Dialog Code
『火事場の馬鹿力を「再現」するリハーサル──世界を押し上げるベンチプレッサーの生活習慣論』 #和泉健介 Dialog Code
2026/05/20

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」
『Dialog Code』
強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。
今回登場するのは、
和泉健介(ベンチプレス選手・株式会社G.Oホールディングス所属)
【Before Dialog】
ベンチプレスという競技を、ただ「重いものを持ち挙げる力比べ」と捉えるなら、その本質には辿り着けないかもしれない。わずか3回の試技にすべてを懸け、心理と身体を整え続けるこの競技は、極限状態における「自己制御」と「意思決定」の連続である。バーの重さは一定でも、それを受け止める側の状態は常に変化する。緊張、不安、期待、焦り。そうした見えない要素が複雑に絡み合う中で、選手はただ一つの最適解を選び取らなければならない。和泉健介にとって、その局面は「土俵際の緊張感」として立ち現れる。追い込まれた状況の中でこそ最大の力を引き出す感覚、いわば火事場の馬鹿力にも似た集中状態。その裏側には、徹底したリハーサルと、最悪を想定し尽くす思考の積み重ねがある。だが彼が向き合っているのは、単なる重量や記録だけではない。「壁」として現れる緊張や不安を一つひとつ乗り越え、その過程で自らを更新し続けること。その営み自体が、彼にとっての競技の本質なのだろう。ではなぜ彼は、あえてその「壁」を求め続けるのか。そして、日常と競技が溶け合うその先に、どのような景色を見据えているのか。さあ、彼の思考を紐解いていこう。
【Code.1 - STATE】想定内のリアリティ──「最悪」を脳内で完結させ、パニックを未然に防ぐ準備
中山:
大会中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?
和泉:
「土俵際の緊張感」です。
中山:
ベンチプレスという競技においては、「判断する」という場面はイメージしづらい部分があるのですが、どのような意図での言葉なのでしょうか?
和泉:
ベンチプレスは大会で3回挙上するのですが、その中でも駆け引きがあります。重量を競う競技なので、負けている時もあれば、逆転しないといけない時や、順位をキープしないといけない時もあります。
特に3回目は自己ベストに近い重量に挑戦する選手が多いのですが、僕の場合、去年の大阪記録や世界大会の切符を取った時は、順位が低い状態から逆転して最後に挙げることができました。そういう経験から、緊張感がある場面の方がベストの記録が出ている確率が高いと感じていて、この言葉を選びました。
中山:
追い込まれた状況の中で生まれる緊張感が、結果的にパフォーマンスを高めているケースが多いのですね。
和泉:
そうですね。ギリギリの状況の方が、パフォーマンスが高いと感じています。

中山:
先ほど「駆け引き」という言葉がありましたが、例えば1回目や2回目であえて力を抑えるという戦略はあるのでしょうか?それとも、その時点でのベストを常に出しにいく形でしょうか。
和泉:
例えば2回目で失敗した場合、このままだと負けるという状況になります。試技は3回しかないので、あえて力を抑えるようなことはなくすべて全力で挑んでいます。
中山:
追い込まれた状況になった時は、身体感覚としてどのような変化がありますか?
和泉:
やっぱり緊張はしていますね。ただ、成功した時のイメージと失敗した時のイメージを直前までずっと考えていて、その中で良いイメージを優位にしようとします。実際に挙げる瞬間は、ほとんど覚えていないくらい必死で、ある意味ゾーンに近い状態なのかなと思います。集中力がかなり高まっていますね。
中山:
成功するイメージと失敗するイメージは、それぞれどのタイミングで強く出てくるのでしょうか?
和泉:
準備している時ですね。試技の間は20分くらい空くので、その間にいろいろ考えます。誰が応援に来てくれているかとか、ここで上げられなかったらどうしようとか。
去年、茨城県で行われた全国大会では、上司が8時間運転して連れてきてくれて、彼女も来ていて、会社の密着取材も入っていました。その時は、「ここで失敗したら帰りの車内の空気が気まずいな」とか、いろんなことを考えていました。
中山:
その「土俵際の緊張感」でゾーンに入る感覚は、「追い込まれている」という認識なのでしょうか?
