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Dialog Code

『体より先に、思考が限界を迎える──競歩から紐解く、思考体力を残す「勇気ある休養」』 #丸尾知司 Dialog Code 

2026/7/8

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」

『Dialog Code』

強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。

今回登場するのは、

丸尾知司(陸上競技 / 競歩選手・愛知製鋼株式会社陸上競技部所属)

【Before Dialog】
競歩は、見た目以上に過酷な競技だ。長い距離を歩き続ける中で、身体には疲労が蓄積し、心には何度も限界が訪れる。それでもフォームを崩さず、判定とも向き合いながら、最後まで前へ進み続けなければならない。ただ速く歩けばいいわけではなく、技術のほかに心の耐久性や自分自身を整える力が問われる。丸尾知司は、良い状態を「無心」と表現する。余計なことを考えず、勝つことだけに集中できている状態。けれど、その境地は何も考えないことで自然に訪れるものではない。日々の準備、休養の取り方、自分の動きを見つめ直す作業。その積み重ねがあって初めて、スタートラインに立った時の集中につながっていく。一方で、競歩は結果がはっきりと出る競技でもある。どれだけ準備を重ねても、その日のレースで出し切れなければ、結果として残らないこともある。だからこそ、苦しさとどう向き合い、緊張や不安をどう受け入れ、積み重ねてきた過程をどう自分の中に残していくのかが問われる。競歩という我慢比べの中で、身体をどう整え、何を支えに、最後の一歩まで進んでいくのか。さあ、彼の思考を紐解いていこう。

【Code.1 - STATE】省エネルギーで勝負する───余計な思考もエネルギー消費の対象

中山:
レース中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?

丸尾:
「無心」です。

中山:
具体的にはどのような感覚なのでしょうか?

丸尾:
すべてがオートマティックというか、何も考えずにできている状態です。「こうしなきゃいけない」「こうなったらどうしよう」と考えている時は勝てないですね。

中山:
なぜ、すべてがオートマティックな状態が一番良いのでしょうか?

丸尾:
マイナスな要素が出てこないので、無駄なことを考えないからです。変なことを考えずにレースに挑める時が一番いい状態ですね。

中山:
競歩は長時間の競技ですが、考えすぎないことは身体面にも影響するのでしょうか?

丸尾:
気持ちの部分が大きいですが、身体的にも影響はあると思います。考えることで糖質を使うので、その分エネルギーを消費するという意味では、余計なことに力を使わない方がいいですね。

そもそも勝負の大部分は、レース前の準備で決まっていると思っています。レース中に相手の動きを見たり、仕掛けるタイミングを考えたりすることはありますが、それは最後の部分です。いかに無心の状態でスタートラインに立てるかが大事だと思います。もちろん、そこに至るには準備を積み重ねていないと無心の状態にはなれないです。

中山:
体も思考も、事前の準備をしっかりできていればいるほど、本番では余計なことを考えずに済むという感覚でしょうか?

丸尾:
そうですね。勝つことだけに集中できます。いかに省エネルギーで戦えるかという勝負ですね。

中山:
余計なことを考えないと、思考的にはどのような状態になるのでしょうか?

丸尾:
強気な状態でいられます。「誰が来ても負けない」と思うことができます。マイナスのことを考えずに済んでいる状態です。

中山:
逆に、不安や悪い考えが出てくる時は、身体的な感覚も変わるのでしょうか?

丸尾:
やっぱり体力的にきつくなります。考え始めるということは、自信がない状態でもあるので、「どうしよう」「相手の方が強い」と思い始めると、自分より圧倒的に強い相手と対峙しているような感覚になります。

中山:
長い距離を歩く中で、思考のアップダウンはあるのでしょうか?

丸尾:
良い時はずっと良いですし、悪い時はずっと悪いです。なので結局、すべて準備につきます。

中山:
だからこそ、良い状態に入るための準備が重要になるのですね。レースの途中で「今日は厳しいかもしれない」と感じた時に、そこから状態を戻すために意識していることは何ですか?

丸尾:
「もう行くしかない」と、覚悟を決めるしかないですね。先ほどの話と矛盾しますが、自分がやってきたことを思い出したり、応援してくれている周りの人のことを考えたりして、精神面で背中を押してもらうことはあります。

中山:
覚悟を決めることで、また無心の状態に近づいていくのでしょうか?

丸尾:
そうですね。より勝負に集中できる状態に寄せていく感じです。

中山:
競歩は長時間の競技ですが、身体的な疲労が増えていく中でも、無心の状態を維持できるものなのでしょうか?

