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Dialog Code

『順位からの解放──「綺麗だね」という言葉を、競技の北極星に』森ひかる # Dialog Code 

2026/04/07

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」

『Dialog Code』

強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。

今回登場するのは、
森ひかる(トランポリン選手・GATE 所属)

【Before Dialog】
トランポリンというわずか数秒の滞空時間にすべてを懸ける過酷な世界で、森ひかるは長らく「日本史上初」という重圧を一人で背負い続けてきた。かつての彼女にとって、勝利は「喜び」である以上に「義務」であり、失敗は「恐怖」そのものだった。完璧を求められる採点競技の宿命と、周囲からの「勝って当たり前」という無言の期待。その狭間で、彼女の心は知らず知らずのうちに摩耗し、東京五輪での挫折を経て、一時は競技から離れることさえ考えた。しかし、彼女は逃げなかった。新天地・イギリスへと渡り、世界のトップ選手たちと寝食を共にすることで、彼女は決定的な「パラダイムシフト」を経験する。不安や緊張は排除すべき敵ではなく、誰もが抱える「当たり前の親友」であること。そして、金メダルの輝きよりも、そのプロセスで自分がどう変化したかという「成長」にこそ真の価値があるということ。「自分はこうありたい」という純粋な願いを、競技のOS(基本原理)として再インストールした彼女。結果という出口ではなく、その一歩手前の「在り方」にフォーカスを絞り込んだ今、彼女が見つめる景色は、かつての閉塞感に満ちたものとは全く異なる。自分を縛り付けていた鎖を解き放ち、心身を一つに統合させようとする彼女の「いい集中」の正体。そして、競技を通じて人生の豊かさを定義し直そうとする、一人のアスリートの再起と覚悟。さあ、彼女の思考を紐解いていこう。

【Code.1 - STATE】負けず嫌いの調和──「勝ちたい自分」を認め、その手前のプロセスに没入する

中山:

競技中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?

森:
いい集中ができている時ですね。世界選手権やその前のワールドカップはいい集中だったなと思います。

中山:
「いい集中」をもう少し分解すると、どんな状態だと言えますか?

森:
心身ともに整っているというか。常にいいわけではないので、どうその状態に持っていけるか、というのはあります。

中山:
逆に今日は少し調子が悪いかもといった感覚が生まれることもありますか?

森:
体が動いても気持ちが乗ってなかったり、逆に気持ちが乗ってても体が動きにくいのを練習で感じる時があります。

中山:
なるほど、そういった感覚があるのですね。

森:
そうですね。経験を積んでいくにつれて、モチベーションが絶対100だったのがそうじゃない時も出てくるということに悩んだ時はありましたね。

中山:
モチベーションが100ではないということに悩んだ時期があったんですね。

森:
ありましたし、いつも100%ではないです。その中でどうできるか。それこそが本当の強さというか、それが選手というか。いつも調子が良かったら超楽だなって思うんですけどね。

中山:
常に100%の状態で臨めるわけではないですよね。その中で「どうできるか」が強さ、ということですね。試合前・試合中で、良い状態の時は、頭の中がどんな思考になっていることが多いでしょうか?

森:
思考で言えば、勝ち負けにいい意味でこだわっていないという状態かもしれません。もちろん、スポーツをやっている以上誰もが一番を取りたいですし、これまでの競技人生で優勝しても実は裏で苦しかった時もあるし2位や4位でもすごく嬉しかった時も経験してきました。世界一になっても、全然注目してもらえない時もありました。だから自分の演技や成長、感情にフォーカスをするようにしています。

中山:
なるほど。自分がいかに良い演技ができたかに集中している状態が、結果としても、そして成長としても、最も価値があるという考え方なのですね。

森:
そうですね。その上で、結果が1位であれば最高ですよね。

中山:
森さんの価値観が色濃く表れているところですね。「心身ともに整っている」の「身体」の側面についても伺いたいのですが、良い状態の時、身体はどんな感覚になっているのでしょうか?

森:
身体が1つになっている感覚です。もう立っただけでわかるというか、「今乗ってる」みたいな。

中山:
競技前は、まず身体を整えることが大きな前提になるのでしょうか?

