Dialog Code
『「調子に乗る」は、戦略の死。冷静な自己統制が拓く勝利の道』 #渡邊啓太 Dialog Code
2026/05/13

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」
『Dialog Code』
強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。
今回登場するのは、
渡邊啓太(ショートトラック / スピードスケート選手・学校法人阪南大学所属)
【Before Dialog】
ショートトラックという競技を、単なるスピードレースだと捉えているなら、その本質を見誤るかもしれない。数センチのインコースを奪い合い、コンマ数秒の隙に身体をねじ込むこの競技は、極限状態での「情報処理」と「意思決定」を繰り返す、氷上の知略戦である。選手たちは、刻一刻と変化する氷の状態、相手の息遣い、そして自身の体力を天秤にかけ、常に最適解を導き出し続けなければならない。そうした過酷なリンクの上で、渡邊啓太は徹底して「無駄」を削ぎ落としてきた。自分の思考が身体を追い越してしまう瞬間の危うさを知り、あえて「感覚」に判断を委ねる境地を追求する。しかし、その冷徹なまでの合理性の根底にあるのは、勝利への執着以上に、「どう勝つか」という純粋なまでの美学だ。知略戦という残酷な読み合いの中で、彼はなぜ「在り方」を重んじるのか。引退を見据えた海外挑戦という大きな決断の裏側にある、一人の人間としての成熟と、氷上に懸ける静かなる情熱の深淵とは。さあ、彼の思考を紐解いていこう。
【Code.1 - STATE】氷上の知略───速さだけでは勝ち上がれない競技
中山:
試合中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?
渡邊:
無駄がなく、自然に適切な判断ができている状態です。
中山:
無駄がない状態というのは、どのような感覚なのでしょうか?
渡邊:
僕たちの競技は、1周が約100m、細かく言うと111.12mで、そのトラックを4周半や9周、13周半、団体だと45周といった周回数で滑ります。5人から多い時では7〜8人が滑り、それぞれが勝つためのレースプランを持って戦います。
その中で、「いくべき場面」「止まるべき場面」「ポジションをキープすべき場面」など、判断しなければならないことが本当に多いです。ただ、自分の体力やコンディション、相手の状態などによって考えることが増えすぎると、無駄が生まれます。その無駄によって一歩も進めなかったり、結果的に展開が悪くなったりします。
なので、「この場面ではこうする」という判断が自然にできて、体が勝手に動くような感覚のときは、無駄がなく適切に反応できている状態だと思います。レース中は本当に多くのことが起きるので、それに対して自然に判断できているときが、うまくいっている状態ですね。
中山:
無駄がないというのは、動きというよりも頭の情報の無駄がないということでしょうか?
渡邊:
どちらもですね。例えば、相手を抜きにいくと決めた時でもテクニックはいろいろあります。コーナーには6〜7個のポイントがあって、どこをどう使うかで結果が変わります。入り口でインにいくのか外に膨らむのか、膨らめば後ろに相手がいるので、スペースを与えて抜かれる可能性もあります。そういった細かい技術の中で動きに無駄があると影響が出るので、判断と体の動きの両方に無駄がないことが大事だと思います。
中山:
どちらも必要な要素なのですね。
渡邊:
そうですね。どちらも必要だと思います。
中山:
ショートトラックでは流れも重要だと思うのですが、そのときはどう見えているのでしょうか?全体が見えているのか、自分と向き合っている感覚なのか。
渡邊:
僕の場合は、「自分と向き合えている」という感覚の方が近いです。このメンバーでどう動けば勝てるかということを事前にピックアップして、それに集中しています。
中山:
事前に考えたレース展開にフォーカスしているということですか?
渡邊:
そうですね。それに加えて、いくつかのパターンを頭に入れておいて、「この選手が前にいたらまずいから前に出よう」とか、「後ろがこの選手だから今はキープでいい」といったことを、「考えている」というより「感じられている」ときがうまくいっている状態かなと思います。
中山:
それは、選択肢が見えていて、判断に迷いがない状態とも言えそうですね。
渡邊:
そうですね。確かにそう言えます。
中山:
では、迷うときと迷わないときの違いは何でしょうか?
