Dialog Code
『型にはまらない才能をどう残すか──感覚派を潰さないための競技改革』#坂井丞 Dialog Code
2026/6/17

「対話が変われば、スポーツはもっと変わるのか?」
『Dialog Code』
強くなるために必要なのは、トレーニングや技術だけではない。アスリートが自分自身と向き合い、考え、気づくことで、次のステージへ進む鍵を探る対話記録。
今回登場するのは、
坂井丞(飛込競技選手・ミキハウススポーツクラブ所属)
【Before Dialog】
飛込は、観る側にとっては一瞬の競技だ。飛び板に立ち、助走し、踏み切り、空中で回転し、水面へ入る。演技そのものは数秒で終わるが、そのわずかな時間の中で、少しの迷い、身体のズレ、緊張のかかり方が結果に直結する。それならば、飛び板の上に立つまでに何を考え、どこまで考え、どこから先は考えないのか。何も考えないことが良いのか。緊張は消した方がいいのか。そもそも、本番で力を出すために必要な感覚なのか。坂井丞は、自分の感覚を頼りにしながらも、決して感覚任せだけで競技を組み立てているわけではない。試合前の過ごし方、飛び板に乗る瞬間の割り切り、空中で残すべき意識、そして自分だけの調整方法。その一つひとつに、長く飛込と向き合ってきた選手ならではの判断がある。飛込という一瞬の裏側で、彼は何を信じ、何を手放しているのか。さあ、彼の思考を紐解いていこう。【Code.1 - STATE】疑いを消す一瞬の設計───飛び板の上で迷わないための割り切り
中山:
試合中、判断がうまくいっている時のご自身の状態を、一言、もしくは短い文章で表すとしたら、どのような言葉になりますか?
坂井:
「これだ」と思ったことに自信がある状態です。
中山:
飛込において、「これだ」と思えるのはどのような感覚なのでしょうか?
坂井:
パッと思い浮かんだことに対して、不安要素がある時は調子が良くないなと感じます。不安があると、あれもこれも考えてしまいます。逆に「これをやらなきゃ」ということに対する自信があって、それだけを考えている状態が一番いいのかなと思います。そういう状態のことをよく「無」と言いますが、自分も無を極めようとした時期があったんです。でも、本当に何も感じなくなってしまった時期があって、これはやりすぎだなと思いました。試合勘も緊張もしないので、やっぱり緊張はあった方がいいなと思ったんです。
いろいろ考えた結果、自分にとって一番いい状態は、考えていることに対して何の疑問もないことだと思います。
中山:
助走に入る前にやるべきことを頭の中で想像すると思うのですが、それは自然に浮かんでくるのでしょうか?
坂井:
飛び板の上に立ってから悩んだことは、基本的にないですね。一度立ってしまったら、もうやるしかないので、そこは割り切っています。ただ、試合前や飛び板に乗る前の段階で不安が大きすぎると、「あれをやらなきゃ」「これで良かったかな?」と考えが大きくなってしまいます。
なので、「足を締める」「お腹の上部を締める」など、感覚的なことを自信を持って再現できている時が一番いい状態ですね。
中山:
「無になること」も試したというお話がありましたが、なぜそれをやろうと思ったのですか?
坂井:
競技者って、「一番調子が良かった時は何も考えていなかった」「無だった」みたいなことをよく言うじゃないですか。なので自分もそれを試してみました。でも、多分それって本当の意味で無ではないんですよね。考えていることに対して自信があるから、不安要素がないだけなんだと思います。緊張もしているけれど、その緊張が居心地いいという状態なんじゃないかなと。
自分は無になろうとしすぎてしまって、練習と試合の境目も分からなくなってしまい、試合でも緊張しない。試合会場にいるのに、まるでいないかのような感覚になってしまったんです。これは無と言えば無なんですけど、良くない無なんじゃないかと思いました。
そこからは逆に、自分にプレッシャーをかけて緊張させる練習をしました。実際、緊張している時の方が演技が良かったりもするので、「ここで負けたら終わりだぞ」くらいのプレッシャーを自分にかけながら試合勘を戻していきました。
中山:
無になることを試したのは、あれこれ考えすぎてしまうような時期があったからでしょうか?
