Dialog Code
『コピーの美学──唯一無二へ向かう、火と水の思考』飯村一輝 # Dialog Code
2025/11/26

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。自分自身と向き合い、考え、気づくこと——それが次のステージへ進む鍵になる。『Dialog Code』—— アスリートたちの言葉から、その可能性を探るシリーズ。
今回登場するのは、飯村一輝(フェンシング選手・慶應義塾大学 所属)。
さあ、彼の思考を紐解いていこう。

1. 負けず嫌いの原点──小さな優勝と勘違いが開いた“世界への扉
中山(Dialog Partner):
まず、フェンシングを始められたきっかけはお父様の影響があったと伺っていますが、どのような経緯だったのでしょうか?
飯村:
僕がフェンシングを始めたのは小学校1年生の頃なのですが、父に幼稚園ぐらいの時から練習場や試合には連れていかれていたので、フェンシング自体は常に身近にありました。ただ、当時の僕は自分からやりたいと思ったわけではなくて、痛そうだし、怖そうだし、暑そうだし、疲れそうだし…と、正直マイナスなイメージしか持っていませんでした。
中山:
そのマイナスなイメージから実際にやってみようと思ったのは、どんな瞬間だったのでしょうか?
飯村:
今でもすごく覚えてるのですが、試合会場に行ったら自販機があるじゃないですか。小学校1年生のときに「MATCH買ってあげるから試合に出てみたら?」って言われて。MATCHを買ってもらえるならいいか、と思ったのが最初です(笑)
そこから、父が太田雄貴さんのコーチをしていたこともあって、トップ選手と接する機会も多かったので、フェンシングに対して良いイメージを持ち始めてどんどんのめり込んでいったという感じでした。
中山:
実際にやってみて、どこに楽しさを感じられていたのでしょうか?
飯村:
頑張ったことが報われる感覚や達成感にハマっていきました。2年生の夏の終わりくらいに、四国中央大会という小さな大会で初めて優勝したんです。その時、大会にしては珍しく大きなトロフィーをもらったのが本当に嬉しくて。どんなトロフィーだったかも覚えてるくらいです。正直、フェンシングって痛いし疲れるし熱いし、良いことなんて何もないんですけど、当時はただその達成感を目指してやっていた感じですね。
中山:
達成感はあっても、日々の練習では痛い、熱い、疲れるという気持ちもあったのですか?
飯村:
ありましたね。小学校の頃はどうやって練習をサボろうかしか考えてなかったです(笑)
中山:
そうなんですね(笑)でも今はオリンピックにも出場される選手になってますよね。本格的にトップレベルを目指し始めたのはどのようなタイミングだったのでしょうか?
飯村:
全国大会は小4と小6で優勝したのですが、6年生の時に初めて日本代表としてオーストラリアに行ったんです。僕は当時身長が140cmくらいだったのですが、勝ち進んだ決勝の相手は身長180cm台でとても戦えるサイズ差じゃないと思ったんです。でも、ボコボコにして勝って優勝してしまったんです
中山:
想像以上の手応えがあったのですね。
飯村:
そこで「あれ? 世界って意外とこんなもの?」っていい意味で勘違いして、その時に初めて、「もしかしたら太田さんみたいにオリンピックを狙えるのかもしれない」と感じたんです。太田さんの北京のメダルも実際にかけさせてもらいましたし、ロンドンの時も小3〜4くらいでテレビにかじりついて応援していたので、僕もあそこに立ちたいと思ったのがその遠征でした。
中山:
その大会で世界の舞台を経験するまでは、全国を獲っていたとはいえ“サボりたい気持ち”もあった中で、フェンシングの何が楽しいと感じていたのでしょうか?
飯村:
フェンシングというより、僕は小さい頃から負けず嫌いだったんですよね。フェンシングがどうとかではなく、負けたくないという気持ちが強かったと思います。
中山:
なるほど。
飯村:
小1から中3まで所属するクラブチームで練習してたのですが、先輩たちと練習する機会が多くて、「勝ちたい」「先輩を倒したい」「強い人に認められたい」という感情で動いていましたね。フェンシングそのものが“純粋に楽しい”と感じられるようになったのは、中学生になってからでしたね。
中山:
何があったのでしょうか?