和泉:
はい。かなり追い込まれていますね。
中山:
その「追い込まれている」状態が、なぜパワーの発揮につながると思いますか?
和泉:
必死だからだと思います。火事場の馬鹿力じゃないですけど、その方が力が出る感覚があります。パワーがみなぎる感じですね。
中山:
その必死さは、何から湧いてくるのでしょうか?
和泉:
勝ちたいという思いは前提にありますが、パフォーマンスに一番影響しているのは、周りの人の応援ですね。そこが大きな力になっています。
中山:
見に来てくれている人を喜ばせたいという気持ちでしょうか?
和泉:
そうですね。応援してくださっている方の存在が大きいです。
中山:
ドラゴンボールでいう「元気玉」のように、周囲の人たちの力が乗ってパフォーマンスが引き出されるという感覚に近いのでしょうか?
和泉:
まさにそれに近いかもしれないです。僕はアニメが好きなので(笑)。
中山:
「必死さ」や「追い込まれた状態」を意図的に作るために、普段から意識していることはありますか?
和泉:
大会の1ヶ月前くらいからは、競技の時間帯に合わせた練習を行っています。例えば20分休憩を取って1本挙げる、というように本番を再現します。その中で、常に最悪の状況を想像しています。大会中だけでなく、電車に乗っている時などでも、「世界大会でこの状況で3本目を上げないと順位がつかない」といった場面を、頭をフル回転させて想像します。誰が応援してくれているか、どんなプレッシャーがあるかまで含めて、これまで何度も繰り返してきました。想像するだけで、汗をかくくらいです。
中山:
いわゆるリハーサルだと思いますが、始めたきっかけは何だったのでしょうか?
和泉:
一度、緊張で負けた経験があって、「まずは緊張に慣れないといけない」と思ったのがきっかけです。事前に想像しておけば、本番で起きることが想定内になるので、対応できるのではないかと考え始めました。
中山:
そのリハーサルを続けていて、どのような変化を感じていますか?
和泉:
無意識的に対応できるようになりました。緊張していても、「これは想定していた状態だ」と認識できるので、本番でも落ち着くことができます。
中山:
本来ならパニックになりそうな状況でも、すでに一度経験しているような感覚になるのですね。
和泉:
そうですね。「これ、前にイメージしていたな」と思えるので、実際の状況の方がまだマシだと感じることができます。
【Code.2 - EMOTION】不安の構造改革───失敗の問いかけを「次の壁」への足がかりに変える
中山:
大会前や大会中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、和泉さんにとってどのような存在ですか?
和泉:
「壁」です。
中山:
その「壁」という表現には、どのような意味が込められているのでしょうか?
和泉:
段階的に乗り越えていくものですね。一つ乗り越えたと思ったら、さらに強い緊張や不安が出てくる。それをまた乗り越えると、気づかないうちに自分の競技レベルも上がっている。壁をよじ登って、前を見たらまた次の大きな壁があるという感覚です。
中山:
乗り越えていくために必要な存在だと捉えているということですね。
和泉:
そうですね。必要なものだと思っています。
中山:
その壁は、自分の内側から生まれるものなのか、それとも外的な要因によるものなのか、どのように感じていますか?
和泉:
パターンとしてはどちらもあります。心身的な部分の壁もあれば、記録という目標の壁もあります。「この重量に対して緊張している」というのは自分の内面の問題で、数字としての記録は外的であり、物理的な目標ですね。
中山:
先ほど「緊張でうまくいかなかった経験がある」とおっしゃっていましたが、その時は具体的に何に対する緊張だったのでしょうか?
和泉:
競技を始めて2年目の時に、自己ベストは更新できるだろうと思って臨んだ大会で、3回とも失敗して記録なしだったことがありました。その時はかなり緊張していました。1回目に失敗した時点で、不安が一気に大きくなり、それに呑まれたような緊張でした。
中山:
1回目に失敗した後、どのような思考が生まれていたのでしょうか?