坂井:
競技を長く続けていると、毎試合100%調子がいいわけではありません。過去を振り返った時に一番ハマっていた試合に持っていきたいですし、それを超えたい。そう考えた時に、「あの時って本当に何も考えていなかったな」という感覚に行き着いていたんです。
ただ、何年に一度あるかというレベルのベストパフォーマンスを、毎試合再現したいと思った時に、「あれはどうやってできていたんだろう」と振り返るようになりました。そこで、無の領域というか、そういうものが大事なのではないかと思い始めて、試してみるようになったのが始まりですね。
中山:
飛込は板の上に立って、飛んでしまったら一瞬で終わる競技に見えます。自分がやりたいことを実行できる状態がベストだということですが、その思考はどのタイミングまでしていますか?
坂井:
飛んでいる時は「すごい回ったな」「今すごく体が動いているな」と感じています。そこで調整する部分もありますし、もはや賭けに近い感覚もありますね。飛び出した後も体は動かしているのですが、できることとできないことがあるので、「たまたまうまく入った」くらいに思うようにしているというか、そこに意識を向けすぎないようにはしています。考えてはいるんですけど、そこに100%意識を向けてしまうと、回転が崩れたり、一瞬の油断になったりして演技に支障が出ると思うからです。
飛び板の先端でここから宙返りをするぞという時に、「お腹を締める」「足をしっかり蹴る」という感覚をずっと持っています。でも試合中に「今どうやって足を蹴ったんだろう」など、そこまで細かく考えているわけではないですね。「蹴る」「締める」「伸ばす」などの端的なことは水に入るまでは考えています。
中山:
では、あの一瞬の間でも頭は回っているんですね。
坂井:
そうですね。ただ、そこに気を取られないようにはしています。
中山:
それは、競技特性的に修正しきれない部分が大きいからでしょうか?
坂井:
そうですね。例えば回転が重かったら「もう少し持っていかなきゃな」と考えたり、逆に回転が速かったら「少し早めに離そう」「伸ばした後に少し我慢してから入水に持っていこう」などの大きな修正は考えますけど、それ以外は時間が短すぎて無理ですね。
中山:
最後に飛び出したら、あとは普段の練習で身につけた動きに任せて、オートパイロットのように体が動いているのかなと思っていました。
坂井:
飛び板の場合は、助走の段階から考えることがあるんです。先端の真ん中にきれいに入る時もあれば、足が余る時もあるし、指が出てしまう時もある。そういう状況によって変えなきゃいけない部分もあるので、競技時間は短いですが考えていることは多いと思いますね。
ただ、「足が出たらどうしよう」「飛び板が余ったらどうしよう」と考えている選手は、基本的に失敗している気がします。そこに関しては、自分はなるようにしかならないと思っていますし、もちろん落ちたら0点ですが、無理に飛ぶよりは止まった方がいいと思うタイプなんです。
止まると審判一人につき2点減点されるのですが、無理やり飛んで2点とか3点の演技になるくらいなら、一回仕切り直して8点の演技をして、減点されても6点の方がマシだと考えるタイプなので、割り切り方は結構大胆かもしれないですね。

中山:
先ほど、飛び板の上で悩むことはないという話がありましたが、それはアマチュア時代から変わらないのですか?
坂井:
そうですね、当時もプロになってからもずっと変わらないです。
中山:
僕はサッカーをやっていたのですが、サッカーで唯一静寂な瞬間といえばPKです。飛込も、静寂な空気感があるかと思うのですが、余計なことを考えすぎる瞬間はありますか?