飯村:
父や太田さんも通っていた龍谷大学附属平安中学校に入学したんです。そこのフェンシング部は、顧問の先生がフェンシング未経験で、当時のキャプテンが練習メニューを全部考えるというスタイルだったんです。そこで3年生のときに僕がメニューを考えるようになったんです。
中山:
選手としてだけでなく、指導者的な役割も担うようになったのですね。
飯村:
その頃には日本代表としても活動していたので、フェンシングを理解し、自分のスタイルも分かった上で後輩に言語化して伝えないといけない状況になりました。その状況になったことで、フェンシングの奥深さに気づいたんですよね。そこから、自分で考えたことを具現化する練習、イメージを100%再現する練習を繰り返し行っていて、その頃からフェンシングが大好きになりました。

2. 期待を超え続ける思考──言い訳したくない
中山:
飯村さんは育ってきた環境がとても特徴的だなと感じます。自然とフェンシングが身近にあり、お父様がコーチで太田雄貴さんのコーチもされていた。様々な方と関わられてきた中で、今のご自身に影響を与えた言葉で特に印象に残っているものは何ですか?
飯村:
言葉という意味では、太田さんの存在が大きいですね。今でも尊敬していますし、当時すごく響いたのは、太田さんの座右の銘である「継続は力なり」という言葉です。太田さんは僕が小学生の頃、3年間くらい毎日のように父とマンツーマンで練習していたのですが、それを真似しようと思った時期もあったんです。正直、簡単にできるものではなくて...
中山:
「継続は力なり」って当たり前のように聞こえますが、実際にやり続けることが本当に難しいからこそ、より深く響いたのでしょうか。
飯村:
ただ、同時に僕は勉強も捨てられなかったんです。父はフェンシング、母は勉強という環境で、どちらかを疎かにすると怒られるし、勉強を疎かにするとフェンシングもできない。そんな状況でした。なので意識していたのは文武両道で、これは母から本当に口酸っぱく言われていましたね。それもあって結構勉強も頑張っていたので、自分の考えを言語化する土台は、この時期に育ったんじゃないかと思っています。
なので印象に残っている言葉としては、「継続は力なり」と「文武両道」。文武両道は、今の自分にも近い価値観だと思います。
中山:
なるほど。お父様とお母様からの、ある種“プレッシャー”のような文武両道の環境を、当時の飯村さんはどのように捉えていたのでしょうか?
飯村:
「なんだこの鬼たちは」と思ってましたね(笑)
中山:
相当ストイックな環境だったのですね。
飯村:
小学校6年生の時が本当に一番ハードでした。龍谷大学附属平安中学に特待生で入るには、京都・関西・近畿エリアの中でもトップレベルの学力が必要だと塾で言われて、洛星特訓というコースの塾に通うことになりました。日曜日は9時〜12時がテスト、12時〜18時が洛星特訓。そのまま電車で体育館に行って18時〜21時まで練習。帰りは車で夜ご飯を食べながら帰って、宿題して、翌朝学校。これを毎週続けていました。
中山:
まさに鬼のようなスケジュールですね。フェンシングと勉強のバランスはどう取られていたのでしょうか?
飯村:
宿題を終わらせないとフェンシングもまともにできない。でも、逆に宿題が完璧に終わっていて心に余裕があると、フェンシングも強かったりするんですよね。なので、それが僕の勉強のモチベーションにもなっていました。
中山:
なるほど。環境の厳しさが、そのまま力に変わっていったんですね。当時はどんな気持ちだったのでしょうか?
飯村:
当時は「なんでこんなことやらなあかんねん」と思ってました。遊びにも行けないし、友達との関係も学校だけだったので。思っていたのと違うなと感じながらも、今では本当に感謝しています。

中山:
鬼やなと思いながらも、むしろ負けず嫌いが発動していた部分もあったのでしょうか?
