Dialog Code
『空中の哲学──20秒に宿る調整と再現の思考スキル』堺亮介 # Dialog Code
2025/11/5

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。自分自身と向き合い、考え、気づくこと——それが次のステージへ進む鍵になる。『Dialog Code』—— アスリートたちの言葉から、その可能性を探るシリーズ。
今回登場するのは、堺亮介(トランポリン選手・バンダイナムコビジネスアーク所属)。
さあ、彼の思考を紐解いていこう。
1. 美しさと難度のあいだで

中山(Dialog Partner):
堺さんは、0歳の頃にお母さまに連れられてトランポリンと出会われたと拝見しました。
堺:
そうですね。そして2歳から本格的に始めました。母が元々体操選手で、僕が生まれてから産後の運動として体操に近いことをやりたいという思いがあって、母がトランポリン教室に通い始めたんです。それが僕のトランポリンとの出会いであり、始まりです。
中山:
お母様ご自身の体を動かしたいという思いが、自然と堺さんのきっかけにもつながったんですね。
堺:
そうなんです。首がすわってきた頃には、抱っこされたまま一緒にピョンピョン跳ねていて、その時の僕はずっと笑顔で、とても楽しそうだったそうです。母が通っていた教室では2歳から習うことができたので、2歳の誕生日と同時に母が僕を入れてくれたという感じですね。
中山:
漫画みたいな話ですね。では、トランポリンを「競技」として取り組み始めてから、実際にご自身が飛んでいた感情を伴う記憶はどのようなものだったのでしょうか?
堺:
幼稚園の年中の頃に神奈川県大会があって、当時は幼稚園クラスで出場したのですが、一緒に練習していた友達に負けて2位だったことは強く覚えています。優勝した子はトロフィーをもらえたのに、僕は銀色のメダルだけで。本当に悔しくて、泣きながら「なんで僕はあれ(トロフィー)をもらえないんだ」と言っていた記憶があります。
中山:
その時の感情は「悔しさ」だったのか、「悲しさ」だったのか。どのようにご自身では受け止めていましたか?
堺:
本当に悔しかったですね。優勝者しかもらえないトロフィーがどうしても欲しくて、母からは「悔しかったら来年取りなさい」と言われました。
中山:
その後も競技を続けていかれる中で、いつ頃から「この競技で戦っていこう」「トランポリンで生きていこう」と考えるようになったのでしょうか?
堺:
小学校5年生の時に初めてそう思いました。全日本ジュニアという小1から中3まで出場できる全国大会に、僕は小1のときから毎年出場して、決勝には残るけれどなかなかメダルが取れなかったんです。それが小5で初めて準優勝できて、小6で世界ジュニアにも出場できて、その頃から「高校もトランポリンのある学校に行きたい」「世界を目指したい」と思うようになりました。
中山:
小1から毎年出場して決勝に残っても結果が出ない。それでも続けていたのは、その現実を当時は子どもながらにどのように捉えていたのでしょうか?
堺:
当時の採点は今のような4項目ではなく、基本的に「技の難しさ」と「技の美しさ」の2つだったのですが、僕は「美しさ」には定評があったんです。でも不器用で、難しい技を入れるのがなかなかできなくて負けていたという感じでした。

中山:
“美しさ”という武器はありながらも、難度というもう一つの軸で壁を感じていたんですね。
堺:
小学校低学年の頃は、まだ母にも勝てないような技をしていたので、最初の目標は「母より難しい技をやる」から始まりました。全国大会で勝てない現実を踏まえて、小5くらいから「自分の武器(美しさ)を活かしながら、難しい技にも挑戦していく」と切り替えたんです。
中山:
その“切り替え”の瞬間には、何か意識の変化やきっかけがあったのでしょうか?
堺:
「美しさだけでは勝てない世界に入っている」という感覚を高学年で少しずつ持つようになったんです。体が大きくなるにつれて難しい技もできるようになって、メダルに届いたのだと思います。
中山:
結果が出ない時期も長かったと思いますが、その道中で「自分は向いてないかも」みたいに思うようなことはありましたか?