森:
そうですね。「ここちょっと硬いな」とかそういう部分に気づくことができるので、いつもと同じストレッチとアップをします。

中山:
なるほど。身体の側面は、日頃から向き合っている分「良い時・良くない時」の違いが比較的捉えやすくて、そこへのアプローチも一定再現性を持って整えられるようですね。一方で、先ほどの「勝ち負けにこだわらず自分に集中する」という思考で競技に入っていくことは、結果を求められるスポーツでは一つハードルにもなり得るのかなと感じます。特に、世界のトップと争っている状況ではどうしても結果がちらつくこともあると思うのですが、そのあたりは森さんの中でどのように整理されているのでしょうか?

森:
たしかにそれは難しいことで、さらに私はすごく負けず嫌いなのでやっぱり勝ちたいとかは出てきます。ただ、今の私はそこが一番じゃないと心からそう思えているんです。その結果、自分の成長にフォーカスできている感覚がありますし、コーチもそこを褒めてくれています。

中山:
「成長にフォーカスできるようになった」背景について伺いたいのですが、捉え方が変わった出来事はありましたか?

森:
世界選手権でうまくいかなかった時があって、自分の中ですごく落ち込んでしまったんです。その時にコーチは、「そういう時にどう考えるかも成長の一つだよ」と言ってくれて。たしかにスポーツをしている上で、いい時だけが自分にとっての成長になっているのではなくて、そういうすべての結果やそこから生まれる感情が私にとっての勉強になっているんだなって素直に思えたんですよね。その時、本当にBrianコーチを尊敬しました。

中山:
なるほど。結果だけに意識が引っ張られるところから、「自分の成長」に焦点を置くことに切り替えることは、パフォーマンスにも良い影響があると実感しますか? 

森:
私はより良いパフォーマンスにつながると思います。私はメダルを取りたいと思ってやるよりも、「自分はこうでありたい」と思って演技をすることで、結果的に結果もついてきます。一切結果を考えていないわけではなくて、「そのためにどうすればいいのか」という、その一歩手前にフォーカスする感覚で、そこを考えることが大切だと思っています。

中山:
つまり、「結果」そのものではなく、「結果につながる一歩手前」に焦点を合わせることが、ご自身にとって最も再現性の高い道だと分かっているからこそ、「自分はこうありたい」という方に意識を寄せている、という理解でしょうか?

森:
そうです。メダルが取りたいって言ってメダルが取れたら、みんながそう言いますよね。それを言ったからって上手くなるわけではないので、それよりは「どうするか」の部分が大事だと思っています。メディアやスポンサーさんからメダルを取りたいと言って欲しいと言われることが多かったので難しいと思いますが、それでも私は自分の感情や成長を求めてトランポリン選手でいたいです。順位を争うスポーツで、この感情はおかしいのかもしれないと悩むこともあったけど、スケートのアリサ・リウ選手をみて私と同じ人を見つけたと思ってすごく嬉しかったし、尊敬したし、目標になりました。

中山:
とてもリアルなお話だと思いますし、森さんご自身が自らの葛藤を含めて理解していることが大切だと感じました。

【Code.2 - EMOTION】自己を削らない跳躍──「苦しむために選手をしているわけではない」

中山:
試合前や試合中に感じる「緊張」や「不安」は、森さんにとってどのような存在でしょうか?

森:
当たり前の存在です。

中山:
もう少し詳しく聞かせていただけますか?

森:
私は日本で「史上初」というタイトルを取り続けてきたので、周りと違う感情になることが多かったんです。その時、「この感情は私しかわからないよな」みたいに思ってしまう時があったんです。でもイギリスにきてオリンピックでメダルを取っている選手や世界選手権で優勝している選手と話したり、同じような年代、レベルの選手と一緒に練習することが増えた時に、「こういう感情って当たり前なんだな」って感じたんです。自分がすごく不安になった時とか、「私は今こういう気持ちなんだけど、あなたは今どういう気持ちなの?」と何度か聞いてみたら、「結果を気にすることよりも、自分のパフォーマンスをしっかりするべき」「起きた結果から成長すればいいんだよ」って言ってくれて。

中山:
なるほど。自分だけの特別な感情だと思っていたものが、実はトップレベルの選手たちの中では「共通して存在するもの」だったと気づいたことで、その感情との距離感が変わっていったんですね。

森:
今まで感じてこなかった不安も出たり、どうすればいいのかわからなくなることもあります。そんな中、試合前に感じる不安や緊張は当たり前だということを初めて理解して共感し合える仲間と出会えて、それを当たり前と思えるようになったことが、イギリスに来てからすごく成長した部分だなと感じています。

中山:
イギリスにくる前後で緊張や不安に対する捉え方が変わったのですね。そこで改めて伺いたいのですが、日本にいた頃、試合前に感じる緊張や不安は、森さんの場合、どんなところから生まれていたのでしょうか?自分の成果、点数、周りの目など、いろいろあると思いますが、当時の不安や緊張を言葉にするとどんなものだったと思いますか?