飯村:
めちゃくちゃありました。おっしゃる通りで、フェンシングを言い訳にしたくなかったんですよ。特に中学生になってからは海外遠征に行くことが増えて、テスト前日に帰国する、授業を1〜2週間丸々抜ける、なんてことが結構あったんですよね。そんな中で点数が悪いと、周りからは「遠征行ってたんだから仕方ないよね」と言われる。でも僕からすると、それは言い訳にしか聞こえなくて。むしろ「遠征行ってるのに、なんでそんな点数取れるの?」って言われたかったんです。
中山:
環境のせいにしたくない、普通を超えたい、という意識が働いていたんですね。
飯村:
そうですね。幸いなことに、勉強でも競争できる友達にも恵まれていて、そこでも負けず嫌いが出ていました(笑)
中山:
みんながこう思うなら、自分はそれを超えていきたい、という感じでしょうか?
飯村:
そうですね。期待をいい意味で裏切りたい、上振れしたい、という気持ちはすごく強かったと思います。
中山:
それで実際に結果を出すまで努力し続けているところが、中々できないことだと思います。
3. イメージを現実へ──再現性が導く“反射の境地”

中山:
ここからは練習や試合などについても伺わせてください。日々の練習や準備の段階では、事前に何を意識していますか?
飯村:
僕は中学生の頃からずっと「イメージ通りに自分の体を動かす」という作業を続けています。指導者がいなかったので、自分で考えてやるしかなかったというのと、ずっと自分がトップの環境だったので、誰か強い人から学ぶというより、自分自身で殻を破る必要があったんですよね。だから常に“自分との戦い”という意味で、湧いてきたイメージを全部そのまま再現することを続けてきました。これは今も続けています。なので、コーチから「こうやって」と言われてもすぐにできる。再現性という意味では、僕はかなり再現度が高いと思っていて、それが一番の武器かなと思っています。
中山:
イメージ通りというのは、指示を受けた時も、自分でイメージした時も、それをどう体に反映させるかということでしょうか?
飯村:
仰る通りです。体の使い方も含めて、このスピード感でこの距離を動きたいとか、相手が加速しすぎた瞬間にカウンターを入れたいとか。本当に反射の連続なんですよね。なので練習では、そのイメージを“反射で動かせる状態”にするための練習をしています。試合中に考えて動いていたら突かれてしまって負けるので、試合中は“考えたことが勝手に体を動かす状態”にしておく必要があります。練習ではそれを少し落としたレベルで、「考える→実行する」というスパンを短くするイメージですね。
中山:
自動化するために、何度も何度も繰り返して身体に覚えさせているんですね。
飯村:
そうですね。漢字を書く時、自分の名前をわざわざ考えて書かないじゃないですか。それと同じで、体に覚えさせる作業をずっとやっている感じです。
中山:
面白いですね。伺っていると二つあると思いました。一つは「イメージした通りに動けるようなすり合わせ」、もう一つは「動き自体の速度や質を高めていく作業」。中学生の時は、最初はイメージした通りに体が動かない時期もあったと思うのですが、そこはどう取り組まれてきたのでしょうか?
飯村:
まさか一発目で自分の今も持っている悩みをぶつけられるとは思ってなかったです(笑)まさに、今でも調子が悪い時は“イメージと現実のギャップ”を埋められないんですよね。試合では“こう動いているつもり”なのに、コーチから「全然違うじゃん」と言われることがあって。
中山:
そのギャップはどのように埋めていくのでしょうか?
