Dialog Code
『日本最速を思考する──スタイルを貫き、相手を怯ませる力』太田海也 # Dialog Code
2025/09/10

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。自分自身と向き合い、考え、気づくこと——それが次のステージへ進む鍵になる。『Dialog Code』—— アスリートたちの言葉から、その可能性を探るシリーズ。
今回登場するのは、太田海也(自転車競技選手)。
さあ、彼の思考を紐解いていこう。

1. 「なぜ走るのか」──女子バレー部との対比が生んだ問い
中山(Dialog Partner):
幼少期からさまざまなスポーツに関わってこられたと思いますが、競輪選手になるまでの過程で自転車やスポーツとはどのように向き合ってこられましたか?
太田:
一番最初に取り組んだのは器械体操でした。幼稚園の頃に習い事として始めて、体の動かし方の基礎を1年間ほど学びました。ただ、小学校に入学する頃には辞めてしまい、その後3年生になるまでは特にスポーツはしてなかったんです。
中山:
では、その後にスポーツを再開されたということですか?
太田:
そうです。小学3年生の時に、友達がやっていたことをきっかけにレスリングを始めました。ただ、週1回の練習程度で、本格的というよりは習い事感覚でしたね。
5年生になるとレスリングと並行してタグラグビーを始めて、中学校からサッカーを始めました。
中山:
中学からはサッカーを始められたのですね。
太田:
ただ、まわりは小さい頃からやっている子ばかりで、僕だけが初心者。トラップの仕方もわからず、リフティングもできないところからのスタートでした。部員は1学年20人ほどいて競争は激しかったです。中学2年の終わり頃まではベンチにも入れず、ユニフォームももらえませんでしたが、そこから少しずつ試合に出られるようになりました。
中山:
とても厳しいスタートだったのですね。それでも続けられたのは、どのような理由があったのでしょうか?
太田:
自信はなかったんですが、3年間やり切ったことで「高校でも続けようかな」と思ったんです。
中山:
なるほど。高校でもサッカーを続けようと考えられていたのですね。
太田:
ただ、高校ではサッカー部に入るか、ボート部(ローイング部)に入るか迷って、結局ボート部に入りました。その後、大学に進学しましたが1年生の時にボートを辞めて、そこから社会人として2年ほど自転車ショップでサラリーマンとして自転車をいじったり、販売したりしていると、自転車にどんどんのめり込んでいって、そこから競輪選手を目指すようになったんです。

中山:
幼少期から一貫して、スポーツを継続的に続けてこられたんですね。その中で競技を切り替える場面も多かったようですが、その点については、ご自身ではどのように捉えていますか?
太田:
実は小さい頃からずっとサッカーをやりたかったんです。団地に住んでいたので、近所のお兄ちゃんたちがサッカーをしているのを羨ましく見ていました。でも両親が共働きで送迎ができず、親の助けを必要としないレスリングやラグビーといった競技を選ぶしかなかった。だから、本当はサッカーをやりたかったんですが、違う競技をやるしかないって感じで結果的にいろんなスポーツをやることになりましたね。
中山:
なるほど。最終的にボートを選択されたのはどのような背景ですか?
太田:
中学の時、成長痛で歩けないほど膝が痛くて、サッカーを思うようにできない時期がありました。
中山:
膝の痛みは、サッカーを続ける上で大きな壁となったのですね。
太田:
はい、そして技術的にも3年間だけでは追いつけず、高校で全国大会に出るとか日本一になるといった夢は難しいと感じていました。
中山:
なるほど。それで「別の競技で勝負しよう」と考えられたのですね。
太田:
そうですね。僕が進学した岡山の備前緑陽高校は、毎年ボート部が全国大会に出場する、本当に強い部活だと先生から聞きました。その時に「スポーツをするなら何でもいいから日本一になりたい。せめて県で一番、日本で一番という称号が欲しい」と思ったんです。
高校では名物部活(=一番強い部活)に入りたいという気持ちが強く、先輩や後輩がどんな意識で取り組んでいるのかを知りたくて、ボート部を選んだのを覚えています。
中山:
なるほど。日本一や県一といった称号、あるいは名物部活に惹かれ、その中で「強さとは何か」「どんな意識で臨んでいるのか」という部分に強い関心を抱かれたのですね。
太田:
そうですね。中学校の時に影響を受けた出来事があって。僕はサッカー部に入っていたんですけど、サッカーではボールを蹴るよりもベンチにも入れてなかったので、走る時間が多かったんです。本当に罰で走るみたいに、別に悪いこともしてないのに、ずっと走り続けていました。
それが楽しくもないし苦しくて、「何のためにサッカー部に入ったのか分からない」という感覚をずっと持っていました。そんな時にチラッと隣を見ると、女子のバレーボール部も同じようにずっと走り続けさせられていたんです。
中山:
なるほど。
太田:
そこで「部活って面白いの?辞めないの?」と聞いたら、「めちゃくちゃ楽しい。走るのは大変だけど、ボールを触れる時間がすごく楽しい」と言っていて、本当に部員一人ひとりが輝いて見えたんです。
中山:
同じ状況でも、捉え方が全然違ったんですね。
太田:
そうなんです。みんな自分の限界を求めて走っているという感覚が伝わってきて、それが自分にはない感覚で、すごく印象に残りました。
その時、「中学校で一番強い部活は何か?」と聞かれたら、女子バレーボール部かサッカー部だったんです。その景色を見て「どんな感覚なんだろう」と疑問を持ったのがきっかけで、高校では一番強い部活に入りたい、その人たちと一緒に部活をしたいと思って、名物部活に入ったのを覚えています。
2. 原因を探す習慣──ボートが磨いたアスリートの思考

