Dialog Code
『「正しく不安を感じることが大事」──プレーの波を抑える、思考の整え方』井上諒汰 # Dialog Code
2025/05/28

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。自分自身と向き合い、考え、気づくこと——それが次のステージへ進む鍵になる。『Dialog Code』—— アスリートたちの言葉から、その可能性を探るシリーズ。
今回登場するのは、井上 諒汰(プロバスケットボール選手・佐賀バルーナーズ所属)。
さあ、彼の思考を紐解いていこう。
目次

1. 「決めたかった」から、僕のバスケは始まった
中山(Dialog Partner):
まず学生時代から話していきたいと思いますが、バスケとの最初の出会いで記憶に残っている景色は何ですか?
井上:
覚えているのは、兄と姉がバスケと水泳をやっていて、僕はまだやっていなかった時の話ですね。スイミングも一緒にやっていたんですけど、なんで僕はバスケをやっていないんだろうって思ったんです。母親に「なんで僕はやらせてもらえないの?」って聞いたら、「自分でやりたいって言っていないからだよ」と言われて。その時、僕は咄嗟にお兄ちゃんに「バスケやったらモテるかな?」って聞いたんです。そしたら「モテるかどうかでやるか決めんな」って怒られました(笑)。たぶん、幼稚園くらいの話ですね。
中山:
そんな小さい時の話なんですね。
井上:
はい、小学校に上がる直前ぐらいです。その後、実際にバスケを始めて、最初の記憶が強く残っているのは姉の練習試合を見に行った時です。僕は見に行っていただけなんですけど、1日の終わりに下学年試合という交流戦のようなものがあり、そこでコーチに「リョウタも出ろ」って言われて。僕はバッシュもないし女子しかいないしで嫌だったんですけど、急に靴を貸してもらって嫌々出場することになって。でも、その時にスティールしてレイアップまで持っていけたんです。でも外しちゃって、姉たちやチームメイトがみんな立ち上がって盛り上がって、レイアップを外した時にはずっこけてっていう、その景色は今でもはっきり覚えています。
中山:
それは何年生ぐらいの話ですか?
井上:
小学校1年生か2年生になる前だったと思います。初めてすぐの頃ですね。自分が嬉しかったとかよりも、周りの反応がすごく印象に残ってます。
中山:
その反応を見た時、何か感じたことはありますか?
井上:
ただ「レイアップ決めたかったな」って思いましたね。外したことがすごく悔しくて、それ以外の記憶はあんまりないです。
中山:
初得点の記憶とかは?
井上:
全く覚えていませんね。最初のゴールとかどの試合だったかも。僕にとってはその外したレイアップの時の周りの反応の記憶の方が強く残っているんです。
中山:
面白いですね。それが最初の強い記憶なんですね。
井上:
そうです。やりたくないって思いながら出た試合で、周りの反応が強く印象に残った。今思えば、その時に自分がどう感じたのかよりも、周りがどう感じていたかを見ていたんだと思います。

2. 「大事なところで負ける」ことが、挑戦を生み続けた
中山:
学生時代を振り返って、一番悔しかった経験を経て今のプレーや思考に影響している出来事は何ですか?
井上:
高校時代のウインターカップ県予選決勝での敗北ですね。僕がいた高校は、長野県内では強豪校とされていて、自分の代までは6年連続、次の代から現在に至るまでウインターカップに出場し続けている学校です。でも、僕の代だけ途切れてしまったんです。伝統を途切れさせてしまったのを強く覚えています。
中山:
それはかなり大きな出来事ですね。
井上:
はい、その時に敗れた相手が佐久長聖高校で、そこのエースが今は川崎ブレイブサンダースでプレーしている飯田遼という選手でした。あの敗北から、僕にとって彼は特別な存在になりました。
中山:
ライバルのような存在ですか?
井上:
まさにそうです。高校での悔しさを胸に、大学でも彼を倒すことを目標にしました。彼は関東一部の拓殖大学でプレーしていましたが、僕はその彼を倒すために関西からインカレに出て倒すまでのストーリーだと思って大学4年間を過ごしていました。
中山:
その目標が井上さんの成長を支えていたんですね。
井上:
そうですね。実際に大学4年生の時も、勝てばインカレ(全国大会)に出場という試合で3点差で敗れて、また目標を達成できなかった。学生時代には「大事なところで負ける」ということを沢山経験しました。ある意味コンプレックスでもありましたし、何より当時の自分の原動力でした。倒すためにと本気で取り組んできたことが、今の自分のプレースタイルの大半を作っています。コンプレックスや嫉妬を抱き、それをどう乗り越えるかで成長していくというのが自分の成長サイクルになっていると思います。