飯村:
まず自分の試合動画を見ます。試合中に考えてなかった動きをしていることもあって、「あ、こんなことやってたんだ。じゃあ落とし込んでみよう」とか、「ここはイメージ通り動いたつもりだけど、やりすぎてたな。じゃあ少し控えめにしよう」などのように、イメージトレーニングが多いですね。
中山:
動画も見つつ、イメージトレーニングをされるのですね。
飯村:
そうですね。普段は月曜から金曜が練習で、土日はオフなのですが、オフの日でもイメトレはします。一度フェンシングから離れた瞬間に、「こんなこともできるな」と頭の中でイメージが回り始めて、また次の練習が楽しみになるサイクルがあるんです。イメージと現実のギャップを埋めるためには、僕はイメトレが一番合っていると思います。
中山:
具体的に伺うと、そのイメージトレーニングはどれくらいの時間で、どのようにされるのでしょうか?
飯村:
軽く剣を持って、「こんな感じかな」と動かしながら考えていると、気づいたら1時間経ってますね。流石に考えてばっかりだと頭が疲れちゃうので、半日とかやるわけではないですね。
中山:
シャドーボクシングみたいな感じでしょうか?
飯村:
そうですね。自分の動画を見て、これはどうやってステップインしてるんだろう、この剣のコースどうなってるんだろうと考えながら、実際に動いてみる感じです。
中山:
なるほど。実際この“イメージと体の動きのギャップ”を抑えていく作業と、練習では“いかに速さを出すか”や“いかに自動で出すか”みたいな両立なんですね
飯村:
そうなんです。
中山:
では、練習前はどのような思考をしていますか?例えば、テーマをもって取り組むのでしょうか?
飯村:
テーマを持ってやっていたのは高校生まででした。というのも、高校生までは自分がトップだったので、自分に制限をつけないと成長できないと思っていたんです。例えば「今日はオフェンスの日」「今日はディフェンスだけ」「今日は1点も取られない日」みたいなテーマを決めてやっていました。
中山:
高校まではテーマを持って積み上げるフェーズだったんですね。そこからどう変わったのでしょうか?
飯村:
大学生になって、味の素ナショナルトレセンでトップレベルの代表選手と練習すると、そんなにうまくいくわけじゃないんですよね。そのレベルになると、自分のテーマ通りに進むとは限らない。大学生になってからは瞬間瞬間で考えて実行する、ほぼ今を生きているみたいな感じです。
中山:
生の瞬間に対する反応ですね。
飯村:
そうです。反射の練習と言えばそうなんですけど、本当に必死にしがみついて、「今、今、今」って感じです。

中山:
なるほど。それぞれの良さもあったと思いますが、テーマを持つやり方と、今だけに集中するやり方、それぞれの違いはどんなところだと思いますか?
飯村:
テーマを持つことって、自分が強いポジションじゃないと難しいんですよね。僕にとってテーマを持つことは制限をつけることと同義でした。今もテーマは持ってやることもありますが、「この技をやってみたい」みたいな少し質感が違うテーマです。高校生の頃は、“今今今”というより、「こうしたらどうなるか」という未来の発想や、「こうやられたからこう改善しよう」という過去の参照、両方を照らし合わせて作っていました。
中山:
それを経て、どう変化していったのでしょうか?
飯村:
考え方が変わってきて、「過去も未来も、今をどう生きてきたかの結果で生まれてくるものだな」と思うようになったんです。過去や未来に囚われて今がおろそかになるくらいなら、今だけに集中しようと切り替えました。
中山:
過去、未来より“今”に囚われるようになったと。
飯村:
これは試合中にも言えることで、「これを勝ったら金メダル」「前に勝った相手」「この相手は苦手」と思った瞬間に、未来や過去に意識が飛んでしまって、今の集中が途切れてしまうんです。なので今ここだけに意識を向けるようになりました。
中山:
なるほど。それを練習から徹底することで、試合でも自然と今に集中できるんですね。
中山:
先ほど、試合中はほぼ反射と仰っていましたと思うのですが、良い状態のとき、特に重要な試合などでは、頭の中ではどんなことが浮かんでいるのでしょうか?