中山:
その後、実際に全国に毎年出場しているようなボート部に入り、ボートの面白さはどう感じていましたか?
太田:
そうですね。サッカーと違って良くも悪くもボートは個人スポーツ的な側面が強いということです。マラソンや陸上のように、自分と向き合う競技なんです。毎日、自分との記録との戦いの中で「ボートが速く進まないのは全て自分の中に原因がある」と考える。その問題をひとつひとつ見つけて解決していくことが、僕にとってはすごく楽しかったんです。
中山:
なるほど。すべてが自分に返ってくる競技なのですね。
太田:
例えば「なぜこんなにきついのか」「このきつさをどうすれば軽減できるのか」。サッカーは要素が多すぎて、自分のせいにするのも、欠点を特定するのも難しい。でもボートはそこが分かりやすく、自分と向き合う時間が長くなるんです。高校3年生ぐらいには「睡眠時間がどのくらいだとパフォーマンスが落ちるか」「前日に油物を食べたら翌日にどう影響するか」といった生活面まで原因を結びつけるようになり、それがアスリートとしての原点になったと思います。
中山:
「自分だけ」を深掘りし、追求できる。わかりやすさがある故にご自身と向き合える楽しさがあったのですね。では実際に名物部活に入り、「ここが違うな」と思われた点や、同世代との違いを感じられた部分は何でしたか?
太田:
そうですね、ボート部の顧問の先生が「原因を見つけろ」と常に指導してくれたのは違いと言えるかもしれません。そこから、意味も分からず走らされるのではなく、「なぜ必要なのか」を考えるようになりました。なので中学時代のように“罰として走らされる”のではなく、勝つために必要だから走る。走る理由も理解している。その違いが大きく、確かに身になっている実感がありました。
中山:
なるほど。漠然と走らされてきついことをやらされていた状態から、明確な理由や自分なりの意味を持って取り組めるようになった。その結果、成果が身についていく楽しさも感じられたわけですね。
太田:
そうですね。あと強く思ったのは、中学の時は試合に出られず、負けてもいないのにとりあえず走らされる。原因もないのに走らされるのが普通でした。でも高校では、試合に出て「自分には体力が足りない」と感じたら先生が走るメニューを課してくれる。「このメニューは次に勝つために必要だ」と思えたんです。勝利を目指している部活なのか、自己満足で終わる部活なのか、その違いを強く感じました。
中山:
なるほど。興味深いですね。それと、中学でサッカー、高校でボートと、どちらもほぼ初心者として取り組まれていますよね。その際、周囲との差に落胆することや比較などもありましたか?

