Dialog Code
『探索者の流儀──迷路を前提に生きる』石川雅規 # Dialog Code
2026/02/18

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」
『Dialog Code』
強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。
今回登場するのは、
石川雅規(プロ野球選手・東京ヤクルトスワローズ所属)
【Before Dialog】
プロ野球界において「生きた伝説」と称されながらも、本人は自らを「一番ハマっている迷路」の中にいる旅人だと表現する。東京ヤクルトスワローズの左腕エースとして、四半世紀にわたりマウンドに立ち続けてきた石川雅規。身長167センチという小柄な身体で、なぜ彼は1+1がマイナス10にもなり得る過酷な勝負の世界を生き抜いてこれたのか。
彼のピッチングを支えるのは、球場の上空から自分を見下ろすような「俯瞰」の視点と、焦りや雑念を身体の動作によって整えていく緻密なセルフコントロール術だ。だが、その冷静な技術の裏側には、40代になってもなお「今日が最後のゲームかもしれない」と震えるような緊張感を抱き、一球ごとに一喜一憂する、剥き出しの情熱が同居している。
「先が分かってたら、頑張らなくないですか?」。不確実性を不安ではなく「ワクワク」へと変換し、自らの身体を実験台に固定観念を覆し続けるその思考プロセス。200勝という巨大なマイルストーンを目前に控え、その「達成した翌朝の自分」さえも観察対象にしようとする探求心の正体とは。さあ、彼の思考を紐解いていこう。
【Code.1 - STATE】俯瞰と一球目──静寂の視点と、丹田の重心
中山:
試合中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?
石川:
「俯瞰で自分を見ている時」ですね。
中山:
具体的にはどのような感覚なのでしょうか?もう少し詳しく伺わせてください。
石川:
俯瞰っていうのはざっくりした表現だと思いますが、イメージ的には球場の上の方から自分を見れている時が視野が広い状態だと思っています。やったらこうなるんじゃないかという想像がつきやすい、想像通りにいく確率が高い、みたいなイメージも持っています。
中山:
なるほど。「球場の上の方から見えているような感覚」と、「何をしたらいいかのイメージがついて、実際にそれをやった時に想像通りになりやすい」ということですね。
石川:
そうですね。うまくいく確率が高い気がします。うまくいかなくても、勝負に直結するポイントだったり、そういう場面で自分が描いたようなことが結果的に起きていることが多いですね。後から結果に紐づけている部分もあると思いますが、どういうイメージかって言われたら、球場の上の方から見えている感じです。
中山:
その「球場の上の方から見えている感じ」というのは、実際に映像として遠くからご自身を見ているような感覚があるのか、それとも比喩としてそう表現されているのか、どちらに近いでしょうか?
石川:
さすがにドローンじゃないので比喩ですね(笑)実際に見えているわけじゃないですが、視野が広く見えているようなイメージは自分の中にありますね。
中山:
あくまで「視野が広い状態」なのですね。
石川:
そうですね。逆にうまくいかない時は必死になりすぎていて、何年やっていても結果が欲しくなったり、「早くベンチに戻りたい」っていう気持ちが出てきて、どんどん視野が狭くなっていく感覚があります。何度繰り返しても、そこをうまくやるのは難しい課題だなと思います。
中山:
その「俯瞰で自分を見れている状態」の時は、普段と比べて何が違うのでしょうか?感情面なのか、それとも頭の中の状態なのか。
石川:
感情は違いますね。ひとつ冷静になっているというか。あと、イメージ的には意識が丹田、お腹のあたりにある感じがします。うまくいかない時とか焦っている時は、気持ちがどんどん上にいって、胸のあたりに意識がある感じですね。ふわふわ上がっている感じというか、重心も上にある感じがします。「緊張」と「上がっている」のは違うものだと思っています。
中山:
なるほど。良くない時はどっしりと立っていないような感覚ということでしょうか?
石川:
そうですね。両足でちゃんと立てていない感じです。
中山:
今「重心」の話がありましたが、もう一つおっしゃっていた「何をしたらいいかのイメージがついている状態」についても解説するとどんな状態なのでしょうか?