中山:
「大事なところで負ける」という言葉が印象に残りました。その感覚は今はどうですか?自分のアイデンティティになってしまっていたりとかは?
井上:
うーん...プロになってからは少し変わりましたね。学生時代は3年間、4年間という決められた期間で結果を出さなければならなかった。でもプロでは、自分次第で契約を勝ち取り続ける限り挑戦が続いていく。実際に、B2からB1への昇格も3回目の挑戦でようやく達成できました。なので、学生時代とプロではそこの感覚は違う気がします。ただ、その試合はものすごい緊張感で、自分のルーティンを忘れたり手足もちょっと震える感じでしたが(笑)
中山:
その「大事なところで負ける」という感覚とは、どのように向き合ってきたんですか?
井上:
逆に言えば、何度でも挑戦できるというプロの特性をうまく利用しました。そもそも僕は、人より時間がかかると思っているタイプなので、そう考えることで大事なところで負けるみたいなアイデンティティは自然と薄まっていたと思います。あとは、学生の頃は自分がなんとかしないとって感覚でしたが、今はチームで一緒に走っているという感覚がある。なので自分のジンクスより周りへの信頼の方が勝っているのもありそうですね。
中山:
学生時代の挫折と、プロでの挑戦を重ねたことで、認識の転換や成長につながったんですね。
井上:
そうですね。そして、学生時代の悔しさは、今でも自分の中に残っています。例えばウインターカップでの敗北を見て母親が泣いていたこと。僕は泣かなかったんですけど、母が悔しそうな顔をしていたのが強く記憶に残っています。
中山:
家族の反応も、井上さんにとって大きな影響を与えているんですね。
井上:
はい。家族が喜ぶこと、家族に誇らしいと思ってもらうことも、僕のモチベーションの一つです。その想いは今も変わらず、自分のプレーにもつながっています。
中山 :
まさに未来マイナス、未来プラスの両面のモチベーションを持ち合わせていた感じなんですね。
3. 不安と向き合い続けてきたことで見出した思考

中山:
先ほど、自分のルーティンを忘れるほど、手足が震えるといったB1昇格をかけた試合の話がありましたが、その時はどうしましたか?
井上:
どうすることもできないので、それを取り繕って隠そうとはしませんでした。チームメイトにも「緊張してるわ」「ルーティン忘れた」と正直に伝えていました。隠すことでさらに不安になるよりは、正直に受け入れる方が自分には合っていると学生時代の経験も踏まえてわかっていたんです。
中山:
正直に伝えること、受け入れることで気持ちが楽になったんですね。
井上:
そうです。そして試合が始まって、自分の仕事を全うすることで少しずつ落ち着いてきました。ディフェンスで相手からファウルを奪ったり、リバウンドを取ったり、自分のやるべきことをやること、チームから期待されている仕事をひとつすることで、「ここで自分はチームに貢献できている」という実感が緊張をほぐしました。
中山:
プレッシャーを感じながらも、正直に向き合い、自分の役割を果たす。まさにプロとしての姿勢ですね。地域リーグからB1まで上がってこられたキャリアは稀だと思っているので是非聞きたいのですが、その過程を経た今、変わらなかったことは何ですか?
井上:
聞かれてパッと出てきたのは「未来への不安」ですね。プロの世界は、常にポジション争いがあって誰かが急に成長して、自分のポジションを奪うかもしれない。いつ監督コーチが変わるかもわからない。ステージが上がるごとに、次のステージでは何が必要なんだろう?どんな選手がいるんだろう?と考え続けていました。これは地域リーグの頃から今も全く変わらないですね。その緊張感は常にありますが、それが逆に僕のモチベーションにもなっています。
中山:
常に未来への不安と向き合ってきたとのことですが、そこと向き合うために大切だと思う思考は何だと考えますか?
井上:
強く感じるのは、選手とのポジション争いの中で周囲を羨んだり比較したりすることは常にあっても、どれだけ自分軸で自分の成長を捉えていけるかなのかなと。必要以上に不安になる時は他者との比較などに思考が引っ張られている時がほとんどです。その中でも、冷静に、客観的に自分を見て「正しく不安を感じることが大事」だと思っています。
中山:
「正しく不安を感じること」、すごく良い表現だなと思いました。

