Dialog Code
『輪を整え、予兆を掴む──俯瞰し、感情の重心を操る思考スキル』 井上 ねね # Dialog Code
2025/07/30

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。自分自身と向き合い、考え、気づくこと——それが次のステージへ進む鍵になる。『Dialog Code』—— アスリートたちの言葉から、その可能性を探るシリーズ。
今回登場するのは、井上 ねね(フットサル選手・立川アスレティックFC所属)。
さあ、彼女の思考を紐解いていこう。
1. 攻撃を止める。その快感が、すべての始まりだった
中山(Dialog Partner):
まずは、サッカーを始めたきっかけについて教えてください。サッカーとの出会いで幼い頃の記憶は、どんな景色として残っていますか?
井上:
始めたのは小1か小2の頃だったと思います。もともと兄が2人いて、2人ともサッカーをやっていたので、自然とついていくようになって。そこでサッカーに出会いました。ただ、兄たちが入っていた少年団は小3か小4からしか入れなかったので、最初は田舎の方にある女子選手を集めたチームでただボールを蹴ってるだけという感じでした。
中山:
その時はどんな場所でボールを蹴っていましたか?
井上:
家の近くにある芝生のスペースですね。大きなゴールはありましたが、サッカー場というより広場みたいな感じの場所でボールを蹴ってました。
中山:
お兄さんについて行く中で、自然とサッカーに触れるようになったんですね。当時、サッカーに対して感情として残っているものは何ですか?
井上:
小1・小2の頃は、とにかく暑いのが嫌で(笑)よく日陰で休んでましたね。でも、はっきりとサッカーが面白いと感じるようになったのは、小4のときです。その頃にキッズリーグみたいなカップ戦があって、練習試合形式の大会があったんです。その時、キーパーを誰もやりたがらないので交代で回すんですけど、私はドッジボールが好きだったのでボールをキャッチするのが楽しくて。当時、試合に出られるポジションはキーパーくらいしかなかったのもあり、唯一活躍できる場所でもあったんです。

中山:
ドッジボールが好きで、試合に出られて活躍できるという理由でキーパーに惹かれたんですね。
井上:
そうですね。それに加えて、ちょうどそのとき島根大学から指導に来てくれていたコーチがいて。その方からキーパーの専門的な技術を教えてもらったのも大きかったです。この2つのきっかけが重なって、キーパーにどっぷりハマりました。サッカーが好きになったのもその頃からです。
中山:
最初は「試合に出られる」「活躍できる」という気持ちがきっかけだったとのことですが、実際にキーパーをやってみて、どんなところに楽しさを感じましたか?
井上:
点を取るより、点を取りにくる相手のシュートを止めることに楽しさを感じていたんです。逆の思考なんですけど、誰かの攻撃を止めることに面白さがありました。「サッカーが好き」というよりは、「シュートを止められる」「自分が活躍できる」という実感が好きでした。
中山:
シュートを止めるとき、どんな気持ちになるんですか?
井上:
これはもう、キーパーにしかわからないと思いますけど……快感ですね(笑)。
中山:
純粋な快感なんですね(笑)
井上:
そうですね。ストライカーとは真逆の感覚だと思います。相手が悔しがっているのを見るのが好き、というわけではなく、自分がシュートを止めているという事実に対しての快感があるんです。
中山:
面白いですね。では、小4でキーパーを始めてから、特に記憶に残っている一番嬉しかった出来事は何ですか?
井上:
小5のときに、6年生と一緒に試合に出られるようになったんですが、それがすごく嬉しかった記憶ですね。当時、小6にもキーパーはいたんですけど、レベル的にはそれほど差がなくて。その中でも自分が試合に出られたときは、本当に嬉しかったです。
中山:
その記憶が強く残っているのは、なぜだと思いますか?
井上:
正直、小さい頃の記憶ってそんなに残ってないんですけど、「水色のユニフォームを着て、試合に出た」っていう景色は、すごく鮮明に覚えてるんです。
中山:
ではあえて「これがめちゃくちゃ嬉しかった!」みたいな具体的な記憶はあまりない感じですか?
井上:
そういう記憶はあんまりないですね。
2. 誰のまねでもなく、“自分のやりたい”を探していた