石川:
例えば、神宮球場から渋谷駅まで歩いて行くとしたら、ルートがパッと分かっている状態みたいな感じですね。うまくいかない時は「近道で行こう」とかいろいろ考えすぎて、結局たどり着くのが遅くなる。要は迷いがある状態ですね。シンプルにやればいいものを、自分で難しくしてしまって、楽して抑えようとか、そういうことでハマっていく。基本の「き」が大事だって分かっていながら、それを忘れてしまっている感じです。
中山:
分かってはいても、実際に試合に入ると難しいということなのですね。
石川:
そうですね。練習と違ってシチュエーションも違えば、相手もいて、抑えたい、勝ちたいという感情も入ってくるので、うまくいかないことも多いです。年を重ねてもそこは一番難しいところだなと思います。
中山:
つまり、冷静になれていない時は、考えすぎや迷い、あるいは「楽して抑えよう」といった雑念が混ざっている状態とも言えそうですね。
石川:
そうですね。なんで不安になるか、緊張するかと言うと、結局は自分の結果が欲しいからだと思うんです。だから焦る。感情と思考の取り組みがうまくいけば、結果は出ると思っていて。プロ野球選手なんて、体とか実力の差はそこまで大きくないと思うので、感情と考え方、取り組み方で大きく変わると思っています。
中山:
では、その「不安な状態に入りすぎない」ために、意識的に準備していることや、取り組んでいることは何ですか?
石川:
特に意識しているのは「何事も一個目を大事にすること」です。キャッチボールの一球目、ピッチングの一球目、ダッシュ、トレーニングやウォーミングアップの一本目を大事にしています。俯瞰できていなくても勝てる時は正直あるんです。相手がいることなので、結果とは別ですね。だからこそ、一個目を適当にしない。焦ると動きが速くなるので、調子が悪い日ほど、意識的にゆっくり動くようにしています。一歩目も適当にではなくて、ちゃんと意識して使う。結局、一個目がないと二個目がないので、そこを大事にしています。

中山:
なるほど。動作をあえてゆっくりにすることで、自身を落ち着かせる、というアプローチもあるんですね。
石川:
そうですね。あと、グローブに自分の名前の「雅」の字を小さく入れていて、うまくいかない時や打たれた時に、それを見るようにしています。球場のどこか一点を見るより、グローブの近いところを見る方が冷静になれるので、今はそれをやっています。
中山:
今のお話を伺うと、「動作を整える」「一点を見る」といった身体側からのアプローチで落ち着かせるパターンがある一方で、「早くアウトを取りたい」「楽して抑えたい」といった雑念が思考として出てくる時もある。そのような時はどのように扱っているのでしょうか?
石川:
それも同様に動作で解決しようとします。考えるなって言われても無理なので、だったら体から合わせる。試合前のルーティンは特にないのですが、同じ動きをして試合に入るようにしています。そうすると体が勝手にゲームに向かっていく感じがするんです。頭で考えちゃうけど、まずは体から入って、後から思考をついてこさせるというイメージです。
中山:
なるほど。思考の癖も理解した上で、あえて動作からアプローチしていくという順番なんですね。
石川:
そうですね。
中山:
良いアプローチだと感じました。人の動作や姿勢は思考にも影響しますし、頭で考えたものを実行しようとすると、できる時と難しい時がありますよね。一方で身体に働きかけることで気分や感情が変わり、それが思考に影響するという流れが起こり得る。話は変わりますが、伺っているとこれまで本当に様々試してこられたんだろうなとも感じました。こういった工夫や考え方は、ご自身で考えて、ご自身でトライしながら積み重ねてこられたのでしょうか?
石川:
そうですね。昔からいろんなものに興味があって、先生からは質問魔だと言われていました(笑)自分の体が実験台なので、常にアンテナを張るようにして、聞いたことはまず試すということを大事にしています。ダメだったら元に戻せばいい。今は合わなくても、3年後、5年後、10年後に合うかもしれないので、引き出しを増やしたいなと思って、いろいろ試したり聞いたりしていますね。
中山:
様々試された石川さんだからこそぜひ伺いたいのですが、この「俯瞰できている状態」が一番理想だとした時、もしその時のご自身をキャラクター化するとしたら、どんな自分だと言えそうでしょうか?
石川:
上空を飛んでいるワシとかタカみたいな感じですかね。上からファーっといろんなものを見て、小さな変化に気づいて、それが鳥なのかウサギなのか分からないですけど、獲物を捕まえるというか。
中山:
静けさや冷静さがありつつも、逃したくない一点は取りにいく、というようなイメージでしょうか?
石川:
そうですね。やっぱり冷静でありたいって思いはあるんですけど、僕は全然冷静になれないので。マウンドに立つと、いろんな先輩方からも「マウンド上だと人の話全然聞かねえな」「人が変わるな」とか言われるんです。でも、冷静でいたいっていう思いはすごくありますね。裏を返せば、負けん気なのか、熱くなることが自分の良さだったりするのかもしれないので、そこは難しいところではありますね。
中山:
なるほど。では、その「俯瞰する感覚」は、若い頃と今とで変化はありましたか?