和泉:
「やばい、めっちゃ重かったな」「これ上がるんかな」「2回目いけるか?」といった感じで、自分の中で問いかけが続いていました。
中山:
重量に対する身体的な感覚と、「できるのか」という心理的な問いが同時に生じていたのですね。
和泉:
そうですね。
中山:
「いける」と思えている時と、「厳しいかもしれない」と感じている時とでは、実際に挙上できる重量に差が出る感覚はありますか?
和泉:
変わると思います。感覚的な部分なので言葉にするのは難しいですが、練習では挙がらなかった重量が、本番では挙がったこともあります。
中山:
直近で行われた大会でも、緊張や不安はありましたか?
和泉:
しばらく自己ベストが出ていないので、早く更新しないといけないという焦りがあります。次の目標が160キロなのですが、日本人でもここ10年ほど少数の方しか上げていない重量で、そこに到達しないとトップと戦えない。そのステージに早く行かないといけないという緊張感というか、目標がありますね。
中山:
目標に対するプレッシャーや、時間的な制約のような感覚も含まれていそうですね。
和泉:
そうですね。プレッシャーは自分で作っているものでもあります。
中山:
外から与えられているというより、ご自身で設定している側面が大きいということですね。
和泉:
そうですね。

中山:
先ほどのお話では、壁を乗り越えるたびに新たな壁が現れ、結果的にレベルが上がっていくという構造がありましたが、その壁自体を持たない、あるいは避けるという考えについてはどう思われますか?
和泉:
壁は段階的なものだと思っています。最終的には世界記録という目標があって、そこに至るまでのステップとして今の壁を自分で作っています。今でいうと160キロがそのラインです。大阪のレベルも上げたいですし、自分の記録を後世に抜かれないものにしたいという思いもあります。なので、壁は「なくてもいいもの」ではなく、「あった方がいいもの」だと思っています。
中山:
最終的に目指す大きな目標があり、その途中にある壁を一つずつ乗り越えていくプロセスということですね。
和泉:
ラスボスがいて、そこに向かって一つずつジムを巡っていくような感じです。
中山:
目標設定や壁の捉え方については、ご自身で学ばれてきたものなのでしょうか?
和泉:
オリンピック選手の考え方はとても好きです。例えば室伏広治さんの考え方だったり、イチローさんのルーティンなどですね。そういったトップ選手の話や、アニメなどからもヒントを得ていて、これまで自分が感じてきた感覚の集合体が今につながっていると思います。
中山:
幅広くアンテナを張って、自分に合うものを取り入れているのですね。
和泉:
そうですね。興味のあることは積極的に見たり聞いたりしています。皆さんの考え方が今の僕を形作っていると思います。
中山:
少し視点を変えてお伺いしたいのですが、会社員としての仕事と、ベンチプレスで結果を出すという競技、この二つを両立する中で、それぞれに異なる「壁」はありますか?
和泉:
第一に、仕事は大きな壁です。社会人として生活していく以上、仕事ができてこそ競技の充実につながると思っています。逆に言えば、競技でできていることは、仕事でも活かせるような相関関係です。
中山:
仕事と競技は別のものというより、相互に影響し合っている関係なのですね。
和泉:
そうですね。サポートしてくださる環境も含めて、つながっていると思います。
中山:
和泉さんの現在の働き方や環境は、競技とのバランスが非常に取れているようにも感じますが、その点はいかがですか?
和泉:
バランスは取れていると思いますね。仕事をしている時に、これだけ肉体的にきついことをやっているので、「これに比べたら耐えられる」と思える部分はあります。「今のこのしんどさは、競技の時の緊張感に比べたらまだマシ」だと思えるので、ものすごくポジティブに取り組めています。
中山:
競技の負荷を基準にすることで、仕事の大変さを相対的に捉えられているのですね。
和泉:
ネガティブな時間を長く持つのは無駄だと思っているので、できるだけポジティブに変換するようにしています。
【Code.3 - COGNITION】生活の調律軸───「肉体的ミッション」を介して、散漫な日常を整え直す技術
中山:
和泉さんにとって、ベンチプレスという競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?
和泉:
精神・身体を整えた状態を保つ「生活習慣」です。
中山:
「生活習慣」だと感じるのは、なぜでしょうか?