坂井:
どうですかね、それは敵がいるから考えすぎることがあるんじゃないですかね。キーパーがいて、「右に蹴りたいけど読まれているかもしれない」など、そういう駆け引きがありますよね。飛込にも駆け引きはありますが、結局飛び板も自分で動かしていて、自分の体で対処できるように練習しています。そこは少し違うかもしれないですね。
中山:
本当に自分のことだけに集中すればいいのですね。
坂井:
そうですね。「前の選手が決めたから自分も決めてやろう」ということはあるかもしれないですけれど、飛び板の上に立って「飛び板が勝手に右に動くかもしれない」みたいなことはありませんしね(笑)。
中山:
確かに、不確実性は少ないですね。
坂井:
ただ、外のプールは別です。風が吹いたり止んだりすると、風で体が戻されたりすることがあるのですごく嫌いですね。吹いていない時に飛びたいですし、歩き始めたら吹いてきたということもあります。逆に、「ずっと吹いているからもういいや」と思って前傾で入ったら、急に風が止まって落ちそうになることもあるので、外のプールだと風とのやり取りはありますね。
【Code.2 - EMOTION】緊張をリハーサルする───イメージトレーニングがつくる冷静さ
中山:
試合前や試合中に生じる「緊張」や「不安」という感情は、坂井さんにとってどのような存在ですか?
坂井:
試合前に緊張しているからこそ本番で緊張しないので、試合に挑むための準備です。
中山:
試合前に緊張しておくことで、本番はどう変わりますか?
坂井:
だいたい試合の1週間前くらいからイメージトレーニングをするようにしていて、緊張して寝られなくなるんですよ。でも、先に緊張しておくと、本番では緊張せずに挑めます。逆に何の準備もなく「今日は試合か」と思うと、その場で整理を始めるので急に緊張し始めるというか、準備ができていない状態だからこそ不安になる感覚があります。
事前にイメージトレーニングをしておくと、「ちゃんと準備してきた」という気持ちで試合会場に入っていけるんです。
中山:
イメージトレーニングでは、具体的にどんなことを考えますか?
坂井:
会場によって雰囲気や配置、人数、明るさが違うので視覚の面でも変わってきます。なので、自分がそこで飛んでいる姿をイメージしています。単に飛んでいるだけじゃなくて、会場にいる自分や、ウォーミングアップしている自分を想像していることが多いかもしれないです。
中山:
イメージトレーニングは、どのように取り組んでいますか?
坂井:
夜に寝転がっている時、勝手に考え始めてしまうんですよ。それが試合前日だと、本当に寝られなくなってしまって寝不足で試合に出たり、中高生の頃は2時間睡眠くらいで試合に出ることもありました。若い時はそれでも動けたのですが、年齢を重ねると2〜3時間睡眠で試合をするのはかなりしんどいので、そのピークを1週間前に持っていくようになったんです。
中山:
1週間前にイメージトレーニングをすると、その後は自然に落ち着いていくのですか?
坂井:
一度自分の中で整理すると、次の日から目を閉じても試合のことや演技のことを考えなくなるんです。そこでスイッチが入って、「あとは試合をやるだけ」という状態になっているのだと思います。
中山:
会場の明るさや雰囲気まで含めて事前にリハーサルすることで、パフォーマンスにはどんな影響がありますか?
坂井:
100回やって100回同じことはできないので、それが直接影響しているかはあまり考えていないですね。
中山:
どちらかというと、緊張に対しての一つの対策としてやっているということですか?
坂井:
そうですね。イメージトレーニングでは完璧な演技を想像したくなるのですが、「イメージトレーニングで完璧だったから、本番も同じになる」とは思わないようにしています。そう思ってしまうと、本番で少し違った時に気持ちが落ちてしまうからです。なので、試合をしている自分を想像しておくだけで、「イメージトレーニングの時はこうだったのに」と振り返ることはないですね。
中山:
では、坂井さんの緊張はどのような要因から生まれていますか?