飯村:
何もないですね。記憶が飛ぶことも多々あります。多少、「こうしたほうがいいな」「ここで攻めようかな」と考えてはいますが、考えて足を動かしているわけではないんですよね。多分ほとんどのスポーツ選手がそうだと思いますが、反射で体を動かしているときって、頭は空っぽなんですよね。
中山:
反射が最大化された状態なんですね。得点をどう取ったのか覚えていないという試合もあるのでしょうか?
飯村:
逆転するときなんかは特に記憶が飛びます。必死で1点を取りに行って、その積み重ねで気づいたら勝っていたとか、気づいたら同点になっていたとか。記憶がない試合は何回かありました。
中山
面白いです。一方で、調子が良くないとき、試合に入れないときは頭の中で何が起きていますか?
飯村:
ぐるぐる回っちゃいますね。
中山:
どんなことが回るのでしょうか?
飯村:
「こうやったら止められそう」「今攻めてもディフェンスされそう」「守りきられちゃいそう」とか。自分がやりたいことに対する“言い訳”みたいなものが出てきて、これ違うよねともうひとりの自分に否定される感じがあるんですよね。
中山:
なるほど。そうなった時、それを戻す作業はどのようにしているのでしょうか?
飯村:
すごく難しいんですけど…僕の中での答えは、自分が一番自信のある技を一回やるということです。
中山:
どのような技なのでしょうか?
飯村:
誰にでも1点を取れる技なんですよね。一回それをやってみて、「あ、距離が遠かったな。一歩近づけよう」「近すぎたな。少し離れよう」と調整するんです。フェンシングは距離が命なので、距離を測るためのブレない物差しが必要なんですよ。それが僕にとっては、誰にでも入る、得意なアタックなんです。そこで一度出し切って、それを基準にして調整していくイメージです。
中山:
なるほど。一旦ベストの技を出すことで、その瞬間の“自分の距離の物差し”がどうなっているのかを把握して、そこから微調整していくのですね。
飯村:
はい。そこを基準にして引いて調整する、みたいなイメージですね。
中山:
この考え方は本当に面白いなと思いました。ある意味、ベストの形が“普通にできる”という自信があるからこそ、「今日はちょっと近いな」「遠いな」という基準の調整ができるんですね。
4. 緊張の正体──マスクの内側で出会う“もう一人の自分”

中山:
フェンシングは、まさに“集中力”や“一瞬の気の緩み”が許されない競技という印象があるのですが、試合前夜はどのように過ごしているのでしょうか?
飯村:
本当に人それぞれだと思いますが、僕は何もしないですね。当日の朝にバチンとスイッチが入るタイプでなんです。緊張とも上手く付き合ってきた経験があるので、前日から緊張しちゃうと、気疲れして当日までもたないんですよ。だから前日はYouTubeを見たり、見ながら剣を整備したり、友達とゲームしたりと本当に普通に過ごしています。
中山:
それはご自身がどういうタイプかよく理解されているからこそですよね。先ほど「当日の朝にスイッチが入る」というお話がありましたが、会場への移動も含めて、どのあたりから本格的にスイッチが入っていくのでしょうか?
飯村:
朝起きて、目が覚めた瞬間ですね。そこから徐々にエンジンをかけていって、最後にエンジンがフルになる瞬間は、マスクをかぶる瞬間です。マスクをかぶる時に意識して目の色を変えるというか。言葉にするのは難しいのですが、意識して感情を殺し、心を鬼にする、無になる、そんな感じです。相手だけを見る状態に移るのは試合が始まる直前ですね。
中山:
これは何か特別な“動作”や“意識の置き方”があるのでしょうか?それとも、自然とそういう状態をつくれるようになってきたのでしょうか?
飯村:
今は自然とできるようになりました。でも、1年前は「今ここ自分」って言ってから被ってました。
中山:
なるほど。以前はどうでしたか?
飯村:
小学生の時は「絶対勝つ」って言って被ってました(笑)「今ここ自分」というのは僕がメンタルトレーナーと対話を行っていて、その中でそれが僕にとって今を楽しめるベストな言葉だったので、マスクをかぶる瞬間に唱えていました。それが段々と自分の中で定着してきて、次は無意識のうちにできるようにしていって、結果的に今は自然とできるようになりましたね。
中山:
なるほど。先ほど“緊張しながら自分と向き合ってきた”という話がありましたけど、これまでどんな緊張がありましたか?
