次は、誰の思考に触れようか。


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