丸尾:
良い時はできます。ただ、「肉体的な限界よりも思考的な限界の方が先に来る」と思っています。身体は本当はまだ動けるのに、先に心が耐えられなくなってしまうんです。

中山:
なぜ、心の方が先に限界を迎えると考えるのでしょうか?

丸尾:
消耗品で、壊れるものだと思っているからです。結局どのレースを見ても最後の直線だけスパートする選手がいますが、本当に身体が限界なら最後にそんな力は出せないはずです。なので、最後にそれだけ振り絞れるということは、絶対に身体にまだ力が残っているということだと思います。

心が耐えられなさすぎてペースダウンしてしまうという順番なので、自分の100%に近いパフォーマンスを出すには、いかに心を整えておくかが重要だと感じています。

中山:
思考の耐久性を高めるためには、何が必要だと思いますか?

丸尾:
日々のトレーニングで鍛えることももちろん大事ですが、頭を休める時間を作ることも同じくらい大切です。「練習はすごく良かったのに、本番で力を出せなかった」という人がいますが、それは頑張るための思考体力が残っていない状態だと思います。練習でしんどいことをやりすぎて心が壊れてしまい、身体を動かすためのドライバーがなくなっているような感覚です。だからこそ、頭もしっかり休ませて、心身ともに整った状態でスタートラインに立つことが重要だと思います。

中山:
丸尾さん自身は、頭を休めるためにどんなことをしていますか?

丸尾:
強制的に練習しない環境を作ります。僕自身、休むのは苦手なのですが、「休むのも勇気」という言葉を聞いてからうまく休めるようになりました。強くなるために休むというマインドが大事だと思います。

中山:
あくまで「強くなるために必要なこと」として、練習量を減らしたり、何もしない時間を意識的につくっているのですね。大会前はどのタイミングから休養を増やして、本番で頑張るための余力を残していくのでしょうか?

丸尾:
大会の10日前からですね。レース当日までの練習メニューはすべて細かく決めていて、レースまでの1週間の距離をどんどん減らしていくように設定します。さらに10日前からは休む時間も増やして、より良い状態で本番を迎えられるように調整します。

中山:
10日前という設定は、これまでの経験から導き出したものですか?

丸尾:
そうですね。今までやってきた中で、このくらいが一番良いんじゃないかという自分なりの仮説です。

中山:
10日前から当日までは、練習量はどのくらい変わるのでしょうか?

丸尾:
普段に比べればかなり減ります。多い時は1日30キロほど歩くこともありますが、大会前は10キロ程度まで落とします。

【Code.2 - EMOTION】緊張は本気の証明───不安を受け入れ、「一人ではない」感覚で戦う

中山:
レース前やレース中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、丸尾さんにとってどのような存在ですか?

丸尾:
「どれだけその試合にかけてきたかを表すもの」です。

中山:
なぜそう捉えるようになったのでしょうか?

丸尾:
やっぱりどうでもいいことや絶対にできることには、緊張しないですよね。例えば、ドアを開けることも何回も繰り返しているので緊張しないと思います。でも、できるかどうか分からないことに挑戦しているからこそ、緊張や不安が生まれます。だからこそ、緊張が大きければ大きいほど、「それだけ自分はこのレースに懸けてきたんだ」と感じることができます。

中山:
大会によって、緊張の種類が変わることはありますか?

丸尾:
特に、東京オリンピックの時は緊張しました。地元開催という特別感もありましたし、なかなかきつい緊張でした。

中山:
「きつい緊張」というのは、具体的にはどのような状態でしょうか?

丸尾:
自分で自分にかけた変なプレッシャーに耐えられなかったという感覚です。当時はワールドランキング1位かつ「金メダルを取る」ということしか考えていませんでした。それ以外の結果を許せないと思いすぎて、どうしようもなかったんです。

中山:
自分で設定した目標の高さが、逆に自分へのプレッシャーになっていたのですね。

丸尾:
そうですね。今振り返ると、もう少しゆとりがあれば良かったなと思います。

中山:
強い緊張を抱えた状態で、パフォーマンスにはどのような影響がありましたか?

丸尾:
本当に良くなかったです。目標としていた順位にも届きませんでした。事前の練習がうまくいかなかったことも含めて、自分に課した目標値が高いがゆえに、レースまでに心と体を壊してしまった感覚があります。

中山:
もし、今の丸尾さんが同じ状況に戻れるとしたらどのように準備しますか?