和泉:
ベンチプレスそのものを意識して生活しているというよりも、この競技を通して集中力を鍛えられている感覚があります。大会中はかなり集中するので、その瞬間は精神的にもまっすぐになって、心が整うんですよね。もしこの競技がなかったら、集中力は身についていなかったと思いますし、そういう状態に持っていく手段も得られなかったと思います。その意味で、競技という一本の軸があることで、生活の充実度はかなり上がっていると感じています。
中山:
「生活を整える」というのが大きなキーワードになっているのですね。
和泉:
特に大会前は緊張感もあって張り詰めるので、生活が乱れると集中できなくなりますし、パフォーマンスも落ちてしまいます。その期間は仕事もうまくいかないことが多いです。例えば、4ヶ月など長いオフ期間がある時は気が緩んでしまって、飲みに行ったり、生活が乱れている状態が全面に出てしまうんです。そういう時は、あえて別のプレッシャーや身体的な負荷を自分にかけて、生活を整え直すようにしています。なので、この競技というより、「肉体的なミッション」が僕の中では必要な生活習慣だと思います。
中山:
身体や気持ちの整え方など、生活全体のバランスの中でどの要素が一番重要だと思いますか?
和泉:
「心・技・体」という言葉がありますが、どれか一つに偏るのではなく、全体が均一に整っている状態が理想ですね。身体だけに偏ると時間も奪われますし、感情を整えるだけでもうまくいかない。すべてをバランスよく整えるために生活習慣があると思っています。どこかの要素を限定的に伸ばしたいというわけではなく、その丸を全部整えるために競技は必要です。
中山:
仕事と競技を両立すると時間は限られると思いますが、優先順位はあるのでしょうか?
和泉:
第一に仕事。睡眠も8時間だと考えると、自由に使える時間は3〜4時間くらいになります。その間は自分の時間になるので、いかに無駄にしないかを意識して、トレーニングに取り組んでいます。
中山:
習慣化が求められる競技だと思いますが、「今日はジムに行きたくない」と感じることはありますか?
和泉:
ありますね。なので、土日はあえてジムに行かないことが多いです。僕はいろいろなことに興味があって、カメラや服、美術館に行くことが好きです。やっぱり一つのことだけに集中してしまうと、そこだけにしか知識も得られないですし感性も磨けないので、土日はオフにすることが多いですね。ジムに行く時は、基本的に僕は早く帰りたいので、1時間で終わらせるようにしてます。試合前の練習は長く時間をとっていますが、普段のトレーニングは1時間で一気に追い込むので、集中力を高く保っています。だらだらと練習することが、一番無駄な時間だと思います。
中山:
今のお話は、生活習慣のバランスともつながっていますね。
和泉:
そうですね。競技と同じくらい、カメラも服も好きです。

中山:
日本的な価値観の中には「一つに集中すべき」という考えもありますが、複数のことに取り組むことの価値はどこにあると思いますか?
和泉:
いろんな感覚を吸収できることですね。例えばカメラで写真を撮っている1時間は、完全にカメラだけに集中しています。余計なことは考えていないですし、トレーニングの時間でも同じです。ただ、いろいろなことを10年以上続けているので、やっぱり「濃度」は大事だと思います。どれも手放しにやるのではなく、一つひとつに集中するからこそ、いいものを得られるというか。トレーニングでの集中力を持っているからこそ、仕事でも集中できる。そういった結びつきはあると思います。
中山:
現代はSNSが発達し、集中が途切れやすい環境でもありますが、集中力を高めるために大切なことは何だと思いますか?
和泉:
無理矢理やるからこそ、集中が続かないものだと思います。トレーニングも「やらないといけない」と思ってしまうと、あまり良い効果は生まれません。「やりたいからやる」という状態が大事ですね。あとは、リラックスする時間も必要です。ずっと集中し続けるのではなく、時間の配分をコントロールすることはすごく大事だと思います。
中山:
うまくいかない時は、どのように向き合っていますか?