4. テーマを持つことで、思考もプレーもシンプルになる
中山:
現在の思考や対話について聞きたいのですが、試合前日はどう過ごしていますか?
井上:
試合前日は、アウェイならその土地の夜も営業しているコーヒー屋さんを探して行って、ケアをしてYouTubeを見て寝ますね。ホームなら、自宅で自分でカフェインレスコーヒーを淹れてYouTubeを見て寝ます。笑
中山:
なるほど。コーヒーは井上さんにとってリラックスの一環なんですか?意識的にリラックスしようとしているのか、結果的にそうなっているのかも聞かせてください。
井上:
そうですね。昔はルーティンを作っていたんですけど、今は自然体でいるという価値観が自分の中にあるのでそれを大切にしています。好きなコーヒーを飲んで、好きなYouTubeを見たり、好きな芸人の動画を見たり。普通にリラックスするということを自然と選んでいますね。
中山:
自然体でいることが重要なんですね。試合当日の朝や移動中はどう過ごしていますか?
井上:
試合当日は、自分の過去の良いプレーを見返します。単純に自分への自信が増すことがありますし、自分のプレーを見て「これならいける」と思えるようにしています。
中山:
過去の良いプレーを見ることで、プラスな気持ちを引き出すんですね。
井上:
はい。ただ自分を褒めるためというよりは、意外と技術的に「こういうフォームでシュートが入っているんだな」と確認できたりもします。シュート前の手の位置や体の動きも確認できたり。
中山:
自分の良いプレーを確認することで、自信に繋げたり、良い状態を思い出す作業になっているんですね。いつからやっていますか?
井上:
プロに入ってからずっとやっていると思います。 僕は不安を感じやすいタイプなので、その不安を打ち消すために確認しているんだと思います。学生時代も父がビデオを撮ってくれていたので、暇な時に自分のプレーを見返すということはよくやっていました。

中山:
大事な局面を迎える試合も多かったキャリアだと思いますが、どう向き合っていましたか?それこそ、不安との向き合い方など。
井上:
準備の段階で妥協のないように、今自分がやるべきだと思うことを徹底するようにしています。例えば、靴紐が気になるなら結び直すし、ダッシュをみんなが3本するとしても、自分が足りないと感じるなら4本目も走る。チームの状況を見て、声をかけた方が良いと思うなら声をかける。その時々で「こっちの選択の方が良い」と思うことを絶対に行動する、というのは決めていますね。これは自分の人生のテーマでもあります。トイレのスリッパが乱れている時に揃えるのか、それとも見逃すのか。それをすることで自分に良いことが起きるかとかではなく、どっちが自分にとって妥協のない選択なのか。それくらいの些細なことでも思考が巡ってその行動をしています。
中山:
「こっちの選択の方が良い」という、あくまで自分にとって妥協のない選択というものを日々積み重ねているんですね。それは井上さんにとって生きていく上での1つの判断軸になっていると聞こえましたが、その考えに至ったきっかけや影響は何ですか?
井上:
すごく綺麗に話が戻るなと思ったのですが、まさに高校のウィンターカップで負けた時に、こんなに自分で頑張って追い込み続けた人がここで負けるんだと思ったんですよね。その時、努力と思ってやったことが全て報われるわけではないと思い、大学に進学したんです。大学では髪の毛を染めることが禁止だったのですが、大学のコーチが「髪を染めないことでバスケが上手くなるわけじゃない。けど、全力でやってる時に、髪の色なんかで外野に何か言われたらムカつくやろ?だから最低限のことはやれ。」と言われたのが自分の中で価値観が動いた瞬間でした。高校の時は、スリッパを揃えることが良いことでバスケにもつながると思ってましたが、そうではなく自然とそういう行動ができることで自分を誇れるし周囲からも誤解されない。それが今の自分の判断軸になっているんだと思います。