太田:
中学でサッカーをしていた頃は、本当に比較しては落胆してばかりでした。A〜Cチームの中で、当然僕はCチームに入れるかどうかというレベル。入部した当初はトラップでボールが足の下を抜けたりして、そんな状態でした。とりあえず言われたメニューをやるけれど意味は分からない。ただサッカーボールで遊んでいる感覚に近かったと思います。
中山:
それでも続けられたのは、どのような理由からだったのでしょうか?
太田:
中学2年の終わりに、一度だけレギュラーに入れてもらった時がありました。その時に同級生や先輩がすごくかっこよく見えて、「このチームで絶対にプレーしたい」と強く思ったんです。そこから憧れを持ち、同級生の日常の過ごし方やストレッチ、本を読む習慣などを観察して、自分の意識が変わっていきました。初心者ながら少しずつ戦い方を身につけ、中学3年を終えました。
高校では逆に、ボート部は初心者が多かったので、同級生の中では「才能がある」と先生や先輩から言っていただけました。それが本当に嬉しくて、中学では味わえなかった充実感や満足感を得られ、「このチームのエースになりたい」と思うようになったのを覚えています。高校時代は恵まれていましたね。
中山:
なるほど。ボートという競技特性や環境を考えても、高校から始める人が多い。その中で太田さんご自身が「才能がある」と評価され、エースとして期待されるのは、これまでの経験からすると初めての感覚だったのですね。
そこで伺いたいのですが、記憶として残っている「自転車の景色」はどのようなものでしょうか?
太田:
実は僕にとって自転車は、幼少期からの必需品でもあり相棒的な存在でした。僕の両親は共働きで、地元は山の上にある「桃ヶ丘」という地域でした。友達の家に遊びに行くのも山をひとつ越えて自転車で行っていました。ショッピングモールに遊びに行く時も、友達と二人乗りで1時間ほどかけて自転車で越えて行ったり。サッカーやレスリングの送り迎えも全部自転車でした。だから僕にとって自転車は、小さい頃から常に隣にある相棒のような存在なんですよね。まさに、自分自身の一部のようなものでした。
中山:
常に生活の身近にあり、太田さんにとって相棒のような存在だったのですね。では、学生時代にさまざまなスポーツを経験される中で、指導者からかけられた言葉で今も印象に残っているものや、その後のご自身に大きな影響を与えた言葉はありますか?
太田:
中学卒業時にサッカー部の顧問から言われた「置かれた場所で咲きなさい」という言葉です。この言葉があったからこそ、ボート部に出会えたと思います。高校で一番強い部活に入りなさい、という意味に僕は捉えて、「置かれた場所で咲く」という言葉を、その環境で一番になればいい、という考え方に繋がりました。
今も日本代表に選ばれたら、その環境でトレーニングをするし、競輪でも「その場で一番になればいい」と思える。状況ごとに競技を変えてきましたが、この言葉があったから柔軟にマインドをチェンジできているのだと思います。
中山:
なるほど。大きな環境の変化に直面しても、柔軟に意識を切り替えることを支えてくれる言葉だったのですね。
太田:
そうですね。「この競技で一番になればいい」「この環境で勝ちたい」という思考に繋がっています。
3. “全通りの想定”──1ヶ月前から始まる勝負の準備
中山:
現在はスプリントや競輪に出場されていますが、日々の練習前に思考面での準備や、身体面での準備としてどのようなことをされていますか?
太田:
練習前の準備はシーズンによって違います。例えばオリンピックの2年前などは、前日の夜に翌日の練習を想定していました。「明日の練習で何を意識するか」を頭の中で整理し、効率的に取り組めるように準備していました。翌朝のトレーニングに入る時には「どういう意識で取り組むか」「どうモチベーションを保つか」をあらかじめ整理して臨んでいました。
また、家では1時間ほど呼吸のトレーニングをしていました。深い呼吸を意識しながら、瞑想とストレッチを組み合わせたようなものです。
中山:
なるほど。そうした準備の仕方は、基本的に頭の中で整理されるのですか? それとも紙に書いたりもされるのでしょうか?