石川:
そうですね。大学生くらいの時は、俯瞰というよりも、冷静にスタンドで自分を見ているようなイメージがありました。その頃は正直、バッターのレベルも違ったので。プロに入ったあたりは無我夢中で、あまりそういう感覚はなかったですね。でも、プロの環境に慣れて、成績も伴ってきた中で、なんとなくまたそういう感覚が出てきたかなというのはあります。20代後半くらいからですね。
中山:
「冷静」というのが、ひとつ大きなキーワードになっていそうですね。
【Code.2 - EMOTION】抽象化のアンテナ──「入ってくる言葉」を探し続ける
中山:
試合前や試合中に感じる「緊張」や「不安」は、石川さんにとってどのような存在でしょうか?
石川:
結果を出したいと願うからこそ、緊張と不安があると思うので、両方あって当然と思ってやっています。
中山:
石川さんはこれだけの長いキャリアの中で、今でも緊張や不安を感じることはあるのでしょうか?
石川:
それは若い時から変わらないですね。緊張や不安を消すために、練習含めていろんなことに取り組んだからといって完全に消えるかというとそうでもないので。レギュラーシーズンでも、オープン戦でも、練習試合でも、シート打撃の中でも、やっぱり緊張はします。結局、何度も自分を信じて、何度も裏切られてきた自分もいるので、機械じゃなくて生身の人間だから、「今日ストライク入るかな」とか、そういう思いは常にありますね。
中山:
なるほど。ある意味では、その不安が原動力になったり、探求心につながっていったりする側面もあるのですね。
石川:
そうですね。めちゃめちゃ不安は取り除きたいですけど、それがあるからこそいろいろやっているのかなと思います。
中山:
試合前に出てくる“感情”としてはどのようなものが多いのでしょうか?
石川:
最近は1試合にかける重みが変わってきました。20代、30代は先発ピッチャーとして1週間に1回、当たり前のように投げていましたけど、40代になって一軍の試合数が少なくなって「今日が最後のゲームかもしれない」という思いでマウンドに上がっているので、そういう意味でも全然違いますね。お花を一輪見た時の感じ方が、若い頃と今で違うのと一緒で、野球に対する捉え方も変わってきています。ゲームが少ない、最後かもしれないと思うからこそ、1個でも多く取りたい、勝ちたいという思いが、緊張感に変わっているのかなと思います。
中山:
なるほど。
石川:
一方で、面白いことに全然緊張しない時もあるんですよ。そういう時は結構やられます。緊張感がないとやられるイメージはありますね。
中山:
緊張や不安の「扱い方」が上手くなっていくというよりも、緊張や不安そのものが年齢やキャリアによって形を変えていくからこそ、今の自分に合った向き合い方や付き合い方が重要になっていきそうですね。
石川:
かなり重要だと思いますね。そことうまく付き合えたら、また違ったものが見えるんじゃないかなと思います。
中山:
緊張した時はどんな反応が身体に出ますか?
石川:
体温が上がるような気はしますね。手汗も多少は出るのかな。野球の緊張と、人前で話す緊張って全然違いますし、やっぱり野球が一番緊張しますね。
中山:
先ほどのお話にもありましたが、若い頃のように登板機会が多い時期と、登板機会が限られる中で結果を出していく今とでは、当然プレッシャーやご自身への期待値も上がりますよね。
石川:
そうですね。自分への期待も上がります。でも、結局は自分に期待しないとダメだと思っているので、自分にめちゃめちゃ期待していますし、自分を信じています。

中山:
若い頃と今とで、その緊張感との関わり方や、ご自身の中での扱い方に変化はありますか?
石川:
根本的には、不安を消すために練習するというのは変わらないです。ただ、あまり考えすぎないようにはしています。結果を出したい気持ちはありますが、今は「野球をやれていることへの感謝」に意識を向けるようにしています。「こんなに幸せなことってないよな」と思いながらマウンドに立っています。
中山:
その感覚は、パフォーマンスにどのような影響を与えていると思いますか?
石川:
気持ちが少し楽になりますね。野球は相手がいるスポーツなので、調子が悪くても勝つ時もあるし、めちゃくちゃ良くても負ける時もある。だから、勝ち負けに一喜一憂しすぎないようにもしています。ルーキーからなんとなく5年連続で2桁勝って、6年目に4勝で終わったんです。その時に「メンタルだな」と思って、東海大学の先生の講義を受けに行ったりしました。正直それがどう良かったかは詳しく覚えていないですが、その翌年はタイトルも取れて、すごくいい年になりました。そこから考え方が少し変わった気がします。
中山:
どう考え方が変わったのでしょうか?