森:
やっぱり、「勝って当たり前」と思われてしまっていたことですね。

中山:
「勝って当たり前」というのは、ものすごいプレッシャーですね。

森:
勝つことは誰しもが当たり前ではないけど、自分の中でも「負けられない」と思ってしまっていたことで、本番で自信をなくして、逆にそれがすごく苦しくて、そこに悩んでいた時期もありました。

中山:
勝つことと、勝ち続けることというのはまた全然違うゲームになりますよね。

森:
本当にそうなんですよね。勝ち続けることは「当たり前」ではないというか。でもやっぱり勝てば勝つほど「勝って当たり前」という期待が入ってきて、そこに対しての自分の考え方もまだ未熟な部分も多くて。当時はそれを話せるところがなかったですし、それを感じている自分にも気づいていませんでした。

中山:
なるほど。気づいた時には、もうその大変さの中にいた、という感覚だったんですね。

森:
そうですね。気づいた時には潰れてましたね。

中山:
そもそも「勝って当たり前」なんてことはないのに、勝てば勝つほど期待される。でもそれで勝っても、勝った時は「そりゃそうだよね」みたいな見方をされてしまう。どうなったらハッピーなんだ、という状況にもなりやすいですよね。

森:
ほんとにそうなんですよね。

中山:
さらに森さんの場合、「日本史上初」を取り続けていったわけですよね。先ほどお話に出た「私しかわからない感情」というのは、まさにそのルートを通っている人だけが感じるものなのかもしれませんね。

森:
なので、このイギリスに来てから1年くらい経つんですけど、人には見えない部分ですごく私の中では成長があったと感じています。やっぱり心は他人からは見えないので。今まで感じてたことと、今感じていること。そういう部分で教わったことや気づきはすごく大きかったですね。

中山:
なるほど。実際、不安や緊張との向き合い方が変わったことで、パフォーマンスはもちろん、トランポリンという競技に向き合う姿勢そのものまで変わったようにも感じます。先ほど「当時は話せる機会がなかった」という話もありましたが、もし当時の自分に、今の自分が話しかけられるとしたら、どう声をかけますか?

森:
難しいですね...なんだろう。「負けることに怯えなくていいよ」って言ってあげたいです。

中山:
負けることに怯えなくていい。

森:
やっぱり当時は、負けとか失敗に怯えていたからいい演技ができなかったと思うんです。それと、「もっと楽しむことも大切だよ」「あなたはどうしてトランポリンをやっているのか?誰かに勝ちたいから選手をしているわけではないよね?」と言いたいです。

中山:
当時は、負けることや失敗することに強く怯えていたからこそ、逆に良い演技ができず、結果として成長にもつながりづらく、結果も出づらい状況になっていた。一方でイギリスに来たことで、「起きた結果を受けて、そこから成長すればいい」という思考の変化が生まれたのですね。

森:
そうですね。この変化はトランポリンをやめた後も活かしていけることだなとも思っていて、自分の中で本当に大事なことです。私がイギリスでやるって覚悟が決まった時に、言われた言葉があるんです。

中山:
競技の結果や評価ではなく、「何が人生にとって本当に大切なのか」という軸に触れるような経験だったんですね。どのような対話があったのでしょうか?

森:
「どうして私は日本の選手なのに、そんなに一生懸命教えてくれるの?」とコーチに聞いたんです。そしたら「トランポリンで過去にオリンピックでメダルを取った人を全員言えるか?」と聞かれて、私は答えられなかったんですよ。それで「すごくいい成績を取ってもみんながずっと覚えているわけではない。でも友情はトランポリンをやめてもずっと続いていくよね。だから私はあなたのことも教えるし、それが人生にとって本当に大切なことなんだよ」と言ってもらえて、そういうことを大切にしていかないといけないんだなと感じました。

中山:
なるほど。今のお話は、トランポリンという競技の世界だけではなく、「日本的なカルチャー」と「イギリス的なカルチャー」の違いもありそうですね。もちろんコーチの方の個人的価値観もあると思いますが、そういったものが大きく表れているようにも感じました。イギリスの感覚や価値観が、森さんにはすごくしっくりきた部分もあったのではないかと思うのですが、その前提がある中で、今、競技に向かっている時の自分は、日本にいた時と比べて違いますか?