渡邊:
僕の場合は、思ったより体が動かないときや、ブレードが氷にうまく噛まないときに迷いが出ます。氷の状態はレースごとに違いますし、温度や水を撒く量でも変わってきます。そこがうまく噛み合わない時は、「今いっても難しいな」とか「いきたいけどいけない」と迷いを感じることがあります。さらに「ここで力を使いすぎたら、最後にこいつが来るからまずいな」ということを考えてしまうと、一気に迷いが増えますね。
中山:
頭の中のプランと体の動きがズレたときに迷いが生まれるんですね。そのときはどう対処しますか?
渡邊:
基本的に2択です。強気でいくか、ポジションを守るか。決勝までいくには、上位2位に入るか、3位以内でタイムが一番早い人が進めるので、どうしても調子が悪い時はとりあえず守ることにフォーカスしたり、最初のスタートで前に出てスピードを少しだけ上げておくなど、迷いを極力減らす行動を先に作ることもあります。
中山:
勝ちにいくか、負けないかの選択ですね。
渡邊:
そうですね。ショートトラックは、まず決勝までいかないといけない競技ですし、最終的に決勝で何位かが重要になります。なので正直、予選や準決勝での上がり方や順位は、どうでもいいと僕は思っています。もちろん、1日のトータルの流れを考えると良い勝ち方で上がることは大事なんですけど、必要最低限として「決勝にいく」というのが一番の目標になります。そうなると、自然とそういう選択を取るしかなく、結果的に勝ち上がるための戦略になっていきますね。
中山:
その場での判断も経験によって精度が上がっていくと思うのですが、「今日は思ったより体が動かない」とか、「ブレードが氷に噛まない」といった不確実な要素に対して、再現性を高めるのは難しそうに感じました。そういった不確実なものに対して、何か準備されていることはあるのでしょうか?
渡邊:
準備というほどではないですが、「心づもり」はしています。僕たちは試合前に靴を研ぐんですけど、グリップが悪くなればレースごとに研ぎ直したりします。ただ、練習中は毎回それができるわけではないので、あえて状態が悪いまま滑ることもあります。例えば、ブレードが全然噛まないときに、「これが試合だったらどうするか」と考えながらトレーニングすることで、そういう状況での踏ん張り方を意識しています。ただ、実際に試合でそうなったら、最後はがむしゃらにやるしかないですね。練習で心づもりはしておくけれど、本番では結局やり切るしかない。氷の上に立てば、どんな状況でも条件はみんな同じなので。
中山:
練習の中で、試合と同じような想定をして取り組むこともあるのですね。
渡邊:
準備はしていますが、実際にそうなったらがむしゃらにやるしかないです。ある意味、動きの無駄が相手の邪魔になることもあるので、着順競技という特性を考えると、「何が何でも順位を守る」とか「コースを変えて守る」といった判断になることもあります。

中山:
今のお話を聞くと、冷静さが重要な競技に聞こえますが、思考と感情のバランスについてはどう考えていますか?
渡邊:
どのスポーツもそうだと思いますが、やっぱり良い塩梅が大事だと思います。「いってやる」という気持ちを前に出して成功する場面もありますが、それはある意味一択の状態なんですよね。もういくしかない、先頭を引き切るしかないと腹をくくったときの強さもあります。
逆に僕は、「何を考えているかわからない選手」が怖いなと思います。「何を考えているのか分からない」と思わせるのが僕の理想なのですが、自分はどちらかというと分かりやすいタイプなので、なかなか理想通りにはいかないですね。
中山:
タイプの違いはあっても、それぞれに適した感情と思考のバランスがあるということですね。
渡邊:
そうだと思います。
中山:
スタートラインに立ったときに、選手の感情と理性の割合が見えるバーみたいなものがあったら面白そうですね。例えば「感情7割、思考3割」みたいな。
渡邊:
それ、面白いですね。
中山:
見ている側としては、かなり楽しめそうです。
渡邊:
感情型の選手って実際にいますし、一緒にやっていても感じます。その選手が体と心のバランスがうまく取れていると、やっぱり強いなと思いますね。
中山:
ショートトラックにおいて、感情が爆発したときの強みは何でしょうか?