丸尾:
結局、もう一度同じ場面に立っても「金メダルを取る」と言うと思うんですよ。ただ、一度経験しているからこそ、その時の自分にコーチングできるとしたら、練習やトレーニングの調整の部分でもう少し余裕を持たせると思います。

中山:
丸尾さんは、緊張や不安をなくそうとするタイプですか? それとも受け入れるタイプですか?

丸尾:
最近は受け入れるタイプですね。

中山:
なぜそうするのでしょうか?

丸尾:
仕方ないと思えるようになったからです。本気で懸けてきたものがあるなら、緊張しないとおかしいと思いますね。だんだん柔軟になってきたというか、起こることや流れはコントロールできないので、まずは全部受け止めた上で戦うという感覚になりました。「緊張はするだろうし、何か起きてもしょうがない」と考えられるようになりました。

中山:
大きな大会が開催されるとしたら、今は緊張のピークはどのタイミングで来るのでしょうか?

丸尾:
前日ですね。戦いに行く前の戦士のような気分になります。当日はもう「行くしかない」という感じになります。体調や怪我の不安もあるので、スタートラインに立つまでがかなり大変なんです。だからこそ、無事にスタートラインに立てると分かった瞬間に少し安心します。

中山:
スタートラインに立つこと自体が、これまで積み重ねてきた準備の一つの到達点なのですね。

丸尾:
そうですね。そこで一つクリアして、あとは勝負だという感じです。

中山:
前日に緊張が高まっている時は、どのように過ごしているのでしょうか?

丸尾:
僕は、応援してくれる人たちの思いをエネルギーにして戦うタイプなので、そういう人たちのことを思い出したり、ゴールした時に喜んでくれている姿を思い描いたりします。自分が勝ちたいという気持ちにこだわらなければいけないのですが、「みんなで勝ちたい」という思いがあります。

中山:
周りの人たちのことを思い浮かべることが、丸尾さん自身にはどのような影響を与えるのでしょうか?

丸尾:
もう一歩先に行ける感覚があります。自分の思いだけではなく、身体的・心理的な限界を超えていけるように、いろんな人の思いを背負っていると思うと「もう一歩自分の力を出せるんじゃないか」と思えるんです。自分がやりたいという気持ちだけでは、競技は長く続けられないですね。

中山:
周りの人たちの存在を思い出すことで、力を引き出すだけではなく、気持ちが落ち着く部分もありますか?

丸尾:
ありますね。「一人ではない」と思えることで気持ちが落ち着くというか、「一人で戦っているわけではない」と感じることで安心できるのだと思います。



【Code.3 - COGNITION】永遠に課題が出る競技───一歩のズレを修正し続ける探求

中山:
丸尾さんにとって、競歩という競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?

丸尾:
テクニックもありますが、「我慢比べ」だと思います。

中山:
競歩を「我慢比べ」だと表現した理由は何でしょうか?

丸尾:
すごくきつい競技だからです。どのスポーツも苦しい場面はありますが、競歩はその苦しさに真摯に向き合いながらテクニックを磨いて戦うものです。根性論はあまり好きではないですが、結局最後は「心」だと思います。その我慢比べに勝てるかどうかが重要だと思います。

中山:
一番我慢しなければいけないものは、身体的な痛みですか?それとも苦しいという感情なのでしょうか?

丸尾:
苦しいという感情によく似ていると思います。ずっと走っていて「もう走れない」と思うような感覚です。有酸素系の競技なので、マラソンと一緒ですね。持久走を一生やらされていて、それに耐えることができたら相手に勝てるという感覚です。

中山:
他の競技だと、途中で「いいプレーができた」という瞬間的な喜びが、苦しい時間を乗り越えるエネルギーになるという側面もあると思います。競歩にもそういう瞬間はあるのでしょうか?

丸尾:
相手が苦しそうにしていたり、自分の方が余裕を持って歩けていると感じた時は、力が湧いてきます。あとは、競歩の場合は判定種目なので審判が「走っている」「膝が曲がっている」と判断すると、イエローカードが出ることがあります。それは相手にとってはマイナスになるので、そういう状況を見ると自分にとっては養分になるというか、有利に働きますね。

中山:
相手の苦しそうな姿や判定などが「養分」になるということですが、なぜそこから力が湧いてくるのですか?

丸尾:
「勝てるぞ」という気持ちになるからです。相手の方が汗を多くかいていたり息遣いが荒かったりしている姿を見ると、「勝てる」と思えるのでそれが養分になるという感覚ですね。

中山:
一方で、テクニックの部分も重要だと思います。競歩における技術とは、具体的にはどのようなものでしょうか?