中山:
一方で、一番悔しかった記憶は何でしょうか?
井上:
うーん、大きな悔しさってあまり覚えてないんですけど。やっぱり市トレセンに入れなかったことですかね。結局、一度も入れなくて。当時それはすごく悔しかったです。
中山:
一度もなかったんですね。それは意外でした。
井上:
はい。女子の県トレ自体がなかったので、男子と一緒に選考される仕組みだったんです。田舎だったからか男女の区別もなくて。その中で男子に混ざって挑戦しても、やっぱり一度も選ばれなかった。それがすごく悔しかったです。
中山:
その悔しさは、性別とか関係なくということですか?
井上:
そうですね。単純に悔しかったです。
中山:
そのとき、具体的には何が悔しかったんでしょうか?
井上:
自分のレベルが足りなかったのもありますし、目標にしてたのに届かなかったこと。それに、他に選ばれていた人との差を埋められなかったこと。それがずっと悔しさとして残っています。
中山:
いつ頃からプロになりたい、もっと上手くなりたいと思うようになったのですか?
井上:
プロになりたいという強い気持ちはあまりなかったですね。どちらかと言えば「キーパーとしてこういうプレーができるようになりたい」という思いの方がずっと強かったです。
中山:
プロへの意識より、キーパーとして成長したいという欲求だったわけですね。
井上:
そうですね。
中山:
その頃、憧れていた選手や、理想とするキーパーはいましたか?
井上:
よく「好きな選手は誰?」って聞かれるんですけど、本当に全然思い浮かばないんです。今でもそうで、どちらかというと「このプレーはいいな」とか「このスキルは真似したいな」とか。人じゃなくて、プレー単位で見ている感じですね。
中山:
なるほど。このアーティストが好きというより、「この曲のこのフレーズが好き」みたいな感覚ですか?
井上:
まさにそうですね、このリズムが好きみたいな。
中山:
つまり、ねねさんは「こういうプレーができたらいいな」という思いがあったときに、純粋にやってみたい、練習してみたいという気持ちが湧いてそれに取り組んできたんですね。
井上:
そうです。ほんと、まさにそんな感じです。

中山:
小・中・高、そして大学と進まれてきた中で、指導者や大人の言葉で印象に残っているものはありますか?
井上:
ないんですよね。
中山:
そうなんですね。それもまた興味深いです。
井上:
学生時代の記憶自体があまりなくて。でも「あれはよかったな」とか、「あのときは本当にしんどかったな」とか、そういう“感情”は残ってるんです。
中山:
言葉よりも感情の方が、記憶として強く残っているんですね。
井上:
そうなんです。
中山:
では、先生やご両親など、大人から言われた言葉で印象に残っているものはありますか?
井上:
うーん、やっぱり言葉は全然覚えてなくて。でも感情は残ってる。たとえば、高校2年生のときに「初めてサッカーを理解した」っていう感覚があるんですけど、それは今でもすごく覚えてます。
中山:
それはどういうことですか?
井上:
当時、群さん(=樋渡 群)が監督だったんですけど、それまでチームのミーティングでみんなが話してる内容って正直よくわかってなかったんですよ。でも群さんが、「こう守れば、ここではめられるよね」とか、「こう守備をすれば、ここでボール取れるよね」って説明してくれたときに、自分の頭の中でピースがパチッとはまった感覚があって。そこからやっと、サッカーってこういうものなんだと理解しはじめました。
中山:
逆に聞いてみたいのですが、僕は人の言葉をよく覚えていて、今でも支えになっていたりするんです。でもねねさんの場合、いい意味であまり言葉を聞いていないみたいな感覚はあったりしますか?
井上:
話は聞いてるんですけど、言葉よりも“状況”を見てることの方が多いかもしれないです。ポジション的なこともあると思うんですけど、輪の中にいながらも、一歩引いたところからみんなを見ている、みたいな感覚があって。実際にその中にいるんですけど、外から見ている自分もいる、みたいな。
中山:
なるほど。ちょっと引いて見ているんですね。
井上:
変わってますよね(笑)
中山:
面白いです。僕も引いて見るタイプではあるんですけど、それでも言葉が記憶に残ってるんですよね。何が違うんだろうと、今自分に問いが立ちました。
3. 感情の重心を動かす。自分のバロメーターを操るスキル
中山:
ねねさんは、大学卒業後にフットサルに転向しましたよね。
井上:
はい。卒業してから一度、日体大の社会人チームに入ったんですけど、前期リーグが終わったタイミングで辞めて、そこからフットサルに転向しました。
中山:
プロ1〜2年目と今とを比べて、一番「考え方が変わったな」と感じるのはどんなところですか?
井上:
一番大きかったのは、すごく良いキーパーコーチと出会えて、技術よりも「人間性」について教えてもらったことです。特に「できない人の気持ちを考えろ」とは常々。
中山:
それは、ねねさんの中でどういう意味として残っていますか?
井上:
「なんとなくできちゃうタイプ」っているじゃないですか。見ただけでできたり、教えられなくても理解できたり。私は、見て体現しながら正解に近づいていくタイプなんですけど、世の中には泥臭く積み重ねてようやくできる人もいれば、見ても聞いてもできない人もいる。そういう人の気持ちを考えて、どうアプローチするか?というのを、いつも意識するように言われていました。この考え方は、今、自分がキーパーとして味方を動かす場面でもすごく活きていますし、チームメイトとの関係性にもすごく役立っています。
中山:
そのような考え方を持つ前は、どのような点が難しかったのでしょうか?