飯村:
もう全部ですね。太田さんと近い環境だったこともありますし、父が太田さんのコーチをしていたので「お前は漫画の主人公や」みたいなことを言われたこともありましたし、環境もすごく良かった。小学校4年6年で全国優勝、中学でもタイトルを獲り、最年少での記録もいくつか作りました。ワールドカップで決勝トーナメントに進んだのも最年少です。そういう自分の成績、そして周りからの期待、過去の自分を超えられるのかという自分へのプレッシャー、そして、「その環境だから強いんでしょ?」という、あえて悪い言い方をすれば妬みの目。本当にいろんな葛藤があって、ずっとプレッシャーを感じていました。
中山:
その全部がのしかかるような状況の中で、どのように緊張と向き合ってきたのでしょうか?
飯村:
でも、試合前の緊張って全員にあるじゃないですか。逆に、緊張しない試合もたまにあるのですが、そういう時って全然準備ができていないんですよね。緊張する試合というのは、「この試合で結果を残せるかもしれない」という、自分への期待の裏返しなんだなと気づいてからは、むしろ緊張しているほうが楽になりました。
中山:
自分自身に期待が向いている、という感覚ですね。たくさんの葛藤やプレッシャーの中で、それを乗り越えるエネルギーや続けられた理由は何だったのでしょうか?
飯村:
ただただ、フェンシングが大好きだったんですよね。フェンシングが大好きで、自分が設定した目標を達成できなかった時に、それをフェンシングのせいにしたくなかったんです。自分が大好きなものなら、自分がやるしかない。結局どれだけ周りが応援してくれても、その試合の瞬間に信じられるのは自分だけなので、自分との戦いを積み重ねてきたことに自信を持ってやり切れました。
中山:
最初はあんなに嫌そうに話していたフェンシングが、気づいたら大好きになっていたんですね。面白いですね。先ほど「主人公」という言葉が出ましたが、フェンシングとの関係も恋愛漫画の主人公みたいですよね。最初はめっちゃ嫌いだったのに、気づいたらものすごくハマっていて、気づいたら一番大事になっていた、みたいな。
飯村:
ほんとにそうですね。大沼にハマってますね(笑)
5. 真似の哲学──再現能力が導いた“万能型”
中山:
飯村さんのフェンシングの“哲学”についても伺わせてください。フェンシングは瞬発力や動体視力、身体能力はもちろんのこと、“心理戦”の要素も非常に強い競技だと思うのですが、もし「フェンシングで最も必要な能力を1つだけ挙げるなら?」と聞かれたら、何ですか?
飯村:
“再現性”ですね。
中山:
詳しく聞かせてください。
飯村:
小学生向けの練習会を開くことがあるのですが、その時によく言う言葉があるんです。真似ができれば、正直なんでもできるので、「強い人の真似をしろ」と伝えています。
中山:
なるほど。
飯村:
自分が考えたことをそのまま真似できれば、その通りに動けますよね。スピードも瞬発力も、その中に全部含まれているので、網羅していてずるい言葉ではありますが「再現性さえあれば強くなれる」と思っています。再現能力、コピー能力ですね。
中山:
誰かの良さを吸収するコピーもあれば、自分のイメージをそのまま体でコピーするという意味でのコピーもありますよね。
飯村:
そうですね。僕もずっとそうやって強くなってきました。
中山:
再現性をとにかく積み重ねてきたということですね。
飯村:
本当にコピーだけやってきた感じです。コピーして、さらにコピーして、良いところをつまんで、「これ使えるな」「ここはこれと組み合わせよう」と混ぜていったその結果、今の僕のスタイルになりました。フェンシング界では、僕は“オーソドックス”なスタイルなんですよ。オフェンスもディフェンスも、真ん中の試合運びも全部できるオールマイティ型。これはまさに、コピーを繰り返して培った再現能力のおかげだと思います。
中山:
再現性を高めるには、言語化はすごく大事ですよね。伺っていると、飯村さん自身の地頭の良さや言語化力も関係しているように感じたのですが、再現性を高めるために、他に必要だと思うものは何ですか?