渡邊:
やっぱり、誰にも止められないことですね。いくべきところで一気にいって、そのまま押し切る。例えば、残り5周くらいから前に出て、そのまま勝ってしまうようなパターンです。「いってやる」という気持ちでどんどんスピードを上げていく。その勢いで勝つ、というのが感情が爆発したときの強さだと思います。
中山:
いわゆる、火事場の馬鹿力のようなエネルギーが出るということですね。
渡邊:
そうですね。大体は残り3周くらいから着順に影響が出てきますが、それより前の5週目に仕掛けることもあります。前にいる選手の方が体力的には不利ですが、それでも後ろの選手が抜けない展開になることがあります。そういうときは、感情がしっかり乗っていて、そのまま勝ち切っている状態だと思います。
中山:
そういう選手が前にいたら、かなりプレッシャーですよね。「あいつ、すごく乗ってるな」と感じたら、勝てる気がしなくなりそうです。
渡邊:
例えばそれが準決勝で別の組だったら、「決勝はどうしようか」と考えますね。戦い方を考えるか、あるいは国内の選考であれば「その選手に勝てなくても何位以内に入ればいい」と割り切ることもあります。僕たちの場合は、最終的に代表に入って世界で勝つことが一番重要なので、国内で1位でも5位だとしても、世界で1位を取ることの方が価値があります。そういう意味で言うと、「その選手は一旦置いておいて、自分の戦い方をする」という判断もあり得ますね。
中山:
シンプルに見えるレースでも、かなり知略があるんですね。
渡邊:
そうですね。選手それぞれのキャラクターが見えてくると、より楽しめる競技になると思います。
【Code.2 - EMOTION】目的志向の絶対座標──退路を断つスイッチと、感情のエネルギー化
中山:
試合前や試合中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、渡邊さんにとってどのような存在ですか?
渡邊:
本気で挑んでいるからこそ湧き上がる思考や感情で、自分を前に進ませてくれる存在です。
中山:
そもそも緊張や不安は、どのようなタイミングで出ますか?
渡邊:
やっぱり自分の状態によりますね。状態があまり良くないときは緊張感が高まりますし、逆にすごく良いときも緊張感は高まります。ベストな状態が一番上にあって、あまり良くない状態が下にあるとすると、その上下のゾーンにいるときほど緊張が強くなります。逆に、普通の状態のときは、「あとはやるしかないな」という感覚になります。
中山:
ノーマルな状態が、むしろ危機感を募らせるのですね。
渡邊:
そうですね。もちろん緊張がゼロになるわけではないですが、強い緊張や不安が出るのは、上か下の状態のときが多いです。
中山:
では、調子が良いときと悪いときで、緊張や不安の質はどう違いますか?
渡邊:
良いときは、「これで勝てなかったらまずいでしょ」と思います。だからこそ、ミスもできないという感覚ですね。逆に悪いときは、「この状態で大丈夫かな」「本当に勝てるのかな」という不安が強くなります。ただ、どちらの場合でも「ここでやれないやつは、どこにいっても勝てない」と思ってやるようにしています。「今ここに集中できない人は、どんなに良い状況でもできないだろう」と考えるタイプです。
中山:
つまり、良いときは勝って当たり前のプレッシャー、悪いときはできるかどうかの不安がある。どちらも「今ここに集中する」という方向で自分の気持ちを持っていくのですね。
渡邊:
そうですね。自分を奮い立たせるというか、「ここで乗り越えられなかったら、ここまでの選手だ」と言い聞かせて、スイッチを入れています。
中山:
そのスイッチが入ると、どのような変化が起きるのでしょうか?
渡邊:
「こんなところで終わるような選手になりたくない」という感情が生まれますね。そこから「やるしかない」という思いにつながります。
中山:
「ここで終わりたくない」という感情が、覚悟につながるのですね。
渡邊:
そうですね。「自分なら絶対できる」と言い聞かせることもあります。
中山:
「前に進ませてくれる存在」という表現もありましたが、それを感じるのはどんなときですか?