井上:
それまでは、自分の中に「理想の自分」がいて、そこに近づくためにひたすら自分と対話していたので本当に自分のことしか見ていなかったというか。自分の理想を叶えることだけに集中してた感じです。
中山:
すべての時間が「自分のことを考えるため」に使われていたということですね。
井上:
そうですね。
中山:
そこから「他者の視点」を持つようになって、関わり方にも変化があったんですね。
井上:
はい。間違いなくありました。
中山:
では一方で、プロになってからこれまで「ずっと変わっていない」と感じる考え方はありますか?
井上:
「なんとかなる」っていう考え方ですね。昔からずっと「まあ、どうにかなるでしょ」って思いながら生きてます(笑)
中山:
それは言葉の通り、小さい頃からですか?それとも経験を重ねて、そうなっていきましたか?
井上:
小さい頃って、何も考えずに行動してたじゃないですか?でもあとから思い返すと、考えすぎずに動いていたからこそ今があるって思うんです。私は考えすぎてたときって、振り返ると動けなくなってました。だったら、何も考えずに「なんとかなる」と思って行動した方が、結果的にうまくいくことが多かったんですよね。もちろん失敗もあったけど、そこから学べることも多かったと思っています。
中山:
考えすぎて止まってしまっていたときの方が、マイナスな感情にも陥りやすかったのでしょうか?
井上:
はい。すごくマイナスな感情や思考に支配されてました。
中山:
ねねさんにとっては「考えないで行動すること」の方が、結果的に良い方向に進むことが多かったと。
井上:
そうですね。昔はすごく深く細かく考えてたんですけど、結局答えが出なくて、マイナスなことばっかり浮かんできて。もちろん、そういう思考が必要なときもあるとは思うんですけど、私はあんまり向いてないなって。「なんとかなる」で生きてる方が、自分はハッピーでいられるなって思ってます。
中山:
すごく興味深いです。僕はどちらかというと深く考えて、また問いを立てて、と思考力を鍛えてきたタイプなんですよ。なので、「なんとかなるでしょ」と言葉にすることはできても、心の底からそう思えない部分があるので、葛藤も発生します。でもねねさんは、比較的スムーズにそっち側にシフトしたように聞こえました。
井上:
今も完全ではないですけどね。6:4のときもあれば、7:3のときもある。でも、割合的には「なんとかなる」が勝ってる感じです。

中山:
そのシフトチェンジは、自然にできましたか?それとも、何かきっかけがあったんですか?
井上:
自分でバロメーターを操ってる感覚があります。たとえば、決断したあとも過去のことを気にして行動が鈍ったりすることってあると思うんですけど、それをしないように、頭の中の“重心”みたいなものを自分で動かしてるんです。後ろに傾いたら、前に戻す。そんなイメージです。
中山:
先ほど言っていた「一歩外から見る」という感覚とつながっていそうですね。
井上:
はい、そうだと思います。
中山:
そのバロメーターを動かすときに、実際に口に出したり、意識的にやっていることは何ですか?
井上:
上手く切り替えられないときは、一度頭の中からその感情を“捨てる”んです。そして、あとから「今なら向き合えるな」って思えたときに、その感情をまた取り出して、バロメーターを戻していく、という感じです。
中山:
どうしようもない時は一旦向き合わないようにして、いい意味で一旦引いて、“感情と向き合えるタイミング”を考えるんですね。
井上:
そうですね、その時に向き合えそうな心の余裕があるかどうかにもよりますね。
中山:
普段からこのような形で自分と対話することは多いですか?
井上:
そうですね。自分と対話することは多いです。
中山:
その対話は、頭の中でされてますか?それとも書いたりすることもありますか?
井上:
書いたりはしないですね。基本的には頭の中で考えてます。
中山:
その時に何か意識してやることはありますか?例えば僕の場合は独り言みたいに言葉を口に出すことをしますが。
井上:
私の場合、外から見たらボーッとしてるように見えると思います(笑)たとえば車を運転してるときとか、日常の何気ない場面でも、瞬間的に自分と対話してることが多いです。
中山:
日常の中の“ふとした時間”にも、自然と対話されているんですね。
井上:
はい。ずっとじゃないですけど、瞬間瞬間で会話してます。
4. 俯瞰して整える。輪の乱れと、失点の予兆