飯村:
観察する力ですね。物理的な観察力と、「こうじゃないかな」という考察力。それで自分の中のイメージも強くなります。
中山:
なるほど。単に“見える”だけではなくて、見たものをどう解釈して、自分の中でどんな構造にして取り込んでいくかというそのプロセス全体が大事なんですね。
飯村:
そのイメージを落とし込むコピー能力、再現性が合わさった結果、今の自分があると思っています。
中山:
フェンシングは必ず相手がいますよね。ここでいう再現性は、「相手がこう来たらこう動く」といった対人の要素も含まれるのでしょうか?
飯村:
含まれます。どう説明するのがいいですかね…。もちろん対人戦なので、相手の動きを読む必要があります。加えて、両方のランプが光っても、優先権がある方にしかポイントが入らない“優先権”というルールがあるんです。その優先権は審判が判断するので、「審判からどう見えるか」まで考えなければいけないんです。
中山:
相手の視点、審判の視点、そして自分自身の感覚、これらをどう統合して判断する、そこが競技の深みなんですね。
飯村
相手からどう見えるか、審判からどう見えるか、自分はどう動いているのか、この3つを同時に考えて、調整していく感覚です。
中山:
相手の反応と駆け引きを含めた再現なのですね。
飯村:
そうですね。剣が触れた瞬間に優先権が移ることもあるので、「この角度は審判に悪く映るな」とかも考えてプレーする必要があります。フェンサーって、自分視点で見ちゃいがちなんですよ。いろんな角度から“自分がどう見えるか”を俯瞰できないといけないんです。それができると「今ちょっと出遅れてたな」とか、気づけることがすごく多いんです。
中山:
相手・審判・自分のすべてを含めた駆け引き、そしてその“映り方”まで含めた再現性がある。そこには“俯瞰の目”もあるわけですね。
飯村:
そうなんです。でもこれがめちゃくちゃきついんです。自分の中だけの再現は簡単なのですが、相手がイレギュラーな動きをしたら、反射で対応しないといけない。その反射の再現は、練習で鍛えた自分に任せるしかない。試合中は自分自身に、「あとは頼んだ」という感じです。

中山:
面白いですね。フェンシングって一歩一歩の動きが記録されるような、ある種芸術的な競技という印象もあるのですが、飯村さんが大事にしているフェンシングの美学、「自分のフェンシングはこうありたい」というものがあるとしたら、どのようなイメージでしょうか?
飯村:
フェンシングの美学と言われると難しいですが...やりたいことを完璧にできるって、漫画でも強い個性ですよね。
中山:
自分が思い描いたものをそのまま実現していくという在り方自体が、飯村さんにとっての強さであり、美しさでもあるということなんですね。
飯村:
コピー能力って本当に強いと思うんです。イメージが現実になるって最強じゃないですか。美学なのかは分からないですが、僕はそれを極めています。真似を続けた先に、誰にも真似できないことをやりたいというのは常に思っていることですね。
中山:
真似して、吸収して、そして磨いた末に、他の誰とも違う自分だけの戦い方に昇華されていくのですね。
飯村:
僕は身長が170cmしかないので、スピードがないと生きていけないんですよね。僕の得意技はスピードのあるアタック。相手の懐に潜り込めれば、僕が有利になります。ただ、それだけでは勝てません。例えばオリンピックの団体決勝のアンカーで、イタリアのマリー二選手(当時世界1位、身長197cm)と対戦した時は、僕がどれだけスピードを上げても、手を伸ばして逃げられたら届かないんです。
中山:
どのように対応するのでしょうか?
