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Dialog Code

『走りながら、問い続ける──“内側との対話”が導く強さ』岩出玲亜 # Dialog Code

2025/10/17

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。自分自身と向き合い、考え、気づくこと——それが次のステージへ進む鍵になる。『Dialog Code』—— アスリートたちの言葉から、その可能性を探るシリーズ。

今回登場するのは、岩出玲亜(陸上長距離選手・DENSO所属)。
さあ、彼女の思考を紐解いていこう。



1. 一人のライバルから始まった──“走る理由”

中山(Dialog Partner):
走ることを本格的に始めたきっかけにはどんな背景があったのでしょうか?

岩出:
小学生の間はずっとバレーボール一筋でした。毎年学校でマラソン大会があって、ずっと勝てなかった男の子がいたんですよ。「その子にどうしても勝ちたい」と思って最後の1年だけ走りの朝練を始めたんです。

中山:
「その子に勝ちたい」という想いを原動力に。

岩出:
そうなんです。6年生でようやくその子に勝つことができて、初めて“努力して結果を得る”という喜びを知りました。あの経験は、自分にとってすごく大きかったですね。

中山:
バレーボール一筋だった岩出さんが、次のステップに進むきっかけはどんなものだったのでしょうか?

岩出:
高校に上がるときに、もし身長が160センチに届かなかったらバレーはやめると親と約束していたんですけど、結局身長は伸びなかったんです(笑)今思えば、現実をちゃんと教えてくれた親に感謝しています。

中山:
そこから「走る」という選択肢を取られたのはなぜだったのでしょうか?

岩出:
中学に上がるときに「何の部活に入ろう?」となって「ちょっと走ってみようかな」と思ったんです。そしたら、隣町にすごくいい先生がいるから行ってみないかと勧められて、県内でも一番有名な先生に出会えたんです。最初は「走ってきていいよ」と言われて中学生の練習に混ざってみたら、意外と走れちゃって。来週から冬の合宿があるからおいでよと誘われて、そのままトントン拍子でその学校に入学することになりました。

中山:
導かれるような流れですね(笑)最初はただ“その男の子に勝ちたい”という想いから始まって、走る道が開けていったんですね。

岩出:
そうですね。田舎の小さな学校だったんですけど、その子に勝ちたくて朝練を始めました。

中山:
負けて悔しいというのは自然にあったように思えますが、朝練を始めようとまで思ったのはどういう理由からだったのでしょうか?

岩出:
父に 「(悔しいなら)朝練でもやってみたら?」と言われたことがきっかけです。今思えば、あの頃から“負けず嫌い”だったんだと思います。

中山:
なるほど。何年も勝てなかった相手に、最後の小6でようやく勝てたときの瞬間、どんな感情でしたか?

岩出:
実は、勝った後にその男の子に「本気じゃなかったし」みたいなことを言われて(笑)嬉しいというよりも、「なんでそんなこと言うの?」というモヤモヤした気持ちのほうが強くて、その感情は今でもよく覚えていますね。

中山:
まるで“逃げられたような感覚”だったんですね(笑)朝練を続けるモチベーションは“その子に勝ちたい”という想いだけだったのでしょうか?

岩出:
そうですね。それがすべての原動力でした。

中山:
朝練をすると思っても、なかなか続けるのが難しいこともあったりすると思うのですが、岩出さんはなぜ続けられたと思いますか?

岩出:
もともと走ることが好きだったんだと思います。バレーボールをやっている頃から、市のシティマラソンや地域の大会には毎年出ていて、毎回優勝していたんです。だから「走るの、得意かも」「好きかも」という感覚があって。その“好きかも”という気持ちがあったからこそ、朝練も続けられたんだと思います。

中山:
「勝ちたい」という強い気持ちと、「好きかも」という純粋な感覚。その両方が岩出さんを形づくっていたんですね。

岩出:
そう思います。あの経験がなかったら、今も走っていなかったかもしれません。

2. 生き残りレース──思考を整え、感情を扱う技術

中山:
競技面についても伺わせてください。大会に臨む際、岩出さんが特に大切にしていることは何でしょうか?記録なのか、それとも走りの内容や感覚的な部分なのか。どこに重きを置かれていますか?