石川:
野球が仕事なんだと強く思うようになったのも、その頃ですね。当時結婚もして子供もいましたが、どこかアマチュアだったんだなと。結果が出ないと給料が下がるので、大好きな野球という根本は変わらないですけど、それが「仕事」に変わったというのが、2007年、2008年あたりのターニングポイントだったと思います。
中山:
認知が変わった瞬間だったんですね。今のお話を伺っていると、「野球ができていることへの感謝」というのも、ある種の俯瞰だと感じます。では今の石川さんにとって、緊張や不安は「あったほうがいい」感覚でしょうか?
石川:
ないと変な怪我につながりそうな気がするので今はあったほうがいいと思っています。緊張と「上がる」は違うので、上がらずに、緊張は持ちながらゲームに入って、ゲームの中でこなしていく。勝手にそうなればいいなと思っています。
中山:
面白いです。
石川:
最近思うのが、年齢を重ねて、例えば自分が話したことが「さすがだな」「やっぱ長いことやってるからな」って言われることが多くなってきたんです。もちろん年齢や経験とともに考え方は変わってきてますが、根本は若い頃と考え方はあんまり変わってない気がします。なので自分では凄くもないし、当たり前の感覚です。
中山:
私も仕事を通して様々な競技、アスリートの方々と対話をしてきましたが、石川さんはいろんな角度から物事を見ていらっしゃる印象がありますし、抽象化する力が高い方だと感じました。
石川:
どういうところでそう感じたんですか?
中山:
先ほどから例え話が多く、「これと同じですよね」と別の世界の言葉に置き換えながら話されているので、人が1聞いたものを抽象化して10の学びに変えられるというのが石川さんの強みなんじゃないかなと感じています。
石川:
確かに言語化するって難しいから、例えで「なんかないかな」って常に思ってるんですよね。
中山:
まさにその作業自体が、抽象化の訓練だと思います。例えば野球を知らない方に思考のプロセスの変化を伝えるのは難しいですが、その方が知っている世界の言葉に書き換えようとした瞬間に抽象化が起きて、学びとして伝わる形になる。その作業をずっと繰り返してこられたんだろうなと思って、もっとお話を伺いたいという気持ちになっています。
石川:
自分が昔からすごく大事にしているのは、「自分に入りやすい言葉」です。例えば「もっと下半身を粘ってやる」とか、偉人の言葉も含めて自分に入ってきやすい言葉探しをしています。いろんな人と話したいというのはそういうことかもしれないですね。高卒のルーキーの子が面白いニュアンスで言った言葉が「分かりやすい」「入ってきやすい」とか、そういうのもあるし。偉人の人の言葉も、SNSでいろいろ出てくるのをめちゃめちゃ探したりもします。
中山:
なるほど。そういうアンテナを普段から持っていらっしゃるんですね。そういった感度の高さが、再現性のある工夫や自己理解にもつながっているのですね。
【Code.3 - COGNITION】迷路にハマる──不確実性を楽しむ思考
中山:
今の石川さんにとって、野球という競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?
石川:
「生きていて一番ハマっている迷路」ですね。
中山:
興味深い表現ですね。石川さんがイメージされているのはどんな迷路でしょうか?
石川:
ゴールが見えないですよね。ゴールが見えないからすごくワクワクするし、ハマっちゃうと不安だし。自分からギブアップって言うこともできるし、時間が経ったら勝手にあっちからギブアップって言われる。要はクビですよね。でもその中で試行錯誤してたら、いろんなヒントを得ながら進める。ゴールは人それぞれだと思いますが、例えば勝ちたい、金を稼ぎたい、目立ちたいとかいろいろあると思うんです。僕は200勝をゴールとして置いてるのですが、それ以上にこの年齢からあとどれだけできるかな、あとどれだけ勝てるかなっていうことにワクワク感を感じています。
中山:
なるほど。「200勝」という明確なゴールはありつつも、それ以上に「この年齢からどこまでいけるか」という、先が読み切れない領域そのものに惹かれている感覚なのですね。
石川:
先が見えないから、一直線でゴールが見えてないから、いろいろなことを準備したり試したりというのが迷路ですね。もしかしたらゴールはめっちゃ近いところにあったのかもしれないし、終わってみたらそうでもないと思うかもしれない。でも先が分からないから面白いですよね。1+1が2にならない時の方が多いし、1+1が-10くらいになる時もある。それがまた楽しいというか。好きなことを仕事にできるって、こんな楽しいことないですよ。
中山:
なるほど。石川さんが野球という競技を見た時に「迷路」と表現されたのはなんでなのでしょうか?ご自身の身体のこともあると思いますし、ゲームそのものの構造としても言えるのかなと感じたのですが、石川さんにとって野球という競技は、どういうものとして捉えられていますか?