堺:
向いていないとは思ったことはないですかね。そもそも、トランポリン自体がすごく楽しかったんです。
中山:
なるほど。当時、結果が出ない状況をどのように乗り越えようとしていたのでしょうか?
堺:
全国で勝てない状況になって、「どうやったら勝てるんだろう?」ということによりフォーカスするようになりました。その時、小学生なりの安直な発想ですけど、「上手い人と練習すれば上手くなるのでは」と思って、小5の時に当時の星稜高校に直接「合宿参加させてください」と打診して、神奈川から石川まで行って高校生の合宿に参加させてもらいました。
中山:
負けて悔しいという矢印が「なんでできないんだ」ではなく、「どうやったら勝てるか」「どうやったら良くなるか」に思考が向いていたんですね。
堺:
そうですね。日本体育大学にも毎週土日に一人で2時間かけて通って、大学生と一緒に練習していました。「上手くなるためには自分で行動しよう」と小さいながらに考えていたのだと思います。
中山:
小学5年生で高校に自ら打診して実際に合宿まで参加されるというのは、すごいバイタリティだと感じました。
堺:
実際には母の後押しもありました。全国の大人の選手の演技を見る機会があり、その中で星稜高校の演技がとてもかっこよく見えたんです。「あの演技、かっこいい!あれをやれたら勝てるんじゃないか」と思って母に話したら、「じゃあ先生のところに行って“ああいう演技をしたいです”と伝えてみなさい」と。そうして話が進む中で「今度合宿があるけど参加してみる?」と声をかけていただき、僕も自分の口で「参加したいです!」と言って、実現したんです。
中山:
受け入れてくださった高校側も素敵ですね。
堺:
そうですね。小学生は僕だけでしたからね。(笑)
中山:
その際も、不安や緊張というよりは、「良くなりたい」「あの表現に近づきたい」という一心だったのでしょうか?
堺:
そうですね。もしそれでうまくいかないなら、やっている意味はないとも思っていました。やはり表現競技なので、「表現者として自分を追求する」ということを小さいながらに考えていたんだと思います。星稜高校の演技がかっこいいと感じたことで、自分の感性に出会えて、母のプッシュにも背中を押されて、そこからは歯止めがきかなくなりましたね(笑)
2. 「ナルシストであれ」

中山:
ここまでお話を伺っていると、お母さまの存在はとても大きかったのだと感じます。その中で、今も強く残っているお母さまの言葉はありますか?
堺:
「トランポリン選手・堺亮介でいるときはナルシストであれ」という母の言葉です。これは今もずっと大切にしている言葉です。トランポリンって、フィギュアスケートのように“採点される競技”なんです。自信を持って演技をしないと、それがそのまま評価に直結する。だからどんなに大きな大会でも、「自分は世界一うまい」「自分が一番かっこいい」と思いながら堂々と演技をしなさいと。
中山:
とても印象的な言葉ですね。当時はその言葉をどう受け止めていたのでしょうか?
堺:
昔の僕は、自分を小さく見せて、相手を大きく見てしまう癖があったと思います。でも母はそんな僕に「自信を持ちなさい」と言っていたんだと、今になって理解できるようになりました。
中山:
なるほど。海外での経験も、その変化に影響している部分もあるのでしょうか?
堺:
海外に行くようになると、最初のうちはやっぱり海外の選手がすごくうまく見えるんです。体格も全然大きいし、難しい技をどんどん出してくる。でも実際に戦ってみると、「あれ、そうでもないな」って思うこともある。“ナルシストであれ”というのは、そういう意味だったんだと思います。
中山:
“他人軸”から“自分軸”への変化とも感じました。
堺:
まさに今では「誰かと戦う」というより、「自分史上最高を出す」ことを目標にしています。他の選手がいい演技をしても、それは自分には関係ない。むしろ「すごいな」とリスペクトを持って拍手できるようになりました。でも、その上で「俺が一番かっこいい」というナルシスト的な気持ちは、やっぱり忘れない。どちらかというと、スノーボードなどのストリートスポーツに近いマインドかもしれませんね。
中山:
その“マインド”を持った状態で演技に臨むと、どんな違いが生まれるのでしょうか?