渡邊:
やっぱり、「ここでできなければここまでの選手、できればそれ以上になれる」という場面ですね。そう思うと「じゃあ、やるしかないでしょ」となって、自分自身を前に進ませてくれます。そもそも僕は、緊張がゼロになることはないタイプなので、普段から何かしら緊張はしています。その中で「今ここでやらないと終わる」と思ったときに、「じゃあ一歩踏み出そう」と思える。もし緊張がなかったら、何も感じずに「やるだけ」になってしまうので、緊張があるからこそ「挑戦しよう」と前に進めさせてくれる存在だと思います。
中山:
渡邊さんの場合は前に進むエネルギーになっていますが、その「今ここでやらないと終わる」という思考が圧となりブレーキになる人もいると思います。この違いはどこにあると思いますか?
渡邊:
根本的には「何のために競技をやっているのか」というところだと思います。怖くて止まりたいのであれば、「そのレベルでやればいいのに」と思います。より高いところを目指すからこそ不安が生まれるのであって、言い方は悪いですが「そこで立ち止まって抑えたいならサークルでやってればいいのに」と。競技者として自分を高めたいのであれば、やるしか選択肢はないです。だからそこで止まってしまうのは、自分がどうなりたいかがまだ曖昧なのかなとも思います。
中山:
まさに目的に立ち返るということですね。渡邊さんはかなり目的志向が強い印象があります。
渡邊:
分かりやすいんですよね。僕たちはオリンピックという目標があって、そこで活躍したい、その夢の舞台で金メダルを取りたいという思いがはっきりしているので、目標の設定がしやすいんだと思います。そこに向けて考えると、国内の試合で勝てないとその舞台にもたどり着けないし、オリンピックで戦うチャンスもなくなってしまう。そういった意味では、目標設定がしやすいというか、戦いやすいのかもしれないですね。ゴールが分かりやすいですし、全日本に向けても西日本大会や全日本選抜といった段階があるので、設定しやすいのかもしれないです。
中山:
それと同時に、目的達成のためには必要な痛みは受け入れるしかないという感覚もあるのですね。
渡邊:
その痛みがあるからこそ、価値が生まれるのかなと思います。勝っても負けても、その勝ち負けがあるからこそスポーツには価値があるし、負けがあるからこそ勝者が生まれる。だからこそ、その勝利に価値が生まれると思うんです。たとえ負けたとしても、次で勝てばいい。もちろん、オリンピックの大事な場面で負けたら悔しいですけど、「それで人生が終わるわけじゃない」と思っています。

中山:
ここまでレース前の緊張や不安についてのお話が多かったと思うのですが、レース中にそういった感情が影響することはありますか?
渡邊:
特に500mは、不安を抱えたまま行くとそのままタイムに影響する気がします。スピードを出すにはある程度攻めないといけないので、不安を抱えすぎたままだと、うまくいかないことが多いですね。
中山:
そういうときは、どのように自分と向き合いますか?
渡邊:
僕たちは、1000mと1500mもあるので、例えば初日の500mがダメだったら、もう切り替えて1000mに行くというイメージでやっています。「あと1種目ある」ということに救われる部分もありますね。まだ可能性が0.1%でもあるなら、そっちに集中しようと切り替えます。
中山:
「ダメだった」ということよりも、「まだチャンスがある」という視点になるんですね。
渡邊:
そうですね。そう考えないと、諦めているように感じてしまうんです。そのまま引きずってしまうと、自分で可能性を潰しているように思ってしまうタイプなので、そう考えるようにしています。
中山:
ショートトラックは一つの判断が命取りになる競技だと思いますが、不安があるとそれをさらに助長してしまう側面もありますよね。そういったレース中の不安や感情はどう扱っていますか?
渡邊:
僕は割と前でレースを作るタイプなんですけど、「このスピードで最後まで足が持つかな」と思うことはあります。例えば1000mで「これしかない」と思ったときは、もういき切るしかない。いき切って負けたら、それは自分の実力不足だと考えます。特に国内では、「この走りで負けたなら、それが今の自分の立ち位置だ」という感覚でやることが多いですね。ただ、その日の流れや、初日と2日目で考え方が変わることもあります。
中山:
調子がいいときはその流れに乗ることもあるのでしょうか?