石川:
基本的には点取りゲームだと思っています。でも面白いのは、結局チームで動いていて、流れもある。例えばバッターは10回打って、3回ヒット打ったら一流ですよ。5打席立って4打席は凡退でも、最後に1本ツーランホームランを打ったらヒーローにもなれる。ピッチャーはいいピッチングしてても負け投手になることもある。でも10点取られても11点取ってくれたら勝てるし、1振り、1投で4点入ったりもする。めっちゃ面白いなと思うんですよ。僕はセ・リーグなのでバッターボックスに立つこと自体も楽しいです。
中山:
いわゆる「正しさ」と「結果」がきれいに繋がらないことが起き得る、ということですよね。単純な実力差だけでは決まらない面白さがある。
石川:
答えがないというのはどの競技もそうかもしれないですが、野球って複雑で、例えば「なんで9イニングあるの?」「ピッチャーとホームの距離がなんで18.44なの?」とか、いろんなことを思うと不思議なゲームだなと思います。各球場によって大きさが違うのだって、「一緒にしたら良くない?」と思いますが実際は違う。これ面白いなって。屋外の球場、屋内の球場もあるし、面白いですよね。
中山:
同じ競技をやっているのに、毎回ステージの条件が少しずつ違うという面白さもありますね。
石川:
そうなんです。意外と外的要因が多くて、例えば神宮球場はめっちゃ狭いし、風も吹くわけで、ピッチャーとしてはすごく神経を使う球場なんですよ。でもそれも含めてなんでも「しんど」って思ったら終わりなので、楽しく前向きに捉えたいと思っています。
中山:
今のお話を整理すると、野球というゲーム自体が外的要因に左右されやすかったり、同じヒットでも状況によって点数への影響が変わったりと変数が多い。だから「こうすればこうなる」という見通しが立ちにくいという意味での“ゴールが見えない”が一つありますよね。そしてもう一つは、野球を通じて石川さんご自身の人生がどう展開していくか、という意味でも“ゴールが見えない”。この「見えなさ」が二重にあるのかなと感じました。
先ほど石川さんは「先が見えないから面白い」「試したくなるしワクワクする」とおっしゃっていましたよね。一般的には「先が見えない=不安」となりがちな文脈も多いと思うのですが、石川さんはなぜそれを「楽しさ」として捉えられるのでしょうか?
石川:
先が分かってたら、頑張らなくないですか?結局、死ぬ時に「人生どうやったっけ」って思った時に答えは出ると思うんです。ゴールが見えてたら僕はあんまり面白いと思えない。さっきの迷路も一緒ですが、自分の頑張りで人生って変えられるんじゃないかと思っているのもありますかね。

中山:
「不安がない状態を作りたい」というより、「見えないからこそ、自分の手で変えられる余地がある」という感覚なのですね。
石川:
そうですね。もちろん僕も不安はありますよ。野球終わったらどうなるんだろうとか、嫁も子供も2人いるし、家族を食わしていかなきゃって思いはありますけど、それも自分の頑張り次第だと思います。だから今、次の夢が欲しいんですよね。そういうのがないと僕はダメだと思うんです。今は野球という、大好きで面白くてハマっているものがある。僕は今、現役終盤でラストコーナーを回って、あと5メートルぐらいで引退ぐらいの距離にいると思うのですが、大好きな野球に携わりたい思いはあります。しかし、まだまだやりたい事が出てくるのではとも感じています。
中山:
「野球の不確実性を楽しむ自分」と同時に、「野球が終わった先」に対するリアルな不安もちゃんとある。
石川:
今はもちろんプロ野球選手に重きを置いてまっすぐ捉えてますけど、将来のことを考えないなんてことはない。頭のどこかで「次、何かハマることないかな」「夢ってあるかな」とか、いろいろ考えているところではある。それを考えるのも楽しいんですよね。
中山:
石川さんなら、その次の夢もきっと見つけていかれるのだろうなと感じます。そして今の「先が見えない=不安」になりがちなところを、「先が分かってたら頑張らないよね」と言い切る言葉に頼もしさも感じます。
石川:
嬉しいですね、ありがとうございます。
中山:
先がわかっていたら楽しくない、に共感する部分があります。小学生の頃RPGゲームでどう進めれば良いか分からずふと本屋で攻略本を見てしまって、その瞬間にゲームがつまらなくなったことがありました。
石川:
まさにそうで、それに近いですね。どうせ人生は1回だけなので。人生のことを小さい頃から考えてたかと言われたら考えてはないですが、人生の中でありがたいことに好きなことを職業にできてるっていうのはあります。