堺:
そういう意識を持っていると、どんな舞台でも緊張しないんですよね。
中山:
なるほど。なぜ緊張しないのかもう少し詳しく教えていただけますか?
堺:
うーん…僕の中では緊張って「自分がいい演技をして、誰かに何かを与えよう」と思った時に起こるものだと思うんです。つまり、矢印が“自分以外”に向いた時に緊張が生まれる。「あの人がいい演技をしてるから自分もやらなきゃ」とか、「決勝でメダルを取るにはこの点数を出さなきゃ」とか。そうやって意識がブレた瞬間に、緊張が出てくる。でも、矢印を“自分”に戻して「積み上げてきたものを堂々と出すだけ」と思えた時は、緊張しません。集中してはいるけど、頭はすごくクリアで、周囲の景色までちゃんと見える。視野が広くなって、すごく冷静に演技ができるんです。
中山:
なるほど。矢印が自分の外に向いた時に緊張が生まれて、自分の中に戻った時に初めて“究極の集中状態”に入るということですね。
堺:
そうですね。採点競技って、審判がどうだとか、他の選手の点数がどうだとか、そういうどうでもいい情報を拾い始めた瞬間に、変な緊張が走るんです。
中山:
とても興味深いです。採点競技ならではの感覚ですね。まさに自分との対話で成り立つ競技なんだと感じました。
3. “再現性”を思考する“体との対話”

中山:
今は1週間の中で、どのようなスケジュールで練習を組まれているのでしょうか?
堺:
練習は週に5回トランポリンを跳びます。1日はトレーニングのみ、そして1日は休養という形で1週間回しています。トランポリン練習以外の時間は、ウォーミングアップやクールダウン、体幹トレーニングなどに使っています。全体でみると、1回あたり5時間くらいの練習時間になりますね。
中山:
トランポリンという競技は短い動作の中に膨大な集中力が必要だと思うのですが、その時間の配分にはどんな意図があるのでしょうか?
堺:
トランポリンって、最大で8メートルくらいの高さまで上がるので、集中が切れると命に関わるような大きな怪我につながる危険もあるんです。なので長時間の練習はあえて行わないようにしています。
中山:
なるほど。その中で、練習に入る前に意識的にされていることは何でしょうか?
堺:
僕はルーティンを崩さないことを大事にしています。毎回同じ時間に練習場に入って同じ流れでアップをする。最初の30分はストレッチをして体をほぐして、その次の30分で刺激を入れてからトランポリンに入るという流れです。
中山:
そのルーティンの中で、特に大切にしている感覚やポイントは何でしょうか?
堺:
特に最初の30分は、自分の体と対話する時間でもあります。「今日はここが少し重いな」「ここに違和感があるな」などのその日の状態を感じ取りながら、「じゃあ今日はどんな練習にするか」を決めていく感じです。このストレッチの時間が、僕にとっては一番集中できる、自分との対話の時間なんですよね。
中山:
なるほど。実際に飛ぶまでの1時間のうち、前半のストレッチでは体を整えながら、ご自身の体と丁寧に“対話”しているということですね。
堺:
そうですね。同じことを繰り返すことで、ほんの少しの変化にも気づけるようになります。トランポリンは“再現性”が求められる競技なので、どれだけ同じ状態を保って同じ動きを再現できるかが鍵になります。パワーが出すぎてもよくないし、足りなくてもいけないし。
中山:
自分の感覚をいかに正確にキャッチできるかも勝負になりそうですね。
堺:
それに湿度や気圧、雨の影響でも弾み方が変わるんですよ。「今日は雨が降っているから少し重いな」とか、そういう感覚的な違いを捉えて、その条件の中で“いつも通り”をどう再現するかを考えながら練習に入ります。
中山:
本当に些細な違いが演技全体に影響を及ぼす競技なんですね。そうすると、日々の体の違いにも相当敏感になるのではないでしょうか?