渡邊:
勢いには乗ろうと思います。ただ、僕がよく言っているのは「勢いには乗るけど、調子には乗らない」ということです。
中山:
渡邊さんが調子に乗る姿はあまり想像がつかないのですが、「調子に乗る」というのは具体的にどのようなことでしょうか?
渡邊:
例えば、過去の自分を振り返ってみると「調子がいいから後ろで待てばいいや」とか「最後に抜けばいいでしょ」と考えるのは、調子に乗っている状態だと思いますね。
中山:
戦略の見立てが甘くなるということですね。
渡邊:
そうですね。「最後に外からかっこよく抜いて勝てばいいや」みたいなのは、調子に乗っているなと思います。一方で「勢いに乗る」というのは、自分が勝つためのプランをしっかり実行して、発揮すべきところでしっかり発揮できている状態のことですね。
【Code.3 - COGNITION】レース運びの知性───能力を結果に変えるための思考力
中山:
渡邊さんにとって、スピードスケートという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?
渡邊:
流れの中で次々と課題や挑戦が現れて、それを一つひとつクリアしていくことで達成感を得られるゲームです。
中山:
レース中の流れは、具体的にどういうものとして捉えていますか?
渡邊:
レース単体というよりも、1日の流れとして捉えています。例えば、1本目ではこういう課題があり、2本目では別の課題が現れ、3本目ではこのメンバーの中で勝たなければならないといったように、一つひとつの課題をクリアしていき、1日が終わったときに1位でいられれば大きな達成感がありますし、「この状況の中でなんとかやれたな」と感じることもあります。勝ち切った場合には、「よくやり切った」と思う時もあります。
中山:
そういう意味での、一つひとつをクリアしていくという感覚なのですね。
渡邊:
そうですね。レース単体の中にも課題はありますが、1日あるいは2日間という大会全体の流れの中で、さまざまな出来事が起こります。その中で、「一度崩れたけれど立て直せた」とか「成長できた」と感じられる点も含めて、達成感につながっていると思います。
中山:
課題というのは、具体的にはどのようなものがありますか?
渡邊:
とても複合的ではありますが、分かりやすいのはポジションをどう扱っていくかということです。例えば、本来守りたかったインコースが空いてしまい、抜かれてしまうケースがあります。ただ、その後に抜き返して通過できた場合には、「次はより厳しくインを守る」といった修正につながります。また、抜こうとしたものの時間がかかってしまった、あるいは抜けなかった場合には、その「抜く」という課題は達成できていませんが、次のレースで方法を変えることで達成できることもあります。
あとは、メンバー構成によっては「前に出て抜き切らなければ勝てないレースだ」と判断することもあり、それ自体が一つの挑戦になります。準決勝の段階で決勝のような組み合わせになることもあり、そのような場面では明確に「挑戦」が現れる感覚があります。
中山:
ポジションやコース取り、メンバーによって課題が変わるんですね。では、勝負はどこで決まるのでしょうか?
渡邊:
正直に言うと、その時の調子によると思っています。というのも、国内ではほとんど同じメンバーで戦うことが多く、実力的には似ているため、どれだけ良い状態で試合に入れるか、また気持ちを強くいられるかが重要になります。
中山:
実力差はあまりないということですか?
渡邊:
最近、少し強い選手がいて、その選手はやはり気持ちも強いなと感じる部分はあります。ただ、この競技は1対1ではないので、複数人の中でさまざまな思惑が交錯します。その中で、自分の調子が良く前に出られても、強いとされている選手の調子が少し悪ければ、いき切れないこともあります。実力的にはA選手の方が高くても、B選手の調子が良く、いろいろな要素が重なってB選手が優勝することもあります。だからこそ、どれだけ自分のコンディションを良い状態に持っていけるかが重要になりますし、コンディションが良いと自然と気持ちも乗ってくるので、そこが勝敗に大きく影響するのではないかと思います。

中山:
自己理解や自己認識に加えて、競技そのものの理解や状況把握、さらに他者理解や他者認識も必要なのですね。相手の状態や特性を見極める力も含めて、総合的な思考力がかなり重要に思えるのですが、そうした力は競技の中で磨かれていくものなのでしょうか?それとも、何か分析の方法があるのでしょうか?