あと自分は多分ドMなのかもしれないです(笑)山があったら登りたいって思うし、しんどい方向に行ってみたい、みたいな。例えが変わるのですが、数年前に人間ドック行ったのですが、胃カメラってきついって聞いてて、「きついって言ってもどんだけきついの?」って思って、麻酔なしでやったら、めっちゃしんどかったっていう(笑)やっぱり自分で体験して「こういうことね」って。でも、しんどいけどこれくらいだったら我慢できるかな、とか。何事もトライしてみたいし、やらないとわからないよねって思います。
中山:
面白いですね。不安という“種”の数が、そのまま未来の楽しみの数にもつながっているように感じました。
石川:
辛いこととかしんどいことって、「しんどい」って思ったらその先がないですよね。「じゃあどうしてやろうかな」とか、「どうやったらいいかな」の方が僕にとっては自然で、昔からそういう思考ではあったと思います。あと、妻がものすごく前向きな人なんですよ。その影響で、すごくポジティブに物事を考えられるようになったというのもありますよね。結局、考え方とか取り組みで本当に何とか変わる気がするので。
中山:
「しんどい」で止めずに、「じゃあどうする?」に自然と頭が切り替わる。その思考の癖が、迷路を“迷子”じゃなく“探索”に変えている感じがしますね。あと、奥さまの存在がその前向きさを後押ししている、というのもすごく素敵だなと思いました。
石川:
今って情報過多というかいろんな情報がある中で、若い選手はちょっと頭でっかちになっている部分はあるのかなって思ったりもして。その中で情報をうまく取り入れながら、自分で見解を作らずというか、言い方は難しいですが、「めっちゃ伸びしろあるよ」って言いたいです。みんなが頑張って上手くなったら、俺ももっと負けじとやるから、行こうぜって感じでもありますね。
中山:
石川さんが大事にされているのは、まず自分でやってみること、いわばご自身を実験台にして確かめることでもあるのですね。
石川:
そうですね。やる前から決めつけて「俺それ合わないし」とか言う人、結構いるんですけど、「いいからやってみようぜ」って、取り込みながらやることもあります。その習慣がついたらまた変わってくると思うので。物事の捉え方とか取り組みは“習慣”が一番強みだと思っています。

中山:
実際、この迷路を進んでいると、壁にぶつかったり、行き止まりに当たることもあると思います。石川さんは、周りから情報を取ったり、ご自身でアクションを取ったり、考えたりと、いろんな打ち手を持っていらっしゃる印象なのですが、壁にぶつかった時や行き詰まった時は、どのようにご自身と向き合い、どう考えているのでしょうか?
石川:
結局、同じことをやってると物事って一辺倒にしか見れないので、横から覗いてみたり、壁があったら、乗り越えようと思うだけでなく、下掘ってみようかなと思うこともあります。とりあえずいっぱい試しますね。
中山:
よく1つに絞って方がって言う人もいると思うのですが、石川さんがいろんなことを試すようになったきっかけは何かあったのでしょうか?
石川:
昔、大先輩の古田敦也さんに「1つ続けている物事があるとして、それのやめ時っていつですか?」って聞いたんですよ。そしたら「石川、お前一個のことばっかやってるからダメなんだよ」って言われたんです。「何個か試しながら物事を進めていって、その中でいい悪いを判断すればいいのに、1個だけやってたらやめ時なんかわかんねえよ」って。そこからいろんなことを試すことが好きになって、壁に当たったらまずいろんなことを試すようになりました。
例えば練習ばかりやりすぎてたら、一回休んでみようかなとか。野球以外の競技を見たりとか。同じものを見てると慣れてきて、頭も固くなって固定観念が強くなるので。ゼロにはならないけど、一回なくして、またっていうのをしたいなって思いますよね。
中山:
他を知ることで、今見ている物事の見え方が変わったり、バイアスが外れたりしますよね。
【Code.4 - VISION】200勝の翌朝──達成後の自分を見たい
中山:
この競技を続けていった先で、「こんな状態・景色に辿り着いていたらいいな」と思うものがあれば教えてください。
石川:
自分の身体が実験台なので、身体が動く限界まで試行錯誤したいです。身体が小さいのに凄いですね、と言われても僕はこの身体以外知らないので、凄いとも思わない。なので皆が思っているであろう固定観念を覆したいと思ってやっていますし、数字的なものでわかりやすいものをクリア出来た時の感覚を感じてみたいですね。
中山:
今の石川さんが「一番ワクワクする実験」と言われたら、まず思い浮かぶものは何ですか?