和泉:
「今日はそういう日か」と受け入れるようにしています。無理に感情をコントロールしようとしないですね。アイデアも、考え込みすぎている時よりも、散歩中や入浴中などリラックスしている時にふと浮かぶことが多いので、考え込みしすぎないことも大事だと思っています。無になった時にこそ思い浮かぶ時があります。なので、その事柄に固執しすぎると、アイデアが逆に出てこないんです。違うことに目を向けたり、脳が空っぽな状態の方が思いつくので、集中しすぎない時間を作ることが大事だと思います。
中山:
ベンチプレスは何事もストイックにやらなければいけない印象がありましたが、いかに柔軟な捉え方をするのかが大事なのですね。
和泉:
大会で負けて悔しい時もありますが、「悔しいけど、今はそういう時か。また来年か」といったように、切り替えはすごく早いです(笑)。現状は変わらないので、次をどうするかと考えるようにしています。
中山:
現状を過剰に否定することもなく、肯定することもなく、起きたことをそのまま受け入れる力があるのですね。
和泉:
「今は違うか。次はいいことが回ってくるか」と思っています。
中山:
結果が出なかった時に自己否定に向かう人もいる中で、「今はそのタイミングじゃない」と捉えるのは、どうしてでしょうか?
和泉:
競技に限らず、良いことがあれば悪いことも起きるものだと思っています。「人間万事塞翁が馬」という好きな言葉があって、まさにそれだなと。良い時こそ浮き足立たず、地に足をつけて、やるべきことをやることが大事だと思っています。
中山:
出来事そのものではなく、その先にどうつながるかという視点ですね。過去に、そうなった実感はありますか?
和泉:
ありますね。無理やり当てはめることもありますけど(笑)。例えば最近、親知らずを抜いた時に2〜3%くらいの人しかならない症状であるドライソケットになってしまったのですが、「これだけレアなことを引いたなら、次はいいことがあるかも」と考えたりしています。
中山:
その発想はすごいですね(笑)。リフレーミング力が高いと感じます。
和泉:
そうですね。
中山:
ベンチプレスで結果を出す人と出せない人の違いは、トレーニング以外の部分で何があると思いますか?
和泉:
まず大前提として、怪我をしないことですね。怪我をせずに競技をやり続けられるかが一番大きいです。あとは、競技に対する思いの強さです。世界的に活躍されているトップ選手は信念が違います。競技に対する好き嫌いではなく、思いが強ければ強いほど結果が出ると思います。
中山:
離脱している期間や時間があると、競技的にもネガティブに働きそうですね。
和泉:
怪我をしている方は、焦ってしまう方が多い印象です。早く治そうとして無理をすると、逆に集中力が削がれてしまい、さらに怪我につながることもあります。コンタクトスポーツはまた少し事情が違う部分もあると思いますが、ベンチプレスにおいては、「怪我をしないこと」は重要だと思います。
【Code.4 - VISION】怪我をせずに続けること───世界一への唯一の近道
中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?
和泉:
生涯的にスポーツ・運動を続けている状態です。
中山:
具体的には、どのような日常をイメージされていますか?
和泉:
死ぬまで運動は続けていたいですね。ベンチプレスという競技が今後どうなるかは分からないですが、もし続けられなくなったとしても、別のスポーツに取り組みたいと思っています。集中して取り組むスポーツの魅力を知っているので、例えばゴルフでもいいですし、形を変えてでも続けていきたいです。
中山:
その「生涯スポーツ」という考え方は、かなり根底にあるものなのですね。
和泉:
そうですね。もう生活の一部になっています。
中山:
ベンチプレスという競技を通して、「こんな人間でありたい」といった理想像は何ですか?
和泉:
「諦めない人間」でありたいですね。負けた時も「じゃあ次やな」と切り替えられるような。諦めてしまったら終わりだと思うので、その気持ちだけはずっと持ち続けたいです。もともと負けず嫌いな性格でもありますし。「生涯スポーツ」でいうと、生活習慣にも関わってくるので、競技は生活の一部だと思っています。
中山:
最終的な到達点として「世界記録」があると思いますが、そこに辿り着くために今の自分に最も必要だと感じていることは何でしょうか?