堺:
めちゃくちゃ敏感になります。でもそれが同時に難しい部分でもありますね。「練習を続けるべきか」「やめるべきか」「どこまで追い込むか」など、そういう判断が常に問われるんです。再現性が求められる競技なので、うまくいかない状態で練習を続けると、“うまくいかない感覚”が体に染みついてしまうので「今日はやらない方がいい」と判断する日もあります。
中山:
休むという選択にも、ちゃんと理由や意図があるんですね。その線引きはどう見極めているのでしょうか?
堺:
気持ちが入っていないだけの時は、もう一度集中を整えて練習に戻ります。でも、体の反応が明らかに違う日には、無理にやらない。そういう判断は日々の“体との対話”の中で決めていますね。
中山:
とても興味深いです。その日の状態を見極めながら、無理をしないこともまた“プロの再現性”なんですね。では、メニュー全体の構成はどのように設計されているのでしょうか?
堺:
5月から12月がシーズン期間なので、この間は練習の組み立てを大きく変えません。試合で行う10種目の演技を、まずは基礎から入り、「前半」「中間」「後半」とパーツごとに分けて練習します。その後、10本を通しでつなげる「通し練習」を行い、出てきた課題を潰して1日の練習を終える。これが一連の流れですね。
中山:
なるほど。ではシーズンオフの期間はどんな取り組みをされるのでしょうか?
堺:
オフシーズンは、採点ルールの変更に対応したり、新しい技を磨く時期になります。1年を通して「どこで点を取れたのか」「どこが伸びなかったのか」を分析し、課題を潰していきます。同時に、新技を練習して大会で披露できるレベルまで仕上げます。だいたい12月〜4月がその期間ですね。
中山:
なるほど。10種目の中で「これは得意」「これは苦手」といった違いもやはりあるのでしょうか?
堺:
ありますね。トランポリンには“回転系”が得意な人と“ひねり系”が得意な人がいて、僕はひねりが得意です。今の主流は「3回宙返りをどれだけ入れるか」と「ひねりをどれだけ入れるか」の2軸。僕は3回宙返りは少なめにして、2回宙返りでひねりを多く入れる構成にしています。
中山:
選手によってそこに至るアプローチがまったく違うのですね。
堺:
そうですね。ただ、タイプの違いはあれど、現状同じぐらいの難度点が主流で、演技点や高さの勝負になっていると感じています。
中山:
演技中や練習中に「少し崩れたな」と感じた時、その修正は感覚的に行うのか、それとも映像などデータを活用して行うのでしょうか?
堺:
まずは自分の感覚で“いつもとのズレ”を感じて、それから1分遅れでモニターに映る自分の映像を確認して、ズレの原因を探し、コーチと一緒に「踏み込みのつま先の入りが甘い」「手の振り下ろしのタイミングが少し早い」といった分析をします。それを踏まえて、タイミングの問題か筋力の問題かを判断するんです。
中山:
自分の感覚と映像の客観性、両方を往復しながら精度を高めていくのですね。
堺:
その日の体調と照らし合わせながら修正することもします。筋力が入らない日だと、トランポリンの圧に耐えきれないこともあるんです。5分のルーティンで練習を回しているのですが、4分で体に刺激を入れて、1分飛んでまた分析。この繰り返しですね。
中山:
なるほど。同じ技を、どれだけ高い再現性で表現できるかを突き詰めているわけですね。
堺:
そうですね。それがトランポリンという競技の本質だと思っています。
4. 変化を纏う

中山:
トランポリンにおける面白さや魅力、または達成感を感じるのは、堺さんにとってどのような瞬間でしょうか?