森:
本当に自分の人生にとって大切なことを理解した上で競技をできているので全然違います。それが生き方に繋がって、さらには演技にも繋がっていると感じています。

中山:
先ほどの「負けや失敗に怯えていた自分」というのは、ある種、森さんらしくなかったとも言えるのでしょうか?。

森:
そうですね。後から振り返った時に、「あの時すごい苦しかったな」「全然楽しくなかったな」とか、そういう思い出になっちゃうんですよね。私は自分を追い詰めて、苦しむためにトランポリンをしているわけじゃない。そんな状況で選手をしても良くはならないって思ったんですよね。

中山:
競技のために自分を削り続けるのではなく、「自分の人生の中に競技がある」という感覚に変わっていったんですね。結果を追うだけではなく、自分がどう在りたいかという軸で競技を選び直しているようにも感じました。

森:
世界選手権で史上初個人優勝をして、期待され続けて、東京オリンピックで失敗してしまったんですけど、「もうやめよう」「もう二度とオリンピックには出たくない」と心の中で思ってしまったんです。でも続けることを決心して次のパリを目指したんですけど、目指していく上で同じ感情になるなら、出ないと決めていました。そこまでして出場する必要があるのかという感情もあったんです。苦しんで苦しんで、自分がボロボロになってまで、オリンピックが必要かって思った時に、そうじゃないって思って。自分がやっぱり出たいと思って出ることが大事だなって思います。

中山:
なるほど。今のお話を伺っていて、環境が大きく変わったこの1年間で、森さんがいろんな角度から、ご自身のOSをアップデートしてきたように感じました。

【Code.3 - COGNITION】0.1秒に宿る実力と、抗えない運──不条理な“運ゲー”を攻略するマインドセット

中山:
森さんにとって、トランポリンという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?

森:
自分を成長させるためのゲームですね。

中山:
ここまでのお話ともつながりますね。

森:
トランポリンをしてることでイギリスにも来れています。共感して話し合える仲間が増えて、新しい考え方を教えてくれる人が増えて、英語を学べるようになって。トランポリンをしているからテレビに出れて、インタビューを受けられて、講演会をすることができて。自分はトランポリンを通して成長していくとテーマを立てているので、トランポリンは成長するためのゲームだと思っています。

中山:
例えば一言で「トランポリンから一番学んだことは何ですか?」と聞かれたら、どんなことが思い浮かびますか?

森:
うーん、なんでしょう。パッて思いついたのは、「楽しむことの大切さ」ですかね。

中山:
トランポリン競技において、「楽しむこと」が大切だと感じるのは、どんな理由からでしょうか?

森:
競技をしていく上で、周りから結果を求められたり、自分が成長を求めたり、トップに行けば行くほどそういうのって出てくると思うんですけど、東京オリンピック後に辞めようと休んでいた時に、私はトランポリンが好きで、楽しいからやってるということを再認識したんです。そういう気持ちを持てていないと、やっぱりうまくいかないというか。楽しい時、気持ちが乗っている時の方がうまくいくし、頑張れるんですよね。それは他のことでも一緒だと思っていて、ただ苦しんでいる時はなかなかいい思考にならないです。

中山:
なるほど。「楽しむ」というのは、単にリラックスするというよりも、自分の状態を最適に保つための重要な要素であり、結果的にパフォーマンスを引き出すための条件でもある、ということですね。

森:
だから私は楽しむことを大事にしてるんです。でも、例えばインタビューで「楽しみたい」って言うと、「いや楽しいだけじゃ結果出ないじゃん」みたいなことも言われてしまうわけですよ。でもそれは本当に楽しむだけでいいと思っているわけではなくて。これができたら帰りはジュースを買っちゃおうとか、頑張った分ノートにシールを貼ろうとか自分にご褒美を与えるのは頑張ったり楽しむためのコツです。

中山:
「楽しむ」という言葉だけが切り取られると誤解されやすいですが、森さんの中では、日常の中にある小さな達成や前進をちゃんと感じ取ること、その積み重ねが「楽しさ」になっているようにも聞こえます。

森:
まさにそうですね。例えば、ロスまで決まってたスポンサーさんが急に打ち切りになってしまったんです。その時は「大変だな」って思ったんですけど、もしこの状況になっていなかったら、お金を稼ぐことが大変だということに私は気づききれてなかったと思いますし、新しいスポンサーさんに、「私はこういうことを魅力にしていて、こういうことができます」ということが伝わった時に楽しいなとか。そういう周りから見たらすごく大変なことかもしれないけど、その中に楽しさを加えていくということは大事にしたいです。

中山:
「楽しさを加える」という表現、素敵だなと感じました。調味料みたいに、日々の出来事の中に少しずつ混ぜていくような感覚でしょうか。その上で、改めて聞いてみたいのですが、トランポリンという競技そのものを「どんなゲームか」と問われたら、どう表現しますか。

森:
いやー、正直、半分運ゲーかもしれないですね。

中山:
「半分」というのが気になります。まず運ではない半分は、何ですか?