中山:
日々の練習や、試合前に意識している準備は何ですか?
井上:
準備で言えば、その日のコンディションによって「今日のプレースタイルをどうするか」を考えます。練習前には、その日の自分のコンディションがすぐにわかるんです。今日は体が軽いな、とか重いなとか。それによってプレースタイルを少し調整するようにしています。
中山:
具体的には、どのようにプレーを変えますか?
井上:
キーパーはリアクションのスポーツなので、体が軽い日はよく動ける分、つい先に動いてしまわないように一度我慢してから反応するとか。逆に、体が重い日はリアクション自体のタイミングは取りやすいんですけど、前後の動きが遅れがちなので、早めに予測してポジショニングを取るようにしています。あとは、味方を動かすことに集中したりもします。
中山:
なるほど。ご自身の状態を客観的に見て、その日のプレースタイルを微調整されているんですね。
井上:
そうですね。あとはキーパーコーチと会話して練習量を調整してもらうこともあります。
中山:
なるほど。すごく客観的にご自身の状態を見て、調整されているんですね。試合の前日や前夜はどう過ごされていますか?
井上:
試合前日は、前泊か自宅かのどちらかなんですけど、家にいるときは必ず掃除をします。前泊に行く前の日でも、一度部屋をきれいにしてから出る。それは自分の中でルールになっています。
中山:
それはいつ頃から、どんなきっかけで始めたんですか?
井上:
2〜3年前くらいからですね。特に何か理由があったわけではないんですけど、自然と「整えてから出かけたい」と思うようになりました。
中山:
なるほど。では、試合の前日に相手の映像を見たり、戦術的な分析をしたりすることはありますか?
井上:
全くないですね。特に映像を見たりすることもないです。当日に「今日のコンディションはどんな感じかな」って、自分の状態を探る感じです。
中山:
当日の移動中や試合前に考えていることは何ですか?
井上:
相手チームの情報は事前にある程度入っているので、試合前には「今日は何を意識すべきか」を整理しています。あと、土日のどちらかに試合があるので、その週の中で味方との連携がうまくいっていなかった部分があれば、試合前に「今日はこうしよう」と声をかけて意識づけたりします。
中山:
なるほど。ちなみに、緊張やプレッシャーは感じやすいタイプですか?
井上:
今はうまくコントロールできるようになってきました。緊張や不安って、どちらかに偏りすぎると良くないなと思っていて。全くないのもダメなので、思考を使って頭の中をだいたい50:50くらいに整えるようにしています。
中山:
そのバランスを取るために、具体的にされていることは何ですか?
井上:
緊張してないときは、あえて自分にプレッシャーをかけることもあります。