岩出:
どれも大事にしていますね。マラソンはどうしても記録という結果が目に見えて出てしまう競技なので、そこからは逃れられません。でも、それ以上になぜその記録が出たのかという背景を考えることの方が大切だと思っています。同じコースを走っても、風向きや気温が1度違うだけでタイムが変わるんですよね。だから、他人との比較ではなく“今日の自分はどうだったか”を基準に考えるようにしています。

中山:
たしかに個人競技とはいえ外的要因の影響もありますよね。天候やコースの状態など、条件によってパフォーマンスが左右されるのもマラソンの難しさなのでしょうか?

岩出:
そうなんです。路面の形状や風の向き、湿度でも走りはまったく違ってきます。良い走りができても、次に再現できるとは限らない。同じ条件は二度とないので、「今日の自分」を大事にしています。

中山:
なるほど。では、練習のときは何を意識していますか?

岩出:
年齢を重ねるにつれて、体の準備にはかなり気を遣うようになりました。昔はアップすらしないタイプだったんですけど、最近は特に股関節まわりをストレッチをしてから練習に入るようにしています。以前はトレーナーに揉んでもらえば十分だと思っていたんですけど、それだけでは可動域がどんどん狭くなってくるので、意識的にケアをしています。

中山:
その“可動域の変化”というのは、走りそのものにどんな影響を与えるのでしょうか?

岩出:
最近、厚底シューズがトレンドになっているんですけど、あれが出てから、骨盤がすごく前に乗るようになったんです。膝下のエラーは減ったんですけど、骨盤や股関節に負荷がかかりやすくなったんです。なので股関節まわりをほぐしてリセットして、エラーをなくす意識で日々の準備をしています。

中山:
そのエラーをなくすというのは、自分が思っている可動域で動く状態を作りたいのか、可動域を広げる必要があるのかだとどういうイメージなのでしょうか?

岩出:
走り終わったあとは疲労がかなり出るので、次の練習までにそれをクリアにするイメージです。邪魔している部分をほぐして、身体を“クリアな状態”に戻す。それが追いつかないと疲労がどんどん蓄積して、パフォーマンスが落ちていくんですよね。

中山:
走る競技というと身体的な要素が中心のように見えますが、“思考”や“感情”の部分を意識することもあるのでしょうか?

岩出:
ありますね。私は「9割メンタル」だと思っています。長距離走って、大人数の集団の中で、最後までこぼれ落ちずについていけるかが勝負なんです。頭が「もう無理」と思った瞬間に、体も止まってしまう。逆に「いける、いける」と思い続けられたら、意外といけるんですよ。

私はもともとメンタルの波が出やすいタイプで、個人で外部の専門家をつけて学んだこともあります。マラソンはスタートした時のタイムで最後までいければ勝ちなので、“最後まで落とさずにいけるかどうか”の勝負なんです。ある意味“生き残りレース”ですね(笑)

中山:
こぼれ落ちずについていけるか、“生き残りレース”という感覚でやられているのはすごく面白いです。

岩出:
でも本当にそうなんです(笑)あと、きつい選手を見るとライバルなのに励みになったりもするんです。この人もこんなにきつい思いをしながらついていってるんだから私も頑張らなきゃって。

中山:
なるほど。先ほど外部の専門家をつけていたと伺いましたが、どのような課題があったのでしょうか?

岩出:
練習ではすごくいい走りができていたのに、それをレースで発揮できなかったんです。「なんで練習ではうまくいくのに、本番になるとうまくいかないんだろう」と。追い込めているはずなのに、レースでは少し手前で諦めてしまう。その“最後の一歩を出し切れない自分”がいて、それを変えたかったんです。

中山:
練習ではできていたことが、本番では再現できなかったんですね。

岩出:
そうなんです。走ってる時はわからないんですけど、レース後に振り返ると「全然追い込めてなかったな」ってわかるんです。本当に出し切れたときは、内臓疲労で何も食べられなかったり、筋肉痛で寝れなかったりするんですけど、中途半端なときは「疲れた〜」と言いながら普通に美味しいご飯を食べに行けるんです。その出し切れていない状態がすごく悔しくて。

中山:
それに対して、どのような取り組みを始めたのでしょうか?