和泉:
怪我をせずに続けることです。実際に、40代後半や50歳近くでも世界記録を出し続けている選手もいますし、自分と同じ階級で自分より重い重量を上げている人もいます。その事実を見ると、「自分にできない理由はない」と思えるんです。だからこそ、怪我をせず、言い訳をせずに続けることが大事だと思っています。
中山:
「他の人ができているなら、自分にもできるはずだ」という言葉に、強い確信を感じます。
和泉:
同じ人間ですからね。怪物と戦っているわけではないので。
中山:
怪我をせずに積み重ねていけば、その先に自然と世界記録が見えてくるという感覚なのですね。
和泉:
そうですね。それに、会社からのサポートもあって、世界大会の遠征費を出していただいたりもしているので、その期待にも応えたいという気持ちがあります。競技としても、仕事としても、しっかり結果を出したいです。
中山:
お話の中でも大会前にかなりリアルなシミュレーションをされているというお話がありましたが、「世界記録を出している自分」をイメージすることもあるのでしょうか?
和泉:
実際に結果を出している人の映像を見ています。陸上や柔道、卓球などでの世界記録や、圧倒的な勝ち方をした大会、WBCのような大舞台のシーンもよく見ます。あとは、朝のルーティンとして、モチベーションが上がる動画や音楽をまとめたフォルダを作っていて、競技前には必ずそれを見るようにしています。自分の状態をそこに持っていくためのルーティンですね。内容も随時アップデートしながら、その時一番気持ちが上がるものを選んでいます。
中山:
その積み重ねによって、「世界一になる」「世界記録を更新する」といった状態を、日常的に自分の中でリハーサルしている感覚なのですね。
和泉:
そうですね。
中山:
実際に世界記録を出した時、「やっぱりな」「予想通りだな」と思えるような表情をしていそうですね(笑)。
和泉:
たぶんヘラヘラしていると思います(笑)。
中山:
競技を楽しみながら、生活やバランスも大切にして、その延長線上に結果として世界記録があるという感覚がすごく伝わってきます。将来的に「生涯スポーツ」として競技を続けながら、その先に和泉さんの名前が世界記録として残る瞬間が来たら、多くの人にとっても特別な出来事になると思います。今日は貴重なお話をありがとうございました!
和泉:
ありがとうございました!

【After Dialog】
結果に一喜一憂するのではなく、起きたことをそのまま受け入れ、次に進む。その背景にあるのは、緊張や不安を「壁」として捉え、それを乗り越えることで自分のレベルが上がっていくという実感だ。大会で発揮される強さも、偶然ではない。最悪の状況を何度もシミュレーションし、本番を「想定内」に変えていく。だからこそ、和泉健介は追い込まれた場面でも力を発揮できるのだ。そしてその土台には、競技だけに偏らず、生活全体を整えるという考え方がある。集中すべきときは短く深く、離れるときはしっかり離れる。その「整える」という生活習慣こそが、競技・仕事・私生活のすべてに共通し、相関関係を生み出している。最終的な目標として掲げる「世界記録」。その到達方法は実にシンプルだ。怪我をせずに続けること、そして同じ人間が達成している以上、自分にもできるという前提に立ち、特別な近道ではなく継続を選ぶこと。結果をコントロールすることはできないが、向き合い方はコントロールできる。この徹底した現実認識と楽観のバランスこそが、彼の強さの本質なのかもしれない。『Dialog Code』
答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
和泉 健介(いずみ・けんすけ)
1996年6月11日生まれ、大阪府出身。
ベンチプレス選手。株式会社G.Oホールディングス所属。
株式会社G.Oホールディングスフィットネス事業部に所属し、仕事と競技を両立しながら、男子59kg級を主戦場に国内外で実績を重ねている。2024年には大阪府、近畿、日本グランプリの各大会で優勝し、一気に存在感を高めたシーズンとなった。同年5月には、第32回大阪府クラシックベンチプレス選手権大会で155kgで優勝し、大阪レコードを更新した。さらに同月には、ノルウェーで開催された世界クラシック&エクイップベンチプレス選手権大会で一般男子59kg級で3位に入り、人生初の世界大会で銅メダルを獲得した。国内記録の更新にとどまらず、世界一、そして世界記録を見据えて挑戦を続けている。【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。