森:
そこはもうシンプルなスキル的な実力ですね。

中山:
ではトランポリンにおける「運」の要素というのは、どんなところにあるのでしょうか?

森:
トランポリンって決勝で一発なんですよ。一発勝負。枠があって、すごく高く飛んで、本当に1ミリ、2ミリ、0.1秒の世界なんです。一発でどれだけできるかどうか。それも実力なんですけど、10本連続でいい演技をしないといけない。採点競技なので自分の演技を好む人もいればそうじゃない人もいる。平等に点数が出るようになってはいるんですけど、誰が審判に入るかでも変わる部分も実際にはあります。

中山:
なるほど。結果が出るものというのは、外的な要因も含めて左右されるということですよね。森さんの言葉を借りれば、たとえ自分の調子がめちゃくちゃベストだったわけではなくても、相手の出来次第では1位を取れる可能性もある。そういう意味でも、「半分運」という感覚があるのかもしれないですね。

森:
そうですね。3本中1本いいやつとかだったら、実力だなみたいなのがあるんですけどね。

中山:
一発勝負というのは、すごい競技ですね。

森:
例えば順番にもよりますよ。一番目に飛ぶか、一番最後に飛ぶか。トラブルが起きてすごく待たされて、でも最後に飛ばないといけないみたいなこともあったり。だからこそ、結果だけで自分を評価したくないし、結果だけで自分を評価されたくもないっていうのもあります。良いからといって、すごく調子が良いわけでもないかもしれないし、メダルが取れなかったからといって、成長できてないわけでもない。

中山:
結果というのはあくまで一つの“表面に現れる指標”であって、その裏側にはコンディションや環境、プロセスといった様々な要素がある。だからこそ、その一回の結果だけで自分自身を定義したくない、という感覚なんですね。

森:
はい。結果はもちろん大事ですが、結果よりも奥を見てほしいなというのはすごく思います。金メダルを取っても、銀メダルを取っても、その奥を知ってる方ってほとんどいなくて。それこそ世界選手権にも記者の方が一人しか来てないくらいのマイナー競技ということもあるし、難しいですね。もちろん来てもらえるだけで嬉しいんですけどね。

中山:
結果というのは絶対的な指標でもなければ、森さん自身の価値そのものでもない、という様にも聞こえました。

【Code.4 - VISION】生き方の投影──ルールを超えて響く演技

中山:
この競技を続けていった先で、「こんな状態・景色に辿り着いていたらいいな」と思うものがあれば、ぜひ教えてください。

森:
綺麗な演技でありたいなって思います。どれだけ難しい技をやっても、誰が見ても「あの子の演技、綺麗だよね」みたいな。トランポリンのルールを理解してない人でも、「綺麗だね」って思ってくれるような演技では、ずっとありたいかなって思います。

中山:
競技としての評価軸を超えて、「誰が見ても感じ取れる美しさ」を追い求めているんですね。

森:
昔、新体操とトランポリンの練習場が隣だったんですけど新体操の仲良い子が「やっぱ綺麗だね」と言ってくれたのがすごく嬉しくて。彼女はトランポリンをずっと見てきてるけど、詳しいわけではない。でも、「やっぱり綺麗だね」と言ってくれたことがすごく心に残っていて。そこはずっと持っていたいなって思います。

中山:
その「綺麗」は何が作るんでしょうか?