岩出:
まず、レース前に“いい準備”をすることです。レース中に何が起きても対応できるように、あらゆるパターンを想定しておく。「本当に限界まで出し切れる状態」をつくるために、レース中の思考パターンを事前に“予習”するようにしました。

中山:
事前予習で、“想定外を想定内にしておく”ということですね。

岩出:
そうです。「どのタイミングで苦しくなるか」「そのとき何を考えるか」を書き出しておくんです。あと、たとえば景色や人ではなく、自分の呼吸の音や足のリズムに意識を向ける。そうやって“内側”に意識を向けるようになってから、冷静に対応できるようになりました。

中山:
何を意識するかという具体的なところに落とし込んだのですね。実際に試してみて、岩出さんの中でどのような手応えがあったのでしょうか?

岩出:
以前はきつい時に外に外に意識が広がって意識が離れていたんですけど、今は自分の内側と対話しながら冷静に自分の状態を理解することができるようになったことで「まだいける」と思えるようになりました。

中山:
感情で走るのではなく、状況を分析して“考えながら走る”という感覚に変わってきたのでしょうか?

岩出:
そうですね。以前は「なんでここで苦しくなるんだろう?」と焦っていましたが、今は「きたきた、これがあの場面だ」と冷静に受け止められるようになりました。事前の予習があるからこそ、その時の感情に振り回されず、思考で整理できるようになったと思います。

中山:
そのような変化は、岩出さんにとってどんな意味がありましたか?

岩出:
自分を理解し、コントロールできるようになったことで心に余裕が生まれてイライラしなくなりましたね。それと、結果に左右されず走ることそのものを楽しめるようになりました。

中山:
「生き残りレースで9割がメンタル」という言葉の中には、単なる根性論ではなく、“思考を整え、感情を扱う技術”が含まれているんですね。

岩出:
まさにそう思います。若い頃はただ根性で走っていたんですけど、最近は「どう思考を切り替えるか」という引き出しが増えました。たとえば下り坂が来たら「ラッキー」と思うようになったり。同じ状況でも、捉え方ひとつで気持ちは変わるんです。そういう小さな思考の積み重ねが、今の走りを支えています。

3. 寝ているように走る──“穏やかな無意識”が導く集中

中山:
走っていて「きつい」「もう無理かも」と感じる瞬間は、どのような時に訪れるのでしょうか?

岩出:
42キロもあるので、5キロごとにコンディションが変わるくらいきつい場面は何度も来るんです。

中山:
それほど波があるんですね。そのきつい瞬間がきたとき、何を考えているのでしょうか?

岩出:
そのたびにどうやって乗り越えるかを見つけていく感じですね。たとえば、坂を下るタイミングや給水ポイント、水をかぶる瞬間など、ほんの小さなきっかけで、また力が戻ってくることもあります。たまたま家族が沿道に見えただけで、「もう一度頑張ろう」と思えたりもする。マラソンは、それくらい“感情が動くスポーツ”なんですよね。

中山:
身体的なきつさだけでなく、感情の起伏もパフォーマンスに大きく影響するんですね。

岩出:
しかもいい状態って実はそんなに長く続かないんです。さっきまで軽かったのに、急に向かい風で重くなったとか、体が急に重くなったとか、そういうことは本当によくあります。だからこそ、そこで大きく反応せずに、淡々と冷静に進められると結果もついてきますね。

中山:
なるほど。冷静さも欠かせない。

岩出:
よく使う表現なんですが、寝ているように走れるときがあるんです。その時は気づいたら距離が進んでいて、結果的にいい走りに繋がっているんです。

中山:
寝ているように走る。どういう感覚なのでしょうか?