渡邊:
競技を続けていく中で、何年も同じ選手と戦うことになるので、その選手がどういうタイプかは自然と見えてきます。特に遠征では同部屋になることが多く、普段の様子から「こういうタイプの選手だな」と分かってきます。そうした経験の積み重ねで培われる部分も大きいと思いますし、もともとそういうことを考えるのが好きな選手は、若いうちからそうした力を伸ばしていく印象です。
中山:
思考力の高低はこの競技にどれくらい影響しますか?極端に言えば、それがないとトップにはなれないのでしょうか?
渡邊:
ポテンシャルは非常に高いのに、レース運びの面で負けてしまう選手はいます。
中山:
それはポジションやコース取り、駆け引きの部分でしょうか?
渡邊:
例えば、4周半のレースで、能力は高いのに序盤で力を使いすぎて最後にバテてしまったり、1000mでもまだ序盤なのに無理に力を使ってしまうといったケースがあります。おそらく緊張やプレッシャーから「いかなければ」という意識が強くなり、結果的に力を使いすぎてしまうのだと思います。本来であればコントロールすれば最後まで持つ選手なのに、という場面はあります。
中山:
F1のように、良いマシンでもドライバー次第で結果が変わるようなイメージでしょうか?
渡邊:
まさにそうだと思います。監督もよく、「どれだけ良い道具があっても、それを使うのはお前で、うまく使えなければ意味がない」というようなことを言っています。
中山:
レース中に得た気づきを、次のレースに活かしていくのでしょうか?
渡邊:
そうですね。「思ったよりこの感覚はいけるな」とか、「この状態ならこの周回から仕掛けられるな」「この選手は調子が良さそうだからここでブロックしておこう」といったことを、1日の中で整理しています。相手の状態を分析しつつ、自分の感覚も整えるというイメージです。
中山:
情報量はかなり多いと思うのですが、それは記録しているのでしょうか?それとも頭の中で整理しているのでしょうか?
渡邊:
基本的には頭の中で整理しています。特に国内では、同じ選手と繰り返し対戦することが多く、ある程度の情報はすでに入っています。その中で当日の調子を見て、「この選手は調子が良い」「この選手はそこまで警戒しなくていい」といった判断をしています。全員を同じように見るというよりは、優先順位をつけているイメージです。
中山:
相手を分かっているからこその難しさもありそうですね。
渡邊:
ただ、その中でも最終的には自分自身に集中して、「結果として1位だった」という形の方が、成果としては出ていると感じています。いろいろ考える部分はありますが、最終的には「自分に集中すること」が勝ちにつながると思うタイプかもしれないですね。
中山:
情報は多く相手のことも考えますが、相手との駆け引き以上に自分のレースを重視しているのですね。
渡邊:
そうですね。その方が結果が出ているなと感じています。
【Code.4 - VISION】自己完遂の挑戦──「やり残し」を一つずつ終わらせる
中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?
渡邊:
ショートトラックという競技が全国で活発に活動が起きていて、日本で世界選手権が開催され満席になっている景色が見たいです。また、個人としては家族との時間を大切にしながら、この競技を通して人間的に成長し、どんな形であれ業界に還元できる状態になりたいです。
中山:
日本で世界選手権が開催され、満席になる光景はどのような雰囲気なのでしょうか?
渡邊:
まず、世界選手権が盛り上がる国や地域があって、例えば韓国だと1万人規模で観客が入ったり、立ち見が出るくらいの盛り上がりになります。中国でもオリンピック会場で、世界選手権なのにほぼ満席になるような状況があります。そういった光景を見ている中で、日本でも、例えばこの前スケートリンクになった辰巳の会場が満席になって世界選手権が行われたら、かなり鳥肌が立つだろうなと思ったんです。
中山:
他の国で経験した盛り上がりを、日本でも実現したいということですね。
渡邊:
そうですね。スケート自体は全国でできる競技ではあるのに、まだ競技人口が少ないので、「スケートやってるんだ」と言った時に「何をやってるの?」と聞かれて、「スピードなの?フィギュアなの?ショートトラックなの?」といった会話が生まれるくらい、文化として浸透していくと嬉しいなと思います。
中山:
スケートが文化として根付いている状態になるために、ご自身はどんな役割を担いたいと考えていますか?