坂井:
「成功させたい」という気持ちが大きいですね。基本的に飛込は自分との戦いなので、自分が100%の演技をすれば勝てると思っています。なので、100%に近づけたいという気持ちから緊張します。
中山:
100%に近づけたいという思いが、緊張につながっている。だからこそ、「緊張は必要だ」という話ともつながるのですね。
坂井:
そうですね。さらに言うと、やっぱり試合でしか出ない力は絶対あると思っているタイプなんです。「練習でできないことは試合でもできない」という人もいますが、自分は逆に「試合だからできることがある」と感じています。その日の体の動きに合わせて、臨機応変に対応できる人が強いのかなと。練習の時と違っても、「今日はこういう動きなんだな、そこに合わせられるかな」という緊張はありますね。
中山:
「試合でしか出ない力」について、実際の経験を聞かせてもらえますか?
坂井:
昔、新しい種目を試合で急にやることをやっていたんです。練習だと怖くて飛びたくないので、「試合だったらできる」と思って試合に臨んでいました。中学生や高校生の頃は、試合で新種目を飛ぶこともあったんです。なので、試合で板の上に立っている状態は、自分の中では一番「無敵状態」なんですよね。
それが分かっているからこそ、普段はネガティブに感じることも多いです。でも、その日常のネガティブがあるから、試合の時にああいう状態になれるんだろうなとも思います。ずっと無敵状態だと疲れてしまうので(笑)。
中山:
坂井さんにとって板の上は、「怖い場所」ではなく「無敵になれる場所」なのですね。
坂井:
試合に限ればそうですね。サッカーや野球みたいにヤジが飛んでいても、試合の板の上だったら本当に気にならないと思います。例えば、会場で赤ちゃんが泣いていたら、「泣いてるな」とちゃんと聞こえてはいるのですが、それでタイミングを崩されたとは感じません。
飛込は審判長が名前を呼んで笛を鳴らした後に、観客の方が「丞さん!」とか声をかけてくれることがあるんですよ。だいたい誰が呼んでいるか分かるくらいには落ち着いているので、結構冷静なんだと思います。逆に、緊張している人は「何も聞こえない」と言いますね。呼ばれていることにすら気づかないことがあるみたいです。

【Code.3 - COGNITION】失敗を設計する美学───基礎を積み、調子を落とし、新しい技へ踏み出す
中山:
坂井さんにとって、飛込という競技はどのような「ゲーム」だと捉えていますか?
坂井:
「マインクラフト」のように、自分の人生を作り上げていく作業です。
中山:
「マインクラフト」という表現には、どんな意味があるのですか?
坂井:
飛込は、自分の人生の一部であり生活の一部なんです。なので、コツコツ積み上げていくゲームというか、日常に近い感覚ですね。例えば、美味しいものを食べたくなったらレシピを見て「これ作ってみようかな」と思うじゃないですか。練習も似ていて、「今日はちょっと調子が悪かったから、こうやってみたらどう変わるかな」というように、そういう実験をしながらやっています。なので、身近なゲームで例えるならマインクラフトが思い浮かびました。
あのゲームも地道ですよね。ブロックを積み上げて家を作ったり、木を切って素材を集めたり。そういう細かい作業を積み重ねていく感じが、飛込と似ているなと思います。
中山:
では、競技特性の観点で言うと、坂井さんにとって飛込はどんなゲームですか?