岩出:
まわりの刺激に一切反応せず、淡々と自分のリズムの中にいる。そういう穏やかな無意識の状態を“寝ているように走る”と言っています。

中山:
興味深いですね。外の世界をシャットアウトして、自分の内側に完全に集中している。極限の集中状態という印象を受けます。

岩出:
そうですね。その状態を作るために、試合の1週間前からなるべく穏やかに過ごすことを意識しています。イライラするような場所には行かないし、心を波立たせるような人にも会わない。静かに、落ち着いた心のままスタートラインに立ちたいんです。

中山:
42.195kmもあればさまざまなことが起こるのですね。何気ない出来事で感情や思考がポンと変わって体が軽くなったり、逆も然り。そうした“思考や感情の変化”が身体に与える影響については、どのように感じていますか?

岩出:
ものすごく影響します。同じ坂でも、コンディションや気持ち次第で“傾斜の感じ方”が全然違うんです。調子がいいときは全然登っているように感じないけど、きついときに同じ坂が来たら、「この坂マジか」って思うんですよ(笑)

中山:
マジかと思った時はどう立て直すのでしょうか?

岩出:
その時で考えることが違うんですけど、例えばこの坂を登りきったら次は下りが来る、と思うようにしたり、とりあえずこの1キロだけこの集団で粘ろうとか。最初からゴール全体を見ず、目の前の1キロをクリアすることだけを考える。その積み重ねの方が、結果的にゴールに繋がる確率が高いと感じています。

中山:
ゴールをイメージするより、目の前の“小さな達成”を積み重ねていくという考え方ですね。

岩出:
そうですね。後輩にもよく言うんですけど、例えば練習でも20本やるのが不安というなら、まず10本だけ頑張ってみようと。最初から全部を見ようとすると、高い山を見上げているようでしんどくなる。でも、下を向いて一歩ずつ登っていけば、気づけば頂上に着いている。気持ちが折れないように、視点を“今ここ”に置いておくことで、走りも心も前に進みやすくなるんです。

中山:
いい意味で“脳を騙す”ような感じですね。人間の脳は、本来の大変さよりも大きく感じるようにできていますからね。外から見ると走っているだけに見える長距離も、実際は感情・思考・体調の波と、ずっと対話し続けるスポーツなんですね。

4. 完璧ではなく最適を──A・B・Cの3つの目標

中山:
走りながら「今日は調子悪いな」「崩れてきたな」と感じることもあると思うのですが、そういうときはどのように立て直すのでしょうか?

岩出:
私はいつも事前にA・B・Cの3つの目標を立てているんです。Aは自己ベストに近い“120%の目標”。Bは“90〜100%”、つまり自分の力をしっかり発揮できた状態。Cは“最低限のライン”。65〜70%くらいですかね。これを設定しておくことで、どんな状態になってもどれかに切り替えられるようにしています。

中山:
もしAやBが難しくても、Cに切り替えられる構造になってるわけですね。

岩出:
以前はAとBしかなくて、達成できなかったらそのレースは捨て試合みたいに考えていました。でもCをつくったことで、自分の中に“逃げ道”ができたというか、最低限これだけはやり切ろうと切り替えられるようになったんです。そのおかげで、練習でも試合でも結果の浮き沈みが少なくなりました。

中山:
どんな結果でも意味を見いだせるようになったわけですね。

岩出:
そうなんです。Cの目標を設定しておくことで、仮に全体の結果が悪くても、「今日はラスト5キロを動かせた」「一つ課題をクリアできた」という“良い感触”を持ち帰れるようになったんです。以前は0か100かの思考で、ダメな日は本当にゼロで終わっていたんですけど、今は悪い中でもいいレースができたと思えるようになりました。

中山:
いい設計だと感じました。そのA・B・Cの目標はタイムで設定されているのでしょうか?