渡邊:
今はまだ競技者なので、まずは競技を通してショートトラックを盛り上げることが、自分にできる一番の役割だと思っています。その上で、引退後には普及活動にも関わっていきたいと考えています。ただ現状は市場が小さいので、人材や資金の課題もありますし、スケートリンクの確保も簡単ではありません。フィギュアやホッケーとの兼ね合いもあるので、そういった課題をどう打ち砕いていくかは考えているところです。
中山:
かなり大きな挑戦ですね。
渡邊:
「やってみたい」と思っても、「じゃあどこでやるの?」で終わってしまう現状があるので、まずはその場所をどうにかして提供できるようにしたいです。また、自分にも家族がいるので、活動を続けるためにはお金の問題もありますし、別の形で収入を得ながら取り組むことも考えています。
中山:
「競技を通して人間的に成長したい」という回答もありましたが、どのような人間になっていたら理想ですか?
渡邊:
ショートトラックは、やろうと思えば相手を潰すような動きもできてしまう競技です。自分が勝つためではなく、相手を邪魔することだけに力を使うこともできてしまう。でも、そういう動きは見ていれば分かるものです。それは勝つための行動ではないと思いますし、人間的にもあまり良くないと思っています。どんな状況でも、どんな相手でも、そういうことはせずに、自分が勝つために純粋に取り組むことが、人間力の成長につながるのではないかと思っています。どんなに嫌だと感じる相手がいても、「自分が勝つために何をするか」という思考に立つこと自体が、自分の中での成長だと感じています。
国内外のレースを見ていて、意地悪なことをする選手は、結局どこかでしっぺ返しを受けている印象がありますし、「その動きは、本当に勝つために必要だったのか」と思う場面もあります。だからこそ、自分は純粋に勝つための積み重ねに集中したいですし、その姿勢が自分を成長させると感じています。ショートトラックはそういう側面があるからこそ誤解されることもありますが、「本質はそこではない」ということを、自分自身の在り方を通して業界に還元できたらと思っています。
中山:
競技の外からは見えにくい課題ですね。
渡邊:
中には、「本当にオリンピック競技なのか」といった声を目にすることもあります。スピードスケートのように一人でタイムを競う競技は分かりやすいですし、相手にも邪魔されませんが、ショートトラックは接触や駆け引きがある分、誤解されやすい部分もあります。ただ、実際にはしっかりとスポーツマンシップもありますし、勝つ選手ほど人間性も高いと感じます。そういった部分も含めて、自分自身の成長として受け止めていますし、それを発信していけたらと思っています。
中山:
家族との時間も大切にされている印象がありますが、それは競技にどのような影響がありますか?
渡邊:
コロナ前は世界選手権で種目4位、総合5位までいけていたのですが、北京に向けてさらに成長しようと無茶苦茶な挑戦をして、一気に調子を崩してしまいました。「あの時に変な挑戦をしていなかったら、今頃どうなっていたのだろう」と思うくらい崩れてしまったのですが、どう戻せばいいか分からない状態の時に、今の奥さんと出会いました。「過去にとらわれず、起きていない未来に不安を持たなくていい」という言葉に救われたんです。だからこそ、スケートを続けながらも彼女や息子との時間を大切にしたいなと思うようになりました。
中山:
奥様が、自分を前に進めてくれた大きな支えだったのですね。
渡邊:
そうですね。僕は選択肢を増やしてしまうタイプなのですが、彼女は逆に選択肢を絞ってくれるタイプだったので、それが僕にとってはすごく良かったなと思いますね。それに、これだけ時間を犠牲にして競技をやっているので、「勝たなければいけない」という意識も強くなりました。

中山:
最後に、将来を振り返ったときに「やり切った」と思える状態はどのような状態でしょうか?