中山:
例えば、どのようにプレッシャーをかけますか?
井上:
代表戦のときなんかは、「ここで負けたらもうチャンスはない」と、ネガティブに思考を振って自分に緊張感を与えるんです。逆に、不安が強いときは、今まで支えてくれた人たちの顔を思い浮かべて、自分を安心させることもあります。その日によって違いますね。
中山:
それって、ねねさんが自分の感情と向き合って、自分はこうすればこうなると理解されているからできることですよね。
井上:
そうかもしれないですね。
中山:
そのような工夫は、何か本で読んだり、誰かから聞いたりしていますか?
井上:
本はあまり読まないですけど、「この人は何を考えてるんだろう?」っていうのはよく考えます。チームメイトのこともよく観察していて、対話の中で「この人ってこう思ってたんだ」と知るのが好きなんです。人の思考とか感情に対しては、すごく興味があります。
中山:
それはキーパーというポジションの特性も影響しているかもしれませんね。
井上:
そうですね。味方を動かす役割があるので、周囲の雰囲気や空気の乱れには敏感です。“輪”が乱れていたら整えないといけないので、違和感があれば声をかけたり、顔色を見て「ちょっと気になるな」と思ったら話しかけたり、あえて放っておいたり。いろいろあります。
中山:
状況を俯瞰して見て、どこに手を加えるべきかを考えているんですね。
井上:
そうですね。自分自身はそれである程度調整できるんですけど、他人を動かすのはまだ難しい部分もあって。でも、気づくことはできるので、自分が見たことを、できる人に伝えるようにしています。
中山:
すごく考えているのが伝わってきます。試合中は、どんなことを実際に意識していますか?
井上:
今チャレンジしていることがあって、それは「失点の予兆」を読むことです。失点する前って、チーム全体の雰囲気が少しずつ悪くなるんですよ。その空気をキャッチして、原因を一つずつ潰していけたら、失点を防げることもある。アジアカップのときは、フィクソの選手とずっと会話しながら「今やばいね」「ここで止めよう」と対話し続けていました。
中山:
「失点の予兆」という視点は面白いですね。どうすればその予兆の精度を上げられると考えていますか?
井上:
たとえばパスミスが起きたときに、それがただの技術ミスなのか、意思疎通のズレなのか、あるいは感情面に起因するものなのか。そういった背景を読み取るようにしています。
中山:
なるほど。起きた出来事の修正の前に、その背景を読み取るんですね。。今はその思考を持ちながら、試合に入っているんですか?
井上:
はい。試合中は、常に「失点の予兆を潰す」ことを考えながらプレーしています。
5. 答えを探すより、答えに向かう。フットサルに見つけた自分の形
中山:
ねねさんは、サッカーとフットサルの両方でゴールを守ってきましたよね。「ゴール前に立っているときの心のあり方」は、それぞれの競技で違いはありますか?
井上:
ん〜...そんなに大きな違いはないんですよね。攻撃しているときも、ずっと守備のことを考えてますし、リスクマネジメントの意識も常にあります。もちろん準備の仕方は違いますけど、基本的な心構えは変わらないです。ただ、サッカーだと、たとえば自分たちがコーナーキックを蹴っているときなんかは、一旦自分の役割を終えて少し落ち着ける時間があるんですけど、フットサルは本当に常に関わってる感じです。
中山:
なるほど。より集中力が求められたりするものなのでしょうか?
井上:
そうですね。キーパーではありながら、フィールドプレーヤーの一員として常に関わっている感覚がフットサルではあります。ゲームを作っているわけではないんですけど、サッカーでいうボランチのような視点で全体を見ているイメージです。
中山:
キーパーだけど、ボランチのようにゲームを見ていると。
井上:
そうですね。全体を俯瞰している感覚は強いです。
中山:
なるほど。たしかにサッカーのキーパーであれば「守備のタスクをいかに遂行するか」という役割や思考になる選手も多いと思いますが、フットサルの場合攻撃にもかなり直接的に関わりますよね。
井上:
そうなんですよ。今は「キーパー活用」も増えてきて、関わりの量がすごく多いです。めちゃくちゃ多いですね。

中山:
サッカーとフットサルの両方のゴールを守ってきたからこそ、気づけたことはありますか?
井上:
まず、自分はやっぱりフットサルの方が好きだなと感じます。サッカーをやっていた頃は、苦しかった記憶が多いんです。キーパーの仕事って、最終プレーに直結するじゃないですか。そのとき、いろんな正解の形があるとは思うんですけど、サッカーの場合、逆算していくと結局「ジャンプ力が足りなかった」とか「パワーがなかった」といった身体的な結論に行きついてしまうことが多くて。
でもフットサルは、「答え」がある程度はっきりしているんですよ。逆算したときに、「身体的なこと」じゃなくて、「準備」や「考え方」で改善できるところに辿り着ける。サッカーは“未知を探す”感覚で、フットサルは“既知を紐解く”感覚。そこに自分は面白さを感じているのかもしれません。
中山:
なるほど。サッカーの場合、ゴールのサイズを考えるとどうしても身体能力の限界で割り切らなきゃいけない場面もありますよね。
井上:
そうなんですよ。「ここに打たれたら、もうどうしようもないよね」っていうシュートがあるんです。
中山:
それは、キーパーというポジションの捉え方にも影響を与えていそうですね。
井上:
そう思います。フィールドプレーヤーは、「答えがないから楽しい」っていう人も多いですよね。トリッキーなプレーがあったり、その人の技術で局面を打開したり。
でもキーパーは、リアクションでそれを潰す側。「答えがある」中で、自分をそこに照らし合わせていくような作業なんですよ。私は「未知を探す」より、「答えがあるものを紐解いていく」方が好きなんです。だから、キーパーというポジションが性に合っているんだろうなと思います。
中山:
なるほど。そういう意味でも、サッカーよりフットサルのキーパーの方が、ねねさんの思考にもフィットしているんですね。
井上:
そうですね。フットサルのキーパーは、自分の思考スタイルにすごく合っていると感じています。
6. 日の丸の誇りと、重圧。未来へのバトンを託す最後の挑戦