飯村:
そのような選手とやるときは、一切攻めずに、全部守って守って、出させて、そこをカウンターです。こういう“オールマイティな戦い方”ができるのも武器ですね。
中山:
非常に興味深いです。お話を伺えば伺うほど見る視点が変わるので、本当に試合を観たくなりますね。
飯村:
ぜひ来ていただきたいですし、体験してもらったらもっと変わると思いますよ。
6. 新たなフェンサー像──“火と水”を統合する次の進化

中山:
最後に、未来のことについても伺わせてください。パリ五輪でもメダルを獲得されましたが、ここからさらにもう一段進化していくために、いま必要だと感じていること、あるいは新しく取り組みたいと思っていることは何でしょうか?
飯村:
メダルを取ったとはいえ団体なので、そこに自分の中では葛藤があります。別に燃え尽きてるわけではないですし、僕が小さい頃から目標にしていたのは“個人金”なので。今回の個人は4位で、すごく悔しい結果でした。今回のオリンピックで痛感したのは、「楽しめた時は強かった」ということです。ただ、個人の準決勝や3位決定戦では、メダルが見えてしまって、未来のことが頭をよぎってしまい、そこで負けました。
中山:
どのような感覚だと強さが出るとご自身では捉えていますか?
飯村:
こうして自分のフェンシング哲学や考えていることを話していますが、まだ全然、自分の中で“完璧にできている”とは言い切れません。もっと理想に近づける作業が必要ですし、“最後まで勝ち切る力”が自分にはまだ足りないという自覚があります。
中山:
その最後まで勝ち切る力というのは、飯村さんにとってはどんな要素で構成されているものなんでしょう?
飯村:
僕はどちらかと言えば心を無にするタイプなのですが、海外には本当に「殺しにかかってくるんじゃないか」って思うほどの眼圧を持つ選手がいるんですよ。狩りをする前の虎みたいな目をしていて、実際にその選手はオリンピックで金メダルを獲っているんです。そうした選手を見ていると、食ってかかるような最後まで勝ち切る力というのは、内側から湧き上がるエネルギーにも近いのかなと感じます。
中山:
想像するだけで迫力がありますし、相手に“恐怖”を与える力でもあるわけですよね。
飯村:
そうですね。僕はどちらかというと受け流すタイプで、水の流れみたいに相手の勢いさえ吸収してかわしたいという感覚なんです。でも受け流しすぎると「勝つ気あるの?」とコーチに言われてしまう。逆に火のように燃え上がりすぎると、空回りしてスピードのコントロールが効かなくなる。この全く異なる性質である水と火を自分の中でどう両立させるかが今の大きな課題です。
中山:
“水と火”という対照的なテーマを扱っているわけですね。
飯村:
こうやって言葉にしながら、自分の練習に落とし込もうとしている最中で、この2つの属性を自由に切り替えられるようになれば、個人金も夢ではないと思っています。
中山:
まさに“火と水のスイッチング”が、次の飯村さんを形作っていくのですね。その切り替えには何が必要だと思いますか?
飯村:
あの目をしている選手に対して何を考えているのか聞きたいくらいです。でも、あれはやっぱり自分自身から出てくる“圧倒的な自信”なんだろうなと思います。自信がないと、あんな目はできないので。ただ、おそらく矢印は相手だけではなくて、自分自身にも向いているんだろうなと思います。その上での眼圧だと思うので、そこは僕もまず真似できる部分ですね。
中山:
トップ選手たちと対峙していけばいくほど、それを吸収して自分のものにしていかれるのが想像できます。飯村さんなら、“火と水の両立”という、今まで誰も見たことのない境地にたどり着いてくれそうだと勝手ながら、すごく期待しています。本当に今日は深いお話をありがとうございました。
飯村:
ありがとうございました!

答えは、すぐには見つからないかもしれない。
それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。
思考を解き明かす対話は続く。
『Dialog Code』——次は、誰の思考に触れようか。
Optimize Performance Dialog®︎について詳しくはこちらをご覧くださいhttps://athdemy.com/method