渡邊:
まさしく今のカナダ挑戦ともリンクするのですが、自分の中での心残りは大きく二つあります。一つはオリンピックのメダル、もう一つは海外でスケートをやることです。その「やりたいこと」をすべてやり切れたと感じられたら、この競技人生をやり切ったと思えるのではないかと思います。「あのときこうしておけばよかった」という後悔を一つずつ解消していき、そのための環境も自分で選び取っていく。それをすべてやり終えたときに、やり切ったと言えるのかなと思います。
中山:
目標はありつつも、自分のやりたいことをやり切ることが軸なんですね。
渡邊:
僕は今年で競技を終えようと思っているので、次のオリンピックは見ていません。本当はオリンピックで引退しようと考えていたのですが、海外挑戦をしないと一生後悔すると思ったんです。海外挑戦に対する資金集めが必要だったので、まずはやってみる、それでダメなら納得して終われると思って動きました。今は最低限挑戦できるだけの準備は整ってきたので、この挑戦をやり切ってその上で全日本で勝てたら、本当にやり切ったと思えるのではないかと思っています。
中山:
面白いですね。今日のお話を伺って、ぜひ実際に試合を見に行きたいと思いました。
渡邊:
ぜひ見に来てください。
中山:
競技でのご活躍はもちろん、その先にある挑戦や発信も含めて、これからを心から応援しています。今日は貴重なお話をありがとうございました!
渡邊:
ありがとうございました!
【After Dialog】
「何を考えているか分からない選手が、一番怖い」。そう語る渡邊啓太本人が、実は最も底の知れない、静かな知略を湛えた表現者に見えた。相手を潰すための戦術を「人間として良くない」と切り捨て、あくまで自らのレースプランを完遂することに心血を注ぐ彼の生き様は一見、勝負師としてはお人好しに映るかもしれない。しかし、読み合いの果てに私欲や迷いを削ぎ落とし、「無」の状態へと自分を追い込んでいくプロセスこそが、彼にとっての真の知略であり、最大の武器となっていた。戦略という名の知恵を、単なる「技術」ではなく「人格」へと昇華させること。 彼が目指す「無駄が枯れた状態」とは、氷の上で計算を超えた野生と理性が高い次元で融合し、ただ純粋な「一人の表現者」として結実する瞬間なのだろう。不確かな氷の状態を、緻密な心づもりで「想定内」に変え、最後はがむしゃらに運命を引き寄せる。その潔い生き様は、ショートトラックという競技が持つ「知略」のイメージを、より高潔で、人間味あふれるものへと塗り替えてくれた。後悔を一つずつ消し去るために選んだ、カナダへの道。 その先に待つ景色が、満席の観客席であれ、孤独な氷の上であれ、彼ならきっと「やり切った」と笑って完遂できるに違いない。『Dialog Code』
答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
渡邊 啓太(わたなべ・けいた)
1992年3月25日生まれ、埼玉県出身。
ショートトラック / スピードスケート選手。学校法人阪南大学所属。
7歳でショートトラックを始め、中学3年時から全日本ジュニア強化選手として頭角を現す。高校時代には世界ジュニア選手権出場、国民体育大会少年の部1000mで3連覇を達成するなど、ジュニア世代のトップクラスとして活躍。阪南大学進学後は1年目からワールドカップに出場し、世界を舞台に経験を積む。2014年ソチオリンピック落選という挫折を経験するも、同大学職員として競技を継続。2017年に全日本選手権初優勝を飾ると、翌年には平昌オリンピックに出場。日本人最多となる4種目への出場を果たし、日本代表の主力としての地位を確立した。2019年、2020年には全日本選手権2連覇を達成。2022年北京オリンピック出場は逃したものの、自らの限界を決めない不屈の精神で現役続行を決意した。自ら先頭に立ってレースを支配する攻撃的なスタイルを武器に、今年のミラノ・コルティナダンペッツォオリンピックでの悲願のメダルと競技の普及に向けて挑戦を続けている。【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。