岩出:
はい、タイムが一番わかりやすいですね。順位は相手の状態にも左右されるので、そこはあまり気にしていません。それと、タイムだけではなく“内容”も重視しています。たとえば「30キロまでしっかりペースを守る」「最後まで集中を切らさない」とか。結果的にCで走っていても、何か一つ良い感覚を持ち帰ることができれば成功だと思っています。

中山:
なるほど。岩出さんはどのような時に「いいレースだった」と思うのでしょうか?

岩出:
準備してきたことを全部出し切れたときですね。それができたときは、タイムや順位にもちゃんと反映されています。事前にシミュレーションした通りに走れて、最後まで“自分の思考を保ちながら”走れたときが、一番気持ちいいですね。

中山:
結果よりも準備してきたことを出し切れたかどうかという基準なんですね。

岩出:
そうですね。でもやっぱりベストタイムが出たときは嬉しいですよ。何十本も練習してきて、その中で“今日が一番速かった”という瞬間を味わえるのが最高なんです。1秒の世界なので、何度もその付近で走れるけど、なかなか超えられない。前よりいい練習ができたと思ってもベストを更新できない日がほとんどなんですよ。

中山:
毎日自己ベストを目指しながらも、ベストが出ない日々が至極当然の中、その結果をどう捉えているのでしょうか?仕方ないと思うのか、それとも別の視点で見ているのか。

岩出:
なんでしょうね...出せそうで出せなかった経験を何度もしてきているので。その場では悔しいし後悔することもありますけど、翌週にはもう忘れていますね。忘れないと、やっていけないです(笑)

中山:
結果にこだわり続ける人ほど、“忘れる力”も必要なのかもしれませんね(笑)ベストを超えられなかった時、「どうしたら越えられたんだろう」と振り返るのでしょうか?

岩出:
もちろんあります。レース直後は、あそこでギアを上げられたのにとか、めちゃくちゃ考えますね。

中山:
レース後はどのような視点で走りを分析して、次のレースに活かしていくのでしょうか?

岩出:
国内だとスタート前に3グループくらいに分けられていて、事前に設定されたタイムに合わせて走るので、終わった後は今回は20キロまではいけたから次は30キロだねという感じで段階的に見ています。大体30キロまでペースメーカーがグループごとにいて、そこから先が“勝負の世界”。その先でどれだけペースを上げていけるかが、面白さでもあり、難しさでもあります。

中山:
準備してきている岩出さんと、その瞬間を受け入れてやっている岩出さんの両方がいると感じたのですが、”本番での強さ”という点で考えると、コンディションを完璧に整えることと今の自分を受け入れること、どちらがよりパフォーマンスを引き出すと感じますか?

岩出:
両方すごく大事なんですけど、コンディションは大体10kmくらい走ってみないとその日の状態はわからないんです。そこから「今日は楽しめそうだな」「やばいから集中しよう」と判断します。楽しめている時はハーフを過ぎてもリラックスしていけるけど、調子が悪い時は、そこから集中力を一気に高める必要がありますね。なのでどちらかと言えば今の自分を受け入れることになるかもしれませんね。

中山:
試合前夜はどう過ごしているのでしょうか?

岩出:
前日は20時くらいには布団に入りますね。朝9時スタートが多いので、5時間前には食事を終えるようにと考えると3時には起きるので。試合が近づくと、そのサイクルに合わせる練習もします。

中山:
サイクルに合わせる練習はどれくらい前からやるのでしょうか?

岩出:
レースに向けて3ヶ月の練習期間があって、その中で定期的に入れていきます。徐々に本番に合わせて体を慣らしていく感じですね。

中山:
3ヶ月の間に徐々に慣らしていく感じなのですね。スタートラインに立つ直前はどのようなことを考えてますか?

岩出:
正直、「緊張」と「眠い」ですね(笑)

中山:
眠いもあるんですね(笑)

岩出:
ありますあります。朝も早いということもありますし、緊張で寝られないこともあります。特に賭けている大会ほど寝られないので、スタート時は眠いんです。

中山:
緊張は、何に対してでしょうか?