太田:
基本的にはすべて頭の中で整理します。練習が終わったら「今日はどうだったか」を振り返り、翌日の練習に繋げていました。僕は競技を始めるのが遅かったのですが、ナショナルチームでは自主練が禁止されていたんです。それでは皆に追いつけないと思って、「体を使わない自主練」を工夫しました。例えば、クールダウンと称してゆっくりトラックを走りながら動作確認をしたり、コース取りを練習したり。コーチからは「何をしているんだ」と言われましたが、「クールダウンです」と言い訳をして続けました(笑)その他にも体のケアやストレッチを徹底して、体を酷使しない形での自主トレを増やしていましたね。
中山:
伺っていると、太田さんは常に考えながら、自分と向き合い、工夫や試行を重ねてこられた印象を受けます。こうした工夫は、普段は一人で考えて実践されているのですか? それとも誰かと相談されたりしますか?
太田:
基本的には全部一人で考えています。コーチは海外の方なので、「ダメだ」と言われるだけで具体的には教えてもらえません。なので自分で考えるしかなかったですね。
中山:
なるほど。では先ほどお話に出た「呼吸」について伺いたいのですが、競輪は短時間での無酸素運動が中心ですよね。その中で呼吸を意識して取り組むのは、どのような意図や効果を期待してのことなのでしょうか?
太田:
あくまで自分の感覚ですが、呼吸が浅くなると緊張して落ち着かなくなります。自転車に乗っていても、視野が散らばるような感覚になるんです。それが深呼吸を毎日同じタイミングで続けることで、「今日は体調が悪い」「疲労が溜まっている」といった自己分析ができるようになるんですよね。深呼吸自体が直接パフォーマンスを上げるわけではないですが、自分の状態を確認する指標として機能しています。
中山:
なるほど。深呼吸はパフォーマンスを直接高めるというよりも、コンディションチェックの手段なのですね。では、試合前夜はどのように過ごされているのでしょうか。
太田:
試合前夜の過ごし方は、成績が出始めた頃から変わりました。1ヶ月ほど前から相手選手の研究を徹底的に行うようになったんです。「この選手は追い込まれると長い距離で戦う」「この選手は余裕があると隙を見せる」といった分析をして、展開を予想していました。競輪は6人で走るので、展開は全通り想定できます。だから前もって「こうなったらこうする」というプランを組み立て、レースに臨んでいました。
中山:
なるほど。それは相当な思考体力を必要としますね。
太田:
そうなんです。急にやろうとしても頭が疲れてしまうので、1ヶ月前から相手のレースを見続けて研究していました。
中山:
では、当日に走路に入る前はどのようなことを考えていますか?
太田:
良い展開になれば、体は自然に反応してくれると思っています。なのでレース前は「一番悪い展開になった時の対処法」だけをリピートします。良い展開は自然に任せ、悪い展開でどう動くかに集中するんです。
中山:
なるほど。ここまで伺っていると、太田さんは常に“準備と思考”で自分を支えている印象があります。良い展開は自然に、悪くなった時への対処だけ想定しておくのも非常に興味深いですね。

4. 体を超越する思考──競輪における本当の強さ

中山:
自転車競技や競輪を突き詰めていくと、それは「頭の競技」だと思いますか? それとも「体の競技」ですか?
太田:
僕は「頭の競技」だと思います。不思議なんですけど、心や考え方が疲労やコンディションの良し悪しを超越する瞬間があるんです。「体を超越した考え方」を感じる時があって、それがこの競技の面白さだと思います。
中山:
心や考え方が体を超越する瞬間とは、具体的にどのような場面ですか?
太田:
一番印象に残っているのは、2年前にインドネシア・ジャカルタで行われたネーションズカップです。前日に39度ほどの熱が出てしまい、コーチとは「初めてのネーションズカップだけど棄権しようか」という話をしていました。僕自身も、体調が悪すぎて走れないかもしれないと思っていました。
中山:
39度の発熱は、本当に厳しい状況ですね。
太田:
そうなんです。でも相談の結果、とりあえず走ってみようということになりました。当日の朝は本当に死ぬかもしれないと思うほどきつかったんですけど、不思議と「走りたくない」とは一度も思わなかったんです。むしろ、世界の強豪とどれだけ戦えるのかワクワクしている自分がいました。
当時、日本のスプリントは本当に弱くて、オリンピックに出た先輩たちでも入賞すれば快挙、トップ10入りで拍手されるレベルでした。そんな状況で、ちょっとでも世界と戦いたいという気持ちが強く、体のしんどさを忘れて走りました。
中山:
普通であれば無理だと思う状況で、しんどさを忘れて走れたのですね。
太田:
本当にそうでした。実は「1本だけ走ってやめよう」と思っていたのに、気づけば8本も走っていて、最後は世界チャンピオンに負けながらも銀メダルを獲得しました。その時は、体調の良し悪しなんて関係なく、自分が走りたいという気持ちが体を超越したんです。レースが終わった途端、一気に体のしんどさを思い出しましたけど、走る前はもう1本だけ走りたいという感覚でしたね。
中山:
すごいですね。それはもう“常人離れした境地”ですね。
太田:
そうですね(笑)でも本当に面白いんです。心や考え方が体を超越する感覚って。
中山:
狂気ですね(笑)では、競輪という競技において求められる「強さ」とは何でしょうか。肉体的な強さ、思考の強さ、判断力、直感力など、さまざまな要素があると思います。