中山:
その思考の変化が、些細な行動の変化に繋がっているんですね。では、準備の段階ではなく試合中に最近新しく定着した思考やルーティン的なものはいかがですか?
井上:
B2時代は今年昇格するというようなかなり大きなテーマを背負ってプレーしていたので、1回のチャンスを外したり守備のミスに対して自分を責めていましたが、今は毎試合テーマを持つことが定着しています。例えば、3Pを5本打つ。”決める”ではなく”打つ”が大事で、そうすると試合中に自分を評価する必要がなくなります。前は「なんであれ外してたんだ」と思っていましたが、今は「(入ったか否かに限らず)前半2本打ったから、後半はあと3本絶対打とう」と思考が向かうようになりました。
中山:
その評価をしていたことは、実際のプレーにどう影響していたのですか?
井上:
1本目のシュートが入った時は調子が良くなっていく感じになりますが、外れた時にはあれこれ考えやすくなります。また、何ができなかったのかに思考がいっていたのに比べ、今は次に何をするのかに思考が向かうのでこれはすごく大きなことだと感じています。
中山:
過去のことに視点を置かず、現在から未来においてどうするか。思考の方向が変わったんですね。
井上:
はい。そうすると、シンプルに目的を持ってプレーすることができる。そして自分のプレーに積極性も出るんですよね。ボールを受けた時にどうしようかと迷うことなく、試合のテーマに対してトライできているなと思います。
中山:
考えられるタイプだからこそテーマを持つことでシンプルに、そしてそれがプレーの波を抑えることに繋がっているんですね。話は変わりますが、自分でも考えるタイプの井上さんだからこそ聞いてみたいのですが、「対話(Dialog)の価値」ってどう考えますか?
井上:
僕は大前提対話することが好きで、話すことで思考が整理されるということがやっぱり1番だと思います。なぜだろう?がそのままにならず、しっかり棚の中にしまわれていく感じ。出てきた思考が何と繋がるのか、どんな意味があるのか、整理していくと自然に気づきが生まれたり、その上で何を次にトライしていつまでにどうするかの目標も出てきます。そのサイクルが生まれることが対話の価値だと思いますね。
5. 進化し続け、佐賀の象徴へ
中山:
競技外の部分での取り組みもすごくされている印象がありますが、今主にどんなことをされていますか?
井上:
主には、医療ケア児への訪問やアパレル販売の一部の寄付ですね。もう始めて3年目になります。
中山:
それらの社会貢献活動と、バスケはどのように繋がっていると考えていますか?
井上:
自分が自分で誇れる人間であること、家族から誇らしいと思われることが人生のテーマとしても大きくある中で、自分も幼い頃にプロ選手が社会貢献しているのを見てプレー以上にかっこ良さを感じていたんですよね。なので、選手として向上していく先に、社会のために少しでも何か役に立てる自分でいられる。バスケのことが社会貢献に、社会貢献のことがバスケにそれぞれモチベーションを与えていると感じますね。

中山:
最後に、井上さんのビジョンについて聞かせてください。以前「Bリーグで1番の3&Dプレイヤーになる」というビジョンを話してくれましたが、そこに向けて今必要な変化と言えば何ですか?
井上:
変化というよりは、進化が必要だなと思っています。一つはディフェンスの部分で佐賀と対戦すると相手エースがやり辛いと思うようなディフェンス力。ここは諒汰に任せれば大丈夫と言われる状態。もう一つは、3ポイントの部分でキャッチ&シュートの精度向上や、シューターのセットを使って決め切る力もつけないといけない。毎年この大きな2つを向上するように取り組んでいるので、変化というよりは更なる進化や成長が必要だと考えています。この階段をどれだけ高いところまでかけ上がれるのか、だと。
中山:
ゴールに向かっていく道に、乗っているんですね。佐賀の永久欠番にという話をしてくれたのも印象に残っていますが、未来にそうなった時、佐賀の人々にとってどのような存在でありたいですか?
井上:
佐賀を象徴する人、なんですかね。永久欠番ということはバスケからは引退していると思いますが、佐賀はどういうチームかと言われれば、井上のような熱い選手がいるとか、佐賀の地域に密着して愛されて、佐賀の選手たちも地域を愛している文化がある。バスケをひたむきにプレーしながら、佐賀という地域に貢献していくというマインドが選手にとって当然という状態になっていたら最高ですね。
中山:
非常に面白い内容でした、ありがとうございました。
井上:
ありがとうございました!

答えは、すぐには見つからないかもしれない。
それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。
思考を解き明かす対話は続く。
『Dialog Code』——次は、誰の思考に触れようか。
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