坂井:
飛込は、やっぱり唯一無二だと思うんです。極限のものですし、あの緊張感や追い詰められた環境で100%を出す感覚があります。ただ、自分はゲームだと聞くとコンティニューできるものというイメージがあるんですよ。
そう考えると、マインクラフトの方が近い気がします。マインクラフトは、意外とコンティニューが効かないじゃないですか。TNT(火やレッドストーン信号で着火すると大爆発を起こすブロックのこと)で全部爆発したら、また一から作り直さなきゃいけない。そういう意味では、日々積み上げていくこと、壊れたら直すのに時間がかかることが飛込と似ているのかもしれないですね。
中山:
マインクラフトは自由度の高いゲームですよね。坂井さんのお話を聞いていると、競技人生も自由に作ってきた印象があります。
坂井:
かなり自由だと思います。自分のやり方はあまり周りに理解されてこなかったんです。「お前だからできるんだよ」と言われることも多くて、子どもたちに教えてほしいと言われることもあまりありませんでした。
ナショナルジュニアのような場に行くと、努力型の選手たちに向けてイメージトレーニングを教えている人もいます。でも、自分自身はそういう場に呼ばれることはあまりないですね。
中山:
マインクラフトで作っている世界が独特すぎて、周囲が参考にできないと思っているのですね。
坂井:
そうなんです(笑)。 だからこそ、自分で作り上げてきた感覚はあります。「ああいう時ってこうだよね」というような話を、あまりしたことがないですね。
中山:
ただ、ここまでのお話を聞いていると、すごく細かく考えながら技術を磨いている印象があります。飛込において「技術を磨く」とは、具体的にはどういうことを指すのでしょうか?
坂井:
本当にひたすら飛ぶしかないのが前提で、本数を重ねて、自分のものにしていくことは、中高生の頃にかなりやっていました。とにかく基礎をものすごく長くやっていましたね。
中山:
飛込の基礎には、どのようなものがありますか?
坂井:
例えば、ただジャンプして頭から入ったり、1回転半して頭から入ることをずっと続けてきたんです。その結果、さすがに3回転半は無理かもしれませんが、1回転半でも2回転半でも同じように入水できるのが強みだと思っています。普通は飛び板から真上に飛んで真っすぐ落ちるのですが、自分は何メートル先まで飛んでも真っすぐ入れる自信があります。それは基礎が身についている感覚があるからですね。
基礎さえしっかりしていれば、その先で回転数が増えてもなんとかなりますし、新しい技をやる時も、試合でやる時にはだいたい6点か7点くらい取れる状態にしてから出していました。「失敗しながらやらない」ということは自分の美学です。あまり失敗癖はついていないというか、そういう積み重ねが自分を磨いているなと思います。
中山:
「失敗しながらやらない」という美学は興味深いです、それは自然にそういう考え方になったのでしょうか?
坂井:
水に背中から落ちると痛いじゃないですか(笑)。それが嫌だったんです。
中山:
それが結果的に失敗癖がつかないということなのですね。
坂井:
これが正しいか分からないですが、試合前の練習で調子が良い時って、自分の場合は逆に危ないんですよ。なので、1本目を飛んで「めっちゃ調子いいな」と思ったら、わざと失敗するんです。気持ちもかなりナイーブなところまで落とします。
そうすると、本番の試合は調子がいいんですよね。周りは知らないので、すごく心配されますが、調子が良すぎて怖くてわざと落としてるだけなので大丈夫なんです。
中山:
今まで多くのアスリートと対話をしてきましたが、「わざと失敗する」という考え方はあまり聞いたことがないですね。
坂井:
やっている人は多分少ないと思います。でも、わざと失敗すると言っても、最後の入水の角度を少し崩すくらいです。空中感覚自体は、体の調子が良い時の感覚のままです。本当なら最後まで真っすぐ入るのですが、それをやりすぎると逆に不安になるんですよ。
中山:
失敗すればするほど「もう後がない」という感覚になって、結果的に「やるしかない」となるから強いのですね。
坂井:
多分そうだと思います。調子が良すぎると、舐めるんでしょうね。
中山:
独特な考え方で面白いなと思いました(笑)。
坂井:
あまり理解されたことはないですね。ただ、それを知っている人は分かって見ているんですよ。今はコーチが父ではなくて、シンクロで一緒だった寺内健さんという方なのですが、選考会の時に試合前の調子が良すぎて、「これはまずいな」と思って全部失敗するような演技に変えたことがあったんです。父がコーチだった頃は、「大丈夫かよ」みたいな感じで本気で怒るんですよ。そうなると、自分は逆に「見とけよ」って思うんですけど(笑)。
一方で、寺内さんの時は本当に焦っていて、その場にいたトレーナーに電話してもつながらなくてかなり慌てていました。結局トレーナーが駆けつけてきて「大丈夫なんでしょ?」と聞かれて、「大丈夫です、わざとです」って(笑)。知っている人は知っている、という感じですね。
中山:
近くにいる人には共有しておくべき内容ですね(笑)。
坂井:
それを楽しんでる自分がいるかもしれないです。
中山:
マインクラフトの話で言うと、先ほど新しい技を試合で試すという話がありました。そういうことを坂井さんがやるのは、どういう思いがありますか?