石川:
プロ野球界では50歳間近で投げた山本昌さん、サッカー界ではキングカズさんも60近くまでやってるじゃないですか。普通に考えてすごいって言われますが、僕は今の年齢でキャリアハイを本気で狙っています。そういう意味では、みんな「やったことないこと」って無理だよって思うけど、その「無理だよ」を崩した人が最初にいるわけですよね。その時の景色を見てみたいんですよ。
200勝した時の世の中の見え方とか、自分の物事の捉え方とか、例えば200勝して次の日の朝起きた時に世の中がどう見えてるのかなって。それをめっちゃ見たいです。達成感で、ちょっとしたことでも「いいよいいよ」って怒らなくなる自分になるのか、逆にイライラする人間になっちゃうのか。どういう景色なんだろうなと寝る前に考えています。

中山:
「200勝」という到達点そのもの以上に、“到達した翌朝の自分”を見てみたいというのが、すごく石川さんらしいなと思いました。まさに「実験」の視点ですね。
石川:
今ヤクルトの青木宣親GMに昔聞いたのですが、小さい頃、寝る前にどういうことしてたか聞いたら、「野球選手になれるんだ、なるんだ」ってイメージして寝てたって言ってたんですよ。僕も全然野球は下手だったのに、めちゃめちゃなれると思って寝てたんですよね。「野球選手になったらこういうユニフォーム着れるんだ」みたいなのを想像しながら。
念ずれば花開くって、もちろん子供たちに「夢は必ず叶うよ」とは言えないし言わないですが、それに対して思いが強い方が、いろんな可能性が開けるし、壁も乗り越えられるんじゃないかなと思います。未だに200勝した次の日の朝を思い浮かべて寝てますよ。僕はずっと子供なんです。
中山:
もしそれが実現して、いわば固定観念を覆せたとしたら、石川さんの人生にとってはどんな意味がありそうですか?
石川:
なんだろう…難しいですね。実験は死ぬまで変わらないと思うので、また次の難題に取り組みたいなと思いますね。それがゴールじゃない気がするので。夢中になることをしたら、物事ってめっちゃ時間が経つのが速いじゃないですか。だから僕の野球人生、25年長いですねって言われても、全然長く感じたことがないんですよね。
中山:
達成が「終わり」ではなくて、達成が「次の問い」を連れてくる。石川さんにとっては、固定観念を覆すこと自体が“ゴール”というより、“また面白い迷路に入るための扉”みたいな感覚なのかもしれないですね。
石川:
めっちゃ変な話だと思うんですけど、聞いてもらっていいですか?
中山:
もちろんです。ぜひ聞かせてください。
石川:
今この時間も世の中、世界って動いてるじゃないですか。でも僕は、目で今ニューヨークを見れない。もしかして今見えてないからその世界はないんじゃないかって思っちゃう時があるんです(笑)だから全部自分で試したいし、見たいし、感じたいっていうのがすごくあるのかなと思います。なんか変なやつだなって思いますよね。最近は映像で何でも見れるから目に入ってきちゃう。だから想像力が昔よりないと思うんですよ。自分が今こう投げてて、この時こうなってるよな、だからこうやってみようかなっていう想像力が足りない気がして。
一流の選手の映像を見るのもとても素晴らしい事ですが、例えばその選手が様々なトレーニングの良し悪しを言ったとします。でもその人はここまで来るプロセスがあってのことだから、そのプロセスを吹っ飛ばして、その映像を見ている1人1人が良し悪しを決めてしまうのは、それはちょっとリスキーじゃない?って思うんですよね。
中山:
確かに。情報のリテラシーという観点で言うと、本人の体験がある状態で情報が入った方が、取捨選択もしやすくなりそうですよね。最後にもう一つだけ伺わせてください。石川さんの野球人生が終わる時に、「これはやり切ったな」と言えるとしたら、どんなことが思い浮かびますか?