丸尾:
説明するのがすごく難しいのですが、全身を連動させなければいけないんです。ハムストリングだけ強ければいいとか、一部分だけ鍛えるだけでは絶対に勝つことはできません。強い選手ほど全身が連動していて、骨盤を綺麗に動かしています。動きに無駄がない選手が勝てると思います。

それらを磨くのはすごく大変ですが、それが競歩の鍵になります。心の強さも大事ですが、それだけでは勝てないのでテクニックの部分をいかに大事にできるかですね。

中山:
「全身を連動させる」「無駄をなくす」という技術を高めるためには、どんなことをしているのでしょうか?

丸尾:
自分の動きを3つの視点から見ています。1つ目は、自分が理想としている動き。2つ目は、動画で撮影した動き。そして3つ目は、実際に歩いている時の景色です。その3つを合体させて、いかに理想に近づけられるかという作業です。

逆に言うと、「全身を連動させる」というのはそこまで深いことではないです。ストレッチやフィジカルトレーニングによって身体の可動域を広くして、身体の中心となる部分を鍛えてブレないようにしていきます。ストライドが1センチ伸びるだけでも、5万歩ほど歩けるようになるので伸ばせばいいというものでもないですが、少しでも伸びた方がいいですね。

中山:
何か特別に難しいことをするというよりも、基礎的な部分をどれだけ丁寧に積み重ねられるかということでしょうか?

丸尾:
そうですね。簡単なことをいかにちゃんとやれるかだと思います。

中山:
実際に理想の動きに近づけていくためには、自分自身を複数の視点から分析して、何を変えるべきかを考えているのですね。

丸尾:
自分では「こう動いている」と思っていても、動画で見ると全然違うことがあります。そこには主観と客観のズレがあって、その感覚の違いを埋めていかないと、どれだけ理想が高くても身体のレベルが上がっても、最後の部分でうまく動かなくなると思います。

中山:
細かい部分を修正し続ける過程そのものに楽しみを見出せないと、長く続けるのは難しい競技だと感じたのですが、どんな面白さを感じていますか?

丸尾:
競歩って、足のことを気にしだすと次は肩の方が悪くなったりなど、永遠に課題が出てくるんですよね。歩いている時に左足が接地した瞬間、右肩が前に出てしまう癖があって、そこを直したいと思っていろんな取り組みをして映像を見ながら修正していく。そうすると、右足のかかとが少し高いから、もっとエコノミーに動けるのではないかとか、永遠に課題がループしていくんです。

年齢を重ねる中で考え方も変わってきますし、そういう課題に向き合い続けること自体が競技の魅力だと思っています。そして、それを最後に評価するのがレースでの結果やタイムだったり、普段の練習であれば心拍数などの数字になります。

中山:
結果として数字が出るというのは、ある意味で残酷な側面もありますよね。自分の中では成長を感じていたり、人間的にも競技的にも積み重ねがあったとしても、その日のレースで出し切れなければ、結果として残らないこともあると思います。結果と過程については、どのように考えていますか?

丸尾:
本当に残酷ですよね。結果に結びつかないこともたくさんあります。「結果が全て」と言ってしまえばそれで終わりですが、やってきた過程というのは必ずどこかでつながると思っています。その過程があったからこそ、何か違う出会いにつながることもあります。その競技に対して、どれだけ真摯に向き合ってきたかという部分が一番大事だと考えています。

中山:
最後は自分自身がどう納得できるかが大事なのですね。

丸尾:
そうですね。最後に自分が自分を許してあげられるかどうかだと思います。

【Code.4 - VISION】スポーツの本質としてのつながり───勝敗を超えて、仲間と歩む未来

中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?

丸尾:
競技成績に関係なく、多くの仲間と共に歩んでいけるようなことが私の理想です。競歩を通しての出会いを大切にしたいです。

中山:
競歩は個人競技ですが、なぜ「仲間と歩んでいけること」を大事にされているのでしょうか?

丸尾:
競歩でも、サッカーのようにトレーニングキャンプをするんです。日本代表の合宿も多くありますし、一人で戦う競技ではありますが、練習自体はみんなで取り組むことが多いです。海外の選手と一緒に練習する機会もあります。その中で、歩くことを通して人とのつながりが生まれるのは、すごく素晴らしいことだと感じています。そこにスポーツの本質があるのではないかと思っています。

中山:
スポーツの本質というのは、具体的にはどのようなところで感じるのでしょうか?