堺:
やはり点数で結果がはっきり出る競技なので、試合で良い点数が出た時はすごく嬉しいですね。あと、感覚的に「今、すごく上手くできている」と分かる時もあります。その感覚を表現できた時は、自己満の世界かもしれませんが、最高に嬉しいですね。僕はたとえ優勝できなくても、4位でもいいから“自分の中で納得のいく演技”ができた時の方が気持ちいいタイプでもあります。
中山:
自分が描いていた理想や積み上げてきたものをきちんと表現し切れた瞬間、ということですね。
堺:
そうですね。大会後の解放感もすごく大きいです。トランポリンは本当に失敗の多い、繊細な競技なんですよ。高さが約8メートルあるので、少しでも角度がずれるとそのまま8メートル分ずれてしまう。まず「10本の演技を通す」こと自体が難しい。10本通せなければ、小学生や中学生にも普通に負けてしまいます。だから、まず10本通せた時点で嬉しい。そこに“自分の中で納得できる演技”まで重なった時は、本当に気持ちがいいんです。
中山:
一瞬の狂いですべてが崩れる中で、それでも最後まで“納得の演技”を出し切る。まさに「極限の中での美」を追っているように感じます。
堺:
僕でも、人生の中で“完璧に気持ちよかった演技”は5回あるかどうか、というくらいです。
中山:
空中での大胆な動き。ほんのわずかなズレが結果を左右する繊細さ。この「大胆さ」と「繊細さ」のバランスは、かなり難しそうですね。
堺:
めちゃくちゃ難しいですね。体は動いているけど、頭は冷静じゃないといけない。気持ちを前面に出すというより、集中力を極限まで研ぎ澄ませて演技する感覚です。僕は試合前でも他の選手と話していたりして、一見すると集中していないように見えるかもしれませんが、自分の順番が3〜4人前くらいになると一気にスイッチが入って、そこから一気に集中を高めていきます。
中山:
静かで洗練された集中状態ですね。その状態に入るためにもルーティンを大切にされているのでしょうか?
堺:
そうですね。自分の中ではとても大切にしています。
中山:
スタートラインに立つまでの“流れ”を丁寧に整えているのですね。
堺:
そうですね。スタートラインに立つ前から、再現性の作業は始まっていると思っています。
中山:
大会前日には、頭の中でのシミュレーションなども行うのでしょうか?
堺:
前日は会場で練習できることが多いので、その時に「今日の台はこういう感触だな」と整理して、「明日の本番ではこういう演技で行こう」と決めます。本番で使うトランポリンは“初めて乗る台”であることが多くて、「あれも修正したい」「これも調整したい」と考え始めると、調整に時間がかかってしまうので、そこまで整理し終えたらあとはあまり考えないですね。考えれば考えるほど、余計なことを意識してしまうので。

中山:
前日だからこそ“考えすぎない”という判断なんですね。仕上げではなく、むしろ「手放す」ことで余計なノイズを減らしていく。
堺:
本番前にトランポリンに乗れるのは40秒だけなんです。その40秒でできるのは、最初のジャンプのリズムを掴むくらいです。だから、前日は深追いせず、練習を終えたら体育館にいる間に頭の中を整理して、ホテルに戻ったらもう何も考えないようにしています。
中山:
なるほど。会場や国によって、台の質感もやはり異なるのでしょうか?
堺:
変わりますね。新品か使い込まれているかでも違いますし、気温・湿度・標高でも全く変わります。体育館が大きいと、自分が飛んでいる高さの感覚も変わって、広い会場だといつもより低く感じてしまうこともあります。
中山:
少しの条件の変化で感覚が変わってくるのですね。そのズレにはどう対処するのでしょうか?
堺:
でも、ストップウォッチで測ると実際の高さは変わっていなかったりするんですよ。そういう時は「いや、これでいい。このまま行こう」と割り切ったりします。
中山:
見ている側には“同じ動き”に見えても、実際は環境要因が大きく影響している。だからこそ“再現性”を支える“調整力”が極めて重要になるのですね。
堺:
そうなんですよ。もし全員が同じ会場・同じトランポリンで練習していれば、純粋に「積み上げたもの」で勝負できますが、実際の大会はそうはいきません。標高も湿度も違う。だから「その環境の中で自分をどう再現できるか」が大事なんです。
中山:
再現性と調整力の両輪が必要だと感じますが、最終的な差を生むのはどのような力だと考えますか?