太田:
僕は「思考」が一番大事だと思います。揺るがない心というよりも、その場その場で思考を柔軟に変えられる“脳の柔らかさ”が重要です。競輪選手は常に素材や環境が変わる中で対応しなければいけないので、「自分のベースが崩れると落ち込む」ようでは弱いんです。年間を通して強い選手は、対応力のある選手。その根源にあるのは、やはり「思考」だと思います。
中山:
確かに。ここまでのお話を伺っていても、太田さんは「思考」を最も大切にされるのだろうと感じていました。
太田:
そうですね。身体能力の高い選手もたくさんいます。プロ野球やサッカーの経験者が競輪に転向して、フィジカル的には世界レベルなのに、自転車が進まず壁にぶつかってしまう選手も多いんです。やっぱり最終的に重要なのは思考で、その思考が肉体を引き上げてくれると思っています。
中山:
なるほど。では競輪のレース展開について伺いたいのですが、6周ある中で最後の仕掛けのタイミングをどう判断しているのでしょうか?直感なのか、それとも事前シミュレーションを活かすのか。
太田:
年間を通して強い選手は、相手に「どう思わせるか」が重要です。この相手とは戦いたくないと思わせられれば、自分のペースでレースを展開できます。だから柔軟性というよりも、自分のスタイルを貫く選手こそが強いんです。
中山:
なるほど。トップであり続ける選手は「自分のスタイルを徹底的に追求して、貫いている」のですね。
太田:
そうです。たとえ自分が不利な展開だと分かっていても、自分の仕掛けるタイミングだと思えば必ず仕掛ける。そのプライドを持つ選手は、負けることもありますが年間を通しては勝ち続けているんです。
中山:
複雑で流動的な競技構造の中で、なぜ柔軟性よりも敢えて「自分のレーススタイルを追求する選手」が結果を残し続けられるのでしょうか?
太田:
これが本当に面白いところなんです。スポーツは人がするものなので、人というのは“強い意志を持つ相手”には自ら戦いを仕掛けにいかないんです。動物界と似ているのかもしれません。「絶対にこのレースをこうする」という強い意志を示すことで、相手は怯みます。その怯んだ瞬間に隙が生まれ、勝利への光が見えるんです。

中山:
なるほど。非常に面白いです。
太田:
それで負けることもあるんですけど、年間を通してみると勝ってる回数の方が多かったりします。
中山:
ちなみに太田さんご自身のスタイルは、どのようなものでしょうか?
太田:
僕のスタイルは「先行スタイル」です。競輪は前を走るほど消耗が激しいので、多くの選手は後方で体力を温存します。一番前の選手が100%の力を使って走っているとしたら、その後ろの選手は60%ほどの力で同じスピードを維持できるんです。でも僕は、誰も前にいない状態で走り続けるのが好きなんです。
中山:
一番体力の消耗が激しい「先行スタイル」を取っているのですね。そのスタイルを選び、自分のものにしていったのはどのような理由からでしょうか?
太田:
まだ模索の途中ではあるんですけど、先行スタイルは最も強い選手が選ぶスタイルで、日本最速と評されるのもこのタイプです。他には「まくりスタイル」といって、先行する選手の後ろで風を利用しながら最後に抜き去るスタイルもありますが、そのスタイルにはいつでも切り替えられると思っています。だからこそ、若いうちはあえて一番きつい先行スタイルにこだわりたい。「日本最速になりたい」という根本の思いがあるからです。
中山:
なるほど。先行スタイルでやっているからこそ、まくりスタイルも選択できるようになるという見方もあるのですね。そして、現状の日本最速は「先行スタイル」だと。
太田:
そうですね。先行スタイルで勝つ選手が日本で一番強い称号がもらえるので、やはり「日本最速」になりたいのでそこを目指してやっています。もちろん目の前の試合に勝とうとすれば、まくりスタイルである程度は勝ち続けられると思います。でもそれよりも「強い」「速い」と思われたい。だからこそ、先行スタイルにこだわっているんです。
中山:
先行スタイルにこだわる理由の根底には「日本最速になりたい」という強い思いがあるんですね。
5. 無敵の五角形──夢中が磨く、人としての成長