坂井:
もちろん好奇心もありますし、それ以上に試合の時の自分を本当に信用しているんだと思います。練習中の自分よりも、試合の時の自分に対する信頼度がものすごく高いんです。だからこそ、「できないこともできる」と思うのは試合の時なんですよね。そういう感覚を昔から持っているので、試合の自分に対する信頼はすごく高いです。

【Code.4 - VISION】理解されない才能の受け皿へ───感覚派を潰さず、飛び込み界に新しい道をつくる
中山:
この競技を続けていった先に、どのような状態や景色に辿り着いていたいと考えていますか?
坂井:
プロコーチとなり競技を支えながら、社長として従業員を抱えながら経営もしていきたいと思っています。
中山:
将来、プロコーチになりたいと思っているのは、どのような理由からなのでしょうか?
坂井:
これまでアルバイトもしたことがないですし、自分がやってきたことを次の世代に返していきたい気持ちがあります。それに、飛込には本当の意味でのプロコーチがほとんどいません。飛込だけで生計を立てている人なんて、片手で数えられるくらいしかいないんです。
その状況では、なかなか競技全体も強くならないと思っています。自分で大会を開催したり、外側から変えられることもたくさんあるはずです。みんな「こうした方がいい」と言うだけで、実際にやる人が少ない。だから、実際に動く人がいれば、もう少し変わるんじゃないかという感覚があります。
飛込界には、まだ誰も手をつけていないことがたくさんあるので、自分が第一人者になれば、飯くらいは食べていけるんじゃないかと思っています。
中山:
具体的に、次の世代に残したいものは何ですか?
坂井:
感覚派の選手が潰されがちなことですかね。もちろん、天才が努力するのが一番良いですが、その段階に至る前に「感覚よりもまずは努力しろ」と言われてしまう子を救いたいという気持ちはずっとあります。
感覚の鋭い子たちが努力するからこそ、世界チャンピオンが生まれるんだと思うんです。だから、その芽を見逃さない仕組みが必要だと思っていますし、そういう子たちに自分が声をかけられたら、より理解してあげられると思っています。
中山:
最近は言語化や可視化、データや数字が重視される時代ですが、感覚を殺さないこともすごく大事なことですよね。
坂井:
以前、アメリカに3か月くらいいたことがあるのですが、すごく受け入れてもらえました。「それはどうやってやっているんだ?」と聞かれるんですけど、言葉では説明できなくて「こんな感じです」としか答えられませんでした。
でも、アメリカは型にはまっていない人をリスペクトしてくれるんですよね。論文などの型にはめている時もありますが、それでも型にはまらない存在を認めてくれる文化があるので、居心地は良かったですね。
中山:
経営をしたいという話もありましたが、それは競技人生のどんな経験とつながっているのでしょうか?