中山:
現在、代表としてゴールを任されている立場だと思いますが、その責任感や心境については、どのように感じてますか?
井上:
この前のアジアカップが自分にとってフットサルで初めての大きな国際大会だったんですけど、そのときは本当に胃が痛くなるくらいのプレッシャーでした。
中山:
胃にくるほどのプレッシャーだったんですね。
井上:
はい、自分でもびっくりするくらい、重たかったです。
中山:
それを言葉にすると、どんな表現になりますか?
井上:
難しいですね...(笑)でも、この重さの中で、ずっと代表でプレーしてきた選手たちがいるんだと思うと、本当にすごいなって思います。
中山:
今までに感じたことのない種類の感情でしたか?
井上:
そうですね。サッカーでも各年代の代表には呼ばれてきたんですけど、当時はまだ自分の考え方も浅くて、「背負う」ってどういうことか、あまりわかっていなかったんです。でも今は、代表として戦うことの意味や重みが、自分の中でしっかり言葉になるようになっていて。湧いてくる感情が、これまでとは全然違います。
中山:
プロを目指している子どもたちで「いつか代表に入りたい」と思う選手は多いと思いますが、実際に代表の立場に立ったときに感じる現実とのギャップはありましたか?
井上:
自分は、「代表に入りたい」というよりは、当時の正キーパーに追いつきたかったんですよね。「あのスキルが欲しい」とか、「この部分を自分も伸ばしたい」とか、そういう感覚でずっと自分の成長だけを見ていました。「今の代表のトップレベルはここだから、そこに自分をどう近づけるか」っていう差を埋める作業を積み重ねてきたんです。その結果として、代表に呼ばれて、初めて“エンブレムを背負う”ということの意味を知ったように思います。
中山:
なるほど。到達したその瞬間に、初めて想像もしていなかったような感情が湧いてきたんですね。
井上:
はい。責任とか、誇りとか。でも、それを「求めて」代表を目指していたわけではなくて。ただ、その場所を目指して努力していく中で、自然と湧いてきた感情だと思います。
中山:
なるほど。最後に未来の展望も聞いてみたいのですが、もし女子フットサルの歴史にねねさんの名前が残るとしたら、どんな意味で刻まれたいですか?

井上:
今年で引退する予定なんですが、11月には女子初のフットサルワールドカップが開催されるんです。「優勝を目指そう」とみんなで言っているんですけど、この大会って、日本の女子フットサルが世界とどれくらい戦えるのかを“初めて証明できる場”になるんですよね。だから、世界ベスト3に入って、「日本のフットサルの未来は明るいぞ」っていうことを、世界に証明したい。そう思っています。
中山:
楽しみですね。これまでの話を聞いていて、「一歩先やゴールを見たときに、今なにをするか」という逆算の思考がとても印象的でした。競技を引退した後、フットサルから離れるのか、関わり続けるのか、今はどちらのイメージを持っていますか?
井上:
やっぱり、サッカーもフットサルも通じて、人として育ててもらったという感覚がすごくあるので。自分が経験させてもらったことを、次の世代に返したいという気持ちは強いですね。
中山:
その思いは、競技の枠を超えて、何か目指すものがあるのでしょうか?
井上:
まだ具体的には何も決まっていないんですけど、次の世代にいいバトンを渡したい、という気持ちは明確にあります。フットサルはまだまだマイナーな競技だし、キーパーコーチがいないチームも本当に多いんですよ。だから「指導に関わりたい」というより、「関わらなきゃいけない」という感覚の方が強いです。そこには、自分なりの責任を感じています。
中山:
そこへの責任感もあるんですね。その覚悟も伝わってきました。その責任感や静かな情熱が、これからも誰かに受け継がれていく気がします。とても面白い内容でした。ありがとうございました。
井上:
ありがとうございました!

答えは、すぐには見つからないかもしれない。
それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。
思考を解き明かす対話は続く。
『Dialog Code』——次は、誰の思考に触れようか。
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