堺:
難しいですね…大会によって最後に必要なピースは違うと思います。世界大会は会場で2〜3日練習できるので、そういう時は“再現性”の精度が結果を分けると思います。逆に国内大会のように前日しか練習できない場合は、“開き直り力”が強い選手が勝つこともある。でも僕自身は、「どんな環境でも自分だけは同じでいられること」が一番大事だと思っています。海外では体重のコントロールやトレーニング環境も変わりますし、それでも同じパフォーマンスを出せるか。そういう意味で「自分を変えずにいられること」が鍵ですね。
中山:
常に“自分だけは変わらない”ことを大前提に、どんな環境にも自分を合わせていく。
堺:
そうです。トランポリンが違うからこそ、“いつもの自分”でいられることが大切なんです。
中山:
すごく納得しました。実際、気圧・湿度・台の張りなどが異なる中で、結果を出すには“いつもの自分でいられる”こと、そして“調整力”が不可欠ということですね。
堺:
そうですね。特に連戦が続くワールドカップのような舞台では、その“調整力”がものすごく重要です。練習の1本目からどれだけ高いパフォーマンスを出せるかどうかが大会結果にも直結すると思います。
中山:
再現性を追求しながらも最後の微調整が勝敗を分けることもある。そう考えると、例えば国内での練習段階からあえて異なる台や環境にすることで“合わせる力”を鍛える取り組みもされているのでしょうか?
堺:
そうですね。今の練習施設には4台のトランポリンがあって、それぞれ張り方や弾み方が少しずつ違います。あえていろいろな台を飛んだり、ナショナルトレーニングセンターに行ったりもします。沖縄やフランス、オーストラリアなどで合宿したこともありますね。
中山:
再現するために変化を取り入れるという、矛盾のようでいて本質的なアプローチだと感じました。
堺:
さまざまな環境で飛ぶことで、「トランポリンに合わせる力」を鍛えられます。環境が良ければパフォーマンスは上がりますが、大会では“合わせる力”が求められるので、練習の段階からいろいろな場所でやることが大事なんです。
5. 極限を支える“意識への意識”

中山:
再現性を追求しながら、あえて“変化”にも身を置く。身体能力やセンスだけでなく、やはり思考力も非常に問われる競技なのだと感じます。
堺:
そうですね。実際は“頭で考えるスポーツ”でもあります。自分で考え、修正していく力がとても大事です。僕自身も「考える選手」だと思いますし、そこを大切にしています。そして、技術面よりもメンタル面の比重が大きく、トランポリンは“メンタル9割”と言われるほどです。
中山:
メンタル9割。それは何を表しているのでしょうか?
堺:
トランポリンは“ミスしたらその時点で終わり”の競技なんです。
中山:
「ミスできない競技」ですね。
堺:
でも同時に、「ミスが当たり前の競技」でもあります。真ん中に“×印”があって、1メートル四方のその中に留まれば、移動点という採点項目で10点が取れます。ただ、そこにずっと居続けるのは本当に難しいので、少しズレた時にどう戻すか。焦らず、冷静に、真ん中へ戻す力が求められます。焦るとさらにズレて、高さも落ちて、次の技が崩れていく。たった2秒の間に「今どこにいて、どれくらい回転しているのか。次はどれくらいの回転で真ん中に戻すのか」を瞬時に判断しなければならないので、“冷静さ”を保つ気持ちと、“失敗したら終わり”というプレッシャーの中でいかに“強気”に演技できるか。それが“メンタル9割”と言われる所以だと思います。
中山:
なるほど。思考面の冷静さと強気。
堺:
そうですね。だからこそ“絶対的な自信”が必要なんです。それが、母の言う「ナルシストであれ」にもつながっていると思います。
中山:
1本の技が約2秒、それを10本続ける。その“空中にいる時間”は、堺さんにはどのように感じているのでしょうか?
堺:
良い時ほど、長く感じます。1本が終わって空中でトランポリンが見えた瞬間に、「次はこう踏めばいい」と0.2〜0.3秒の間で感じ取っている。うまくいっている時ほど時間がゆっくりに感じるんです。逆に焦っている時は、あっという間に次の技に行かなきゃ、となっています。“良い時ほど自分を操れている”感覚があります。トランポリンは地面と違って、バネが沈んでから上がるまでの時間があるので、“リズムの競技”なんです。そのリズムが手に取るように分かる瞬間があります。

中山:
とても興味深いです。先ほど、練習において良い状態なら続け、良くない時は切り上げるとお話しされていたので成功イメージを“擦り付ける”ことも必要になりそうだと感じました。上手くいっている時のイメージトレーニングなどもされるのでしょうか?