坂井:
自分の性格ですかね。人から言われて動くより、自分で何かを始めたりする方が向いている気がしています。
中山:
自分の特性としてそう思っているのですね。
坂井:
結構、思ったことをそのまま言っちゃうので。たぶん会社に入って「それやめろよ」と言われても、「それってフリですか?」って思うと思います(笑)。本当に必要だと思ったら、「絶対やった方がいいでしょ」と思って実行するので、批判を食らうタイプだと思います。
中山:
ここまでお話を聞いていて感じるのは、坂井さんは単に感覚派の選手というだけではなくて、「それは本当に正しいのか?」と常に問い続ける人なんだろうなということです。周りから理解されるかどうかよりも、自分が納得できるかを大事にしている。今ある常識をそのまま受け継ぐのではなくて、新しい価値観を持ち込める人なんじゃないかなと思いました。
坂井:
知り合いにも、悪いと思ったことをズバズバ言うことができたり、「感覚で良いものと悪いものを見抜く力は突出しているから、それを活かした方がいい」と言われたことがあります。飛込に限らず、新しい「切られ役」のような役割はできるんじゃないかなと思っています。
中山:
インタビュアーをやっても面白いかもしれないですね(笑)。ぜひ、坂井さんは飛込の世界に限らず、まだ言葉になっていない価値や才能を見つけて、飛込界も、その先のスポーツ界もかき回していってほしいなと思いました。今日は貴重なお話をありがとうございました!
坂井:
ありがとうございました!
【After Dialog】
坂井丞の話を聞くと、「感覚派」という言葉の見え方が少し変わる。それは、何も考えずにできてしまう人のことではない。言葉にするより早く身体が知っていることがあり、理屈に落とし込む前に選び取っている判断がある。本人にしか分からない微細な違和感や確信を頼りに、競技を組み立てている人のことである。だからこそ、その感覚は時に周囲から理解されにくい。説明しきれないものは、指導の場では扱いづらい。そして、再現しにくいものは、才能や偶然として片づけられやすい。それでも、競技の世界には、そうした曖昧な領域にしか宿らない強さとしなやかさがある。彼がこれから見ているのは、単に自分の経験を伝える未来ではないのかもしれない。言葉になりきらない感覚を、切り捨てずに残していくこと。型にはまらない選手が、そのままの鋭さを失わずに伸びていける場所を作ること。飛込という競技の中で、まだ見落とされている価値を拾い上げること。一瞬の演技を支えているのは、目に見える技術だけではない。 説明しきれないものを、どう扱うか。そこに、競技の未来を広げる余地がある。『Dialog Code』
答えは、すぐには見つからないかもしれない。それでも自分と向き合い、考え続けることが、次の一歩をつくる。思考を解き明かす対話は続く。次は、誰の思考に触れようか。

【Athlete Profile】
坂井 丞(さかい・しょう)
1992年8月22日生まれ、神奈川県出身。
飛込競技選手。ミキハウススポーツクラブ所属。
飛込一家に生まれ、幼少期から競技に親しんできた。麻布大学附属渕野辺高校(現・麻布大学附属高等学校)、日本体育大学を経て日本トップクラスへ成長し、2016年リオデジャネイロ五輪、2021年開催の東京2020五輪、2024年パリ五輪と3大会連続でオリンピックに出場。東京2020では男子シンクロ3m飛板飛込で寺内健とのペアで5位入賞を果たし、パリ2024では男子3m飛板飛込で自身初の準決勝進出を果たした。2024年には第100回日本選手権の男子3m飛板飛込で優勝し、同年の国民スポーツ大会・成年男子飛板飛込でも優勝。ベテランとして国内外の舞台で結果を残し続けている。【Dialog Partner】
中山 知之(なかやま・ともゆき)
1995年1月26日生まれ、愛知県出身。
株式会社Athdemy 取締役CCO。
JFAアカデミー福島や世代別日本代表、海外リーグでのプレーといったアスリートとしての原体験を起点に、人間の「状態」と「パフォーマンス」の関係性を探求し続ける。異文化圏での教育コンサルタントや、国内大手不動産テック企業でのセールス/マネジメント経験など、多様な環境の中で「変化が生まれる構造」に向き合ってきた。現在はAthdemyにて、トップアスリートとの対話(Dialog)を通じて思考や感情に伴走。一貫して問い続けているのは、「人はどのような状態で本来の力を発揮するのか」。競技とビジネス、国内と海外といった境界を横断しながら、個人の内面にある思考や感情を言語化し、新たな気づきを共に生み出している。