石川:
やり切ったというかわからないですが、誰よりも野球大好きだったんじゃないかと思いますよ。引退して泣いたり、または笑顔の選手がいて、もちろん勝った負けたで悔しい思いもいっぱいありますが、僕は胸を張って笑顔で、「めっちゃ楽しかったです」って言えますね。
中山:
結果や記録よりも先に、「好きでい続けられた」「楽しかったと言える」って、いちばん強い言葉だなと思いました。
石川:
よく「どの勝利が一番嬉しかったですか」とか、「どの負けが一番悔しかったですか」と聞かれるんですよ。「優勝した時のあの試合は嬉しいですよね」「プロ初勝利ですか」と言われるのですが、僕の一番嬉しい勝利は一番最近の勝利だし、一番悔しいのは一番最近の負けなんです。そこを常に更新していきたい。負けは更新したくないけど、それをずっと更新していきたいなって思いますね。
中山:
「過去の栄光」ではなく、「いま」を更新し続けたい。その姿勢があるから、キャリアが長くなっても挑戦が“現在進行形”であり続けるんだろうなと感じました。
石川:
なので目の前の一勝を取りたいし、目の前の一勝が欲しい。ずっとそうかな。プロ入って10勝、100勝しようと思ってやってきてなくて。目の前の1勝が欲しいがためにいろいろやってきたし、その積み重ねが今なので。最近、妻に「今からあと12勝で200勝でしょ。もし今12勝の人がいたら、あと188勝しなきゃいけないんだよ。どっちがイメージしやすい?」って言われるんですよ。それを言われると「そっかあと12勝か。その方が楽だな」って思えるので。考え方とか捉え方で、毎日を前向きにやりたいなと思ってますね。

中山:
寝る前に未来を鮮明に想像している石川さんもいれば、先の見えなさに不安になったり、考えすぎてしまう石川さんもいる。でも結局は、目の前の一つひとつを積み重ねてきた結果が今につながっている。その両方を持っているのが、とても印象的でした。
石川:
本当にめちゃめちゃ両方あるなって、今、お話をさせていただいて、話しながらまた理解できる部分があって。「やっぱこういう考えだったんだな」ってすごく理解できる部分があって。冷静に自分のことを、「こういう考えとこういう考えを持ち合わせていますよね」って言われると、また新たな発見というか、「なるほど、そうだな」って思えてめちゃめちゃ楽しかったです。
中山:
こちらこそ、貴重なお話を本当にありがとうございました。石川さんの言葉を聞いていると、「未来を強く思い描く力」と、「目の前の一勝に集中する力」が、矛盾せずに同居しているのがよく伝わってきました。そして、その間に“不安”や“揺れ”があっても、それすら実験として抱えながら前に進んでいく。今日の対話で出てきた感覚や言葉は、きっとこの先の石川さんの迷路を進める上でも、また別の誰かにとってのヒントにもなると思います。次に石川さんが「更新した」と言える一勝が訪れた時、その景色がどう見えているのか。その続きを、またぜひ聞かせてください。
【After Dialog】
対話を通じて見えてきたのは、石川雅規という投手が、膨大な経験を積み重ねながらもなお、初心者のような瑞々しい好奇心を失わずに「野球」という巨大な迷路を楽しんでいる姿だった。彼は、200勝という記録そのものよりも、そこに到達するまでのプロセスや、未知の領域に挑む際の「心の揺れ」を何より大切にしている。
かつて大先輩から授かった「複数のことを試しながら進め」という教えを忠実に守り、情報を鵜呑みにせず、常に自らの身体で確かめてきた。その「実験」の繰り返しが、年齢とともに変化する緊張感や不安を、感謝や喜びという新たなエネルギーへと昇華させる強さを生んでいる。
「一番嬉しい勝利は一番最近の勝利だし、一番悔しいのは一番最近の負け」。過去の栄光に縋ることなく、常に「いま」を更新し続けようとする姿勢は、彼が単なるベテラン選手ではなく、現在進行形の表現者であることを証明している。迷路の出口を探すのではなく、迷路の中に新たな道を作り続けるその生き方は、200勝を達成した翌朝、また新たな問いを携えてマウンドへと向かう彼の背中を予感させる。『Dialog Code』
答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
石川 雅規(いしかわ・まさのり)
1980年1月22日生まれ、秋田県秋田市出身。
東京ヤクルトスワローズ所属、背番号19。投手。
秋田商業高校(甲子園出場)、青山学院大学(シドニー五輪代表)を経て、2001年にドラフト自由獲得枠でヤクルトスワローズに入団。身長167センチと小柄ながら、卓越した投球術と「カツオ」の愛称で親しまれる強靭な精神力を武器に、入団から24年連続勝利(NPB新記録)を達成するなど、球界の「生きた伝説」としてマウンドに立ち続けている。
新人王(2002年)、最優秀防御率(2008年)、ゴールデングラブ賞(2008年)など数々のタイトルを獲得。2026年シーズン、プロ25年目にして悲願の通算200勝(残り12勝)という金字塔に挑む。ベテランとなった今も、自らの身体を実験台にして新たな変化球やトレーニングを模索し続ける「探求者」であり、その飽くなき好奇心と誠実な野球への姿勢は、世代を超えて多くの選手から深い敬意を集めている。【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。