堺:
そうですね。僕は上手くいっている時に“何を意識していたか”を思い出します。良いイメージをそのまま思い描くと、どうしても観客目線・第三者目線になりがちなので、一人称視点で「この瞬間に自分は何を考えていたか」を脳内で再現するようにしています。
中山:
なるほど。“良いイメージ”そのものではなく、“意識の再現”を行うのですね。
堺:
そうです。もちろん悪い時もありますが、それも引き出しの一つにします。「この時は崩れたけど、どう立て直したのか」その記憶をイメージとして残しておく。大会で同じような状況になった時、その引き出しから「こうすれば戻れる」という感覚を取り出せるんです。
中山:
同じ“イメージトレーニング”でも、どこに意識を置くかで全く異なりますね。まさに“再現性を高めるための引き出し作り”だと感じました。
堺:
そうですね。上手くいった時も、上手くいかなかった時も、どちらの状態でも再現できるようにしておく。それがトランポリンの強さにつながると思っています。
中山:
その“再現する力”があるからこそ、迷いなく切り上げる判断もできるのですね。
堺:
そうですね。どうしても戻れない日は潔く切り上げます。中途半端に続けても意味がないので。
中山:
なるほど。感覚と再現性を丁寧にすり合わせながら、日々の精度を積み上げていくのですね。
堺:
はい。その積み重ねこそが、最終的に本番での“安定感”につながると考えています。
6. 29年を、20秒の演技に
中山:
最後に、少し未来のお話も伺わせてください。堺さんはLA2028を明確な目標として掲げていらっしゃいますが、そこを目指すと決めている背景には、どのような想いがあるのでしょうか?
堺:
僕は東京五輪に出て、パリは落選してしまって。パリの前年の世界選手権で決勝に残って、日本として枠を持って帰るための1人として活躍したのにも関わらず、最後、5月の国内の最終選考会で敗れた悔しさがあります。それに東京五輪では演技を中断してしまって上手くいかなかったので、実はその時の映像をいまだに見たこともなくて、記憶もないんです。
中山:
その経験が今の堺さんの中で、何かの原動力に変わっていった部分があるのでしょうか?
堺:
ありますね。それからも世界大会に出たり、世界チャンピオンにもなっているのですが、ずっとモヤモヤしていて。やっぱり、オリンピックで上手くいかなかったことはオリンピックでしか返せないと思っていて、どれだけ世界で活躍しても思うところがあるんです。
中山:
オリンピックでしか返せないという言葉に、強い覚悟を感じます。
堺:
ロスでは年齢的にも31歳になって、それを超えるとなかなか難しい段階に入ってくると感じています。だからロスは、本当に選手生命を賭けて、自分の演技を追求したいと思っています。
中山:
実際にその舞台で、ご自身の演技をどのように表現したいと考えていますか?
堺:
どう表現したいか…悩ましい質問ですね。言うならば、2歳から始めて、もう26年くらいやっていて、ロスの頃には29年になります。その29年を、20秒の演技に集約させたいと思っています。
中山:
積み上げてきたもの、そして時に壊してきたものも含めて、いかにその20秒に集約させるか。堺さんが歩んでこられた29年間を、“ありのままに出し切った”と心から言える演技をしてほしいと純粋に思いました。
堺:
そこでメダルも取れたら、もちろん嬉しいです。ただそれ以上に、オリンピックという“誰でも出られるわけではない場所”で、全世界が注目する中で自分の演技を出す。それを想像するだけで、本当に気持ちいいだろうなと思います。
中山:
結果や評価ではなく、自分の存在を空中で表現するその瞬間にしか味わえない“解放”が、そこにはありそうですね。ロスの空で、その20秒がどんな景色になるのか、本当に楽しみです。本日はありがとうございました。
堺:
ありがとうございました!

答えは、すぐには見つからないかもしれない。
それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。
思考を解き明かす対話は続く。
『Dialog Code』——次は、誰の思考に触れようか。
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