岩出:
ちゃんと体が動くかという点ですね。いい練習をしてきても、本番で調整に失敗して動かないときもある。カーボローディングも1週間かけてやるんですが、うまくいかないと体が重くなったりするので。ちゃんと動けるかなという不安が一番大きいです。

中山:
そこまでやってきても、先ほど仰っていたように当日10km走ってみないとわからないという部分があるわけですからね。。

岩出:
そうなんです。なので「動くかな、動かせるかな、やってきたことを全部出し切れるかな」という緊張なんです。

中山:
そういう時はどうするのでしょうか?

岩出:
緊張すると呼吸が浅くなるので深呼吸をします。パフォーマンスにとってもすごく重要な部分でもあるので意図的に入れるようにしています。

中山:
眠いなと思ってしまうことに対してはどう考えていますか?

岩出:
2時間あるので、眠いくらいでスタートしてもいいと思っています。必ず“覚醒の瞬間”が来るので、その時にしっかり反応できればいい。そう思うようにしています。

中山:
面白いですね。眠い状態で走り始めて、でも覚醒しなきゃいけなくて、でも“寝ているように走る”という(笑)

岩出:
そうですね(笑)でもそれが一番研ぎ澄まされているような感覚なんですよ。

中山:
その感覚を言語化するとどういう状態なのでしょうか?頭の中が空っぽなのか、体に意識があるのか、それとも景色がぼやっとしているような感じなのか。

岩出:
なんだろう...すごく頭の中はクリアで、でも遠くの声援はちゃんと聞こえていて、自分のリズムと呼吸の音が一番近くにある。そんな状態です。

中山:
先ほど仰っていた内側との対話の延長にあるような感覚なのでしょうか?

岩出:
そうですね。内側と対話していることが気持ちよく感じられるときに寝ているように走れていると言えるかもしれません。

中山:
伺っていると、自己理解や“内側との対話”がすごく重要な競技だと感じました。

岩出:
そうですね。2020年頃の記事でメモしている言葉があるのですが、サッカーの川口能活さんが「集中回路は使い続けないと太くならない」と話されていたんです。一度気の抜けた練習をしてしまうと、それまで毎日少しずつ太くしてきた集中回路がまた元に戻ってしまうような危機感がたしかにあって。そこから集中力を高める走りを意識するようになって、練習を外さなくなったんです。

中山:
日々の練習では自分との対話を重ねながら、一方で、他者の思考や視点も積極的に取り入れているんですね。

岩出:
よく他の競技の人の記事や動画も見たりもします。同じ業界の選手だと比べちゃうこともあるんですけど、他の競技の選手だと素直に受け入れることもできるので。そうすることで自分の中にも新しい気づきが生まれる気がします。

5. 変わりながら、続けていく──“今の自分”で挑む走り方

中山:
この1年ほどで考え方が変わったと感じる部分はありますか?

岩出:
ありますね。私は12月で31歳になるんですけど、30歳になったタイミングで大きく変わったと感じています。高校を卒業してからの12年間、本当に“24時間365日、すべてを陸上に捧げてきた”という感覚だったんですけど、30歳を迎えて「これからも長く競技と付き合っていきたい」と思ったときに、今までのやり方のままでは終わるなと感じたんですよね。全身全霊を捧げるというやり方が、必ずしも最適ではないんじゃないかと。

中山:
全力でやることと続けていくことは、似ているようで異なるテーマですよね。自分の限界まで突き詰めてきたからこそ、年齢の変化とともに“長く続けるための最適解”を探したいという変化があったのでしょうか?

岩出:
手を抜くとか、楽をするという話ではなくて、長く続けるためにはもっとうまくやる必要があるなとも感じています。今年からプレーイングコーチという立場になったのも、大きな変化でした。チームの拠点が三重にあるのですが、合宿なども一緒に行動して、20歳前後の若い選手たちと一緒に練習しているんです。

中山:
なるほど。若い世代と同じ目線で走りながら、同時に“コーチ”としても関わっているんですね。

岩出:
これまでは「負けるもんか」という気持ちだけで走ってきたんですけど、今はこの子たちにも一緒に成長していってほしいという想いが芽生えてきました。ちょっと俯瞰して見る視点が生まれたという感じですね。