中山:
太田さんが思い描いている理想の選手像、いわゆる“なりたい自分”とはどのような姿ですか?
太田:
日本最速でありながらも「何でもできる選手」になっていきたいです。
中山:
「何でもできる選手」というのは、具体的にはどのようなイメージですか?
太田:
日本の競輪は、横に動いて相手をブロックして止めてもいいルールなんです。ただ「日本最速」と言われる選手は、縦のスピードはすごいけれど、横の動きが苦手な人が多い。直線で速い選手ほど横の動きが鈍くなるので難しいんです。
だからこそ、「縦でも横でも強い選手、つまり五角形がすべて最大値に振れている選手」になりたい。ブロックもできるし、前でも後ろでも速い。そんな“無敵の選手”を目指したいと思っています。
中山:
面白いですね。これも未来につながる質問ですが、太田さんが目指す「日本最速」という地点に到達するために、今ご自身に必要だと感じていることは何ですか?
太田:
そうですね。「競技」と「競輪」は別物なんです。僕は競技では日本記録を持っていて、直線勝負では誰よりも速いと誰もが認めてくれる。でも日本の競輪で戦うと、決勝で6位になったりもする。つまり「競技」と「競輪」では使う素材も環境もまったく違うんです。
競技ではカーボン素材のバイクを使いますが、競輪はスチール素材。トラックも競技は250mで、競輪は400m。角度や直線の長さも違えば、屋内と屋外といった環境の差もあります。だからこそ「順応」が必要なんです。柔らかい思考で適応していかないと到達できない領域がある。経験を積み、感覚的に慣れていくことが何より大事だと思います。
中山:
なるほど。同じ「自転車」でも、舞台が変わればまったく異なる競技になるのですね。
太田:
そうなんです。似ているようで全く違う。だから順応するしかないんです。
中山:
では最後に伺います。競技や競輪といった枠を超えて、自転車を通じて太田さんが描いている未来、つくっていきたい世界観とはどのようなものでしょうか。
太田:
僕がサラリーマンを辞めて競輪選手になった理由のひとつは、「人間として成長したい」という気持ちでした。社会人の時に稲盛和夫さんの本を読み、「ひとつのことに集中して極めることで魂が磨かれ、人間として成長できる」と書かれていたのに強く影響を受けたんです。
そこで「自分が一番熱中できることは何か」「時間を忘れて夢中になれることは何か」と考えて、自転車ショップで販売することよりも「自分で乗ること」のほうが圧倒的に楽しく、時間があっという間に過ぎると気づきました。自転車に乗り、自分と向き合い続ける時間こそが人間としての成長を促してくれる。この感覚こそが、僕にとっての“方程式”だと思ったんです。だから競輪選手を目指しました。
今後、もし経営者になろうと、自分の店を開こうと、競輪選手を続けようと、根本にある「人間として成長し続けたい」という気持ちは変わりません。その手段のひとつとして、自転車があると思っています。
中山:
素晴らしいですね。太田さんのお話を伺っていると、単なる競技の話にとどまらず、「人としてどう成長するか」という視点が一貫してあることがとても印象的でした。アスリートとしての挑戦はもちろん、人間としての探究をも続けていくその姿勢が、これからのキャリアをさらに輝かせていくのだと思います。
これからどんな未来を切り拓いていくのか、本当に楽しみですし、陰ながら応援しています!

答えは、すぐには見つからないかもしれない。
それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。
思考を解き明かす対話は続く。
『Dialog Code』——次は、誰の思考に触れようか。
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