森:
それこそ生き方は演技にも出てくるかなって思います。

中山:
「綺麗だね」と感じさせる何かがあるとしたら、生き方や在り方が演技に表れるということなのですね。

森:
例えば、負けるのが怖くて、失敗が怖くて、おどおどしながら飛んでる自分と、結果からいろんなことを学んでいこうって心から思ってる自分。どっちがいい演技かなって想像したときに、どっちだと思いますかね。

中山:
後者に聞こえますよね。醸し出す雰囲気や表情、そういうところにも出るのかもしれないですね。いわゆる、自信を持って歩いている人と、普通に歩いている人の違いというか。

森:
街にもいるじゃないですか。なんかパッと目が行っちゃうような人とか。そういう感じかなと思います。私も本当に何も知らない状態で一人でイギリスに来ましたけど、それでも世界トップレベルの演技を保たないといけなかったんです。仮にトランポリンがうまくいかなかったとしても、困難を乗り越えてきた力も演技や競技力に繋がっていると思うし、自分の夢を叶えたいと思って挑戦して、覚悟を決めてきたこと、結局そういう部分は大事だなと思います。

中山:
最後にもう一つだけ伺わせてください。将来、もし森さんが競技を終える時が来たとして、その時に「これは良かったな」と言いたいことは何ですか? 

森:
色々な経験をした分、自分の人生の中で大切にしていることにも気づけたし、これから先同じ状況になった子の気持ちを理解してあげやすくなると思っています。どん底も味わったし、逆に一番上も味わったし。そういう中で、本当に自分の中で何を大切にしてるのか、何を大切にしないといけないのか。今の時点でいろいろ学んだなと思いますが、これからももっとそこにこだわっていきたいです。

中山:
トランポリンが、競技というよりも森さんのライフスタイル、生き方そのものと結びついているんだな、というのが、今のお話から強く伝わってきました。これから先、どんな環境に身を置いても、どんな挑戦を選んでも、その中でまた新しい気づきや価値観を重ねていき、これからの森さんの演技や言葉、そして在り方に繋がっていくんだろうなと思いました。そして、森さんが歩んでいくそのプロセス自体に、多くの人が勇気やヒントをもらえるんじゃないかなと感じました。本日はありがとうございました。

森:
ありがとうございました!

【After Dialog】
「勝たなければならない」という呪縛から解き放たれ、トランポリンを「自分を成長させるためのゲーム」と再定義した森ひかる。対話を通じて浮かび上がったのは、結果という不確実なものに一喜一憂するのではなく、自分の「生き方」を演技というフィルターを通して表現しようとする、求道者のような佇まいだった。彼女にとって、イギリスでの生活は単なる技術向上ではなく、思考と感情のアップデート期間だった。そこで育んだ友情や、困難を楽しむマインドセットは一生消えない。その確信が、彼女の演技に「迷い」ではなく「綺麗さ」という新たな質感を生んでいるのかもしれない。「半分は運ゲー」と言い切る潔さは、決して投げやりな態度ではない。むしろ、審判の傾向や出番の順序といった「制御不能な要素」を認め、受け入れた上で、自分がコントロールできる「一歩手前の準備」に全神経を注ぐという、極めて合理的で強靭な思考の裏返しだ。かつて「負けることに怯えていた」少女はもういない。今の彼女は、どん底の痛みも、頂点の孤独も、すべてを人生の「調味料」として味わい尽くそうとしている。「楽しさを加える」という独自の感性で、スポンサーの打ち切りさえも学びの機会に変えていく。トランポリンの上で描かれるその放物線は、もはや単なるスコアを競うためのものではない。それは、彼女が人生において何を大切にし、どう生きていくかという「在り方」そのものの軌跡なのだ。

『Dialog Code』

答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Profile】
森 ひかる(もり・ひかる) 
1999年7月7日生まれ、東京都出身。 
トランポリン競技選手。GATE所属。4歳ときに地元のデパート屋上にあったトランポリンと出会い、その楽しさに目覚めトランポリンを習い始め、10代から日本トランポリン界の歴史を塗り替え続けてきた。2013年には14歳という史上最年少で全日本選手権初優勝を果たした。リオ五輪は年齢制限の為出場できなかったが、2017年には世界選手権初出場ながらも、日本女子初となるシンクロナイズドで銀メダルを獲得。名実ともに世界の頂点に立ち、2021年東京五輪には日本代表のエースとして出場。しかし、メダル候補としての重圧と「勝って当たり前」という周囲の期待に苦しみ、本番での挫折を経験する。2023年、再起を懸けて単身イギリスへ渡る。現地のトップ選手やコーチとの交流を通じて、勝敗の先にある「自己の成長」と「楽しむことの大切さ」にフォーカスする独自の哲学を確立した。2024年パリ五輪出場を経て、現在は「心身の統合」と「生き方が表れる美しい演技」を追求する求道者としてのステージへ進んでいる。
【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。

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