丸尾:
そもそもスポーツは、なぜ始まったのだろうと考えることがあります。もちろん勝ち負けも大事ですが、競技を通して本来出会うはずのなかった人たちと出会えることがあります。オリンピックでも、戦争中であっても国を超えて選手が参加することがありますよね。人と人がつながることで平和につながっていく部分がすごく素晴らしいことだと思っています。

もちろん競技者としては勝たないといけないですが、最後は自分の周りにどれだけ仲間がいてくれるかということを大事にしたいです。

中山:
競技を続けてきた中で、「一番大きかった出会い」を聞かれたら、何が思い浮かびますか?

丸尾:
2年前にパリオリンピックがあったのですが、代表権を逃したことがあるんです。その時はオリンピックに出られなかったら引退しようと思っていたので、どこかやり切れない思いが残っていました。

その時、当時の世界チャンピオンだったスウェーデンのペルセウス・カールストローム選手と以前から交流があったので、「もっと速くなるにはどうしたらいいんだ」と連絡したんです。そしたら「スイスで合宿するから来い」と言われて、「無茶苦茶な」と思いながら単身で行きました。

その人からは休むことの大切さを教えてもらいました。「アスリートは自分に厳しくすることよりも、自分に優しくすることの方が難しいんだよ」と言われたんです。その考え方は自分の中になかったので、すごく印象に残っています。実際に、休めないことで心が壊れてしまうアスリートもいるからこそ、本当に大切なことなんだなと感じました。

中山:
まさに先ほど話していた準備の考え方や、休むことの重要性にもつながっていますね。

丸尾:
そうですね。その選手との出会いが、自分自身を変えました。

中山:
この言葉はアスリートだけではなく、ビジネスパーソンにも響くものがあると感じました。

丸尾:
日本人は真面目すぎる部分があるので、「休むことは悪だ」という考え方があるように感じます。

中山:
最後に、将来振り返った時に「競技を続けてきてよかった」と思える景色はどんなものだと思いますか?

丸尾:
自分の引退レースに、たくさんの仲間が来てくれる景色を見たいです。あとは競技を終えた後も一緒に歩んでくれる人がいるというか、一緒に仕事をしたり、関わり続けてくれる人が少しでも多くいたらいいなと思います。アスリートでいるうちは、結果があることでつながれる部分もあります。ですが、競技を辞めて結果というものがなくなった時に「つながり」というものが多くあるといいなと思います。

中山:
もちろん勝負の世界である以上、結果を求め続ける姿勢は必要だと思います。ただ、その過程で生まれた出会いやつながりが、競技を超えて人生を支えるものになるはずです。丸尾さんが最後に見たいと話してくださった景色は、これまで競歩と真摯に向き合ってきたからこそ見える景色なのだと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました!

丸尾:
ありがとうございました!



【After Dialog】
競歩はただ苦しさに耐えるだけの競技ではない。無心で勝負に入るために準備を重ね、心を壊さないために休む。自分の感覚と映像に映る動きのズレを確かめながら、全身の連動を少しずつ理想に近づけていく。その過程には、我慢だけではなく繊細な調整と積み重ねがある。緊張や不安も、丸尾知司にとっては弱さではなかった。それは、その試合にどれだけ懸けてきたかを示すもの。だから消そうとするのではなく、受け入れたうえで戦う。自分一人の思いだけでなく、応援してくれる人や、ともに歩んできた仲間の存在が、もう一歩先へ進む力になる。結果は、時に残酷であり、どれだけ積み重ねても、必ず報われるとは限らない。それでも、競技に真摯に向き合ってきた過程は消えない。そこで出会った人、受け取った言葉、支えてくれた存在は、競技成績とは別の形で残り続ける。最後に自分を許せるか。そして、歩み続けた先に、どれだけの仲間がそばにいてくれるか。彼が見つめる競歩の先には、勝敗や記録だけでは測れない、スポーツが人と人をつなぐ景色がある。

『Dialog Code』

答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
丸尾 知司(まるお・さとし)
1991年11月28日生まれ、京都府出身。
陸上競技(競歩)選手。愛知製鋼株式会社陸上競技部所属。

洛西中学校、洛南高校、びわこ成蹊スポーツ大学を経て、愛知製鋼株式会社陸上競技部に加入。専門は20km競歩、35km競歩、50km競歩。2017年のロンドン世界選手権では男子50km競歩で4位に入賞し、2018年のジャカルタ・パレンバンアジア大会では同種目で4位。東京2020オリンピックでは、男子50km競歩の日本代表として出場した。50km競歩が主要国際大会から外れた後も、20km競歩、35km競歩を中心に競技を継続。2023年ブダペスト世界選手権、2025年東京世界選手権にも日本代表として選出され、国内外の舞台で挑戦を続けている。
【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。

JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。

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