中山:
ご自身の競技だけでなく、チーム全体を見る意識が自然と出てきたんですね。

岩出:
そうですね。自分のことだけ考えていればよかった時期はもう終わったなと感じています。今は練習が終わったあとも、後輩と意見を交わしたり、同じメニューをやっているからこそ、考え方や感覚の違いに興味を持つようになりました。以前はそういうことにあまり関心がなかったんですけど、今はチーム全体を見て、どう良くしていけるかを考えるようになっています。

中山:
とても素敵な変化ですね。走り方そのものというより、走ることへの向き合い方や関わり方が大きく変わってきたんですね。

岩出:
まさにその通りです。マラソンって、女性の場合は結婚や出産を機に引退する方も多くて、ここまで現役を続けている人は本当に少ないんです。だからこそ、ここまで続けてこられたこと自体がありがたいと感じています。そして今後もこの競技を続けていけるなら、これからはどう関わっていくべきなのかということを、今まさに考えているところです。

中山:
最後に、未来の話も伺わせてください。岩出さんが走ることを通じて、社会や誰かに伝えたいことがあるとしたらそれはどんなものでしょうか?

岩出:
そうですね…私はスポーツの力で社会は豊かになると思っているんですけど、自分の走りを見て、「明日も頑張ろう」と思ってもらえたら、それが一番嬉しいです。どんな人が見ても、努力している姿って必ず伝わると思うので、そこをちゃんと表現できるアスリートでありたいなと思います。

中山:
素敵ですね。では、ランナーとしてこの先見たい景色、手にしたい景色は何ですか?

岩出:
うーん…いっぱいありますね。でも正直、今はすごく悩んでいます。自分は最後に何を成し遂げたいのか、何を残したいのか。その答えを探している途中です。でも、こうして悩める時間があること自体が幸せだなと思っていて。怪我や結果が思うように出なかったら、ここまで辿り着くことはできなかった。12年、13年とやってきた中で、今はその“最後”を大事にしたいと感じています。それを考えれば考えるほど、悩むんですよね(笑)

中山:
なるほど。“最後をどう迎えるか”は今のテーマなのですね。

岩出:
そうですね。タイトルを取りたいのか、もう一度自己ベストを更新したいのか、代表になりたいのか、3回目のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)を目指すのか。どれを選ぶにしてもどれも簡単じゃない。なので今は、覚悟を決める準備をしているところです。

中山:
覚悟を決める準備というのはすごく印象的な言葉です。まるでスタートラインに立つ前の、静かな呼吸のようですね。

岩出:
マラソンって、スタートラインに立つまでが本当に大変なんですよ。月に1,000キロくらい走るし、「1キロでも多く」と常に思うからこそ、毎日全力で取り組まないといけない。その過程すべてが、スタートに立つための“覚悟づくり”なんです。でも、覚悟が決まらないままスタートラインに立っても、いい結果は出ないんですよね。

中山:
なるほど。これまでのお話を伺っていると、岩出さんはレース中もキャリアの中でも、“目の前の一歩を積み重ねて結果につなげていく”という考え方が一貫していますね。

岩出:
そうですね。レースでも、未来を見すぎず「まず1キロ」「まず目の前」と考えるようにしてきました。それと同じで、人生のキャリアも先を見すぎず、今を積み重ねることが大事だと思います。今はまだ明確な答えは出ていないんですけど、この先も、全力でひとつの道に向かって挑み続けたいと思っています。なので、最後が何になるかは“お楽しみ”ということにしておきます(笑)

中山:
素敵ですね。ゴールではなく、挑戦のプロセスそのものを大切にしている。まさに“走り続ける哲学”だと感じました。そして、まだ見ぬ景色を信じて走り続ける姿が、きっと誰かの“これから”を照らしていくのだと思います。本日はありがとうございました。

岩出:
ありがとうございました!


答えは、すぐには見つからないかもしれない。
それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。
思考を解き明かす対話は続く。
『Dialog Code』——次は、誰の思考に触れようか。


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